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IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
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Development
  第三十二話 共犯者

「う……」

 ゴーレムからの襲撃騒動が収まって数時間後、一夏は全身の痛みに追い立てられて目を覚ました。意識がぼんやりと覚醒するなかで周囲を見渡すと、どうやら自分はベッドの上にいるのだと気付いた。
 ベッドの周りはカーテンで仕切られていて、その隙間から僅かに見える棚には薬品なども並んでおり、それを見てここは保健室であると理解する。

 何故自分が保健室にいるのかと考えた時に、ようやく自分が未知の相手と先ほどまで戦闘していたことに思い至り、ベッドから飛び出そうとするも再び襲い来る痛みによってそれは阻まれた。

「全く、だから無茶をするなと言った」

 確認もなく無造作にカーテンが開け放たれる。
 その乱暴な言動にも関わらず、その声を聞いた一夏はそれが誰かを確認するまでもなく僅かに安堵する。そしてすぐに思い出す、先ほどまでの戦いを。

「あいつは……どうなったんだ? 千冬姉……箒は!?」

 普段は学内でそう呼ばれることを良しとしない千冬だが、この時ばかりは特に注意するでもなく状況の説明を始めた。

「襲撃者は全て撃墜した。篠ノ之は無事だ……とは言い難いな」
「なんだって!?」

 箒について言葉を濁す千冬に、一夏は最悪の事態を想定してしまう。思わず声を荒げるが、やはり痛みが全身を駆け巡り蹲る。

「ずっと説教していたからな、ぐったりしているよ。あの軽率な行動に対して学園としては処分なしの通達が出ているが、考えなしな行動がどんな結果を招くか理解させねばなるまい? 今は反省文を書かせているよ、そのあとまた説教だ」

 先走った想像をしていた一夏は今の千冬の言葉を理解するまでに僅かに時間を要したが、やがてその意味するところに気付くと、先ほどまでの真っ青で悲痛な表情は赤みを帯びて拗ねたような表情へと変化する。

「ち、千冬姉! そんな……いてて。ひどいや、体中痛いってのに」
「ふふ、無茶をするからだぞ。そもそも、その痛みの原因のほとんどは限界を超えた挙動に対する副作用のようなものだ。加えて……絶対防御までカットしたな? 砲撃を受けたときに完全に動作していなかったようだ。よく……無事だったな」
「千冬姉……」

 一夏は自分があの時に何をしたのか、絶対防御のカットとは何か、など解らないことだらけだったが、最後の言葉で千冬が自分のことを心配してくれていたであろうことだけは伝わった。

「心配かけてごめん」

 その言葉に、一瞬驚いたような様子の千冬だがすぐにいつもの表情に戻る。僅かな笑みを残しながら。

「そう思うのなら無茶はするな。私の弟だから、そう簡単に死なないのは知っているがな」

 そう言った千冬の表情は、確かに姉のものだった。

「失礼します……」

 と、そのとき保健室の扉が開く音と共に力の無い声が聞こえてくる。これも一夏のよく知っている声だった。

「箒か?」
「一夏……」

 声をかけるまでは明らかに沈んでいたが、顔を合わせると多少はその表情に力が戻っていた。
 
「反省分は書き終わったのか?」
「はい」
「よし、なら10分後にまた生徒指導室に戻れ」
「……わかりました」

 そのまま千冬は保健室を後にする。
 箒は現在千冬による指導中のため、一夏の見舞いにきたというより千冬へ報告に来たのだろう。だが、千冬が10分という時間を与えたことで見舞いの許可を得たことになる。

「一夏、済まなかったな。私があんなところで声をかけなければお前が……そんな状態になることもなかったかもしれん」
「……どうしたんだ、なんか悪いものでも食ったか?」
「な、なんだと!?」

 珍しくしおらしい様子の箒を見て、一夏は訝しげに声をかける。
 
「いや、ほら。お前がそんなこと言うなんて……。『軟弱者!』くらい言われると思ったんだけど」
「お、お前の中の私はどんなイメージなのだ……」

 概ね間違ってはいないと思われる一夏の指摘に、自覚がなかったのか箒は僅かに項垂れる。

「あ~、いや。でもビックリしたぜ、いきなりあんな大声が聞こえてくるんだから」
「う、うるさい! だいたい、お前がさっさと倒していれば私があんなことする必要もなかったんだ……おかげで私は説教漬けなんだぞ、どうしてくれる!」

 いつもの調子が戻ってきた箒の様子に一夏はホッとする。やっぱり箒はこうでないと、と思うのだが半月もしないうちにあのしおらしい箒のほうがよかったかも、と思い直すのは別の話である。



 事件から数日、一夏の体調も回復し日常が戻ってくる。もっとも、その日常が平穏かというと決してそうではないのだが。

「セシリア、アンタちょっと一夏に引っ付きすぎなのよ!」
「まぁ、鈴さんこそわたくしに隠れてコソコソ何かやっているのではなくて!」

 もともとこの二人は争っていて、だからこそ決闘騒ぎまで起こったはずなのだが今では何故か名前で呼び合っている。お互いが認め合ったのだろうか……仲が良くなったかと言われると疑問ではあるが。

「い、一夏。大丈夫か? 無理はよくないぞ?」
「お、おう。大丈夫だ」

 箒は箒で思うところがあるのかほんの少しだけ一夏に対して素直になったようだ。既に部屋を出ており同居人ではなくなっているが、その直前に行った告白のような宣言の影響もあるのだろう。もっとも一夏はその意をまるで理解していないが。

「箒! それに一夏……なに鼻の下伸ばしてるのよ!」
「箒さん!? 一夏さんももっとシャンとしてください!」
「俺のせいなのか!?」

 そして箒のその僅かな優しさが、一夏のさらなる気苦労を生んでいるようだ。
 
「ホームルームを始める、席につけ! 凰、お前も早くクラスに戻れ!」

 救いの声……といえるかはわからないが、教室の扉が開き千冬の声が響き渡る。
 騒がしかったクラスの生徒もすぐに席へと戻り、鈴も慌てて自分のクラスへと戻っていった。そして静まり返る教室内を見渡して千冬が再び口を開く。

「よし、まずは転校生を紹介する。ボーデヴィッヒ、デュノア、入ってこい」

 その言葉にざわつきが起こる。それも当然だろう、つい先日にも別クラスだが一人転校してきたばかりだ。それがこの短期間に、しかも二人とくれば何かあると思うのが自然だろう。
 そしてざわつきは、その転校生が入ってくることでさらに大きくなる。

 一人は小柄な銀髪の女生徒。眼帯をしているのが特徴的で、表情は険しい。その容姿はどこか普通ではないものの、この学園においてはもはや騒ぐほどではない、と言えた。誰のせいとは言わないが。

 問題は、もう一人である。
 線の細い顔立ちに、綺麗な金髪を後ろに束ねた姿は美少女と言って差し支えない。しかし……。

「え、男……?」

 クラス内のどこからか漏れた呟き、しかしそれこそがこのざわつきの原因だ。
 その転校生は一夏と同じ制服……男子用の制服を着ていたのだ。



「シャルル・デュノアです。ご覧のとおり男ですので、こういった環境では不慣れなことも多いと思いますがよろしくお願いします」

 ご覧のとおりと言われても見た目は女の子みたいだ、と心の中でツッコミをいれた者は少なくないだろう。だからといって男であることを疑っているかというと、そうではないらしい。
 千冬はその自己紹介を聞きながら、脇で少しだけうんざりした表情をしている。それは決して、シャルルの自己紹介に対してではなく、これから起こるであろうことに対してだ。
 案の定、教室内に響き渡る黄色い声。騒ぎ立てる生徒たちを鬱陶しそうに見つめる千冬。彼女にとっては毎年付き纏うこの声だが、未だに慣れないようだ。

「あぅ、まだ自己紹介が終わっていないので静かにしてください~」

 真耶がオロオロしながらその場を鎮めようとするが、相変わらず威厳が感じられないその声に従う生徒は少ない。

「黙れ、騒ぐなと言っている」

 だが、続くこの声に逆らう愚か者はこのクラスには残っていなかった。入学して間もないとはいえ、すっかり彼女の厳しさは浸透している。主にその弟に振り下ろされてきた出席簿によって。

「……挨拶をしろ」
「了解しました、教……織斑先生」

 千冬は周りが静かになったことを確認して、もう一人の転校生に挨拶を促す。
 それに了承の意を伝えようとした矢先、途中で彼女が睨んでいることに気付き、あわてて呼び名を正して答えた。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 直立不動のその佇まいは多くの人が想像するであろう軍人のそれだった。
 あまりに簡潔すぎる自己紹介に、周りの反応は鈍い。というよりもどう反応していいのかわからない。

「あの……終わりですか?」
「あぁ、以上だ」

 恐る恐る問いかける真耶への返答は無情だった。別に彼女が悪いわけではないのに、涙目になってしまっている。

 そんな教師を無視して、ラウラは何かに気付いたように歩き出す。やがて立ち止まった先は一夏の前だった。

「貴様が……!」

 そう言いながら、思いきり彼の頬を引っぱたく。
 あまりの衝撃に、一夏は椅子から転げ落ちてしまった。

「ぐはっ」

 やや情けない声を出しながらひっくり返る一夏。
 ラウラとしても、千冬に言い含められていたこともありそこまで強く叩くつもりはなかったのだが、数日前の出来事でイライラが募っていたこともあり、半ば八つ当たり気味になってしまった。
 そんなことを知る由もない一夏は訳がわからず混乱している。そこに、追い打ちをかけるようにラウラの一言が襲い掛かる。

「貴様のせいで……貴様に汚されたこと、許しはせん!」

 その瞬間、空気が凍る。誰の、何を、といろいろと足りない彼女の言葉は誤解を招くに十分だった。

「……一夏さん?」
「……一夏?」
「いや、ちょっと待て!?」
「あなたという人は!」
「問答無用だ!」

 新たに出現した鬼二名が一夏に追撃を仕掛ける。そもそもの発端であるラウラもさすがにこの展開にはついていけず、さきほどまでの怒りの表情は薄れて呆気にとられていた。殴ったことで溜飲が下がったことも一つの理由なのかもしれない。
 一方、千冬はというと先日の忠告にも関わらず問題を起こすラウラを見て頭を抱えたが、意外と元気そうな弟の姿と、その様子を見て呆けているラウラを確認してどうしたものかと思考を切り替える。とりあえず、ラウラ他数名の説教は確定した。

「静かにしろ! ボーデヴィッヒ、オルコット、篠ノ之、織斑、貴様らは放課後に指導室へ来い!」
「な、なんで俺まで……」

 朝一で放課後の説教が決まり、項垂れる一夏。
 その後新たなルームメイトであり、同じ男子ということで仲良くなったシャルルと一緒に迫りくる女子から逃げ回り、放課後は千冬による説教に巻き込まれ、彼が本当に安堵したのは放課後にセシリアと箒の誤解が解けたときだった。
  
 




  
「髪の毛、だいぶ伸びてきたなぁ」

 僕は初めての大浴場で、入学時と比べてかなり長くなった髪の毛を丁寧に洗いながら一人ごちる。
 もともとは肩ほどまでだったものが、人より伸びやすい体質もあって今では腰に届くほどまで伸びている。僕としては手入れも面倒だし、昏睡から目覚めたときに切ろうとしたのだけど、束さんが泣きそうな目で見るせいで切るに切れなかった。学園に戻ったら戻ったで楯無さんが嬉しそうに僕の髪を弄る。どうやら、彼女も短くするのは反対のようで、なし崩し的にそのままだ。手入れは楯無さんも手伝ってくれるから助かってはいるんだけど……。

「ふぅ……転校生、か」

 身体を洗い終えた僕は、久方ぶりに浸かったお湯に惚けながら二人の転校生について考える。

 衝撃的な出会いになった、ラウラ・ボーデヴィッヒ。どうやら彼女は転入初日で織斑君を引っぱたいたらしい。それも強烈な一撃で。もしかしたら僕とのことでイライラしてたのかもしれない、織斑君ごめんね。
 千冬さんに聞いた話では、千冬さんのモンド・グロッソ二連覇がかかった試合の折に、織斑君が誘拐されてしまい、それを助けるために彼女は試合を捨てたらしい。千冬さんを崇拝するボーデヴィッヒさんは織斑君が原因と逆恨みしているようだ。完璧だった千冬さんに汚点を作ったことが許せないんだろう。
 僕のときといい、少し思い込みが激しいみたいだね……。

 そしてもう一人……シャルル・デュノア。経歴や状況から見てかなり怪しいんだけれど、証拠がない。とはいえ、僕が下手に動くと藪蛇になる可能性があるから様子を見るしかない。何かきっかけがあればいいんだけど……。

 しばらくそのまま考え込んでいると、かなり時間が経過していたのか頭がボーっとしてくる。のぼせてしまったか、と僕は慌ててお湯から出て、フラフラと出口へと向かう。

 そして……思いがけず浴場の扉が開き何者かが入ってきた。瞬間的に僕は手にしていたタオルで体の一部を隠す。

 入ってきたのは金髪の少女だった。相手も、まさか人が入っていると思わなかったのか僕を見て驚いている。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 慌てて出ようとする彼女を、いまだ定まらない思考でボーっと見ながらその顔に見覚えがあることに気付く。まともな思考だったら、このまま彼女を行かせて何事も問題なく済んだかもしれない。しかし考えることが億劫になっていた僕は、脳裏に浮かんだことをそのまま口に出してしまった。

「……デュノアさん?」
「!? ……あっ!」

 僕の呟きに明らかに狼狽したその少女は、足を滑らせそのまま倒れてしまう。

「あ、危ないっ!」

 何も考えず、ただ反射的に倒れかけた少女を支えようと滑り込み……そのまま巻き込まれて僕も一緒に転んでしまった。

「……だ、大丈夫ですか?」
「は、はい……え?」

 無理な体勢になってしまったこともあり、激しく倒れたがどうやら怪我はないようだ。僕も特に痛むところもなく安堵していると、彼女が驚愕の表情で僕のほうを見ている。その視線の先は……胸?

「どうし……!?」

 どうしたのか、と聞こうとしたが自分の胸を見て言葉が詰まる。
 つけっぱなしだったパッドだが、転んだ衝撃なのか何かにひっかけたのか、激しく裂けてしまっていた。

「なんで……!?」

 明らかに大怪我ともいえる傷から一滴の血も流れていない異常な光景に少女は目を逸らす。その先は……。

「え、男……?」

 僕の下半身だった……。

「あ、うあ!?」
「え、あ、え……ご、ごめんなさい、え! あうっ!?」

 思わず飛び退いてタオルで隠すも遅かった。彼女も飛び跳ねて、慌てて離れようとするも無理な体勢が祟り、再び転んでしまう。

「きゅぅ……」

 さすがにこの状況で再び助けることができるほど冷静ではなく、彼女はそのまま地面に倒れ込み気を失ってしまった。

「あぅ……どうしよう……」

 浴場で全裸で気絶する少女の前にいる同じく全裸の男もどき。完全に犯罪者だ、どうしてこうなった……。

 僕はなるべく裸を見ないように、混乱する思考をまとめつつ目の前の少女が怪我をしていないことを確認する。そして再びこの後のことを考えて頭を抱えることになる。



「で、攫うことにしたと」
「人聞きの悪いこと言わないで!?」

 僕一人ではどうしようもなかったので、すぐさま楯無さんを呼んだ。
 裸の女の子を僕がそのまま介抱するわけにもいかないし、放置するなんてもってのほかだ。仕方ないので、楯無さんに服を着させてもらいなんとか見つからないように楯無さんの部屋に連れてきた。
 本当は保健室に連れて行くのがいいんだろうけど、僕と彼女双方の事情を鑑みて部屋にした。幸い怪我はなかったので、気を失ったのは倒れた衝撃と……うん、考えたくないけど僕を見た衝撃だよね。客観的に見て裂けた偽乳つけた全裸の男ってトラウマになるレベルかも……あぅ。

「一人で悶々してるところ悪いけど、これからどうするつもり?」

 楯無さんの声に我に返る。どちらにしろ、男であることがバレた可能性は高い。例え僕の顔までは覚えてなかったり、気絶したことで例え夢だと勘違いしたとしても僅かでも疑念が残れば後々命とりになってしまう。
 だったら、すべてを話して味方に引き入れるほうがリスクが少ないと思う。
 もちろん、この子の反応次第ではそれも難しいかもしれない、その場合は楯無さんに協力してもらってでも対策しないといけない。僕の正体がバレるだけで済めばいいけど、下手をすれば楯無さんや千冬さんにも被害が及ぶ。それだけは避けたい。

 脱衣所に残された制服などからこの子がシャルル・デュノアを名乗って転校してきた本人だというのは確認できた。なら、最悪の場合でもそれを盾に黙らせることも出来る。

 でも、できれば僕としてはそれは最後の手段だ。僕は、家の事情に振り回されてやってきた彼女のことを他人事に感じることができなかった。
 もちろん彼女が織斑君を害したり、僕らへ敵対する可能性があるというのなら容赦するつもりはない。でも、話してみて為人が問題なかったら……友達になれるかもしれない。僕と楯無さんがそうであったように。

「敵対するなら強行手段も止む無し、けどまずは話を聞いてみたいかな」
「そ、私も同意見よ。ふふ、この子の状況、以前のあなたそのものだものね」

 やっぱり楯無さんは御見通しだった。

「ん……」

 そうこうしているうちに眠っていた少女から声が漏れる。どうやら目が覚めたようだ。

「気が付いたかしら、シャルル・デュノア君?」
「ここは……あ!?」

 まだ頭がボーっとしているのか、自分の周囲をゆっくりと見渡す。やがて僕の存在に気付いて、先ほどまでの出来事を思い出したのか声をあげる。

「目が覚めましたか? お風呂場で気を失ってしまったので勝手ながら部屋に運ばせていただきました。あ、安心してください、服を着せたのはそちらの生徒会長ですので」
「更識楯無よ」

 僕がそう言うと、手をひらひらさせながら自分の名前を名乗る楯無さん。
 この時点で彼女はどうやら、全てが露見したことを悟ったようだ。その様子を見るに僕が男だということも覚えているだろう。ならば、男の僕がこの学園にいることを罵るくらいしてもおかしくない、にも関わらずそれをしなかったのは自身のことに思い至り自制したのかもしれない。だとしたら、冷静かつ客観的に物事を判断できる彼女のことはむしろ好ましいと思える。

「さて、まずは名前を教えてもらえるかしら? もちろん、本当の、ね」
「……シャルロット・デュノアです」

 その後、彼女からこれまでの経緯を教えてもらった。
 それは僕と楯無さんが想像した通り、経営危機を迎えたデュノア社による一世一代の賭けだった。愛人の子ということで隠されてきた彼女の存在を利用した茶番。そこに彼女の意思は微塵もない。本当の母親も死んだ今、彼女に味方はいなかった。

「……最後に一つ聞きたいのですが、あなたはこれからもデュノア社に従い続けるのですか? このまま露見すれば間違いなく国際問題、デュノア社も終わりですよ?」
「僕……私は、本当はこんなことしたくないんです。義母……本妻の命令なんて聞きたくなかった。でも、父にまで頼まれたら断れなかったんです、申し訳なさそうな顔で、泣きそうな顔で頼まれてしまっては……」

 俯きながら、涙を堪えるように震えつつ、ぽつぽつと言葉を紡ぐデュノアさん。
 その言葉は彼女の心からの言葉なのだろう、そう思えた。いや、信じたかった。

「なら、次は僕の話も聞いてもらえるかな? 君も気になっているだろうし、ね。遅くなったけれど、僕は西園寺紫苑。それが本当の名前」

 急に口調が変わった僕に驚いた表情を見せる。

「一夏達から西園寺……紫音さんのことは聞いてました。でもまさか……」
「男だと思わなかった?」
「……はい」

 言葉を遮るように割って入った楯無さんの言葉に頷く。

「あの、あなたも知っていたんですか?」
「えぇ、知っているのは私と、あとは織斑先生だけね」
「織斑先生まで……」

 よほどショックだったのだろう、そのままあれこれと考え込んでしまっている。

「許されることじゃないのはわかってるんだけど僕の話を聞いてから決めてほしい。僕のことを公表して学園から追い出すか、それとも……」

 その先は敢えて何も言わず、僕はこれまでの経緯を話す。生まれのこと、紫音のこと、父のこと。もちろん全部ではないけれど、嘘はつかずに隠す部分は隠す。自分で話していてなんて波乱万丈な人生だと心の中で苦笑しつつ、一通り話し終えるとデュノアさんはいつの間にか涙を流していた。
 それを見て、僕は彼女が僕のことを進んでバラすことはない、と確信した。あとは彼女の問題だ。

「僕は、君が望むならこのまま学園にいてもいいと思っている。もちろん、デュノア社やフランスに対する対抗策も考える、そこら辺は楯無さんや千冬さんに協力してもらうことになるけどね。でも、少なくともこのまま学園含めて隠し通すつもりでやれば三年の猶予があるから不可能じゃない」
「そうね、紫苑君なんて隠し通すどころかお姉さまなんて呼ばれて信奉者作ってるしね」
「ち、ちょっと楯無さん!?」

 真面目な話をしていたはずなのに急に茶化されて僕は慌てる。 
 でも、おかげで少し緊張しすぎていたのが解れた気がする。それはデュノアさんも同じかもしれない。それを狙ってやったのか……いや面白半分だろうなぁ。

「僕はね、最初はただ命令だからこの学園にいた。でも、今は楯無さんがいる、フォルテさんやダリルさん、他にもお世話になった人が大勢いる。その人たちを騙している事実は変わらないけど、でも僕はいまこの学園に通い続けたいと思っている。デュノアさんはどうなのかな?」
「私は……わかりません。でも、今までまともに学生生活なんてしたことなかったから、この数日は楽しかったかな。戻ってもまた道具として扱われるくらいなら……私はここにいたいです」

 その言葉を聞いて、僕は楯無さんの方を見ると彼女は満足そうな顔をしていた。僕もきっと同じような顔をしているのだろう。

「なら、僕たちは今から共犯者だね。そして……お互い理解し合えた本当の意味での友達、かな」
「……はい!」

 力強い返事のあと、再び彼女は泣き出した。
 よほど辛かったのだろう、気持ちはよくわかる。いやむしろ、普通に考えて女子の中に男子が紛れるほうが辛いよね? そう思って泣きやんだあとによくよく話を聞くと、織斑君が『一緒に着替えよう』とにじり寄ってきたり『裸の付き合いって大事だぜ』と言って大浴場に連れて行こうとしたりして大変だったらしい。
 織斑君……千冬さんは否定してたけどもしかして本当にそっちの気が……いやいや。
 デュノアさん曰く、サッパリした性格の彼のことは好ましくは思っているもののちょっと怖かったそうだ。ちなみに泣いてしまったのはそれが原因ではなく、誰にも話せないせいで追い詰められていて、こうして話したことで緊張の糸が切れてしまったとのこと。

 そもそもあの時間に浴場に入ってきたのは部屋のシャワーを使うのも少し気が引けたからだったらしい。立ち入り禁止の札があれば誰も入っていないと思ったら僕がいた、という訳だ。

 デュノアさんが落ち着いたのを見計らって、これからのことを煮詰める。

 まず、デュノアさんは生徒会へ所属する。事情を知っている以上、巻き込んだほうがむしろ安全かもしれない。亡国機業のこと、危険を伴うことも話したうえで了承を貰った。友達のために協力するのは当然、と恥ずかしがりながら話す姿に僕も思わず泣きそうになった。楯無さんがニヤニヤして見てたから泣けなかったけど。

 僕ら二人のことについては当然ながらこのまま隠し通す。
 デュノアさんに関しては、僕らや千冬さんは最初から疑ってかかっていたけれど、それ以外にはどうやら自然と受け入れられているようだ……信じがたいことに。こうして見ると、やっぱり完全に女の子だとわかるんだけどねぇ。
 で、一番不安な今後の部分に関しては……。

「そのままだと男子には見えないし、いずれバレちゃうわ。ここにアカデミー賞ものの先生が丁度いるんだし、いろいろ教えてもらいなさいな」

 ということらしい。その言葉は非常に不本意ながら、確かに男の僕が気を付けるべきことを教えてあげればそれだけリスクは減ると思う。今回は……まぁこういうイレギュラーが起こったんだけど、ね。

 結局、生徒会へ入った折に僕が職務指導する立場になることで一緒に演技指導をすることになった。

 どうなることかと思ったけれど、ひとつ大きな問題が解決に向かう。もちろんデュノアさんの問題が継続する訳だけど、得たものは二人にとって大きい。
 僕にとっては楯無さんに続いて二人目の、そして彼女にとっては初めての、この学園での共犯者(友達)だ。

 あ、千冬さんにも事情を説明しないと……はぁ。


 
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