クラディールに憑依しました
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ボス戦は始まってました
第四十六層ボス部屋。
「…………アスナ様、お時間です」
「…………ん…………もう時間? ボスは?」
「まだ半分も削れていません」
「もう――――どれだけ頑丈なのよ、硬いにも程があるわ」
仮眠から目覚めたアスナが戦闘中のフロアボス――――巨大アルマジロもどきを睨みつける。
アルマジロの外見から連想できるとおりボスの外装は硬く、ソードスキルのダメージがほとんど通らなかった。
比較的攻撃が通りやすかったのは腹で、それでも攻撃が通ったとは言えない些細なダメージだ。
ボスの行動パターンだが、背後まで囲むと丸くなって部屋中を飛び跳ね、暫くするとゆっくり歩き出す。
正面に立てば腕を振り回すぐらいはするが、攻撃力の低いソードスキルでも相殺できた。
そして、致命傷になる攻撃は一切してこない。
何故こんな奴がボスなのか? ピナの復活を急ぐ俺達への嫌がらせとしか思えない。
結論としては、腹以外への攻撃は武器の耐久値が無駄になると割り切って、
スリーマンセルに変更して、二人がボスの攻撃を防ぎ、残りの一人がスイッチで腹を集中的に攻撃する。
現状ではコレが一番効率的だろうと言う話で纏まり、長期戦を覚悟してシフトが回って来るまでは仮眠や食事など、
かなりフリーダムなボス戦になってしまった。
キリトもアスナも早々に寝てしまい――――ぶっちゃけ暇だった。
戦闘を開始してから既に三十時間が経過しているが…………未だに弱点は見つかっていない。
「おーい、補給持ってきたわよー」
開けっ放しの扉から彼女の声が響いた。
「リズっ!? 危ないよ、どうして来たの!?」
「アスナ達が丸一日経っても帰って来ないからアルゴに聞いてみたの、そしたら結構梃子摺りそうって聞いてね、
血盟騎士団のホームから食料の補給を持って来たの、エギル達の分や聖龍連合からも預かってるわ、
代表者か係りの人を呼んでくれる? それと、此処で武器の耐久値も回復させるから持って来て、かなり削られてるでしょ?」
無駄な時間と武器の耐久値が減っている現状で、なかなか魅力的な提案だ。
「今回はオレっちのマネージメントだからナ、耐久値の回復には追加料金が発生するゼ、
――――もちろん、アーちゃんはサービス価格だヨ」
やっぱりアルゴが発案者か…………ぼったくられるのが目に見えるな。
アスナの細剣を受け取ったリズと目が合った。そしてリズが横に居た小さな影――――シリカの肩を叩いた。
俺に気付いたシリカが此方に駆けて来た。
「クラディールさん!」
――――何故此処に来た? とは言えなかった。
「…………よく来たな、悪いが見てのとおりだ、まだ時間が掛かるだろう」
「…………そうみたいですね――――あの、あたし、じっとしてられなくて……何か手伝えたらと思って……」
「気持ちは嬉しいが、リズの近くで大人しくしてろ、アレが飛び跳ねたら面倒な事になる」
「…………ですよね。ちょっとだけ、何か出来る事があったらと……思っただけですから…………」
シリカがしょんぼりと肩を落とす。
「お前が無事で居る事の方が安心できる、無茶な事は俺やアスナに任せれば良い」
「――――」
一瞬だけシリカが何か言い出そうとして――――思い直したのか、何も言わずにリズの方へ戻った。
言いたい事は山ほどあるだろうが、第十層以来シリカをボス部屋に連れてきた事はない。
次の第四十七層で手に入るプウネマの花でピナが何時でも復活できる様になるまでは危ない事はさせたくない。
………………
…………
……
そろそろ血盟騎士団のシフトに変わろうとする時だった。
「ちょっと、あんた」
振り返ればリズが居た。
「どうした? 武器の耐久値なら間に合ってるぞ? お前なら俺の武器の総量、知ってるだろ?」
「そうじゃなくて、あたしも次のアタックに参加するって言ってるの」
「…………ボス戦だぞ?」
「わかってるわよ、ボスのHPバーがラストになる前に離脱すれば良いんでしょ、あたしのSTRなら時間短縮にもなるわ」
「他の連中はどうするんだ? 武器の耐久値が回復してない連中も居るだろ?」
「アルゴの価格設定が少し高かったみたい、結構な金額にはなったし、もう持ってくる奴は居ないみたいね」
「お前、自分の欠点忘れてないよな?」
「大丈夫よ――――あのボスの行動パターンって片手で数えられる程度じゃない、研磨するついでに見てたけど、もう覚えたわよ。
それよりも、もう時間が無いんでしょ? もう直ぐ夜明けよ、昼過ぎまでに次の階層に行かないと」
「…………お前にそんな話してたっけ?」
「アルゴから聞いたの、だからこの依頼を引き受けたのよ――――何で言わなかったの? 知ってたらもっと協力出来たのに」
「まだ確実って訳じゃない、裏付けの取れていない情報で熱くなるのもな…………」
「それでも、少しでも可能性があるなら賭けた方が良いじゃない、他に見つからなかったんでしょ?」
「……ああ」
「なら、あたしはこの情報に賭けるわ! あたしも前に立つ、少しでもボスのHPを削って――――次の階層へ行くっ!!」
……
…………
………………
攻略組とボスが削り合いをしている場所まで近付く。
「左の攻撃は俺が止める、右の攻撃はアスナだ、リズは中央で腹への攻撃に集中してくれ」
「了解」
「リズ、本当に大丈夫? 攻撃パターンが変わったら直ぐに逃げてよ?」
「大丈夫だって、アスナったら心配し過ぎよ」
「時間だ、次でスイッチ入れるぞ」
ボスから繰り出される左右の振り下ろしを俺とアスナのソードスキルで払い除ける。
「今だ、リズ!」
「ふうぅッ、えいッ!!」
リズの振り下ろした一撃がボスのHPバーから五パーセント、いや、六パーセントほど削り取った。
攻略組の平均が二パーセントから三パーセントだった事を考えると倍か、それ以上のダメージを与えている。
次々とHPを削るリズの姿を見て、攻略組が次第に騒がしくなっていく。
「おお、すげえ」
「マジかよ、どれだけ攻撃力上げたんだよ」
「撲殺の名は伊達じゃねえな」
「何で今までボス攻略に来なかったんだ?」
リズの耳にも届いているのだろう、異性から持ち上げられて、顔を少し赤くしながら攻撃を続けている。
――――恥ずかしいのか? まぁ、『撲殺』の名前はアレだろうけど、顔を真っ赤にするほどかね?
あ、そう言えば、リアルのリズ、『篠崎里香』は、中学校では髪型が三つ編みの優等生女子だったっけ?
異性に褒められたりだとか、他人からお世辞を言われる経験が少ないのかもしれないな。
そして、リズの攻撃でボスのHPバーが半分を突破した瞬間、攻略組から怒号の歓声が上がった。
――――おかしい。
いつもの攻略組なら、もっと殺伐とした空気で、黙々と自分のギルドが優位になるような駆け引きばかりしていた筈だ。
ボスの前に三人しか立てなくて、暇を持て余しているにしても騒ぎ過ぎだ。
誰かが攻略組の無意識を意図的に騒ぎ立てて持ち上げている奴が居るな。
視界の端を注意してみれば、攻略組の誰もがリズの活躍を見守っている中で、足を止めずに動いている奴が数名居る。
声を出していない攻略組の後ろに潜り込んでは、着火でもする様に声を出している奴が居た。
――――アレが原因か!
人は図書館やテスト中、授業中など、静かにしなければならない場所で、気が付けばお喋りをする程に騒がしくなる事がある。
始めはノートを擦る筆記用具の音だったり、誰かが鼻を啜った音、咳をした音、椅子を引いた音、机を直した音。
『他の人がこれくらいの音を出しているから、自分がこれくらい音を出しても大丈夫だ』その無意識が雑音を広げる。
問題なのは、今それを利用している連中は、リズの弱点を充分把握しているって事だ。
元々戦闘に不慣れだったリズを、無理やり最前線で戦う様に仕向けたのは俺だ、
だからリズをボス戦にも出さず、この弱点を伏せて来た。
なのに、この演奏を指揮している奴は、俺達の関係を良く観察して的確に弱点を突いてる。
こんな悪戯を仕掛けてくるのは『笑う棺桶』ラフィン・コフィンの連中だろうな。
攻略組にも混ざってるとは思ってたが、まさか此処で仕掛けてくるとは…………。
ついにボス部屋全体が攻略組の大合唱で揺れていると感じるほど熱は高まった。
ボスのHPバーが減って、もう直ぐ攻撃パターンが変わる、リズを止められるのか?
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