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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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第8話 「決戦と真実」

 高町達は身勝手な行動を取ったことでリンディさんと話をしたが、ジュエルシード同士が融合してしまう可能性があったということで特別に注意だけで済んだようだ。
 今回の事件の犯人で有力視されているのは、ミッドチルダ出身の魔導師であるプレシア・テスタロッサ。同じ姓からしてあの子の母親だと思われる。あの子があそこまで必死にジュエルシードを集めているのは、おそらく母親のためなのだろう。
 テスタロッサ親子はジュエルシードの封印や次元を超えて行った攻撃によって膨大な魔力を消費したと思われる。そのため、しばらく動きはないだろうということで高町達は一時的に帰宅を許された。

「君はよかったのかい?」
「何がですか?」
「何って、君だって学校に通っているんだろう? 別に地球に戻っても構わないんだよ。保護対象だから監視はさせてもらうけど」
「それは当然でしょうね。……まあ、気にしないでください。別に戻る必要がないから戻らないだけです」

 叔母はまだ当分戻れそうにないらしいため、塵といったゴミは溜まるだろうが散らかることはないため家に帰る必要はない。
 高町と違って顔を合わせたい友人がいるわけでもないため、学校に行く理由も……月村あたりは心配してそうか。だが少しすれば、またアースラに戻ることになる。中途半端に戻るくらいなら、戻らない方がいいだろう。
 それに高町と同じタイミングで学校に来なくなったり、来たりすれば彼女と親しいあのふたりは何かしら疑問を抱くかもしれない。

「それに……いつまで地球で生活するか分かりませんからね」

 両親と過ごした場所である地球で生活したいのは山々だが、ふたりが亡くなってから数年経過している。悲しみはまだ残っているがファラや叔母、あの子のおかげでずいぶんと薄らいだ。
 叔母の仕事を考えれば、地球で過ごすよりもミッドチルダのほうで生活したほうがいい。俺がデバイス関連の道に進む可能性も充分にあるのだから。
 そう理解はしていても、当分は移住することはないだろう。移住してしまえば、彼女と会う回数は今よりも格段に減ってしまう。そうなれば彼女はきっと悲しんだり、寂しがったりするだろう。顔には笑顔を浮かべながら。

「……そうだね。君はどちらかといえば、こちら側の人間だ」
「ええ……」
「でも、焦って移住なんてする必要はないと思うよ。僕も父親を亡くしているから、思い出が大切なものだというのは分かる」
「クロノさん……」
「もっと砕いた話し方で構わないよ。なのは達もそうしているし」

 微笑みながら言う彼は、普段よりも優しげに見えた。彼が普段真面目な顔ばかりしているからかもしれない。

「まあ君の立場上、研究の都合では仕方がない場合もあるだろうけど」
「もう、そうやって上げて落とすようなことを言うから誤解されたりするんだよ。ショウくん、言っておくけど、クロノくんはこう見えて優しいからね」
「エイミィ、君の言い方は僕に失礼だと思うんだが」

 クロノとエイミィはそこから痴話げんかというよりは、姉弟のけんかに見えるやりとりを始める。こんな風なやりとりができる人物――それもそれが異性となれば、ある意味特別な人間だと言えるだろう。
 ふたりのやりとりを見ていると、あの子に会いたいという気持ちが出てくる。ジュエルシードの件もあって久しく会っていないため、今度顔を合わせたときには小言を言われるかもしれない。

「ショウくん、どうかした?」
「いえ……ただ仲が良いなって」
「まあね」
「エイミィ、肯定だけだと変な誤解をされかねないだろう。彼女とは付き合いが長いんだ。それだけだから変な誤解はしないでくれ」
「別にしていま……してないよ。そういう関係なら雰囲気で分かるから」
「おやおや~、それは気になる言い方ですな~。もしや彼女さんでもいるのかな~?」

 にやけながら言うエイミィは、実に人を不愉快にさせると思う。俺の心境を察したのか、クロノがそっと俺の肩に手を置いた。親しいだけに、この人は苦労する回数が多いのだろう。

「両親が仲良かったから分かるだけですよ。というか、俺の年で彼女なんているわけないでしょう。恋愛なんてよく分からないんですから」
「あはは、それもそうだね。君ってどうも見た目よりも大人びてる感じがするからつい……ごめんね。お詫びと言ってはなんだけど、あたしのことはエイミィでいいからね。同年代くらいの感覚でずばずば言っちゃって」
「結構です」
「そ、それはノリで言ってるんだよね! 本気とかじゃないよね!」
「話してばかりいないで、ちゃんと仕事しないでいいんですか?」
「うわぁ、君って絶対クロノくんと気が合うよ」
「最初のはいらないだろ。今日はいつにも増して失礼だな」

 そんな会話をしているうちに、時間は過ぎて行った。
 高町達は放課後に友人であるバニングスの家に行った。動きが分かるのは、彼女達の動きがモニターに映っているからだ。
 驚くべきことに、バニングスの家にはテスタロッサの使い魔――アルフが保護されていた。身体のところどころには包帯が巻かれている。前回の海上での戦闘で負傷した様子は見られなかったことから、なぜ負傷しバニングスの家にいるのかが気になる。
 バニングスや月村と一緒にいるため、高町はアルフと話すわけにもいかない。そのためユーノが話を聞くという流れになった。高町は友人達と一緒に家の中に入っていく。

『あんたがいるってことは、連中も見てるんだろうね』
『うん』
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。正直に話してくれれば悪いようにはしない。君のことも、君の主のことも……」

 アルフは少し間を置いた後、知っていることの全てを話し始めた。話し終わったのは、まだ青かった空にも赤みが差し始めている頃だった。

「なのは、聞いてたかい?」
『……うん。全部聞いた』
「僕らはプレシア・テスタロッサの捕縛を最優先事項として動くことになる。君はどうする、高町なのは?」
『私は……私はフェイトちゃんを助けたい。友達になりたいっていう返事もまだ聞いてないしね』
「そうか。……アルフ、それでいいか?」

 クロノの問いかけにアルフは目を閉じて頷いた。そのあとで高町へと話しかける。

『なのはだったね? 頼めた義理じゃないけど、お願い。フェイトを助けて』
『大丈夫。任せて』

 アルフに返事を返した高町は、バニングス達が待つ部屋へと戻って行った。バニングスと月村の間に座り、彼女らと共にゲームをし始める。

「フェイトを救出するための作戦はどうする?」
『一応考えてることはあるんだ』

 高町のその返事に、俺達は詳しい内容の説明を待つのだった。

 ★

 海上からそびえ立つ摩天楼。空には様々な色のもやがかかっている。
 そこにある最も高いビルのひとつ上にはふたつの影が確認できる。ユーノとアルフだ。ふたりは、とあるビルの頂上付近を見ている。
 そのビルの中には、噴水を中心に庭園が広がっている。高町は目を閉じた状態で噴水の上に立っている。

『ここならいいよね? 出てきてフェイトちゃん』

 高町が口を閉じたのとほぼ同時に、彼女の背後にひとつの影が降り立った。噴水の水面には黒衣を身に纏った金髪の少女の姿が映っている。
 アルフがもうやめようとでも訴えたようだが、テスタロッサは首を横に振った。デバイスを通常形態から鎌形態に変化させる。彼女に立ち止まるという選択肢はないようだ。

『フェイトちゃんは立ち止まれないし、私はフェイトちゃんを止めたい』

 高町は宙に静止していたレイジングハートにそっと触れる。桃色の光が拡散し、収束と共に杖状のデバイスが出現。それを彼女は両手でしっかりと握る。

『きっかけはジュエルシード。……だから賭けよう、お互いの持ってる全てのジュエルシードを。それからだよ……全部、それから』

 そう言って高町は、テスタロッサの方へと振り返った。レイジングハートの先端を彼女へと向けている。

『私達の全てはまだ始まってもいない。だから本当の自分を始めるために……始めよう、最初で最後の本気の勝負!』

 力強い瞳で自ら戦おうと言う高町に、テスタロッサの表情は一段と引き締まった。

「戦闘開始かなぁ」
「ああ。戦闘空間の固定は大丈夫か?」
「うん」

 エイミィはクロノに返事を返しながら操作を怠らない。
 高町とテスタロッサが戦闘をしている空間は空まで伸ばした二重結界で囲まれている。空間内にある建物は訓練用のレイヤー建造物。誰にも見つかることがなく、どれだけ壊しても問題ない戦闘空間になっている。

「しかし珍しいね。クロノくんがこんなギャンブルを許可するなんて。ショウくんもそう思わない?」
「俺は知り合って間もないんだけど」

 冷静に返すと、エイミィは苦笑いを浮かべながらクロノに何で許可したのか再度聞いた。誤魔化そうとしたようにしか見えないが、俺もクロノもそこには何も言わなかった。

「なのはが勝つことに越したことはないけど、勝敗はどっちに転んでも構わないからね」
「そうだね……なのはちゃんが時間を稼いでくれている間に、フェイトちゃんが帰還する際の追跡の準備っと」
「頼りにしてるんだ。逃がさないでくれよ」
「了解」

 クロノの言葉にエイミィは笑顔でガッツポーズを取った。ふたりは本当に仲が良いと思った矢先、急にエイミィの表情が曇る。

「でも……なのはちゃんに伝えなくていいの? プレシア・テスタロッサの家族とあの事故のこと」
「エイミィ……」
「あっ……」

 エイミィがしまったという顔で俺のほうを見た。俺は緊急時の際は協力することになっているが、基本的には保護されている身だ。高町に入っていない情報は、基本的に俺にも入ってはいない。

「それは知ってる。叔母はプレシアと過去に交流があったみたいだから。あのときの彼女の気持ちが、俺の保護者になった今なら分かるって、前に話してたことがある」

 とはいえ、クロノ達ほど詳しくは知らない。知っているのは、プレシア・テスタロッサにはアリシアという娘がいたこと。その少女は事故で亡くなってしまったということだけだ。

「俺から高町に言うつもりはないから心配しなくていいよ」
「別に心配はしていないよ。僕はただ、何かとポロっと口にする彼女を注意しただけだからね」
「何だろう……ショウくんが来てから、妙にクロノくんにいじめられてる気がする」
「いじめてなんかいない。話を戻すけど、なのはが勝つことに越したことはないんだ。今は彼女を迷わせたくない」

 意識をモニターに戻すと、高町が爆風で飛ばされたところだった。体勢を立て直したところに、テスタロッサの追撃に遭い、ビルを突き破って海面に激突。何度か海面を跳ねた後、再び空中移動に入った。
 水面ギリギリを飛行していると、背後にテスタロッサが現れる。彼女は電気を帯びた魔力弾で高町を攻撃する。それをビルの側面を上昇しながら回避した高町は、頂上付近で軌道転換しテスタロッサの背後を取った。

『シュート!』

 今度は高町がテスタロッサ目掛けて魔力弾を放った。テスタロッサは高町の魔力弾をビルにぶつけて数を減らし、軌道が揃った瞬間にデバイスを鎌に変えて切断。そのまま高町へと向かう。
 高町はすぐさま手元に残っていた魔力弾を放ったが、テスタロッサはそれをあっさり見切った。高町が防御魔法を展開するのと同時に、テスタロッサの攻撃が防御魔法に衝突し凄まじい音を撒き散らす。
 競り合いが続く中、テスタロッサの後方から桃色の魔力弾が飛来する。高町は避けられることを想定して放っていたのだろう。
 魔力弾の存在に気がついたテスタロッサは、左手に魔力弾を生成。それを後方の魔力弾、ではなく高町目掛けて放った。高町は海面の方へと吹き飛び、テスタロッサに迫っていた魔力弾は彼女に直撃する直前で消滅した。高町がビルを突き破って海に落下すると、魔力弾が爆ぜたのか水しぶきが上がり、煙が立ち込める。

『……ふぅ』

 テスタロッサは付近のビルの屋上の柵に着地し、短く息を吐いた。その次の瞬間、桃色の光が瞬く。
 それに気が付いたテスタロッサが飛び退くのと同時に、彼女に煙を晴らしながら向かって行った桃色の閃光がビルの一角を吹き飛ばした。
 高町の成長速度は驚異的であるが、やはり実力はテスタロッサのほうが上に思える。だがふたりの実力の差が前ほどはない。それに高町の砲撃魔法は高威力。簡単には勝つことはできないが、勝てないわけではない。

『知恵と戦術はフル回転中……切り札だって用意してきた。だからあとは、負けないって気持ちだけで向かっていくだけ! でしょ?』

 高町の気持ちは全くといっていいほど折れていないようだ。あの心の強さが彼女の強さの源かもしれない。
 再び白と黒の魔導師の空中戦が始まった。
 高町がテスタロッサのあとを追う形で攻撃を仕掛けていくがテスタロッサは高度を上げながら避け続ける。雲を突き破った先でテスタロッサは後方に宙返りするように軌道を変え、自分を追って現れた高町の背後を取った。
 テスタロッサは魔力弾で牽制しつつ、近接戦闘に持ち込んだ。高町は簡単に距離を取ろうとせず応戦。ふたりは螺旋状に上昇しながら幾度もデバイスをぶつけ合ってから互いに距離を取った。

『……ここで私が負けたら母さんを助けてあげられない……あの頃に戻れなくなる!』

 簡単に勝てないと顔を歪めていたテスタロッサだが、何かしら思い出したのか彼女の表情が一段と引き締まった。瞳には高町に負けないほど強い意志が宿っているように見える。
 ふたりの激しい戦闘は終わらない。
 戦闘が長くなればなるほど、彼女達の思いの強さは増して行っているようにも見える。だが、ふとテスタロッサの表情に変化が現れた。

『アリ……シア? ……違うよ、母さん…………』

 力の方向がずれたのか、テスタロッサは防御魔法を展開していた高町の隣を抜けて行った。静止するのと同時に、迷いを振り払うかのように頭を激しく振って高町へ視線を向けた。彼女の瞳には必ず勝つという意思が見えた気がする。
 それを証明するかのように、テスタロッサの足元に魔法陣が展開。彼女の周囲に膨大な量のスフィアが生成されていく。高町は移動しようとしたが、彼女の両手はバインドで固定されていた。すれ違うときにバインドを設置したのだろう。

『…………』

 逃げられないと分かった高町の顔は怯えや恐怖に変わることはなく、むしろ「受け切ってみせる!」と言わんばかりの顔に変わった。

『ファランクス……打ち砕けぇぇッ!』

 魔力弾の雨が高町へと向かっていく。爆音と煙が止むことなく発生する。時折魔力弾が周辺に飛んでいくことから、高町が防御魔法を展開していることと堕とされていないことが分かる。
 あらかた魔力弾を撃ち終わったのか、テスタロッサは周囲のスフィアをひとつにまとめ始める。球体だったスフィアは、集合していく中で巨大な槍に姿を変えた。

『スパーク……エンド』

 放たれた雷槍は、高町が固定されていた場所に直進して行った。着弾と同時に周囲の海を吹き飛ばし、迸る雷が建設物を破壊。生じた煙によって、高町の姿は確認できない。
 威力を見て分かるとおり強力な魔法だったのだろう。使用したテスタロッサは肩で息をしている。しかし、油断はしていないようで息を整えながら煙が晴れるのを待っている。

『……行けるよレイジングハート』

 煙の中から現れた高町の顔は、未だに強い意志を感じさせるものだった。バリアジャケットが多少破れたり、焦げたりしている。だがあれだけの魔力弾の雨を受けてのダメージとしては、極めて微々たるものだ。
 デバイスを砲撃形態に変化させる高町の姿を見たテスタロッサの顔には、一瞬だが恐怖のような感情が表れた。それを掻き消すかのように声を上げ、攻撃に移ろうとしたテスタロッサ。しかし、腕と足をバインドされたことで不可能だった。
 先ほどとは逆の展開だ。だがバリアジャケットの強度や一撃の威力は違う。高町の一撃をまともにもらえば、一発で戦闘不能になってもおかしくない。

『ディバイィィン……バスター!』
『……くっ』

 放たれた桃色の魔力を防御魔法で受け止めるテスタロッサ。凄まじい音で聞き取れないが、自分を鼓舞するように何か呟いている。彼女に伝わっている衝撃を物語るように彼女の顔はひどく歪み、バリアジャケットは破れ、それは海面へと落ちて行った。

『……ふぅ……っ!?』

 ふとテスタロッサは、自分の周囲で起きている現象に気が付いた。戦闘空間に残留していた魔力が、空へと昇って行っているのだ。それにつられて視線を上げた彼女の目には、星のように輝いている桃色の光が映ったことだろう。

『使い切れなくてばら撒いちゃった魔力を、もう一度自分のところに集める……』
『収束……砲撃……』

 テスタロッサが呆気に取られるのも無理はない。俺も収束の技術は使うが、使えるようになるまで長い時間がかかった。魔藤師になってすぐの人間――残留魔力まで使用しての収束砲撃なんて簡単に使えるものではない。
 高町は魔法において天才だと思ってはいたが……かなり偏った天才だ。

『レイジングハートと考えた知恵と戦術、最後の切り札。受けてみて、これが私の全力全開!』
『うおぉぉッ!』

 迫り来る脅威にテスタロッサが鬼気迫る顔を浮かべて何重もの防御魔法を展開するが、高町の表情に変化はない。力強い瞳でテスタロッサを見据えたままだ。

『スターライトブレイカー!』

 放たれた膨大な魔力は、テスタロッサの防御魔法に衝突するのと同時に一部が拡散。拡散する魔力はまるで流星群を彷彿させ、海面に落ちると爆発と爆音を引き起こした。
 星を砕きそうな威力を感じさせる雰囲気は伊達ではなく、何重にも張られていたテスタロッサの魔法を簡単に打ち砕く。着弾してすぐに、戦闘空間を壊滅させるのではないかと思えるほどの驚異的な光と音が広まっていった。光の消滅後に映った景色は、黒煙に包まれた摩天楼だった。壊滅していると言っても過言ではない。

「……何て馬鹿魔力だ」

 一部始終を見ていたクロノの感想は最もであり、誰もが似たような感想を抱いているに違いない。俺もエイミィも言葉を失ってしまっているのだから。
 見ている人間の心境を知らない高町は、海中へと潜って行った。落下したテスタロッサを助けに行ったのだろう。
 あんな威力の想像がつかないほどの魔法をもらえば、誰だって気絶するはずだ。敵対しているテスタロッサに同情にも似た感情を抱いてしまうのだから、一生もらいたくない魔法だ。

『ごめんね……大丈夫?』

 テスタロッサを助けた高町は、倒壊したビルの側面に彼女を寝かせている。どうやら気を取り戻しているようで、徐々に身体を起こして立ち上がり、無言のまま宙へと上がった。

「ん?」

 急に現場の雲行きが怪しくなり始め、雷鳴が鳴り始めた。それに気づいたエイミィがすぐさま解析を始める。

「高次魔力確認……魔力波長はプレシア・テスタロッサ」

 さらに戦闘空域に次元跳躍攻撃されるということが判明した。エイミィは高町達を心配する声を上げる。
 禍々しい雲から紫電が落ち始め、海は荒れる。テスタロッサの上空の雲が巻き始め、中心部には膨大な魔力が集まっている。それを見た高町は、全速力でテスタロッサの元へ駆け寄っていく。
 手が届く。そんな風に高町は思い、笑顔を浮かべたのだろう。だが無情にも、高町の手が届く直前、テスタロッサに紫電が降り注いだ。

『フェイトちゃぁぁん!』

 高町の顔は一気に悲痛なものに変わり、少女の名前を叫んだ。それを掻き消すように落雷によって爆音や爆風、水しぶきが生じる。しかし、高町は必死なようでそれらに構うことなく少女を助けに向かった。
 事態が変化する中、エイミィは取り乱すことなく攻撃を行った空間座標を調べていた。きっとこれまでに様々な光景を見てきたのだろう。管理局が時に残酷と思えるような判断を下すのは、何かを切り捨てなければ守れないこともある、という思いからだろう。
 短い時間ではあるが、クロノ達が悪い人間でないことは分かる。顔には出さないが、高町と同じような思いを抱いたりしているのだろう。
 ――良心の呵責に耐えながら行わなければならないこともある仕事か……。

「魔力発射地点特定。空間座標……確認!」

 転送の準備がすぐさま行われ、突撃部隊が順次転送されていく。クロノも場合によっては動かなければならない。それにテスタロッサを捕獲したらしく、疲労しているので可能性は低いがもしもの場合は俺が取り押さえてほしい、とブリッジの方へ行くように言われた。
 指示に従ってブリッジに移動すると、そこには高町にユーノ。それに拘束された状態のテスタロッサとアルフの姿があった。全員の目はモニターの方に集中している。
 試験管を彷彿させるケースの中に金髪の少女が入っている。その姿は、今から数歳幼いテスタロッサだと言えるほど、彼女に酷似している。

『私のアリシアに触らないで!』

 管理局員が近づこうとした瞬間、プレシア・テスタロッサが現れて管理局員を投げ飛ばした。そして、残りの局員達を雷の魔法で一瞬にして全滅させた。
 テスタロッサは、「アリ……シア」と困惑したような声を上げた。自分と同じ姿の人間が、目の前にいるのだから無理もない。
 プレシアはアリシアの入ったケースに寄り添い、9つのジュエルシードでは……と独り言を呟く。

『終わりにするわ……この子を亡くしてからの時間も……この子の身代わりの人形を娘扱いするのも』
「――っ!?」
『聞いていて? あなたのことよ、フェイト』

 プレシアは現実を突きつけた。その現実に理解が追いついているのは、事前に情報を知っていた者達だけ。高町達はもちろん、テスタロッサ本人も理解が追いついてはいない。

『せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない私のお人形』
『……最初の事故のときにね、プレシアは実の娘《アリシア・テスタロッサ》を亡くしているの。安全管理不慮で起きた魔力炉の暴走事故。アリシアはそれに巻き込まれて……。その後プレシアが行っていた研究は、使い魔を超えた人造生命の生成……』

 普段と違って元気のないエイミィの声が、それが真実であると物語っている。
 この時点で理解が追いついている者は、この場にいるテスタロッサがアリシアの記憶を転写されて生み出されたクローンだということが分かる。

『そして、死者蘇生の技術……』
『記憶転写型特殊クローン技術、プロジェクト・フェイト』
『そうよ、そのとおり。でも失ったものの代わりにはならなかった。作り物の命は、所詮作り物……アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ』

 テスタロッサに憎悪にも似た視線を向けている。
 自分勝手な言動に怒りを感じるが、その一方で彼女に対して同情したり、哀れんでいる自分がいることに気がついた。
 きっと彼女は心優しい母親だった。娘に対する愛が深かったから、それに取り付かれて禁断の道に走ったのだろう。テスタロッサに憎悪するのはアリシアへの愛が深過ぎるために、アリシアと違う部分を許容できないからだろう。

『わがままも言ったけど、私の言うことをよく聞いてくれた。アリシアは……いつでも私に優しかった。……フェイト、あなたは私の娘じゃない。ただの失敗作。だからもういらないわ。どこへなりとも消えなさい!』

 その言葉に俯いていたテスタロッサの身体が震えた。彼女の中で何かが崩れていっているような気がしたのは、きっと俺だけではないはずだ。

『フェイト、良いことを教えてあげるわ。あなたを作り出してからずっとね……私はあなたが大嫌いだったのよ』
「――ぁ!?」

 テスタロッサから思わず漏れた声は、まるで心が壊れた音のように聞こえた。彼女の心を表すように、彼女の手から落下したデバイスも一部砕けてしまった。
 心に傷を負った少女の身体からは力が抜け、その場にふらつきながらしゃがみこんでしまう。隣にいた高町とユーノがすぐさま支えた。
 事態はこれだけでは終わらない。Aランクにもなる魔力反応が多数出現し、プレシアがジュエルシードを発動させた。目的は忘却の都と呼ばれるアルハザートに行き、そこにある秘術でアリシアを蘇らせることらしい。

「……プレシア・テスタロッサ。あんたは間違ってるよ」


 
 

 
後書き
 一時的な休息の後、なのははフェイトとジュエルシードを賭けた本気の勝負を挑んだ。フェイトはなのはとの勝負に敗北してしまい、母であるプレシアに切り捨てられる。
 アースラで自分の出生の秘密とプレシアの残酷な言葉を聞かされたフェイトは、ショックのあまり自分ひとりでは立てなくなってしまった。そのためアースラに残れるショウがフェイトの傍にいることになるのだった。

 次回、第9話「君はフェイト」

 
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