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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第48話 男の子は母親好き、女の子は父親好き

 まん丸と大きな満月が闇夜の江戸のかぶき町を照らす中、薄暗い夜道を走っていた。
 顔を紺色の頭巾で覆い隠し、その両手には洗濯用の桶を持ち、必死に夜道を走っていた。
 まるで何かから逃げるように。頭巾からわずかに見える目からは焦りが伺えた。
 着ている服装は地味ながらも花の絵柄が描かれた着物を着ている辺り女性だと思われる。まぁ、女装をした男性、と言う線もあるが今回はその手の事はお忘れ願いたい。
 ネタバレ的要因になるが走っているのは列記とした女性なので。
 幾度か後ろを確認した後また前を見て走り続ける。それの繰り返しだった。追い掛けているのが何なのかは此処では確認出来ない。しかし、それらが彼女に害を与えるであろう存在である事だけは確かだった。
 やがて、女性は持っていた桶を建物同士の間に隠す様に置くと、涙目になりながらその桶の中身を見つめた。
 そして、名残惜しそうにしながらもその桶を残し、女性は走り去って行ってしまった。
 それから夜が明け、朝が訪れる。そして、それは新しい一日と同時に新しい騒動の幕開けを告げていた。




     ***




「腐ってるな、こりゃ」
 盛っているお椀の中身を見ながらも、銀時は呟いた。彼の目からははっきりと見えるのだ。お椀の中身が腐っていると言う事に。だが、腐っていると言う語源がその言葉通りに回りに伝わる時が必ずそうとは限らないのが世の常だったりする。
「全くアルよ、最近じゃ出来ちゃった結婚とかやっちゃった結婚とかが多すぎるアル! 今日のこの新聞にだってそう書いてあるアルよ!」
 新聞紙を片手でクシャクシャに握り締めながら銀時と向い側に座っていた神楽が力説していた。彼女の持っていた新聞の見出しには一面でこう記されていた。

【人気タレントGOEMONが出来ちゃった婚発覚!】

 と。どうやら銀時の腐っている発言をそれと勘違いしてしまったのだろう。
「いや、そっちじゃねぇよ。これが腐ってるって言ってるんだよこれがぁ!」
 お椀を一同の前に突き出すようにして銀時が尚もアピールをする。普通ならそれで気付くのだろうが、それでも気付かない。もしくは気付かないフリをするのが銀魂クオリティなのであり。それに乗っ取っているかの様に回りで銀時の進言に気付いていない面子が其処に居た。
 特に隣に座っている新八に至っては銀時のお椀を見てすら居ない。
「本当ですよ。世の中腐ってますよ。もう少し自分を大切にしていかなきゃ。そう言う出来ちゃった婚をした人達って大概すぐに破局するのが決まりみたいになってるんですよ世の中」
「おい、何時まで気付かないフリしてんだよ。おい、お前も何か言えよ」
 新八、神楽は話にならないと判断したのか、今度は神楽の真横に座っているなのはに話題を振り出した。この二人は駄目でもこいつになら話は通じるだろう。そう思い振って来たのだ。
「ん? 腐ってるって事?」
「そうだよ。流石は俺が育てたガキだ。良く聞いてるじゃねぇか。お前が見ても分かるだろ? ここら辺白カビみたいなの生えてるの見えねぇか?」
 そう言って、なのはに見える様に自分の持っていたお椀を見せようとする。が、それよりも早くに隣に座っていた神楽が持っていた新聞紙を広げてなのはの目の前に突き出してきた。その間の早さは実に0コンマ5秒と言う正に早業の粋に達していたと言うのは余談だったりする。
「ほら、なのはも見るアルよ! 世の中凄く腐ってるアル! 3日間放置して腐ったお米並に腐ってる世の中の赤裸々アルよ」
「そうだよなのはちゃん。君もこんな腐った世の中に生まれたからって自分も腐っちゃ駄目だからね。こんな世の中だからこそ自分を強く持たなきゃ駄目なんだからね」
 まるで銀時の話を阻害するかの様に新八と神楽の二人がなのはと銀時との間に巨大な壁となって立ちはだかっていた。その光景に銀時の額には無数の青筋が浮かび上がりだす。
「腐ってやがる。マジで腐ってやがるよ」
「本当に腐ってるアルよこの世の中は」
「神楽ちゃんの言う通りだね。この世の中は何所を向いても腐った蜜柑状態だよ全く」
 相変わらず聞く耳持たずな両者に流石の銀時もプッチンプリンがお皿の上に乗っかった時位に切れたようだ。
「あぁ、腐ってる! お前等の頭が完全に腐ってただれてるよコンチクショウ!」
「ふぅん、私達って腐ってるんだ?」
「いや、其処で改めて反応するなよ」
 結論を言うかの如く言い放ってきたなのはに対し、銀時のやる気のないツッコミが静かに響き渡るのであった。
 その後、つつがなく食事を終えた銀時は、一人不満なまま万事屋を後にし、階段を降りていた。
 どうも最近新八と神楽が言う事を聞かなくなりだしている。まぁ、前々から言う事を聞くのか? と聞かれればYESとは答えづらいのが現状なのだが、最近特に言う事を聞かなくなりだしている。
 このままでは万事屋オーナーの威厳と言うべきか? それとも主人公としての威厳と言うべきか? とにかくそこら辺が危うくなりそうな危機感を銀時は抱いていたっぽい。
 この状況をどう打開すべきか? 方法があるとすれば某青春学園物でありがちな鉄拳制裁、基焼き入れ等が効果的かと思われる。
 しかしこの方法には盲点がある。それは神楽の存在だ。
 実際問題新八なら問題なく焼き入れなどは行える。だが、神楽の場合逆にコテンパンにされる危険性大なのだ。要注意人物として銀時の中にトップ10入りしている位なのだから。
 等と下らない事を考えながら階段を降り切り、この後をどう過ごそうか脳内で無駄だらけの予定を構築していた正にそんな矢先だった。
 ふと、微かに聞こえた声。それも赤ん坊の呻き声が聞こえた。その赤ん坊の呻き声に何所か懐かしさを覚えつつも、銀時はその声のした方を振り向く。
 其処にあったのは洗濯用の桶とその中に敷き詰められた布。そして、その上に寝そべっている赤子と一枚の書置きらしき紙切れ。
 其処には走り書きで【貴方の子供です。責任を持って育ててください。私は疲れました】と書き記されていた。
 その赤子の風貌なのだが、銀色の天然パーマに死んだ魚の様な目をしたふてぶてしい顔つきをしていた。
 その外見は正に銀時と瓜二つと言うに相応しい風貌をしているのであった。
「いや、これはないな。あん時はあれであれだったし……大丈夫、俺じゃない」
 一体何があったのかは分からないが一人で納得しだす銀時。そしてそそくさとその場を後にして足早に歩き去ろうとする銀時。
 だが、そんな銀時を呼び止めるかの様に、先ほどよりも大声で赤ん坊が呻き声を挙げた。
 すると、まるでムーンウォークばりに後退しつつ銀時が戻って来た。そして、再度赤ん坊を見る。
 其処には先ほどと変わらずに赤子が銀時を見上げている図式が出来上がっていた。
「いや、あれはあれだったし、何やかんやで結局あれはなかったから、大丈夫だ。あれもない。そんな訳で俺じゃないから大丈夫だっと」
 本当に今まで何があったのか疑問に思われるがこの際無視しておく事にする。
 他人の過去やプライバシーに深入りするのはマナー違反だったりするからだ。
 それが主人公だったら尚の事だったりする。
 そんな事をぶつくさ言いつつも再度赤子を後にしようとする銀時。
 するとまた、そんな銀時を呼び止めるかの様に今度は更に大声で赤子が叫ぶ。するとまたしてもムーンウォークで銀時が戻って来て、再度赤子を凝視する。
「ないないないないないないないあいない! あれはやっぱあれだったもん! だってあれはあれしてないしあれもないし結局あれはあれであれだったから結論からしてないから!」
 最早理解不能、支離滅裂と言った具合の台詞を並べているだけの銀時が其処に居た。その際に鼻の穴を深く穿りすぎていたのか右の鼻の穴からは鼻血が垂れ流し状態になっているのだが本人全くそれに気づいていない。と言うより気付ける状態じゃないようだ。
 このままではどうにかなってしまいそうだ。そう思い急ぎその場から逃げ出そうと歩き去る銀時。
 すると、赤ん坊も諦めたのか不満そうに呻き声を挙げる。すると今度は怒号を上げながら走って赤ん坊のところへ戻って来る銀時の姿が多くの通行人の目で確認する事が出来た。その時の光景はとても滑稽で、同時にアホらしく見えたと言うそうだ。
「朝から人ん家の前で何騒いでんだ! 近所迷惑だろうがこの腐れ天パーがぁぁ!」
 あ、今目の前でお登勢に跳び蹴りを食らい顔面から地面に激突し、そのまま静止してしまった。




     ***




「腐ってる」
 その一言で片付けられてしまった。今、銀時の腕には赤子が抱かれている。そして、それを御馴染み万事屋メンバーとスナックお登勢のオーナーであるお登勢とキャサリンが凝視している光景が出来上がっていた。
 その間、銀時はまるで晒し者にでもされているかの様な心境だったようだ。
「元々駄目人間ってのは分かってたけど、まさかその辺に種撒いてほっぽらかすなんてねぇ。これで良く父親が務まったもんだよ」
「務まったも何も、元々ババァが押し付けたんだろうが! 大体俺は保健体育は何時もクラスでトップだったんだよ。テストだって上位取ってたんだから間違いなんて起こす筈ねぇだろうが」
 確かに、保健体育関連の話題になりそうだが、今の惨状はとても銀時の言い訳通りとは思えない事態だったりする。何せ、物的証拠が目の前に居るんだから。
「惚けたって無駄ですよ。この風貌や髪の色まで、全部含めて銀さんの遺伝じゃないですか。一体誰とやって出来たんですか? 素直に白状した方が身の為ですよ」
「てめぇは尋問初日の刑事か?」
 新八の睨みも悉くかわし、銀時は赤子を再度見る。見れば見る程銀時にくりそつと言えた。髪の色と良い目つきと良い、まるでドッペルゲンガーそのまんまだった。
「ねぇねぇ、それじゃこの子って私の弟になるんだよね。名前は何て言うの?」
「おい、お前さっきの話聞いてなかったのか? こいつは俺のガキじゃねぇってさっき言っただろうが」
「でも保健体育は上位トップだったんでしょ? だから出来たんじゃないの?」
「てめぇは今すぐ保健体育って単語を辞書で調べて来い」
 更に面倒だったのはなのはだった。どうやら銀時が抱えている赤子を本当に銀時の子だと思ってしまったようだ。そして、それは即ち銀時の娘的位置にあるなのはにとっては弟にあたると瞬時に判断したのだろう。
 その証拠に現在進行形でなのはの目が輝いている。まるで新しいおもちゃを目の前にした子供の様に。
「にしても懐かしいねぇ。こうしてお前が赤子を抱いているとあの頃を思い出すじゃないのさね」
「あぁ、そうだな。思い出すかもな。思い出したくないって言う思いもあるけど」
 しんみりと語るお登勢、そしてそれに呼応する銀時。しかし、回りのメンバーは皆首を傾げるだけだった。
「懐かしい? 何が懐かしいんですか?」
「なのはが初めて家に来た時だよ。あん時もこうして抱っこしてたからねぇ」
 お登勢の脳内でセピア色の思い出が上映される。今から遡る事9年位前。この赤子と同じ場所で銀時は同じく赤ん坊だったなのはを拾ったのだ。
 その時も銀時は何やかんやでほっとこうとしたのだが、その際になのはは大声で泣き喚きだしたのだ。そのせいで銀時は回りの通行人から白い目で見られた挙句、お登勢に蹴られたのだから溜まった物じゃない。
「へぇ、なんだか運命的なのを感じますね」
「何が運命だよ。こっちとしちゃはた迷惑も良い所なんだからな! ったく、どうせどっかのヤンママが出来ちゃったは良いが育てるのがかったるくて捨ててったんだろ? 確かに家は万事屋やってるけど、だからって孤児院してる訳じゃねぇんだっつぅんだよ」
 そう言って赤子を高い高いなどしてあやしたてる銀時。何だかんだ言って結構さまになってたりしている。
「何だか赤ちゃん喜んでるね。お父さん何所でそんなあやし方覚えたの? 凄い手馴れてるよね」
「おい、お前今の今まで誰に育てられたのか言ってみろ!」
 額に青筋を浮かべてなのはを睨む銀時。確かに彼女の発言は心外意外の何者でもなかった。
 まぁ、実際育児に関しては参考書を読む事もなくお登勢とマンツーマンであたふたしながらしてたのが実際の話なのだが。
 それでも此処まで元気に育ってくれたのは嬉しい限りだったりする。
 ふと、銀時の腕の中で赤子が愚図り始めた。眉を顰めて不満そうな顔をしている。
 何かを訴えているようだ。
「ん? 腹減ったのか」
「キャットフードデモアゲマスカ?」
「てめぇで食ってろ猫婆。そんな事よりもあれだ。おい婆、さっさと用意してくれ」
 銀時があれと言ってお登勢を見る。それを受けてお登勢も面倒臭がりながらも頷き用意を始める。
「お父さん、あれって何?」
「赤ん坊で腹減ったらミルクが欲しいに決まってるだろうが。てめぇもガキの頃散々飲んだだろ? ……って、もう覚えてねぇか」
 案外赤ん坊の頃の記憶を覚えている人も居るだろうが、大概の人は忘れていたりしているのが殆どだったりする。
 まぁ、別に覚えてても意味ないのが本音だったりするのだが。
「だったら問題ないネ。私がミルク出すからそれを飲むヨロシ」
「あ、だったら私もやるやる! 私もやってみたい」
「そう言うのは胸で谷間作れるようになってからにしろ。この【絶壁シスターズ】」
 銀時の最後の発言に激しく激怒する神楽&なのはのコンビは放って置いて、奥の台所からお登勢が哺乳瓶を持って戻って来た。中には乳白色の液体が並々入っている。
「ほらよ」
「おうっとと、忘れる所だったぜ」
 赤ん坊に飲ませる前に哺乳瓶の液体を数的自分の手首辺りに垂らしだした銀時。何かを確かめる動作をしているようだが、はっきり言ってお登勢以外の面子には意味不明の動作と言えた。
「何してるアルか? 銀ちゃん」
「ガキが飲むミルクってなぁな、人肌程度の温度って決まってるんだよ。そうしねぇとガキが飲まねぇからな」
 確認を終えると哺乳瓶を赤子に近づける。先端に取り付けられた乳首に赤子はしゃぶりつき勢い良く飲み始めた。
 ミルクが欲しかったと言うのも去る事ながら、やはり銀時が手馴れているらしく、グングンと飲んで行く。
「おぉっ! 凄い勢いで飲んで行くアルよ! 銀ちゃんマジで凄いアル! そんな才能が銀ちゃんにあったなんて驚き桃の木アルよ!」
「凄いですね銀さん。銀さんが本当に何時何所でこれを覚えたのか本当に疑問ですよ」
「おいてめぇら。其処に俺が育てた証拠が立ってるの忘れたのか?」
 再度、銀時はなのはを顎で指しながら両隣に居る新八と神楽に言い放った。
 何度も言うがなのはを育てたのはこの物語では他でもなく銀時だったりする。
 当然赤ん坊の扱いに関しては手馴れていて当然だったりするのだ。
「んで、どうすんだいその赤子。また育てんのかい?」
「冗談じゃねぇ。こちとら只でさえ家計が火の車状態なんだ。その上また手の掛かるガキの世話なんざ真っ平御免だからな」
 お登勢に向い堂々とそう宣言しだす銀時。彼にとっては赤子のなのはを育てるのは相当骨の折れる作業だったようだ。
「ねぇ、お父さん。私は赤ん坊の頃どんな子だったの? この子みたいに大人しかった?」
「お前がこいつと同じで大人しかったらどれ程楽だっただろうな。とにかくてめぇは上も下も超がつく程の泣き虫だったよ。四六時中泣き喚いて大変だったんだからなぁ」
 今でも思い出すかの様に語る銀時。彼の脳内ではパチンコやギャンブルへ行こうとする度に大泣きするなのはが居り、その度に下の階からお登勢が駆け上がってきて銀時をボコボコにすると言う図式が極当たり前の様に描かれていたのだ。
 その上、真夜中になるとおっかないのか常に銀時が抱いて寝ててあげないと泣き喚くと言う迷惑仕様だったと言うのだから溜まった物じゃない。
「お陰でこちとら危うくノイローゼになる所だったぜ」
「でも、案外銀さん良いパパさんやってたんですね。見直しましたよ」
「全くネ。なのはをその辺にほっぽって遊び呆けてた訳じゃなかったアルなぁ」
「お前等俺をそんな風に見てたのか?」
 見られても当然だったりする。少なくとも銀時と出会ってまだ一年位しか経ってない新八と神楽がそう思うには充分過ぎると言えるだろう。
 何せ、その一年間の銀時と言えばジャンプ主人公にあるまじき堕落しきった駄目駄目主人公だったのだから。まぁ、決める時は決めるのだがその決める時も結構稀だし、それまでがかなり酷すぎる為にそう思われてしまったようだ。
 言ってしまえば自業自得なのである。
 やがて、満腹になったのか、さっきまでしゃぶりついていた乳首から赤ん坊はそっと口を離した。すると、銀時は持っていた哺乳瓶をテーブルに置き、赤ん坊の背中を擦りつつ優しく叩く仕草をしだした。
 これまた銀時らしからぬ行動なのだが、これも銀時にとっては手馴れた動作の一環と言える。
「何してるアルか銀ちゃん。プチDVの真似事アルか?」
「ちげぇよ。こうしてガキがゲップするのを待ってんだよ」
 銀時が説明している間に赤ん坊の口から盛大なゲップが聞こえた。それを聞き終えると即座に赤ん坊を腕元に抱き戻す。
 その仕草は流石は父親と言える様になっていた。経験を持っているだけあり結構手馴れたものでもある。
 普段のだらしない銀時を知っている者は勿論のこと、だらしない姿の銀時しか知らない者達は今のその姿を全く想像出来ないだろう。気のせいか赤ん坊も銀時に抱かれていてとても安らいでいるように見える。
 顔が似ているだけに本当に銀時の子なのではないかと疑ってしまいそうになってしまう。
「ねぇねぇ、この子私の弟に出来ないかなぁ?」
「無理に決まってるだろうが。只でさえ家の家計が火の車だってのに更にガキを養うなんざ面倒臭過ぎて死んじまうだろうが!」
 赤ん坊を育てて来た経緯のある銀時だからこそ分かる。赤ん坊はかなり面倒臭い代物なのだ。まぁ、実際に言うとなのはの育児がかなり面倒臭かっただけなのだが。とにかく、もうこれ以上面倒臭い育児は御免被る。そう言う事ならしい。
 が、そんな事を言って納得出来るほどこの少女は大人になってはいない。折角可愛い弟が出来ると息巻いていたのにのっけから反対された為にすっかりなのははご機嫌斜め状態となってしまった。
 頬を膨らませて如何にも不満さをアピールしている所など年相応な仕草と言える。
 だが、そんな事既に日常茶飯事。既に慣れっこな銀時はガン無視しつつ赤ん坊に必死だったりした。
 回りでもなのはそっちのけで赤ん坊に夢中になっていたりする。
 その光景がなのはには何所か面白くなく感じられた。
「どうした、頬なんか膨らませて?」
「別にぃ、何でもないもん」
 意地を張ってそっぽをむき出す。そんな仕草をしたなのはに銀時が意地悪く笑みを浮かべ、その膨らんだ頬を突き始めた。
「何焼き餅やいてんだよ? こいつらが構ってくれないってんで拗ねちまったのか?」
「ぶぅっ!!」
 図星を突かれたからなのか? それとも単に意地っ張りだったのか? 銀時の問いに答える事をせずになのはは店を飛び出してしまった。思い切り店の引き扉を閉めて足早に走り去って行く音が聞こえて、それきり足音は聞こえなくなってしまった。
 突然のなのはの退出に一同の冷たい目線が銀時に突き刺さる。
 とても冷ややかな、鋭利な刃物にも似た冷たい目線が銀時の体に無慈悲に突き刺さって行く。銀時はさながら黒○げ危機一髪の気持ちが理解出来た気がした。物凄く心が痛む。自分は間違った事などしてないのに何でこんなに心を痛めなければならないのだろうか?
 疑問を胸の中で問いただしている間も周囲の痛々しい視線は続いている。このままでは銀時のSAN値がもたないのは明白の事。早々に出て行かなければ最悪発狂してしまう危険性すらあった。
「分かった、分かったよ。あいつを見つけて謝って来りゃ良いんだろ?」
 このまま痛々しい視線を浴び続けるのは勘弁願いたい。それだったら外を歩き回りこの赤ん坊の親を見つけ出す方が万倍は気が楽になる。まぁ、面倒臭い事に変わりない事だがこの赤子を育てるよりはマシな方だ。
 半ば気が進まないながらも銀時もなのはの後に続いてスナックお登勢を後にした。結局、回りからの痛い目線は止む事はなかったが外に出てしまえばその視線も感じない。あるのは眩しい太陽の光と外を我が物顔で歩く通行人達の姿だけだ。
 さっきの痛い目線は感じる事がない。気分が晴れやかになるのを感じながら、銀時は歩を進めた。子供の親を探す為と言うのもあるが、その前に引き取れる場所があるなら其処に突き出すと言う手もある。
 例えば警察とか。
 それが終わった後で不貞腐れて出て行ったなのはを探しに行けば充分間に合うだろう。
「面倒臭ぇ……」
 一言、そう呟きながら銀時は空を眺めた。お先真っ暗な感じの銀時の胸中とは裏腹にその頭上は綺麗な青空が描かれていた。




     ***




 勢い良く店を飛び出したは良かったものの、その後のなのはは空しい胸中を抱きながら江戸町内をふらふらと歩き回っていた。
 若さ故の過ちと言うべきなのか、店を飛び出した後で自分が一文無しだと言う事に気付いたのだ。しかし気付いた時には既に後の祭り。もし自宅に財布を取りに戻った際に銀時に見つかれば確実に馬鹿にされるのが目に見えている。
 そうなっては店を出て行った自分が余りにも滑稽に見えてしまう。その為になのはは自宅に戻る事が出来ずにこうしてぶらぶらと空しく歩き回る羽目になってしまったのだ。
 ふと、歩みを止め、なのはは空を見上げる。空は何時もの様に青々としている。快晴の空だった。本来ならば公園に行って仲の良い友達と遊ぼうと思う筈だが、不思議と今日はそんな気分になれなかった。
 幾ら怒っていたとは言えあんな飛び出し方をしてしまった
為に内心罪悪感を感じていたのだ。
 出来る事なら今すぐにでも謝りに戻りたい。しかし、それではわざわざあぁして出て行った意味が全くの無意味になってしまう。そんな二つの感情に板挟みにされながら歩いていた為に今のなのはには青空の下で遊ぼうと言う気分にはなれずに居た。
 はぁ……
 ふと、何度目かの溜息をつく。溜息をつく度に心が重く沈んでいく感じがした。こんな重い気分になるならいっその事飛び出さなければ良かった。
 後悔する気持ちが更に心を重くしていく。そして心が重くなっていく度に足取りもまた連動して重くなって行く。まるで両足に重りでも括りつけて歩いているような感じだった。歩くのがこんなにも辛い事だったと今更痛感してしまう程に。
「疲れた―――」
 遂に歩き疲れたなのはは近くにあったベンチに座り込み、深く息を吸い込んで静かに吐いた。吸った空気が体中を駆け巡り、吐いたと同時に体中の空気が一斉に吐き出される感覚を新鮮に感じた。
 これからどうしようか? 途方もない事を空を見上げながら考える。だが、幾ら考えても良い案など浮かぶ筈がなく、結局どの考えも最後はドツボに嵌ってしまうのがオチばかりだった。
 それがまたなのはの心を重くしていく。心が重くなると自然と体も重くなっていく。こうなってしまっては楽しい考えなど浮かぶ筈がない。やがて頭の中が真っ黒に塗り潰されてしまった。ただただ空しく時間だけが過ぎ去っていく。子供にとっては残酷な時間だった。特に遊びたい盛りなのはにとっては拷問にも近い。何とかこの拷問から抜け出したいのだが、抜け出し方が思い浮かばず、まるで底なし沼に嵌りもがき苦しみながら徐々に沈んでいく絶望感を味わう羽目になってしまった。
 こんな苦しみを味わう位なら、いっその事ひと思いに謝った方がずっと気が楽になれる。その際に銀時に大笑いされるだろうがこのままずっとこうしているよりは遥かにマシだ。それに大笑いされたのなら翌朝倍にしてそれを返してやれば良いだけのこと。
 何だ、案外すぐ答えが出てきたんだ。
 今まで必死に悩んでいた自分がまるで馬鹿らしく思えるかの如く、今のなのはは晴れやかな気分になれた。そうと決まれば早速家に戻るまでの事だ。今頃あの銀時の事だから二階に戻ってのんびりしているかジャンプを読み腐っているに違いない。
 それしかする事がない人間なのだから仕方がない。
 とにかく、今はすぐにでも帰宅して先の行いを謝罪し、気持ちをスッキリさせたい。こんな良い天気に気持ちが沈みきっていては勿体無い。
 そう思いベンチから立ち上がったなのはの目の前をふと、誰かが横切った。一瞬だったので判別はつかなかったが、何所となく、本当に何所となくだが、その横切った人間が銀時に見えた。
「お父さん!」
 回りのことなどお構いなしになのはは叫んだ。目の前には大勢の人盛りが出来ており、その中に紛れ込んでしまい判別が出来ない。
 ならばと人ごみを掻き分けてなのははその先に居るであろう銀時を目指した。
 幾人かを掻き分けて行く内に、先ほどの人と思わしき左手が見えた。それを見るなり、なのははその手が誰なのかを確認せずに両手でその手を握った。この手は父の手で間違いない。きっとそうだ。
 そう思い強くその手を握った。
「ん?―――」
 手を握られた人が振り返る。なのははそれに釣られて握った手の持ち主を見上げる。其処には銀髪で死んだ目をした銀時が居る。
 そう思っていたなのはは自分の描いていた光景をガラスが割れるように砕けていくのを感じた。
 目の前に居た、なのはが手を握ったのは父である坂田銀時ではなかった。
 髪の色は黒い色をしているが長さは短髪で、目は銀時の様な死んだ魚の目をしておらず、鋭く尖った形をしている。そう確認できたのは右目だけで左目は包帯が巻かれていて確認出来なかった。服も違っており、白を基調とした銀時のそれとは違い紅め掛かった色合いの柄に蝶の絵が描かれた何所となく女性風な着物を着ていた。
 簡単に言えば全くの別人であったのだ。
「何だ? 俺に何か用か?」
「あ、御免なさい。てっきりお父さんかと思っちゃって思わず―――」
 気持ちが焦っていたのもあり禄に確認もしないで行ってしまっただけあり回りの視線が気になってしまい、なのはは自分が恥ずかしい事をした様な錯覚を覚えた。
 その為に頬が赤く染まってしまい縮こまってしまった。
 すると、例の男性がしゃがみこみ、目線をなのはに合わせてこちらを見入る。決して怒っている風には見えないがちょっぴり怖いと思えるような風貌をしていた。
「そんなに俺がお前の親父に似てたか?」
「えと……ちょっとだけ―――」
「そうか……」
 それだけ聞くと、男は静かに肩を震わせて顔を俯かせた。聞こえてきたのは男の笑い声だった。回りを歩く人達は気に留めていない。嫌、止めようとしていないの間違いなのかも知れないが、この際放っておく。
 とにかく、男が笑っているのを見て、なのはは安堵した。どうやら父と間違った事を怒っている訳ではなさそうだ。
「御免なさい、間違えちゃって」
「気にするな。それより俺に似てるってこたぁ、相当お前の親父も血生臭いんだろうな?」
 男は立ち上がりそう呟いた。何故そうなるのか分からず、なのはは首を傾げてしまう。どうしてこの人と間違えただけで父が血生臭いと言う結論に行き着くのか全く理解出来なかった。
「どうして血生臭いって分かるんですか?」
「俺がそうだからだよ」
 一言、簡潔に男はそう述べた。やはり分からない。ばれないように鼻をひくつかせては見たが、男からは別に血の臭いは感じ取れない。
 ならば何故父の事を血生臭いと決め付けられたのだろうか?
「う~ん、良く分からないんですけど」
「分からないんならそれで良いだろう。別に分かった所で得する訳でもねぇんだしな」
「そう言う物ですか?」
 未だにしっくり行けずに更に首を傾げてしまう。その仕草が面白かったのか、男はまた肩を震わせて笑い出した。良く笑う人だ。
 それがなのはがこの男を見てそう印象に思えた。
「面白いガキだな、お前は。他の奴等は俺を見たらまず声を掛けない筈なのによ」
「そうなの? 別に叔父さん怖そうに見えないけど」
「そうかい? そりゃお前さんが世間を知らないだけだろうよ」
 何となく小馬鹿にされてる様な気がしないでもない。しかし他人に怒りをぶつけるのは世間知らずのする事。なのはも一応は常識を弁えている年頃。その程度で他人に怒りをぶつけるような真似はしない。
「ぶぅっ! 世間知らずじゃないですよぉだ! ちゃんと毎日テレビ見てるし新聞だってたまに見てるんだよぉ!」
 訂正させて頂きます。
 かなりご機嫌斜めになっていた。しかも頬を膨らませて不満たらたらなのを体でアピールしている。まぁ子供なので勘弁していただきたい。
「悪かったよ。じゃ、親父に宜しくな」
「うん、叔父さんも頑張って怪我治してね」
「……ふっ、こいつは治らない怪我さ」
「へ?」
 意味深な発言を残し、男は去ってしまった。なのはは先の発言の意味が分からず、仕切りに首を傾げるばかりであった。
 一体誰だったんだろう。雰囲気は違うがほんの少しだけ父銀時に似ているような気がした。
 だが、所詮気がしただけなのでそれが本当にそうなのかは定かではない。
「変な叔父さん。でも面白い人だったなぁ。また会ったら色々お話聞きたいなぁ」
 例の男との再会を期待しながらも、なのはは帰路へと向った。だが、なのははこの時知る筈もなかった。
 先ほどなのはが出会い話した男こそ、現在鬼兵隊と言うテロ集団を率いて江戸を混乱に陥れようとしている要注意人物【高杉晋助】その人だと言う事を。
 なのはがその事実を知るのはもう少し後の事である。




     つづく 
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