SR004~ジ・アドバンス~
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20years ago ”Beginning of the world”
#01
《大変遷》。去る百年ほど前に起こった、現実世界唯一の《流転》。世界の全てが更新され、《奇跡の無い世界》は《奇跡のある世界》になった。
人々の知らないところで、異形の者たちと、それに立ち向かう英雄たちの戦いが、何度も、何度も繰り返された。
だが、今や、そんな時代も終わりを告げた。異形の者たちの足跡は途絶え、戦いから解放された英雄たちは普通の人間としての生活を送っている。
そして今、世界の関心は、今までの『奇跡』とは別種の『奇跡』へと向けられている――――。
***
2X14年。時代の主流は、《拡張仮想現実》……略して《AVR》となっていた。一切のデバイスを必要としない、《現実》と《仮想》の融合。
何もない場所に信号機が出現する。真っ白い壁に中世風の煉瓦模様が浮き出る。触れられる。嗅覚・味覚を含めるすべての五感に、もはや現実と仮想の継ぎ目は、ほとんどなくなっていた。
その中にあって、いまだに根強い人気を泊するのが《VRゲーム》である。《Benefit》と呼ばれる、補聴器程度の大きさのVR機器が、脳と直接交信し、仮想の五感を与える。《仮想世界へのダイブ》だ。
いくら仮想現実化が進んでいるとは言え、ゲーム能力を現実世界に持ち込むことは不可能であった。現実世界では体感することの叶わない様々な出来事が、《VRゲーム》では可能であった。
そもそも、この《VRゲーム》が世界で最初の大規模なVR世界の形成だったのだ。VRゲームがなければ、AVRが進むのはもっと遅かっただろう。
全世界で進むAVR化に伴って、この《VRゲーム》も普及した。多くのゲーム作成用フリーパッケージが配信され、世界中で十万近い数のVRゲームが開発されているという。
その中で、特に人気のあるジャンルが、《VRMMO》である。《ヴァーチャルリアリティ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン》。一つの世界に、無数のプレイヤーがログインして遊ぶこのゲームは、VRゲームが世界に広がる先駆けともなったジャンルである。《大変遷》によってもたらされた、かつてよりも十年ほど進んだ科学技術が、本来ならば当時から見て五十年ほど先にならなければ実現しないVR技術をもたらしたのが、四十年ほど前。黎明期よりVRMMOは多大な人気を博し、登場から四十年以上たった今でなお、その勢いは収まることを知らない。
VRMMOの大躍進はまだまだ続くだろう。
***
「……と、言うわけだ」
「ふーん……すごいのね、VRゲームって」
久積幸春は、テーブルを挟んだ向こう側に座る恋人、七尾優里が存外に薄い反応を返したことを受けて、がっくりとうなだれた。
「おいおい、反応薄いなぁ」
「いや、そんなこと言われても……私、これが平常運転だしねぇ。でも、感動してるのはほんとよ」
「わかるけどさ……なんか、そういうのって外見に現れないと不安になるのが俺という男の性であって……」
三か月前から付き合い始めたこの少女は、感情が表に出てきにくい。より正確には、表情の変化が『平坦』なのだ。一定以上に表情が変化しない。普通に驚いている時と、驚愕で言葉も出ない時、喜んでいる時と、感動で泣きそうなとき。内面は大きく違うのに、両方ともそれぞれ同じ表情なのである。
幸春は、どちらかというと相手の表情や反応を見て次の行動を考えるタイプの人間だ。優里はあらゆる面で幸春とぴったり合致する、まさしく『理想の女性』であるが、この一点だけは非常に不便であった。なにせ、相手がイラついているだけなのか、それとも激怒しているのかも分からないのだ。どういう風に声を掛けたらいいのかも分からない。
「VR技術がここまで発達したのも、そのVRゲームのおかげなんだね」
「まぁ、そうなるわなぁ」
幸春は、窓の外から降り注ぐ太陽光を見て、呟いた。蒼天第一高校の学食スペースを照らす日光は、本物の太陽光ではない。実際の蒼天市の空は、進みすぎた科学技術による大気汚染で太陽すら見ることがかなわない。《蒼天》の名が泣く。しかし、人間という生物は太陽光がなければ生きていけない。光合成をおこなう植物とちがって、人間には日光が直接生命活動に大きくかかわるわけではないが、太陽光がなければ倦怠感が募るし、病気がちになる、という話もあるらしい。
それを改善したのが、AVRによる《人工太陽》だ。東京や埼玉、そしてAVRの先駆けである蒼天市で重用されているこれは、都市上空にAVRによる太陽の光を再現する物だ。四十年前、否、二十年前であれば決してできなかった技術だ。
「この植物だって、実際のところAVRなわけだしね」
窓辺に置かれた観葉植物の葉っぱを、さわさわと指でさわる優里。そう、この植物も、AVRのたまものだ。
現代のAVRが、従来のVR技術を大きく引き離して、わざわざ『拡張仮想現実』と呼ばれている理由。それがこの、『質量をもったVR映像』だ。一体どういうシステムで成り立っているのか、幸春のような素人には全く持って理解できない。
クラスで最も頭が良いとされる京崎に話を聞いたところ、ワケの分からない理論を持ち出し始めたので二秒で取りやめさせた。それほどまでに、AVRは複雑で、画期的な技術なのだ。
「……で、幸春はどうして私にいまAVRの話をし出したの?」
「っと、そうだった」
危うくこの話を始めた理由を忘れるところだった。幸春は右手の中指と人差し指をそろえると、小さく振った。すると、りりん、という軽やかな音と共に長方形のウィンドウが呼び出される。AVR技術が誇る、仮想携帯端末呼び出し機能。大規模な都市でしか利用できないが、今や日本で『大規模でない都市』など存在していても事実存在していないに等しい。過疎化が進みすぎて、人などほとんど住んで居ないためだ。
VRウィンドウ上には、今日の月日や天気、簡易スケジュールから現在の幸春の体調に至るまでの様々な情報が記入されている。それらを無視して、横のオプションメニューから、携帯端末としての本来の機能を呼び出す。ファイルをいくつか操作して、最後に横のボタンを一押し。ウィンドウ上の表示が可視化され、優里にも見えるようにする。
このVRウィンドウ不可視補正は、ウィンドウ上の個人情報を盗み見る輩を防ぐための機能だ。しかしこれを解かない限りには、必要でも他人にウィンドウを見せられない。だから、この様に可視化ボタンが設けられている、というわけだ。
「ほれ」
幸春が優里に見せたVRウィンドウ上には、【最新鋭VRMMO、『SR004』正式サービスいよいよ開始】と書かれていた。
「『SR004』……?なに、それ」
「VRゲームの名前だよ。『システムロードゼロゼロヨン』と読むらしい」
「……ゼロゼロヨン?レイレイヨンでもゼロゼロフォーでもナンバーフォーでもなくて?」
「そう。ゼロゼロヨン」
「……何で四番目?」
「さぁ。気にするところじゃないだろ。題名に意味がある作品なんてこの所ほとんど無いぜ」
珍しく優里が表情を変える。困惑したような表情だ。これは優里がその話題に興味を持った時にまれに見せる表情で、幸春は内心でよし、とガッツポーズをとっていた。
『SR004』。
日本語と英語の微妙に入り混じったワードであるが、妙に口に合うというか、言いやすい名前であった。
「で、その『SR004』がどうしたの?」
「ちゃんと見たのかよ。正式サービス開始ってあるだろ?」
「うん」
「こいつは三カ月ほど前まで、一カ月だけβテスト期間……言ってみれば『お試しプレイ』期間を設けててな。俺も参加したんだが……ものすごい完成度だった。そこいらのVRMMOなんて目じゃないぜ」
《『SR004』βテスト・エディション》は、去る四か月前、突如VRゲームネクサスサーバー、《ザ・ユグドラシル》にアップロードされた。この《ザ・ユグドラシル》は、世界最大規模のVRゲーム作成ソフトの後継機で、現在42バージョン目に突入し、恐るべき数のVRMMOを有している。VRゲームは製作者の素性を問わない。『面白ければそれでいい』のだ。しかし、最古参のVRMMOも存在するこのゲームネクサスにサーバーを置くのは「恐れ多い」とされ、新規VRゲームは、多くのネクサスサーバーを経由し、様々な批判や感想を受け付けてから、完成度の高いものとなってこの《ザ・ユグドラシル》にやって来るのだ。ほかの下位ネクサスで人気の出たVRゲームの多くは、ネット上などで噂される。しかし、『SR004』はそれらを一切伴わずにいきなり出現したのだ。さてはVRゲーム界のイロハを知らない初心者が、興味本位でVRゲームを作成したか、と、早速批判を稼業とする暇人たちがダイブした。
――――そしてそのゲーム完成度に、瞬く間に心を奪われた。
サイバーファンタジー調の世界観設定や、無数の《職業》と《スキル》の、無限大の組み合わせによる星の数ほどの戦略。一体一体に超高度なAIを与えられたNPC達。そして何より、数々のVRMMOを凌駕する、圧倒的描画エンジン――――
『突如として出現した謎の超新星』『世界最高のVRゲーム』などとネット上でささやかれるようになり、『SR004』は公開性βテストとしては異例のプレイヤー人数を獲得。最終日にはユーザー人数は五万人を超えていた。それも、国籍関係なく、世界中のプレイヤーが集まっていたのだ。『SR004』が正式サービス開始に莫大な期待を寄せられていたのもうなずける話だ。
そして、来たる一週間後、遂に『SR004』の正式サービスが開始されるのだ。現在稼働待ちのソフトダウンロード数は十万を超えているとも言われており、これは現在稼働するあまねくVRゲーム中、可動直前の数字としては歴代最高の数字であった。
幸春もβテストに参加し、正規版の配信が開始されると、なけなしの小遣いを使い切って『SR004』を購入した。
「あの世界に降り立った時、『本物の異世界に来た』と思ったんだ。初めてVRゲームをプレイした時も、まるで異世界に来たような感覚を覚えたけど、それをずっとずっと通り越して、『本物』を見た気がした――――」
「幸春、相当それに入れ込んでるのね」
「当たり前だろ」
そこで幸春は驚きに目を見開いた。
優里が、笑っている。普段の微笑とは大きく違う、慈愛に包まれた笑み。決して見れないと思っていた笑顔。
「……どうしたんだ、優里」
「へ?……どうしたって」
「すごいうれしそうな顔してた」
「え……」
優里は笑みを消して、迷ったような表情をした。
「えーっとね……幸春が、そんなに嬉しそうな顔してるの見るのも、私、初めてなの」
「え?そうなのか?」
「うん。幸春、いっつも気付いてないけど、私と同じくらい……とは言わなくても、結構表情変わってない」
「マジか……」
幸春は決して無表情ではない。それは優里も同じだ。能面、というわけではないのだ。ただ、感情の起伏に対して表情の起伏に乏しいだけ――――そして幸春も同じだという。
「自覚ないかもしれないけど、私たち、一応恋人どうしなわけで……私も、幸春が何考えてるのかわからないと、時々不安になっちゃう。だから、幸春がうれしそうで、私もうれしくなっちゃった」
「そっか……ありがとうな」
「ううん。……それに、私幸春の企みにも何となーく気付いちゃったしね」
「う……!?」
ばれてる――――!?
優里が苦笑いを浮かべる。
「どうせ、私にもやれって言いたかったんでしょ?RPG物はパーティー組んだ方が効率良いしね」
「良くご存じで……っていうか、VRゲーム経験ないんじゃなかったのか?」
「携帯端末にゲームソフトの一つや二つくらい入ってるわよ」
「ああ、そう……」
VRゲームが今日のゲーム業界のシェアの多くを占めてはいるが、VRでない、2D(と言ってもAVRではあるのだが)ゲームの方がよい、という人間は世界に数多く存在している。そのため、携帯端末用のゲームソフトなどはいまだに健在だ。それこそ、《大変遷》以前からのタイトルも存在しているはずだ。たしか《ドラ○ンク○スト》などはそろそろ《ⅩⅩⅩⅩⅩ》までたどり着いていたはずだ。
やたらとゲーム類に詳しいのはそのせいか……と苦笑しながら、幸春は優里に言った。
「優里、『SR004』やろうぜ。VR知識は俺が教えてやるよ」
「いいわよ。けど購入費は幸春のおごりね」
「なん、だと……!?」
この時まだ、世界中のゲーマーたちは知る由もない。『SR004』の名前の意味も。『SR004』の本当の姿も。
『SR004』を稼働させているシステムの名前も。なにもかも。
後書き
こんにちは、Askaです。SAO『神話剣』ほっぽらかしてオリジナルに逃げ込みました。SAOの方も合わせて読むと、意外な接点とか見つかるかも?
↑何この悪徳商法
作成に協力してくださったN.Cさん、ありがとうございました!
それでは、次回もお楽しみに。
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