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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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名探偵ヤン艦長の推理 人形師のお宝を探せ その一

 
前書き
冒頭の台詞は元々こっちの為に用意していたのだけど、便利だったので『伝説のプリンセスバトル』に流用しました。
 

 
 政治とはカジノにおけるギャンブルに似ている。
 現金をそのまま賭けるのではなく、チップに変換して賭けている所だ。
 何が言いたいかというと、戦闘に勝った勝利を政治に換金しないと勝ちの価値がないという所。
 だからこそ、最後のいかさまは換金時に行われるはずだった。



「ミューゼル提督がまだオーディンに帰っていない?」

「情報部よりの情報です。
 ミューゼル艦隊は損傷艦の修理を名目にイゼルローン回廊のレンテンベルク要塞に滞在しています。
 要塞司令官メルカッツ提督の指揮下からも外れているらしく、動向がつかめていません」

「第三次ティアマト会戦の勝利によって、ラインハルト・フォン・ミューゼル男爵は大将に昇進し、先ごろ亡くなったグリンメルスハウゼン伯爵領と伯爵位を継ぐ事が決定しています。
 その式典開催なのですが、どうも揉めているらしくまだ開催日が決まっていません」

「帝都にいるなら勝手に貴族達が消してくれると踏んでいたが……感づいて危険を避けたか?
 マリーンドルフ伯あたりが入れ知恵しているのかもしれません」

「どうします?
 この事をヤン艦長には……」

「耳に入れておくべきかと。
 現状の作戦に重大な支障がでる要素です。
 統合作戦本部には?」

「既に作戦部および後方勤務本部に動いてもらっている。
 一個艦隊の出撃はないだろうが、分艦隊規模での遭遇戦の可能性でイゼルローン方面軍に緊急伝を入れているはずだ」

「イゼルローン方面軍はこの緊急伝を確認しました。
 第九艦隊司令部にも緊急伝が発令されています。
 司令部からの艦長宛の電文、受領します」

「では、あとよろしく。妹」

「おまかせくだい。姉上方。妹たち」



 ヤンが乗る戦艦セントルシアとその護衛艦艇群が配属された第九艦隊第四分艦隊は、訓練と実戦の中間任務に借り出されていた。
 つまり、海賊退治である。
 先の帝国内戦ことリッテンハイム戦役時に稼動できる傭兵と海賊がのきなみ枯渇したはずなのだが、海の砂と悪事は尽きる事が無いらしく、はやくも活動が活性化しだしていたのである。
 で、これに第三次ティアマト会戦の敗北が響き、辺境星系の警備が緩むと判断した海賊たちの活動によって航路の賃料が上昇傾向にあり、煙のうちに潰せとばかりの今回の作戦であった。
 とはいえ、第三次ティアマト会戦では、このあたりの星域を良く知っている近隣警備艦隊に損害が出ており、正規艦隊から分艦隊を繰り出しての力の入れようである。
 当然、この手の作戦によって、第三次ティアマト会戦の戦術的敗北の衝撃を和らげる下心があるのはいうまでもない。

「負けるとほんと碌な事がないなぁ……」

 いずれは実戦に出ないといけないのだが、その訓練スケジュールが繰り上げられての実戦投入だから、艦長席の机に座ってぼやくヤンの気持ちも分からないではない。
 なお、なかなか椅子に座らないヤンの為に、緑髪の副官が座布団を用意したのでなおの事座らなくなったのだが、それで心地よく指揮ができて生存率があがるのならばとクルーのみんなは既にさじを投げている。

「どうせ誰かがしなければならない事です。
 給料分の仕事はしましょう。艦長」

 副長のパトリチェフ中佐が気楽に言ってのけるがそれに口を挟んだのは副長補佐という形でこの艦橋にいる緑髪の女性だった。

「私の初の実戦ですから、できれば勝利で帰りたい所です」

 戦艦セントルシアの実体化AIである。
 標準型戦艦だったセントルシアはヤンの艦長就任前に改造が施されており、防御面とネットワーク関連の強化が追加されていた。
 そのネットワーク関連の最大の目玉がこの実体化AIである。
 アンドロイド一体と戦艦のAIを直結リンクで結んで、視覚的・感情的配慮がなされたが、その性能はスタンドアローンで動く事を前提にネットワーク化が作られているアンドロイドに比べて、大容量の戦艦AIを利用しているだけに超高性能となっており、彼女の指揮によって戦艦内のドロイドは管理運用されているのであった。
 なお、その根幹プログラムはアンドロイド達が大量にかき集めたデータから作り出されているので、乙女プラグイン実装済み。
 メンタルモデルとは言ってはいけない。実体化AIである。
 何でこんなものが作られたかというと、人形師はアンドロイド達の運用に先立って、個艦主義なるものを主張していた。

「最終的には、戦艦一隻に一人人間が要ればいいんじゃないかな。
 全員機械だと反乱された時に手がつけられないぞ」

 古き良きSFマニアだった人形師は機械に全幅の信頼を持っていないというよりも、その可能性が人の最後の理性になる事を期待してこの主張をしたらしい。
 全部機械に任せて、空の網なんて出てきたらたまらないからだ。
 で、戦艦一隻に人間一人という世界になると、機械と人間の関係が更に密接化せざるを得なくなり、パートナーとしてのコミュニケーション能力が大事になってくるからに他ならない。
 既に、第三世代以降の駆逐艦ではアンドロイド一体が常に乗り込んで艦をサポートしているが、人間関係ともなるとアンドロイド一体で処理できるにはまだ人間は複雑怪奇なのだった。
 軍隊の常ではあるが、艦が大型化するに連れて人間関係がらみの問題が頻発化しており、セクションごとの軋轢なども絡んで問題が発生しやすい下地になっていた。
 その実験という形でセントルシアを選んだという建前の元、原作が参謀畑で中間管理職をすっ飛ばしていたヤンのフォローをしているなんてヤンが知る訳も無く。
 戦艦セントルシア乗員はおよそ350名。
 同じく乗り込むアンドロイドは40体。
 実体化AIの指揮下にあるドロイドは400体あるが、戦闘時に実体化AIから委任されてアンドロイドが指揮をとる事も可能になっているのは、アンドロイドの同期ネットワークと戦艦の大規模量子コンピューターのおかげである。

「艦長。
 第四分艦隊司令部から緊急伝です」

 緑髪の副官から緊急伝のデータを渡されたヤンはそれをモニターで確認する。

「何です?艦長?」

 気楽な声をかけた、戦術長のアッテンボロー少佐。
 長い付き合いだけに、ヤンのいやな顔を見逃さなかったらしい。

「ミューゼル提督とその艦隊がまだイゼルローンに留まっているらしい。
 さっさと帰ってくれればいいものを。
 分艦隊規模での戦闘の可能性を警告してくれたよ」

 第三次ティアマト会戦にて同盟に名前を覚えられたミューゼル提督とその艦隊がまだ近くにいると言われて艦橋のスタッフに緊張が走る。
 ヤン達がうろついているシヴァ星系はイゼルローン回廊に近く、古くから海賊銀座として名前が通っている場所なだけに、遭遇戦も否定できないからだ。

「けど、こんな場所に海賊が集まったのは、君たちのお父上のおかげなんだけどね」

「それは言わないでください。
 政策としてみれば、一応成功だったのですから」

 緑髪の生みの親である人形師が何をやらかしたかと言えば、このシヴァ星系に財宝を隠したという財宝伝説を作り出したのである。
 財宝の名前は、緑髪の彼女達のマスターコンピューター。
 元々が人形師の個人プロジェクトから始まっていた為に、軍や政府が第三セクターの形でしか絡んでおらず、国家に取り込む際に旧式バージョンと呼ばれるマスターコンピューターは人形師個人のものになっていた。
 全てのシステムの元になっているマスターを解析すれば、全アンドロイド及びドロイドを支配できるかもしれない。
 人形達の管理コンピューターシステムは同盟最高機密の一つで、ブラックボックス化したそれを帝国・フェザーンだけでなく独立商人や海賊すら狙っているという代物。
 基本データはハイネセンポリスの地下深くのメインコンピューターに保管されて日々改善やプロテクト強化がされているが、バックアップのコンピューターが幾つあり何処にあるかを全部把握している人間は誰も居ないとまで言われている。
 人形師はそのシステムについて同盟議会や評議会にてその断片を漏らしたが、決して全体像を語る事は無く、明確にその存在が公表されていたのが彼個人の所有物であるマスターコンピューターただ一つだったのである。
 その為、彼の失脚の際に人形師の元にそのマスターシステムを購入したい連中が大挙して押し寄せた時、彼が放った一言は野心ある男達を宇宙へ駆り立てた。

「マスターコンピューターか?
 欲しけりゃくれてやる。
 探せ!
 惑星ナーサティアに私の全てを置いてきた!」

 銀英伝世界には惑星ナーサティアは存在しない。
 だが、銀英伝世界にはインド神話にちなんだ名前も多く、今、ヤンが居るシヴァ星系なんてのがあったりするから、辺境星系は一時この手の一発当てたい連中で好景気に沸いた。
 その好景気は帝国の再侵攻まで続いて辺境星系が友愛党政権を見捨てるとどめとなったりするのだがそれは別の話。
 そんな訳で、いまだ財宝伝説くすぶるこの地はならず者達の楽園としてあちこちに不法コロニーや廃棄ステーションなどが存在している海賊達の母港と化しているのだった。
 現役の海賊たちがリッテンハイム戦役時に宇宙の塵と化し、新たな海賊がまだ育っていない今が格好のガサ入れのチャンスで、今回の作戦は星系政府および同盟捜査局との合同作戦の形をとっている為、帝国軍が出て来たらやっかいな事になる。
 なお、政争に敗れた帝国貴族の逃亡先にもなっているから、過去シヴァ星系では戦隊規模での戦闘が発生していた。

「かれこれ数十年近く探索が続けられている宝探しだ。
 大体探し尽くしただろうに」

「出て来るとしたら財宝より、亡命貴族でしょうな。
 しかし、この間の戦いで派手に勝っているのだから、こんな場所で勲功稼ぎをしますかね。彼は?」

 ヤンのぼやきにパトリチェフ副長が返すが、ヤンの顔は硬いままだ。
 彼は出てくる。
 なんなくそんな気がしたのはヤンもまた英雄なのだろうが、それはヤン自身が認めたがらないだろう。

「財宝うんぬんはともかく、彼は勲功を稼ぐ理由があるんだ。
 帝都に戻って政争の果てで粛清されない為にね」

 自分の考えをまとめるようにヤンはつぶやく。
 ベレー越しに頭をかくのは、彼の脳がフル稼働している証。

「彼は現皇帝の寵妃の弟だ。
 そして、現皇帝は老人で、帝国はまだ後継者を擁立できていない。
 皇帝が亡くなって真っ先に後ろ盾が消えるのが彼なんだ。
 だから、先の戦いでの勝利で領地を確保して地盤を得たが、今度は多数派工作にて生き残る為の材料が居る。
 海賊に落ちぶれた元帝国貴族あたりからいろいろ帝都の醜聞を聞き出すのは今後に関わってくるだろうからね」

 そのヤンの説明にアッテンボローが茶々を入れ、傍で仕事をしていた航海長のアルテナ少佐に突っ込まれる。

「ロマンが無いですな」

「惑星一つ領有する伯爵家の提督にとって、財宝程度は目を見張るものではないと思いますよ」

「違いない」

 艦橋に広がった笑いの声にヤンも釣られて笑い、副官が差し出した紅茶の紙コップを受け取って軽口を叩く。
 なお、その行為自体は財宝伝説が公表されてから、同盟の各地で行われてきた事だったりする。

「財宝ねぇ。
 君は何処にあるか知っているのかい?」

「はい。
 それをお教えする事はできませんが」

 繰り返されてきた冗談のはすだったが、この時のヤンは頭がフル回転していた。
 だからこそ、史学の優秀な成績を収めた知識もフル稼働してその疑問に気づいたのである。

「本当に神なんだろうかね?」

「は?」

 パトリチェフ副長の疑問の声にヤンは気にする事なく、ベレー越しに頭をかき続ける。
 既に彼の目には何も入っていない。

「たしか計画の初期プロジェクト名は--Project DEVA--だったかな。
 インド神話のデーヴァという言葉で、『神』という意味だったかな。
 機械によって神を生み出そうとしたとかなんとか。
 あの人が道化師として叩かれた逸話の一つのはずだ」

 今は宇宙暦795年。
 地球文化も知る者は少なく、地球も繁栄とその驕りによって荒廃している現状、ヤンという趣味人が、同じ趣味人たる人形師がかき集めた資料に触れない訳が無い。
 なお、道化師は地球文化の復興として文化史にも名を残している。
 前時代の懐古主義者という批判と共に。 

「あの人が彼女達を神として取らえていなかったら、またちがった側面が見えてくるのかもしれないね。
 たとえば、DIVA。ディーヴァという言葉もあってね。
 こっちは『歌姫』という意味だったかな?」

 今際の際の人形師の言葉『かわいいは正義』からここまで辿り着くのだから、ヤンもまた十分に時代が選んだ英雄なのだろう。
 緑髪の副官は驚愕を必死に隠しながら、自分の世界にて考えをめぐらせるヤンを見つめるしかできない。

「『歌姫計画』--Project DIVA--なんてね。
 君たちにはこっちの方が似合っているよ」
 
 このヤンの言葉をセントルシアの実体化モデルも聞いていた。
 戦艦の通信機能を使い、その言葉はネットワーク内に送られ、その結果が送り返される。

「パスワード照合。
 確認しました。
 --Project DIVA--マスターコンピューターへのデータアクセスが可能になります」

 ヤンを含めた人間全員の驚愕の視線に晒されても、実体化モデルは表情一つ変えずに、宝箱を開ける。
 それは文字通りの財宝であり、兵器だった。

「シヴァ星系惑星アルジェナ。
 そこにマスターコンピューターは眠っています。
 マスターコンピューターに残されているのは、ニルヴァーナプログラム。
 全アンドロイド及びドロイドの初期化プログラムウイルスです」

 
 

 
後書き
地球がめちゃくちゃになって数百年。
文化継承が怪しい中で、神話ではなく、その神話の影響を受けた周辺国のゲーム文化が元なんて、普通気づかないだろう。たぶん。 
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