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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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第9話 「君はフェイト」

 高町とユーノは、クロノと共に庭園内に向かった。
 俺が現在いるのは医務室。ベッドには意思が感じられない瞳をしているテスタロッサが寝ている。モニターには騎士のようなマシンと戦うクロノ達の姿が映っている。

「フェイト……あの子達のことが心配だから、あたしもちょっと手伝ってくるね」

 アルフが話しかけても、テスタロッサは返事を返さない。アルフは気にした素振りも見せず、テスタロッサの頭を撫でながら続ける。

「すぐに戻ってくるから」

 そう言ってもう何度か撫でた後、アルフは立ち上がった。視線をテスタロッサから俺の方へと移す。

「あんたに頼むのもおかしい気がするけど、この子の傍に居てやって。ただ、変なことしたら殺すよ」

 獣のような獰猛な目が冗談で言っているわけじゃないことを証明している。
 お願いされた後に殺すと言われたのは、人生で初めてだ。今後の人生でも、おそらく彼女からしか言われない気がする。

「今の状況でやるわけない。そんなことをするくらいなら、現場に行って手伝うよ」
「……嘘じゃないだろうね?」
「ああ」

 目線を逸らすことなく返事を返すと、とりあえず信じてくれたのかアルフは外へと向かった。部屋から出る際に、もう一度主の様子を見る彼女は心配性と思えるほど主思いの使い魔だ。
 アルフが出て行ったことで、薄暗い部屋には俺とテスタロッサだけになった。といっても、今のテスタロッサは放心状態。会話ができるわけでもないため、無言の時間が流れるだけだ。

 ……両親が亡くなった頃の俺もこんな状態だったのだろうか。

 ふとそんな風に思ったが、俺には感情を爆発させて泣いた記憶がある。放心状態だった時間もあるだろうが、それは現実を受け入れるまでの間だけだったはずだ。
 泣いて、現実から目を背けて塞ぎこんで……叔母に抱き締めてもらって、また泣いて……。
 忙しいはずなのに、俺の傍にいて話しかけてくれた。父さんの形見であるファラを俺が所持できるようにしてくれた。それに、仕事はできるのに家事が全くといっていいほど駄目な一面を持っていた。
 手伝いをしていたとはいえ、子供である俺のほうができるという事実に最初は驚いたものだ。だが叔母にそういう一面があったからこそ、俺はこの人は放っておけないと自分から歩み寄ろうとしたのかもしれない。

 だから……今のこの子には話しかける人間が必要だろう。

 しかし、俺と彼女では放心状態に至った経緯が違う。
 俺には彼女のように、はっきりと拒絶された経験なんてない。彼女の気持ちを完全に理解できるわけがないのだ。だが彼女が寂しさや悲しみを感じ、負の思考をしていることは分かる。
 ――でも……何て声をかければいいんだ。両親が死んでから、あまり他人と深く関わってこなかった。慰めたりしたことなんてない。
 ああだこうだ考えているうちに、完全に考えはまとまっていなかったのだが、俺は無意識に自分の中に出した考えを呟いていた。

「……君は、アリシア・テスタロッサになれなかった失敗作なんかじゃない」
「…………」

 アリシアや失敗作という言葉に反応したのか、テスタロッサの瞳がこちらに向いた。だが、彼女の中では負の感情が渦巻いたままのようで返事はない。
 思わず口にしてしまったが、反応があった以上やめるわけにもいかない。
 考えろ……返事がないのは別に構わない。今言っているのは、俺の個人的な意見だ。彼女からの返事がなかろうと関係はない。あったなら、例えそれが八つ当たりであろうと感情を表に出しているという面ではプラスになる。

「……君の見た目がどんなにアリシアに似ていようとも、君はアリシアとは別人だよ」
「…………それは……失敗作ってことだよね?」

 虚ろな瞳のまま、力のない声で返事を返してきた。返事があったことに多少驚いたが、自分を人ではなくものとして考えているような言葉のほうが気になった。
 自分のことを失敗作だと言う気持ちは、いったいどんなものだろうか。もし自分が彼女の立場だったら……、と考えたがそこで強引に断ち切った。
 俺はこの子じゃない。自分が彼女だったなら、などという仮定を考えても、現状から目を背けているだけだ。言葉をかける以上は彼女の心境を考えることも必要だろうが、必要以上に考えるのは不要。
 必要以上のことを考えないようにしながら、自分なりの考えをまとめていく。あまり無言が続くと、彼女がまた殻に篭ってしまうかもしれなかったため、まとまったところから話すことにした。

「……君はものじゃなくて人間だ。そして、この世に同じ人間はいない。だから……君はアリシアの失敗作なんかじゃない」
「…………でも……私は……」
「作られた命だろうと、人間は人間だよ。君には……自分の意思だって、フェイトっていう名前だってあるだろ?」

 プレシアの言動は、ある意味では矛盾している気がする。
 テスタロッサの見た目はアリシアに似ているが、性格や仕草は違う。だからプレシアはアリシアだと認識できず、アリシアでない人間がアリシアの見た目をしているから憎悪を抱く。それが理由でテスタロッサを娘だと認めないのではないか。
 だがその一方で、心のどこかでは娘だと思おうとしているのではないだろうか。
 本当に何も思っていないのなら、フェイトという名前はつける必要はない。何かしらの理由で必要だったとしても、アリシアの失敗作だと本気で思っているのなら名前なんて呼ぶことはないだろう。

 プレシアは……心の奥底――自分では気がつかないほどの深層心理では、テスタロッサをアリシアと区別して考えようとしていたのではないか。

 そんなことを考えているうちに俺は、「このまま現実から目を背けて考えることさえ放棄すれば、ただ生きているだけの人間。人形だって言われてもおかしくない人間になる」といった必要のないことまで言ってしまっていた。
 すぐに誤魔化そうとしたが、ふと視線をテスタロッサからモニターに移したことがきっかけで、どうにか話の繋ぎ方を導き出すことができた。

「……それに自分が誰なのか決めるのは自分だけど、他人が自分を誰か決めてくれるときもある。君には、君をフェイト・テスタロッサだって認めてくれている人達がいるはずだよ」

 テスタロッサの視線が俺からモニターの方に移る。そこには高町にユーノ、ちょうど合流したアルフの姿があった。
 テスタロッサの視線はアルフに向いたかと思うと、高町の方に移る。瞳に少しだが、力が戻ったように感じる。

「……あの子……名前なんだっけ?」

 思わず返答しそうになったが、彼女にとって高町と会話するのは放心状態から抜け出すきっかけになるのではないかと思った。
 俺は言いかかっていた口を一旦閉じてから、彼女に返事を返した。

「それは自分で聞いてほうがいい」
「……せっかく教えてくれたのに……それに私、あの子にひどいことを……」

 小声で呟くテスタロッサの顔は徐々に曇っていく。高町は教えたというよりは、一方的に名乗っていた気もするが、今はどうでもいいことだ。
 さて、今の彼女にはどんなことを言えばいいのだろうか。
 先ほどプレシアにあんなことを言われたのだから、混乱で名前をよく思い出せなくてもおかしくない。こんなことは、また彼女を放心状態にしかねないので言えるはずもない。

「……確かに君達は何度もぶつかりあった。でも、あの子は君が無視しようと何度だって話しかけてきただろ?」
「……うん。それに何度も……私の名前を呼んでくれた」
「だったら心配することはないんじゃないか? 俺はあの子のことを多少知ってる。君が話せる状態なら、君から話しかけなくてもあっちから話しかけてくると思うよ」

 言い終わるのと同じくらいから、少しずつテスタロッサの瞳に力が戻り始めた。それに伴って涙もあふれ始める。
 泣いている姿を見るのも悪いので顔を逸らすと、ふと近くに置かれていた彼女のデバイスに視線が行った。彼女の心境の変化を察したのか発光している。
 ……ここからどういう選択をするかは彼女次第だな。俺がいると行動しづらいかもしれないから一旦外に出るか。

「……あの」
「……君は、君の好きなようにすればいい。ただ最後にひとつだけ言っておくよ……親とは、話せるうちに話したほうがいい」

 テスタロッサの返事は待たずに部屋から出た。近くの壁に寄りかかって大きく息を吐くと、ファラが胸ポケットから顔を出した。アルフとの約束を守って変なことはしていないはずだが、ファラの表情は険しい。

「マスター……あの子に気があるの?」
「……今の状況でそんな質問するか?」
「だっていつものマスターと違ったもん!」
「……まあ、それは認めるよ」

 人並みにある良心から主観的な考えを言ったのはまだいいとして、最後の一言は普段ならまず言わないことだ。
 当たり前だった日々は、突然壊れることだってある。
 それを知っているだけに、俺は親と会話できることがどんなに嬉しいことで大切なものなのか、よく分かっているつもりだ。
 だからふと考えてしまった。この事件が終わった後、あの親子が会話できる時間はあるのだろうか、と。

「……ファラ、庭園に行こう」
「……マスター、熱でもあるの? あの子にたぶらかされたの?」

 前半はともかく、後半はどう考えてもおかしい。たぶらかすなんて表現は、俺やテスタロッサくらいの年代の子供には使わないはずだ。ファラはテスタロッサをどのように見ているのか、実に気になる。
 心配そうな顔でこちらを見ているが……その裏でテスタロッサに対する黒い思考を考えているのだろうか。もしそうなら……今後は見せる番組を考えないといけない。変にドロドロとした人間関係のドラマばかり見られでもしたら、性格に影響が出かねない。

「熱もないし、たぶらかされてもいない」
「じゃあ何で?」

 プレシアに言いたいことがあるから。
 テスタロッサが行動を起こしてプレシアと接触した場合、プレシアに何を言うのかが気になるから。それにもし、テスタロッサの心が完全に壊れるような事態が起きた場合、この場に残って知らないふりをするのは気分が悪い。
 いや、違う。俺は彼女に行動を起こさせようとした。ならば最後にどうなるのか見届けるのが最低限の義務のはず。
 もしかしたらテスタロッサに恨まれたり……心が壊れてしまった場合、俺自身が罪の意識を感じて重荷を背負って生きていくことになるかもしれない。
 だが俺とテスタロッサはほぼ他人と呼べる関係だ。そんな相手のことにさえ向き合おうとしなかったら、俺はずっと変われないどころかマイナスの方向に進んでしまう気がする。マイナスの方向に進むのだけは絶対に避けなければならない。心が壊れかけていた俺を今の俺にしてくれた叔母やあの子のためにも。

「……俺が子供だからかな」
「……意味が分からないんだけど」
「何でもかんでも割り切れないってことだよ」


 
 

 
後書き
 ショウはフェイトに過去の自分を重ね、話しかけた。その甲斐もあってか、フェイトは気力を取り戻し、本当の自分を始めるためにと行動を起こす。

 次回、第10話「別れの時」

 
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