魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
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誰がために君は・・・ ~Leviathan~
前書き
レヴィヤタンvsベルゼブブ戦イメージBGM
ROCK MAN X8「VS Lumine~The first form」
https://youtu.be/x8kQPzQDjmc
†††Sideエリオ†††
ルーはレヴィヤタンのおかげで止まってくれた。よかった。一時はどうなるかと思ったけど、もう大丈夫そうだ。それで張り詰めていた緊張が解けて、キャロと顔を見合わせて笑った。でも・・・
「あぁ、君はそっち側へと寝返ったんですね、許されざる嫉妬」
「・・・お前・・・まさか・・・許されざる暴食・・・」
僕たちの目の前に突然現れた男の人――ベルゼブブ。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い・・・嫌だ。頭の中に満ち溢れる恐怖の一言。呼吸が苦しい。ガチガチって歯がうるさく鳴る。体の震えも涙も止まらない。見ればキャロも僕と似たような状態だ。顔色はすごく青くて、すごく震えている。レヴィヤタンに、ベルゼブブって呼ばれた男の人の声を聞いただけで、終わった、ってことしか頭に浮かばなかった。
「・・・ぅ・・ん・・・っ!?」
レヴィヤタンに抱えられていたルーが目を覚ましたみたいだ。だけど起きてすぐにこの状況は最悪なことだ。だからすごく怯えてる。
「・・・ルーテシア・・・大丈夫・・・だから・・・。ガリュー・・・ルーテシアを・・・お願い・・・」
レヴィヤタンがルーの頭と背中を優しく撫でて落ち着かせている。正直羨ましい。フェイトさんとルシルさんがここに居れば僕たちも安心できるのに・・・。ガリューはベルゼブブという男の人を警戒しながら、レヴィヤタンからルーを受け取った。
「レ・・・ヴィ・・・? わたし・・・?」
「・・・ベルゼブブ・・・放っている・・・威圧感を抑えて・・・。みんな・・・怖がってるから・・・。早く・・・・早く!」
「ふぅ、随分と人間に優しくなったんですね。あぁ、それもいいでしょう。僕に文句はありませんよ。えぇ、文句はありませんとも」
ベルゼブブがそう言い終えたら、呼吸も軽くなって、震えも涙も少しずつ止まっていく。
「・・・目的は、なに?・・・」
レヴィヤタンが僕たちを庇うようにして前に歩み出た。悔しかった。いくらレヴィヤタンが人間じゃなくても、女の子に守られるというのがすごく情けなかった。でも震えは止まっても体が自由に動かない。さっきの恐怖が抜けきっていない。それでもなんとかキャロの側まで歩いて、キャロの手を握る。それだけで安心できるのが判る。キャロも僕ときっと同じ。
「目的、ですか? 大罪の目的はすでに君も知っているでしょう? あぁ、あとは裏切り者である許されざる傲慢の抹消ですね。困ったものです。いけませんねぇ、あぁ、いけません。主の目的を妨害するとは、なんと罪深い。さすが傲慢の化身」
「・・・じゃあ・・・ルーテシア達は・・・関係ない・・・」
「それついてなんですが、どうもお腹が空いていましてね。ですので食べさせてもらおうかと思っていまして。美味しそうですし・・・」
ベルゼブブが僕たちを見回した。背筋が凍る、というのはこういうことなんだと思った。さっきの威圧感はなくても、恐怖だけはきちんと存在していた。
「・・・させるとでも・・・?」
「・・・止められるとでも?」
見上げるレヴィヤタンに、見下ろすベルゼブブ。レヴィヤタンは僕たちに背を向けているから見えないけど、きっとその目は怒りで満ちていると思う。それが判るくらいにレヴィヤタンの小さな背中から怒りが感じ取れた。そしてそれは一瞬だった。レヴィヤタンが消えたと思ったら、ベルゼブブが遠く離れたビルまで殴り飛ばされていった。
「・・・逃げて・・・。ベルゼブブは・・・わたしが斃す。ガリュー・・・キャロ・・・エリオ。・・・ルーテシアを・・・お願い」
「っ! レヴィ・・・! ダメ・・・!」
ガリューに抱えられているルーが弱々しく手を伸ばしてレヴィヤタンを止めようとすると、「大丈夫・・・だよ・・・」レヴィヤタンはルーに歩み寄った。
「・・・わたしの・・・大切なリボン・・・預かって・・・約束・・・。これがあれば・・・また会える・・・から。・・・だから大丈夫・・・。ちゃんと預かってて・・・わたしに・・・リボンを・・・返すまで・・・」
その手にヘッドドレスに付いていた蒼い大きなリボンを解いて渡した。ルーは何か言いたそうな顔をしているけど、レヴィヤタンの笑みを見て口を閉じた。
「・・・安心して・・・。わたしは・・・絶対負けない・・・」
「・・・やく・・そく・・・だから」
「ルーテシア・・・うん、約束・・・」
「絶対・・・また会おうね・・・」
指切りをしたルーとレヴィヤタン。そしてルーを抱えたガリュー、白天王と地雷王がここから離れて行った。
「・・・2人も・・・早く・・・」
ベルゼブブが殴り飛ばされて行ったビルが崩壊していくのが見て判った。僕たちがここに居ても、もう何も出来ることがない。
「・・・フリード!」
「エ、エリオ君・・・!」
こっちに向かってベルゼブブが飛んで来たのが判って、急いでフリードの背に乗ってルー達の後を追った。
「・・・きっとまた会おう、レヴィヤタン・・・」
だから負けないで、と小さく声を出した。
†††Sideエリオ⇒レヴィヤタン†††
VS・―・―・―・―・―・
其は大罪が暴食ベルゼブブ
・―・―・―・―・―・VS
わたしが対峙するのは、“大罪ペッカートゥム”の最強である罪・“許されざる暴食ベルゼブブ”。でもわたしは負けるつもりなんてない。最弱でも、戦い方次第で勝てるはずだ。
「あぁ、今のが終極様から頂いた位相空間転移ですか。しかし、扱いきれていないですね。ギリギリですが見えていましたよ?」
それは当然の話。位相転移は元々“界律の守護神テスタメント”に与えられる力だから。それを許されざる嫉妬が扱いきれるはずがない。でもそれが今のわたしの精一杯の転移だ。だから「・・・・」反論はしない。
「・・・今代の“嫉妬”は随分と・・・いえ、関係ないですね。御馳走だったあの子たちも逃げてしまいましたし、仕方ないですね、あなたを頂きましょうか」
ベルゼブブはわたしを取り込んでお腹を満たす気だ。
「・・・見えていても・・・避けられないなら・・・意味がない・・・」
「あぁ、確かにそうでしょうね。ですが、それは些末なことです。何故なら“嫉妬”が“暴食”に勝てるわけがないのですから」
ベルゼブブは自信満々だ。でもだからと言って、わたしを好き勝手させるつもりなんてない。
「・・・“嫉妬”を・・・甘く見ると・・・死ぬよ?・・・ベルゼブブ・・・!」
「あぁ、いいでしょう。見せてください。その自信がどこから来るのかを」
「・・・速さを制する者こそ・・・戦いを・・・制す・・・!」
――位相空間転移、座標設定、再出現後“Mors certa/死は確実”発動――
位相空間へと入り込み、0,0001秒後に元の空間へと戻る。これがわたしの限界。本物の使い手である“テスタメント”はもっと早く転移が出来る。そして出現ポイントはベルゼブブの背後。わたしはぬいぐるみをベルゼブブの背中に押し当てて・・・
「・・・消えて・・・はやく・・・ベルゼブブ!」
――Mors certa/死は確実――
砲撃――とこの世界で呼ばれる一撃を放つ。ベルゼブブは、ぬいぐるみを背中に押し当てられて初めて気がついたよう。けどもう遅い。ゼロ距離からの一撃だ。いくら最強でも無傷じゃ済まないはず。
「―――むっ!?」
直撃。砲撃に飲み込まれたベルゼブブがまた吹き飛んだ。いくら最強の罪・暴食でも、わたしの攻撃を避けられず、わたしに攻撃を当てられないのなら、それは単なる障害物でしかない。
「ゲホッゲホッ・・・ふぅ。・・・あぁ、今のは効きました。見えてはいても避けられないというのは本当に厄介ですね」
大してダメージは入っていないみたいだ。さすがは最強の罪。
「・・・なら・・・完全に斃れるまで・・・撃ち続けるだけ・・・」
一撃でダメなら二撃で、それでもダメなら三撃四撃と当てていけばいい。不完全でも位相転移があれば、そう苦労しないはず。あとはわたしの体が位相転移に耐えきれずに自壊してしまうまでに終わらせればいい。そうしたらまたルーテシアに会える。わたしの大切なルーテシアに。
「あぁ、なるほど。攻撃力のない君が、僕に勝つにはそれしかないですね。僕からの反撃を許さなければ、君は無傷で勝てるでしょう。転移があるのですし。そう思えば、現状においては僕ではなく君こそが“最強”でしょうね」
そんなことはどうでもいい。今のわたしにとって重要なのはルーテシアの安全。そしてこの世界の存続。あのエリオやキャロも・・・ううん、みんな守る。第三の力と第四の力がいれば可能なことだ。
「ですが・・・!」
「わたしは・・・必ず勝つ・・・。だから・・・早く消えて・・・!」
“嫉妬の力”――そして“嫉妬の概念”の本体であるぬいぐるみを前に突き出す。このぬいぐるみがあるからこそわたしは戦えて、守ることが出来る。
「来て・・・罪眼・・・」
わたしの呼びかけに応えて現れた14体の“罪眼レーガートゥス”。ベルゼブブを囲むようにして配置、狙うは集中砲火。
「おぉ、これはこれは・・・いけない。あぁ、いけないです・・・ねっ!」
「・・・撃って・・・!」
――Mors certa/死は確実――
14本の閃光がベルゼブブを前後左右、そして上からも襲う。そこへわたしも砲撃を放つ。回避は出来ない。逃れる方法は防御だけ。でも、「なんと・・・!?」ベルゼブブは何もしないまま全ての砲撃を受けた。わたしのすみれ色の光と“レーガートゥス”の白色の光が爆ぜる。その光に飲み込まれて自滅しないために、通常転移で別の建物の屋上に移る。
「・・・う・・・そ・・・!?」
光が治まると、そこには服がボロボロになっているベルゼブブが佇んでいた。いろんなことに驚いた。何もしないで攻撃を受けたこと。全て直撃だったのに、大したダメージはなさそうなこと。
「・・・ふむふむ、大体この程度ですか」
破けていた上着を脱ぎ捨てて、何か理解したみたいに何度か頷いた。何を?とかは考えるまでもない。
「わたしと・・・レーガートゥスの神秘の威力を・・・確かめた・・・?」
下手をすれば消滅するかもしれないのに。危険な綱渡りだ。
「ええ、そうです。で、僕の上着にダメージを与えたのは君の一撃だけです。つまり、レーガートゥスの攻撃は僕には通用しない、ということです」
言い終えた瞬間、ベルゼブブが一気に距離を詰めてきたから、すぐさま位相転移で離れる。元の空間に戻って、すぐさま砲撃を4発続けて放つ。ベルゼブブは、2つは防御して、1つは回避を、1つは直撃だった。
「ゲホッ・・・むぅ、攻撃力の低さが救いですね。防御2。回避1。直撃1。・・・あぁ、なるほどなるほど・・・」
(わたしと自分との戦力差を・・・計ってる・・・?)
もしそうなら、完全にわたしの動きを見切られる前に「斃す!」ことを決めて、ベルゼブブの行動を制限するバリケードに“レーガートゥス”を、利用する。“力”を全て攻撃に使う。これで絶対にダメージを与えられる。
――Mors certa/死は確実――
ベルゼブブに一直線へ向かう全力の一撃。この世界に来て、ここまで威力を高めた攻撃はこれが初めてだ。
「これは・・・!」
驚いた顔をしたベルゼブブ。でも何をしてももう手遅れ。防御できるようなものじゃないし、回避も今からじゃ遅い。そして砲撃が爆ぜた。視界を覆うすみれ色の閃光。“レーガートゥス”には悪いけど、ベルゼブブを斃すための犠牲になってもらった。わたしはさっきと同じようにして通常転移。安全圏に離れて様子を見る。
「・・・っ!?」
煙が晴れると、そこにが誰も居ない。今ので斃した? ううん、いくらなんでも楽観すぎる。辺りを探ろうとした時、直感が働いた。それに従ってすぐにその建物の屋上から離れる。そのすぐあとに、わたしが立っていた場所に大きな穴が出来た。それは何かが食べたような・・・跡。
(食べた・・・暴食・・・!)
「あぁ、これは驚きました。なかなかに良い勘をしています」
穴から飛び出して来たのは、やっぱり無傷なベルゼブブ。わたしの一撃を、建物の中に逃げることで躱したんだ。そしてわたしの居る場所の足元に移動して、死角になる真下からの襲撃。
「・・・さすが・・暴食・・・・やっぱり・・・強い・・・」
こうなれば手段は選んじゃいられない。限界のギリギリ一歩手前まで頑張ろう。そういうわけで、わたしの体が自壊しないように注意しながら、位相転移の連続を行って、出現ポイントから連続で砲撃を放つ。そしてまた位層転移を連続実行。それを繰り返す。
――Mors certa/死は確実――
「ぐぅ! これは・・・むぐっ・・・!!」
うん、順調にダメージを与えられている。転移しては攻撃を繰り返し放ち続ける。塵も積もれば山となる戦法。三代前の許されざる嫉妬の考えたもの。だけどその分、わたしの体を削っていっている。だから今、右手の甲に小さくヒビが入ったのが見えた。これ以上は自壊していく。
「ぁがっ!?・・・フフ、やりますね・・・・レヴィヤタン!」
危険危険危険。ベルゼブブが少しずつわたしの動きについてきてる。早く決めないと、ベルゼブブの消滅より先にわたしが・・・砕け散る。次の転移で最後にして、出現直後にもう一度全力の一撃を放つ。
――位相空間転移、座標設定、再出現後“Mors certa/死は確実”発動――
(位相空間に進入、再出現後に・・・!)
「さぁ、捕まえましたよ」
「ぁうぐっ!」
最悪なことに出現ポイントを割り出された。ベルゼブブの左手がわたしの胸倉を掴んで、わたしを軽々と持ち上げる。かなり危険だけど、このまま位相転移に持ち込んで離脱。ゼロ距離から溜めたままの一撃を放てば・・・いける。
「あぁ、そうはさせません」
「っ!!」
思いっ切り建物の床に叩きつけられて、そのまま床が砕けて貫通。あまりの威力に一番下の階まで叩き落とされた。ここに落ちてくるまでに抜いた床は18層。苦しい。見たら右の小指と薬指が砕け散っていた。それがなんだ、こんなところでわたしは・・・死ねないんだ。
――ここは・・・? わたし・・・? あぁ、そうか、わたしは・・・レヴィヤタン・・・――
こんな時に思い出すのは、許されざる嫉妬の始まり。気がつけば、わたしは“大罪ペッカートゥム”を構築する1つの概念・許されざる嫉妬レヴィヤタンとなってた。頭の中には知るはずもない無限の知識と、体の中には持ち得ないはずの“力”。それがなんとなくイヤで、創り出したぬいぐるみという器に全て転写した。だけど、頭の中にある知識だけはどうしようもなかったのを覚えてる。
――新しい嫉妬の誕生よ――
――随分と小せぇガキだな――
――よろしく、レヴィヤタン――
わたしは独りじゃなかった。暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢。そしてわたしという嫉妬。7つで1つの大罪・・・それが“ペッカートゥム”。わたしの初めての仕事は、この次元世界と呼ばれる箱庭での戦いになった。ここに来て15年――という時間の概念の中で、わたしは・・・。
「ぁ・・・く・・・はや・・く・・・立たない・・・と・・・」
今見るようなものじゃないのに。それに早く立ち上がって、ベルゼブブの攻撃に備えないと。今攻撃を受けたらお終いだ。瓦礫に手をついて立ち上がる。うん、大丈夫、まだまだ戦える。今の内に体の損傷を治しておいた方がいいかもしれない。
「ポテンティア・サーナト・・・」
――Potentia sanat/力は療す――
瓦礫の陰に隠れて、体中にあるヒビを治す。怠惰のベルフェゴールの“再生”があれば、もっと簡単に、そして早く治るんだけど・・。だけど、わたしの力は“転移”だ。無いものねだりは無意味。それからすぐ、わたしが落ちてきた穴の床の縁をタンタンと蹴る音が連続で響く。ベルゼブブが屋上からここまで降りてきた。
「あぁ、どこに居ますか・・・?」
そう言っているベルゼブブの靴音が近付いて来る。
――確認。ダメージ率39%、身体損傷率16%、転移限界数残り2回。
少しは回復できてる。けど、位相転移が出来るのはあと2回。通常転移だったらほぼ無数だけど、まず通用しないはず。転移完了までの時間も掛かるし、何より出現ポイントが波打つっていう欠点がある。残り2回の位相転移で斃さないと・・・。わたしが先につぶれることになってしまう。
「あぁ、見つけました」
「なっ・・・!?」
いつの間に。違う、そんなことを考える暇があるなら回避をしないと。迫るベルゼブブの左手を側転で避けて、「いけ・・・!」溜め無しの砲撃で迎撃する。たぶんダメージを与えられないと思うけど、目くらましくらいにはなる・・・はず。わたしとベルゼブブの間に閃光が爆ぜる。今すぐにここを離れないと・・・。
「あぁ、逃がしませんよ?」
ベルゼブブの声がハッキリと聞こえた。
「・・・え・・・?」
視界が白に染まる。判るのは、静かだけど荒々しいっていう矛盾の暴風が吹いたこと。今のわたしは足が地面に着いていない。浮いている? 攻撃を受けた? 判らない。
「あぐっ・・・げほっ、えほっ・・・」
背中に衝撃が来た。攻撃じゃない。背中から地面に落ちたんだ。受け身も何もないから咽た。両手両足の感覚はある。どこも失ってない。
「・・・一体・・・何が・・・う、そ・・・!」
視力が戻って、最初に見えたのは地面。そして見回して判った。廃墟がなにもない更地に変わり果ててしまっていた。
「そんな・・・さっきまで・・・建物がたくさん・・・あったのに・・・」
でも半径1kmほどの空間には何も残っていなかった。今のがベルゼブルの攻撃・・・?
「本当ならもっとイケますよ? ですが単なる建造物を食べても意味ないですから」
「っ!!」
真後ろにベルゼブブが立っていた。
「あぁ、驚いてくれて嬉しいですよ」
食べた。それが暴食のベルゼブブの持つ・・・力。もし、この攻撃を初めから使われていたら、わたしはその時に負けて、た・・・。
「あぁ、お気付きでしょうか? 僕がこれまでは少しだけ手を抜いていたことに。さて。君の、僕に勝てる、最弱を甘く見るな、という自信は、この実力差を垣間見て、今はどうなっているのか教えてください」
「っ・・・わたしは・・・約束・・・したんだ・・・!」
位相転移でベルゼブブの頭上10m付近に移動する。残りあと1回だけど、これで決めればそれでいいだけ。
――Deus Caedere/神殺し――
ぬいぐるみを頭上に掲げて、圧縮した神秘の塊を生み出す。わたしの持つ最高の一撃。威力は申し分ない。直撃させれば絶対に・・・勝てる。
「・・・消えろぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
ぬいぐるみを振り下ろすと同時に、神秘の塊もベルゼブブに向けて落ちる。ベルゼブブは動かない。真っ向から迎撃するつもりだ。上等だよ。その余裕、砕いてあげるんだから。
「ああああああっ!!」
「おおおおおおっ!!」
わたしとベルゼブブの咆哮。そして圧倒的なすみれ色の閃光が爆ぜた。視界がまた光によって妨げられる。音も聞こえない。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ・・・・」
地面に降り立って、周囲を見回してベルゼブブの姿を探す。地面に穴は空いてない。さっきと同じ避け方はしてないってことだ。
「・・・・勝った・・・の・・・?」
返る声はない。しばらく様子を見てみる。でもやっぱりベルゼブブは姿を現さない。
「・・・やった・・・?・・・やった・・・!」
わたしが、この最弱だって言われ続けてた許されざる嫉妬が、最強の許されざる暴食に勝ったんだ。会える。これで胸を張ってルーテシアに会えるよ・・・嬉しい・・・。地面にへたり込んで歓喜する。最弱だってもう言わせない。
「・・・わた・・・きょう・・・・わたしが・・・さい・・・・わたしが、最強・・・だ!」
「・・・何が嬉しいんですか、レヴィヤタン?」
「っが・・・あ゛・・・!?」
今一番聞きたくない声が聞こえた。直後にわたしを襲ったのは、背中に突き刺さるような衝撃。そこで判ったのはベルゼブブの爪先で蹴り飛ばされた、ということ。吹き飛ぶ。距離は大体16m程。それから地面に叩きつけられて、何度もバウンドしながらさらに吹き飛ばされ続ける。痛みとかそういうのはもう判らない。視界が回る。空と地と・・・。遠くに見えたはずの建物の壁を突き破って、柱に叩きつけられて、ようやく止まった。
「ぅ・・・ぁ・・・・あ・・・・ぁ・・・い、た・・・い・・・・」
うまく喋れない。ダメージが深刻すぎる。でも・・・わたしは・・・諦めない。わたしは叩きつけられた柱に手をついて、ふらふらと立ち上がる。そこで視界に映ったのは、わたしの右腕の肘から先が完全に砕けて消えていたこと。
「・・・ひぅ・・・!」
――確認。ダメージ率69%、身体損傷率46%。
――Potentia sanat/力は療す――
気休め程度でしかないけど、損傷を回復させる。だってわたしの意思はまだ折れてない。戦えるんだから・・・。
「・・・待ってて・・・ルー・・・テ・・・シア・・・」
ルーテシアは待っていてくれるんだ。わたしが、ベルゼブブに勝って戻ってくるのを。側に落ちていたぬいぐるみを手に取って、支柱に背中を預けてしゃがみ込む。徐々に右腕が再構成されてく。よかった。右腕がないなんて見っとも無い姿を、ルーテシアに見せられないもんね。
――やぁ、レヴィヤタン。今日は、君にある頼みごとをしたいんだ。聞いてくれるだろうか――
ここでまた過去が頭の中に浮かぶ。スカリエッティに頼まれて、初めてルーテシアとゼストに会ったあの日の事。わたしが第三の力のところへ向かう時、気をつけてって言って心配してくれた。嬉しかった。戸惑った。その短い言葉に、何故か泣きそうになった。それからは許されざる傲慢のルシファーに頼まれて、ルーテシア達と行動を一緒にした。
――ああん? レヴィヤタン? あの変態ドクターの仲間なんだろ、お前。あんま慣れ慣れしくすんなよな――
途中で小さいの――融合騎って言うアギトが合流した。初めの内、アギトはいつもケンカ腰だった。それがルーテシアとゼストを想っての事だと思えば、全然気にならなかった。しばらくしてその態度も変わってきた。わたしとルーテシアが仲良くしてたから、と今は思う。いつだったかアギトから料理を教わった。それは何となくの行動、ううん、それは・・・
「・・・わたしの・・・生きてた頃の・・・記憶の所為・・・だ・・・」
その頃からわたしは、自分が人間だった時の記憶が少しずつ蘇り始めたていた。お母さんとお父さん、わたし・・・3人家族・・・。どこにでも在る普通の家族だった・・・ような気がする。
――レリック?・・・大事な物・・・なの?――
――うん。みんなで探してる――
そんなルーテシア達は、レリックって呼ばれてる赤い石を探していた。ソレがあれば、ルーテシアのお母さんが目を覚ます、って聞いた。スカリエッティのラボに呼ばれて、初めてルーテシアのお母さんを見た。直後に激しい頭痛に襲われた。そこで全部思い出した。
(わたしは・・・殺されたんだ、お父さんに。お母さんの目の前で・・・)
そう、わたしの家族は普通じゃなかった。いつもケンカばかりの両親。いつも怯えていたわたし。わたしは望んでいたんだ。普通の家族を。でも、結局それは叶わないで、わたしは殺されて・・・嫉妬になった・・・。
「・・・それから・・・だった・・・。わたしが・・・ルーテシアを・・・好きになったのは・・・。ゼストも・・・アギトも・・・大好き・・・」
独り言が静まりかえる建物の中に響く。気がつけば、右腕の再構成が終わっていた。ベルゼブルは・・・まだ来ない。だけど油断は出来ない。さっきからその油断で追いつめられてる。
――確認。ダメージ率45%、身体損傷率21%。
「っ!」
姿は見えない。だけど間違いなく近い。意識をベルゼブブ捕捉に傾ける。後の先を取って、カウンターで撃破する。これが最後の接敵になるはず。
(近い。5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・いまっ!)
柱の陰から出て、ベルゼブブを視認する。向こうもわたしに気がついた。少し驚いてる感じ。なんかスッキリした。
「いい度胸です!」
両手をわたしに翳したベルゼブブ。そしてわたしは見た。両手の間に、幾何学模様で構成された光の口が出来ていたのを。あれがベルゼブブの“力”で攻撃方法なんだ。不可視の暴風が、風の流れが何故か見える。
「・・・づっ!」
疑問は横に置いて回避運動。そして避けた。避けれた。避けきれた。そのまま最後の位相転移。出現ポイントはベルゼブブの体と前面に展開されている口の間。一気に懐に入り込んで必殺の一撃を放つ。それでわたしの勝利だ。
「・・・くらえぇぇーーーーッ!」
――Mors certa/死は確実――
「あ」
ベルゼブブの顔面にぬいぐるみを押し当てて一撃。神秘の爆発が起きる。そして吹き飛ぶ。自分の防御なんて捨てていたから当然。次に目を開けたら、太陽の光がわたしに降り注いでいた。建物の外まで吹き飛ばされたようだ。倒れていた上半身を起こして見渡す。
「・・・!」
そこにベルゼブブは居た。わたしの一撃によって消し飛んだ左腕を庇うような姿勢で立っているベルゼブブが。斃しきれなかった。もう位相転移は使えない。
「や・・・て・・・くれまし・・・ね・・・」
顔面左側部、特に口のあたりが削れて無くなってる。それでも喋れるのだから恐ろしい。
「・・・わたしは・・・誓った・・・守るって・・・。・・・わたしは・・・約束した・・・また会えるって・・・! その2つが・・・ある限り・・・わたしは・・・負けない、諦めない・・・!」
それが今のわたしを支える大切な柱。この2つがあるからこそわたしは何度でも立って見せる。ぬいぐるみに最後の力を集束させる。これが本当に最後の一撃になる。一切の手加減なし。“界律”はこの程度じゃ動かないのは解ってる。ベルフェゴールがいくつもの世界に刻んだ紋様がある限りは。だからこそのこの一撃を。
「・・・生まれて早々・・・さよなら・・・ベルゼブブ・・・」
たぶんあのベルゼブブは生まれてから1日も経ってないはず。あまりに短いその存在時間。わたしの大切なもののために・・・ここで・・・。
「斃す!!」
――Deus Caedere/神殺し――
撃った。止めの一撃を。一直線にベルゼブブへ飛んでいく神秘の塊。これで決着だ。だけど油断はしない。最後の最後まで、ベルゼブブが完全に消え去るまでは。
「く・・・っ!」「むぅ・・・!」
そしてそれは起きた。わたしの一撃と、ベルゼブブが遅れて放った一撃が衝突した。あんな状態でもあの攻撃が出来るなんて予想外だ。てっきり両手がないと使えないって思っていたから。相殺されたわたしの一撃。けどすぐに行動を移す。油断せずに身構えていたことが良かった。
「まだ・・・終わりではありませんよ・・・!」
わたしに向かって疾走してくるベルゼブブ。位相転移は使えない。使ったら自壊していくしかないから。だから自分の足で回避を行う。けど、向こうの方が圧倒的に速い。
「いきますよ!!」
「っぐ・・・!」
右拳がわたしのお腹に突き刺さる。お腹付近から、ヒビが入ったと思われるパキッて音が聞こえた。吹き飛ばされる前に、ベルゼブブの左腕にしがみ付く。そして再度ゼロ距離砲撃を放つ。ぬいぐるみから発せられたすみれ色の閃光。それがわたしとベルゼブブを覆う。
「きゃぁ・・・!」
何度目かの爆発を受けてお互いに吹き飛ぶ。わたしは体を捻って着地。あっちも同じように着地、次の瞬間には走ってきた。ベルゼブブに向けて連続砲撃。威力はほとんどないけど。それを避けては直撃を受けるベルゼブブの上半身は裸だ。この変態め。
「あぁ、痛いですね。これは痛いです・・・よ!」
幾何学模様の口が開いた。風の流れがまた見える。安全圏はベルゼブブの左側面。
「ん!」
全力でその安全圏に体を滑り込ませた直後・・・
「っが!?」
右頬にベルゼブブの強烈な蹴りが入った。
(今の口はわたしを誘導するためのフェイント・・・?)
意識が飛ぶのを耐える。だけど吹き飛ぶのだけは防げない。それほどの威力。いつつ。奥歯が2本くらい砕けてるのが判って吐き捨てると、奥歯は宙を舞ってすぐに光の粒子になって消滅していった。
――Mors certa/死は確実――
宙を滑空する間にも砲撃を放つ。チャンスがあればどれだけでも撃とう。それを回避して、ベルゼブブはわたしに向かって再度疾走。再構成を終えた左腕が、地面に着地する前のわたしの右足首を掴み取って・・・
「砕けてしまいなさい!!」
全力でわたしを地面に叩きつけてきた。右足からバキッって音がした。今のでどこかが砕かれたかもしれない。さすがにそれは困る。歩けない、立つことさえ出来なかったらどうしようもない。
「ぅ・・・くっ・・・あ゛ぅ!」
両手をついて上半身を起こそうとした時、ベルゼブブがわたしの背中を踏みつけてきた。それでお腹と背中からメキッって音がした。もうわたしの体は限界が近い。
「はぁはぁはぁ・・・どうです? もう止めましょう。大人しく僕の空腹を満たす贄となってください。何せ君は誰も守れない。自分の存在すらも守れないのですから・・・ね?」
「ぅあ゛っ!」
わたしの背中を踏みつけているベルゼブブの足にさらに力が入った。何とかして体を起こそうとするけど、この小さな体じゃ無理だ。わたしはここで消えるのかな・・・? 誓いは? 果たせない。約束は? 守れない。諦める? 否。
――弱音を吐く暇があれば意志を高める叫びとして吼えろ。自分の最期を考える頭があれば勝つための道筋を考えろ。震える力があるならば戦う力に変えろ――
先代の許されざる嫉妬レヴィヤタンの声が聞こえた。そのとおりだ。何を弱気になっている。わたしは、ルーテシアとまた会うんだ。
「っくぅぅぅぅああああああああッ!!」
「なんと・・7・・!!」
――Mors certa/死は確実――
力を振り絞って放つ、強力な神秘の全方位砲撃。光が爆ぜ、地面を覆っていた石が砕け散って砂煙を巻き起こす。背中にあった重みが消える。ベルゼブブは砲撃の直撃を受けて吹っ飛ばされていたからだ。でも・・・
「無駄な足掻きはもう止めましょう、と言っているんです」
何の苦もなく着地したベルゼブブが、歯をむき出しにしながらまたわたしへと突進して来る。わたしは右足が無事なのを確認して、ふらついてでも立ち上がる。そして真っ向から迎撃するために、ぬいぐるみへと神秘を圧縮した力を籠める。
「わたしは・・・・帰るんだ・・・ルーテシアのところに!!」
すれ違いざまにぬいぐるみごと右拳を叩きつける。それは向こうも同じだった。攻撃の重み、神秘の威力、身体能力差、それらが導く結果は決まってた。
「っぐ!・・・ごめん・・・ね・・・」
わたしは空高く舞った。ベルゼブブの強烈な拳の一撃によって。お腹が完全に砕けた音がして、わたしを構成する概念が、服の隙間から粒子となって漏れていって消滅していく。体の崩壊が先か、ベルゼブブに食べられるのが先か・・・。どちらにしてもわたしは・・・・終わった・・・。
――えっと・・・――
――のわっ? 待て待て、レヴィヤタン! あたしは食材じゃな・・・あっつ~!――
――あ・・・ごめん・・・――
また過去を見る。これって走馬灯と呼ばれるものなのかな・・・。それは料理をしている中、間違ってアギトを鍋に突っ込んだこと。完成したのはアギトシチュー。アギト出汁入りのなんか危険物な料理。食べたら花火をしたくなって、メラメラ燃えて、騒ぎたくなる効果付き。
「・・・クス・・・」
こんな時でも笑ってしまう。アギトと行った模擬戦。勝ったのはもちろんわたし。位相転移なんて卑怯だって怒ったアギト。なんか可愛かった。これも良い思い出。わたしは得ることが出来たんだ、人間だった頃に手に入れることができなかった幸せというのを。
――レヴィ、気をつけてね――
――友達。うん、いいよ友達――
――レヴィの料理、美味しかった――
――約束、絶対また会おうね――
わたしの大好きなルーテシアの声。ごめん、わたし、もうダメかも・・・。
――この世界は滅びるんだから関係ねぇよ――
「・・・ほろ・・・び・・・!」
ダメだ。まだ終われない。せめて相討ちになってでもベルゼブブはここで斃す。それがわたしに出来るせめてもの・・・。
「守るんだ・・・この世界を・・・絶対に!!」
――Deus Caedere/神殺し――
“界律”が動けば世界は滅びない。だって最強の第四の力が居るんだから。きっと守ってくれる。ルーテシア達の生きるこの世界を。
「・・・生きて・・・・ルーテシア・・・」
わたしとベルゼブブの間、至近距離での大爆発。目が熱いと思ったら、わたしは泣いていた。これで、最期なんだね・・・。もし生まれ変われたら、ルーテシアとゼストにアギト、4人でまた旅をしたいな。
「大好き・・・だよ・・・ルーテシ――」
視界がすみれ色の閃光に包まれた・・・・。
(・・・・わたしはどうなったんだろう・・・?)
最強の罪・暴食ベルゼブブと相討ち覚悟の一撃を放って・・・それから・・・? それからって何? おかしい。何でこんなことを考えられるの?
「・・・わた・・・し・・・いきて・・・る・・・?」
声が出た。掠れているけど確かに聞こえた。どうしてか理解できない。あの時のわたしはもうボロボロで、自分の攻撃の衝撃だけで消えそうだったのに。目を動かす。見えるのはさっきまでベルゼブブと戦ってた更地。そこにはベルゼブブが立っていた。今度こそダメだ。わたしは食べられて終わる。
「・・・・」
そのベルゼブブがわたしを見ている・・・? 違う。わたしと同じ方向に居る誰かを見ているんだ。首を動かす。メキ、とか、バキ、って音がするけど・・・。そこでわたしは、信じられないものを見た。
「・・・え・・・なん・・・で・・・?」
「・・・レヴィ・・・また・・・会えたよ」
ここに居るはずのない、涙を流してても笑ってくれてるルーテシアが居た。それにガリューも一緒だった。キャロとエリオという第三の力の友達・・・。それだけじゃなかった。あと2人がそこに居た。
「それじゃあフェイト。みんなを安全な場所にお願い」
「うん、判った。気をつけてね、シャル」
第三の力とフェイトという人間。わたしは助けられたみたいだ、第三の力達に。また涙が溢れる。だけど今度は悲しいんじゃなくて嬉しいから。わたしはまだ・・・この世界に生きているんだ。
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