ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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After days
挿話集
妖精達の凡な日常①
Side:Hannya
「ふぁ……」
東京郊外のとある安アパート。彼の収入を以てすればそれなりのマンションを借りる事など造作も無いが、あえてそれはしていなかった。
今日は休日。特に用事も無ければ片付けるべき仕事もない。
「なら、遊ぶに限るな」
部屋の空気を入れ換えている間に栄養食品で朝食を取り、衣類を洗濯し、メールをチェックする。
それらを1時間程で準備し終えた彼はついさっきまで寝ていたベットに再び寝転がった。脇のスタンドに置いてあるフルダイブマシンを装着し、息を吐くついでに言葉を発した。
「リンク・スタート」
妖精郷アルヴヘイムの中央都市《アルン》の自宅で目覚めたハンニャは起き上がるとテラスから街へ飛び出した。
特に目的があるわけでもないし、こっちで欲しい物があるわけでもない。ただぶらぶらとこの世界を飛び回るつもりでいた。が、
「およ……?」
眼下に見慣れた青年を発見したため、声を掛けるため降下しようとすると、その隣を女性プレイヤーが歩いているのを発見した。
(ほうほう。デートですか。邪魔しちゃ悪いね……)
しかし、ただぶらぶらしているよりコッチを尾行した方が面白そうではある。
「…………だいぶ俺も染まって来ちまったな」
誰色に、とはあえて言わない。
ハンニャは微妙に高度を下げつつ眼下の大通りを行くセインとシウネーをつけ始めた。
Side:Arce
―アインクラッド11層タフト付近
「フンッ!」
「ぐぉ!?」
天高く舞う大柄なスプリガンのプレイヤー。カチ上げているのはやや長身のウンディーネ女性プレイヤー。
両手にノックバック強化の魔法をまとわせながら何事も無かったかのように歩き出す。
彼女の周りにはさっきのPKの仲間がごまんと居たが、彼女の進行方向に立ち塞がる者は慌ててその場を飛び退いた。その様子は紅海を割るモーゼの如く。
(……実際、魔法で海とか割れるのだろうか?)
今度ヴィレッタにやってもらおうなどとかなりどうでもいいことを考えながらアルセは街へと帰還した。
「ふぅ……」
アインクラッドの無数の都市はモンスターこそ入ってこないが、全て中立都市なので当然さっきのPKが追いかけてきて襲われる事もある。
が、あの程度の有象無象が群れた所でアルセに手傷を負わせる事など出来はしない。
NPCから受けていたクエスト数件の完了報告を終え、報酬アイテムの中から頼まれていたブツを所属するギルド《オラトリオ・オーケストラ》の納品タブに移す。
このギルドにかつての師にして相棒、ハンニャ、良き友人セイン、ヴィレッタと共に加入したのは昨年の暮れ、そこのリーダーと知り合ってから約1年経っての事だった。
攻略ギルド《オラトリオ・オーケストラ》。かのSAO時代から存在したというギルド。デスゲーム時に最強ギルド候補の一角を占め、現在もアインクラッド二大ギルドと並んで最前線にあるアクティブギルドだ。
構成員の6割が元SAOプレイヤー、内8割はSAO時代からのメンバーだが、主力の大半は純ALOプレイヤーが担うという不思議ギルドだ。
リーダーと旧知の仲である某インプはその理由をこう語った。
様々な軋轢を生みやすいVRMMOに必要なのは『誇示しない抑止力』。誇るでもなく、翳すのでもなく、ただ在るだけでその場を平する事が出来るのが真の抑止力だ、と。
生え抜きの実力者である幹部陣が加入した純ALOプレイヤーを鍛え上げ強力な戦力とし、ゲーム内での精神的地位を上げる。その威光を以て溢れがちな元SAOプレイヤーをゲームに順応するまで庇護する。
とどのつまりALOプレイヤーは利用されているだけなのだが、その待遇は破格だ。
例えば上納金免除、装備は安値でメンテ、アイテムは支給……etc。
何よりこの計画が軌道に乗れば《最強ギルドの構成員》事によると《幹部》という最上のステータスが与えられるのだ。破格待遇に寄せられたプレイヤー達が利用されていると承知の上であくせく働いているのはそう言う事情がある。
―閑話休題―
アルセ達の場合、加入理由はどちらかと言うと元SAO組に近いものがあるが、彼女達には遠慮無しに返り討ち出来るだけの技量と気概がある。
ギルドの方針も『喧嘩は売るな、売られた喧嘩は買い叩け』だし特に問題はない。
「買い叩くのは好きだが、如何せん数が多いと何かと面倒なんだよな……っと?」
メールの着信を告げる音と視界端にアイコンが現れる。リーダーからの急ぎの催促かと思って開くと、差出人はハンニャだった。
「あん……?」
文章はなく、代わりに添付スクリーンショットが1枚。人物2人を上空から撮ったもののようだ。
「何なんだ……って、うお……!?」
写っていたのはウンディーネ2人、古い仲間の1人であるセインと新進気鋭の小ギルド《スリーピング・ナイツ》のメイジ、シウネーだった。
「……そういや最近、あいつら仲良いなとは思ってたが……マジか」
友人の突然のスキャンダルに嬉しいやら悔しいやら羨ましいやらでぷるぷると体を震わせていると、ハンニャから追伸が入った。今度は写真と文章もあった。
「……な!?」
それを見て愕然とする。シウネーの細い腕はセインの腕に絡み付き、両者はどこか気恥ずかしそうにだが、穏やかに微笑んでいる。そして、文章。
『尾行中だ』
「…………」
メッセージタブに移動するとカイト宛にメッセージを作成、アバターのポリゴン霞む程のスピードで文章を打つと送信。
次いでハンニャに短文を送った。
『混ぜて』
Side:Viletta&Rex
「――――♪」
「グルルル……♪」
24層《オラトリオ・オーケストラ:仮本部》付近の湖畔。そこは今、ある種の侵入禁止エリア―――否、侵入したらどうなるか分からない魔境と化していた。
そこには春の陽気の中、使い魔と楽しそうに戯れるケットシーの少女が居た。九種族の中でも平均的に小柄であるケットシーの中でも特に小柄で、頬に朱を差しその愛らしい笑顔を惜しげもなく振り撒いていれば意識せずにはいられない。
例え、相手が一年前まで最凶のPKプレイヤーと恐れられていた少女だとしても。
―――戯れているのが旧ヨツンヘイムに闊歩している動物型邪神に匹敵する巨大龍でなかったら、男共は殺されるのを覚悟で言い寄っていたかもしれない。殺されるのは同じでも、今は本能的な恐怖で近づけずにいるのだ。
「グルルル……」
小さな主人が顎の下の鱗を撫でるのがどうにも堪らないらしく、厳つい顔をクニャと弛緩させ、満足そうに唸る。
「ふふ……」
うつらうつらとしてきたレックスを撫でながら思わずと言った様子で笑みを溢す。自分の何倍も大きく、強く勇敢なレックスだが、主人の前では子犬と何ら変わらない無邪気さで可愛がられている。
だが、
「…………」
ふと、思うことがある。戦闘中、街を歩いているとき、現実世界でも学校で特にやることが無い時など思考が散漫になっている時に不意に沸いてくる思い。
『もし、レックスが居なくなったらどうするか』というもの。戦闘によってレックスが数値的な消滅、つまりHP全損による死亡はまず無い。即死攻撃を受けたとしても現時点で8段HPバーが上から順に消えてくより、自分が全回復魔法を唱え終える方が遥かに速い。
何より、魔法による蘇生が可能だ。機動力も並みではなく、理論値ではアルヴヘイムの隅から反対側まで地上では3時間。障害物の無い空ならば1時間で踏破出来る。
初速から最速を出せるスキルを覚えさせているため、局地の三次元戦闘でも動くだけで敵を吹き飛ばす。
試した事は無いが、邪神相手でも割りと互角に戦うのではないだろうか。問題は数値的なものではなく、物理的なもの。
未だ衰えるばかりか毎日のように新たなタイトルが出来るVRMMO。ALOも数百人の新規ユーザーがサーバー強化毎に増えていっている。
しかし、物事には終わりが訪れる。恐らくは遠くない未来、ALOのサービスが終了するその日にヴィレッタ、及びレックスは避けられない消滅を迎える。
残されるのは半身とその相棒を失った笠井茉莉花だけ―――
「…………っ」
考えても栓無き事をうだうだと考えている自分に嫌気が差し、思考を打ち切る。
そう、考えても仕方の無い事だ。来るものは来る。所詮は16歳の普通の女の子に過ぎない彼女に出来ることなど殆ど無いのだ。
―――その時、脳裏にどうにかしてしまいそうな某インプとか某レプラコーンが浮かんだのは余談だ。
そして、
「ん……?」
視界端のアイコンがメールの受信を知らせる。
無視する理由も無いので、おもむろに開くとそこには…………
「……く、下らないわ」
差し出し人はハンニャで内容はアルセと同様。違うのはあからさまに『来い』とヴィレッタを誘っているところだろうか。
「下らないわ。うん、下らない。……行かないわよ、全く」
「グオ?」
突然ぶつぶつ言い始めた主人を不思議そうに見詰めるレックス。
行かないと言っておきながら主人の定位置である頭の角の間によじ登るのに、甚だ疑問符を増やすレックスだった。
むくりと体を起こし、翼を広げる。まあ何時もの天の邪鬼が発動しただけかと結論付け、レックスは頭の上で無言の少女の本意を汲んで飛翔した。
Side:Sein&Siune
今日も今日とて賑やかなアルンの大通り。様々な店や屋体、娯楽施設が建ち並び売り子のNPCとプレイヤーもしくはプレイヤー同士の売り買いの会話。
通りを往来しながら世間話に興じる男女大小の集団が溢れ、雑多な雰囲気を醸し出していた。
「疲れていませんか?シウネーさん」
「はい。大丈夫です……あの、済みません。わざわざ休みの日に来て頂いて……」
「いえいえ。こちらこそ急に誘ってしまって……」
教授の都合で突然休講となった今日。当日の朝にそれを知ったため特にやることが無くなった三沢光也は真面目な彼にしては珍しくだらけて1日を過ごすことに決めた。
しかし、普段から規則正しく生活している彼がいざだらけようとして出来る訳がない。長い間ぼー、としていたと感じて時計を見てみると、経過時間わずか10分。
このまま無為に1日を過ごそうとしてもどうやら自分には難しいらしい。
だが、どうしろと言うのか。
電話帳を開いて知人を手繰って行ってもピンと来る人物が居ない。
仕方無しにたまにはゲーマーらしくゲーム漬けの1日でも過ごすか、と思った時、心にある人物の顔が浮かんだ。
『い、何時でも、良いので……あの……も、もし良かったら……その……今度、ふ、2人で何処か行きませんか!?』
数ヵ月前、友人からBBQパーティーに誘われた際に仲良くなった同じウンディーネの女性プレイヤー。少数精鋭の凄腕ギルドの後方支援を担当する人で穏やかで優しげな印象を受ける人だった。
何度かゲーム内で会う内に会話も増え、最初の頃のたどたどしい様子は無くなっていった。そして先日彼女を含めた何人かでパーティーを組んで難関クエストをクリアし、別れ際にそう言われたのだった。突然の事に驚いて了承してしまったが、思えば『何時でも』とは本当に『何時でも』なのか。
非常識とは言え、例えば今誘ってみたらどうなるだろうか。
光也は開いていた電話帳のさ行を下にスライドさせていった―――
「大丈夫ですよ。何時でもと言ったのは私ですから」
そう言ってシウネーは優しく微笑むが、セインは頭の片隅で彼女の正体を考えていた。
別に彼女が何者であろうとシウネーに対する態度は変えないが、興味が無いわけではない。送ったメールはものの5分で返ってきて、都合がよろしければ今すぐにでも会えるといった旨の文面にはしばし絶句した。
考えられる正体の候補は幾つか挙げられるが、大半が失礼なものだし、セインの持つシウネー像から駆け離れ過ぎているため、彼自身積極的に認めたくは無い。
それに……
(隠したそうだしな……)
シウネーを始めとする《スリーピング・ナイツ》のメンバー達はそれとなく他のプレイヤーと深い関係にならないよう線引きをしている気配があった。
こうしていてもシウネーから何となく違和感が伝わって来てしまう。セインは、それが少し嫌だった。
「シウネーさん」
「はい?」
「今日は休日でプレイヤーもたくさん居ます」
「本当ですね。アルンは何時も賑やかで楽しいです」
「こうも人が多いとはぐれた時が面倒ですね」
「え?」
シウネーの手を取って優しく握る。指を絡ませる。俗に言う、恋人繋ぎだった。
「あ、あの……?」
「こうすれば、はぐれません。……すいません、気に触りましたか?」
「い、いえ……あの……」
シウネーは恥ずかしそうに俯いた後、確かにこう言った。
「嬉しいです……」
後書き
最初数話は地の文が多いですが、ご容赦を。
次回、新キャラ登場&シリアス(?)回です。
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