金木犀
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第七章
「いいわね」
「本当に凄い雨よね」
「水害とか心配よね」
「明日警報じゃないの?」
「警報出たら学校休みだけれど」
娘達は濡れた服を脱ぎつつ言う、そして。
今は風呂で冷えた身体を温める、健一もほうほうのていで帰って来る有様だった、大雨は三日三晩続いて。
そしてそれが終わった時にはもうだった。
暑さは消えすっかり涼しくなっていた、野菊は外に出て驚いた。
「あんなに暑かったのに」
「ううん、不思議よね」
「もう秋じゃない」
「雨の前は凄く暑かったのに」
「今はね」
娘達も言う、今日の彼女達は休日なので母と一緒にスーパーへの買い物に行くのだ。それでその道中で言うのだった。
「涼しくなって」
「半袖じゃ寒い位よ」
「気温も湿度も急に低くなって」
「何かお空も」
見上げると青く高いものになっている、まさに青し空だった。
野菊も青い空を見上げている、それで言うのだった。
「秋よね」
「うん、それに」
ここでだ、娘の一人が言って来た。
「ほら、香りが」
「あっ、そうね」
野菊も感じた、何処からか香ってきたのだ。
それは金木犀の香りだった、周りを優しく包み込みかつ刺激する様な、あの金木犀の香りが来たのだ。その香りを感じてだ。
野菊は優しい微笑みになりこう言った。
「秋ね」
「金木犀の香りってそうよね」
「秋の香りよね」
一緒にいる娘達も言う。
「秋にしか味わえない」
「そうした香りよね」
「金木犀の香りがすると秋ね」
「そう思えるわよね」
「ええ、やっとよ」
野菊は心からほっとしている顔で言った。
「やっと秋ね」
「お母さんこの夏ずっと暑い暑いって言ってたしね」
「それが終わってよね」
「本当にほっとしてるのね」
「そうなのね」
「ええ、そうよ」
まさにだ、それでだと答える野菊だった。
「それで本当に嬉しいわ」
「じゃあ今からよね」
「今からスーパーに行って今日のお料理の食材買うのね」
「そうするわ、さて何がいいかしら」
「松茸どう?」
娘の一人が悪戯っぽい笑みでこう言って来た。
「それにする?」
「駄目よ、高いから」
野菊はその娘にすぐに答えた。
「松茸なんて」
「ああ、やっぱりそうなのね」
「あれだけは駄目よ」
「じゃあ何なの?」
「松茸は確かに高いけれど」
それでもだとだ、娘の言葉からこう言った野菊だった。
「茸はいいわよね」
「秋は茸だからね」
「それでよね」
「しめじに榎、しらたきにエリンギに」
その茸の名前をざっと挙げていってだった。
「それを炒めて、秋刀魚も買って」
「秋だからね」
「それでよね」
「そう、デザートは梨と柿ね」
果物はその二つだった。
「それでいくわよ」
「よし、じゃあ今からお店に行って」
「それで買おうね」
「あんた達が作ってもいいけれど後片付けもしなさいよ」
野菊は娘達にこのことも言った。
「涼しくなって汗もかかなくなったから」
「いや、それは関係ないじゃない」
「そうそう、秋でもね」
「ちゃんとお料理はするから」
「「別にいいじゃない」
「よくないわよ、全く秋になっても」
野菊は秋になっても相変わらずの娘達には困った顔で告げる。
「変わらないんだから」
野菊は娘達に呆れながらもこの時も香っている金木犀の香りには微笑んだ、その香りは秋も彼女も包み秋の到来を教えていた、野菊はそのことも喜びつつ秋を買いに行くのだった。
金木犀 完
2013・10・2
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