とある蛇の世界録
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第八話
空から現れた朧の右手には、一本の杖が握られていた。その杖はとても異様なものだった。二匹の生きた蛇が巻きつくその杖の名は『ケーリュケイオン』。朧はそれを無造作に振るった、すると倒れ伏していたリアスたちの体の傷がいえる。
さらに、朧のみが使える固有の結界。血のように真っ赤なそれは『アジ・フロイライン』。『蛇の令嬢』
を冠するそれは、世界最強の固有結界。
かの『赤龍真帝』グレートレッドをも屠った最強の結界だった。
朧の眼は赤く輝き、髪は真っ白に染まっている。
「朧さん…………」
「大丈夫だアーシア。少しだけ待っていろよ」
「――はい。分かりました」
そう言い残し、アーシアは緊張の糸が切れたのか、気を失った。それをヤトが支える。
コカビエルは起きない。たった一撃でその生を終えたのだ。聖書にも載った堕天使が、だ。
『アジ・フロイライン』は、朧の思いに応えるように、その色を赤く染めた。
「…………お前は、どうするんだ? 戦うのならば相手にしてやるぞ」
その台詞とともに、朧は校舎の屋上に眼をやる。そこから影が飛び降りてきた、かと思うと影すらも追えないほどの速さで朧に襲い掛かった。
その神速の拳を、朧は杖で受け止める。あたりに突風が舞う。現れたのは一人の少女だった。黒い褐色の肌に、黒いワンピースを着た少女。その艶のある黒の長髪が踊る。
「久しぶりだな、ニーズへック。まだ『ラグナロク』は先だろう?」
「ふん、『蛇神』が。『ラグナロク』はもうすぐだ。お前には分からないだろうな、知ろうともしないだろう? お前は」
「私にここまで反抗的な子はお前だけだよ、全く」
「別にお前が嫌いというわけではない。お前の考えが嫌いなんだよ。いつもいつも、人間人間って。そのくせ愛した女も護れない」
「…………」
「姉さま……」
「お前の初期の初期の子供は、ほとんど封印された。お前が人間なんかを気にしている間にな。私やユルルングル、オーフィスみたいなやつらは問題なかったがな。私の知る限りで百を超えるやつらが封印されてるだろう?」
「…………」
「だんまりか。まあいい」
そこでニーズへックはヤトを――その後ろのアーシアを捉える。そして、凄惨に笑う。まるで蛇のように。
「そいつがお前の『お気に入り』か?」
「…………だったらなんだ」
「いや、なに。こうするだけだよ」
――その時だった。
ザシュッ。
と、気味の悪い、肉の裂ける音がした。
朧は眼を見開き、後ろを――アーシアに振り返る。
アーシアの黒い修道服が、血によってさらに黒く染まった。引き裂かれた服のから見える傷口は、明らかに生物の生きられるようなものではなかった。
「あ…………あーしぁ……?」
「ご、ご主人ッ!」
復活はヤトのほうが早かった。アーシアに駆け寄る。だが、その蛇の目は捉えていた。アーシアの体温の急激な低下に。
「父上ッ! ご主人がッ! このままじゃ……」
「そうやってな。またお前は一人の人間すら護れないんだよ」
震えながら、アーシアに近寄る朧。そして杖を振るう――しかし、
「なんでッ……何故傷が治らないッ!? ニーズへックっ!」
死をも覆す杖『ケーリュケイオン』でさえも、その傷が治らない。ありえなかったそんな事は、聖書の神により創られたその杖に、治せぬものなど――――ッ!
「ニーズへック、貴様ッまさか……」
「その通りだ。そいつの命は私の背の上、生き返ることはありえない」
「なぜッ…………、何故だッ、ニーズへックっ!? アーシアは関係ないはずだろう!? 何故私を狙わないッ!」
「決まっているだろう? お前のその顔が見たかったんだ」
そこで朧の何かが切れた。
「…………――――ひ、ひひひひひ、ふふはっはははっは」
「?」
訝しげに朧を見るニーズへック。
朧は笑う。笑う笑う。笑う笑う笑う。笑って笑って笑う。
くるくるくるくると、狂ったように笑う。
「はははっはっははっははあっはははっははははあはあははは」
「何だ……もう終わりかッ――――ッ!」
突然、ニーズへックの体が吹き飛んだ。その勢いを、空中で殺し体勢を整える。朧の追撃に身を構えるが、それは無かった――が、
朧は右腕を空に掲げていた。
ニーズへックもヤトも、その右手に見呆けた。
その右手に握られていたのは金のロザリオだった。それにハッとして、ニーズへックは朧に襲い掛かろうとする――その時だった。
――はるか上空の結界から無数の蛇があらわれる。
それは地面からも現れ、浮き出てくる。その蛇たちは、ニーズへックに巻きつき、その動きを規制する。
「くっ! 雑魚がッ!」
それをなぎ払うが、その蛇は無限に現れニーズへックに巻きつく。
「こッ、のッ! 野良風情がァァッ!」
圧倒的な衝撃が、全ての蛇を消し去った。そして、朧に再度向かおうと力を向けた、がそれは手遅れだった。
金のロザリオが神々しく輝きを放つ。それは先ほどの聖剣とは比べ物にならないほどの輝きを放っていた。
――それは金色の剣。
――かつて愛した少女が使用していた聖剣だった。
「I will offer a prayer to a constellation without now.」
――今は亡き星座に祈りを捧げよう
「The unforgettable figure disappeared so that it might be printed.」
――忘れがたきその姿は焼きつくように消え去った
「Permanent her who will be reflected if it remembers.」
――思い出せば映る永久の彼女を
「I will not surely be able to remembers.」
――私はきっと思い出せないのだろう
その聖剣の名は――
――――クロムダスク・リリィ
かつて一人の少女が、命と引き換えに創りだした。魔剣の成り上がった姿だった。
後書き
ニーズへックとは、かつての『ラグナロク』を生き残った龍の名です。
この作品での『ラグナロク』とは、聖書のものとは違いますが、それももうすぐ分かります。
『クロムダスク・リリィ』に関してもですね。
完結はもうすぐです。その後も話は続きますがね……
次回は閑話です、たぶん。
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