宇宙を駆ける一角獣 無限航路二次小説
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第二章 五話 アークネージ星
ユニコーン ブリッジ
「よし、ゲイケット。これよりユニコーンは出港する。」
「了解だ艦長。機関室はエンジン出力調整、通常航行速度。」
新型艦載機、【ジェガン】を勢いで作った白野たちユニコーンメンバーは、整備士バークによってユニコーンにカタパルトが増設された時点を持ってしてこの惑星シャンプールから出港し、ネージリンスの首都星であるアークネージ星に向かう事にした。
艦載機を扱うのなら、とにかくパイロットが必要なのである。
ユニコーンは今まで艦載機を搭載した事のない艦なので、当然ながらパイロットクルーは乗艦していない。
だがしかし、ここネージリンスは幸運な事に小マゼランで一番艦載機に関するノウハウと普及が進んでいる国家である。
ネージリンスならば、腕のいいパイロットも当然いるであろう。白野はそうした凄腕パイロットをスカウトしたいのであった。
そして、クルー達と協議した結果とりあえずは人の最も集まる首都星でめぼしい人員を探す方針でまとまったのである。
スカーバレル海賊団の捕虜となっていたエルメッツァの化学者、ゴルドーもそこで下ろす事となる。
白野に師事するギリアスにしても、来た事のない宙域での情報収集は0Gドッグとして基本中の基本であるからして人と情報の集まる首都星に向かう事に異論などあるはずもない。
そんなわけで二隻の艦は揃って放棄された惑星、シャンプールを後にした。
*
ユニコーン ブリッジ
「………ふぅむ」
白野は艦長席に座って時折入ってくる首都星の情報番組を眺めている。
ここはネージリンスの本星宙域の中では比較的辺境であるが、なにせ銀河系を跨いで通信ができるほどの強力な通信システムも開発されているこの世界。ユニコーンのレーダー出力をもってすれば電波を拾う事などたやすいのである。
画面の上ではニュース番組のキャスターが記者会見場らしき場所でマイクを片手にネージリンスの軍服を着た恰幅のいい男にしきりに質問をしている。
ニュースの見出しを見てみれば、早い事にもうスカーバレル海賊団の出現がなくなった事を示す記事が踊っている。
交易関係者もこぞって止めていた輸送船団を発進させ、ネージリンス宙域にまたかつての賑わいが戻ると大真面目な顔でニュースキャスターが言っている。
続いて白野は別の番組にチャンネルを変えた。
取り留めのない料理番組である。
またチャンネルを変えるも、白野の興味を引くような番組はどうも放送されていないようだ。
仕方なく白野は艦長席のコンソールパネルを操作して彼用のデータベースを開き、そこに保存されている彼がこれまでなんとかかんとか少しづつ開発を続けている切り札的究極戦艦【グランカイアス改級戦艦】の青写真である。
まだまだ完成には程遠いとはいえ、この時点で組み上げたとしても相当なオーバースペックを誇る化け物が出来上がるはずであるのだが、白野は来るべきアレとの生存競争に向けて完璧を期したいので自身が認める出来栄えになるまで組み上げるどころかクルーに情報公開もしない心算である。
白野はそれをしばらく眺め、ある程度のデータ書き足しを行いエンターキーを押すと書き足したデータを確定して再び保存してデータベースをシャットアウトした。
*
ユニコーン 船室
ユニコーンの新設されたカタパルトの比較的近くに位置する船室には、スカーバレル海賊団のアジトからギリアスによって救助された科学者のゴルドーがいた。
彼は不幸にも技術研修のためにやって来たネージリンスでスカーバレル海賊団に乗っていた客船を襲われて捕虜とされてしまったのである。
しかし、捕まろうと何だろうと彼は科学者である。
しっかりとスカーバレル海賊団の持っていたスパコンのデータを去り際にいただいていた。
彼の専攻分野は量子コンピューター関係で、既存のパーツや素材でどれだけ効率良く演算を行えるか?というのが主目的である。彼の同僚の女性研究者は量子コンピューターのそもそもの素材研究に情熱を注いでいるため方針の違いから喧嘩になる事もしばしばであった。
しかし、今のところその心配は絶無であろう。
何故なら、どこからどうやっててにいれたのかスカーバレル海賊団のスパコンには大マゼラン製の量子コンピューターの計算アルゴリズムが組み込まれていたのだ。
技術研修を受けるよりも大いなる恩恵を思いがけず受けたゴルドーは喜色満面で計算アルゴリズムの解析をやり始めた。
*
ユニコーン カタパルト
新設されたばかりのユニコーンのカタパルト。そこには、完成した新型艦載機【ジェガン】の先行試作型が合計30機佇立している。ユニコーンの船体のサイズからして、カタパルトに隣接させる事のできる格納庫の内装スペースは縦2マス横4マスという寂しい内容であった。しかし、無いよりましである。
根本からしてむちゃくちゃな改造なのであるから、成功しただけでも賞賛に値する。
で、そんなジェガンの足元には一仕事終えた男の顔をしているバークが一人静にコーヒーをすすっていた。
「………」
バークは技術関係やメカの事となると途端に極めて饒舌となるが、何も無い時はとことん無口である。
絶賛人手不足のユニコーンではまともな整備士がゲイケットかバーク以外は存在しないので、機関室の調整や損傷した船体の応急処置などはほぼバーク一人でやっている。
本来なら過重労働の謗りを免れないのだが、本人がたっての希望でそうしてくれと言っているので艦長である白野としては給料を増やしてメディカルチェックをこまめにしてやるように船医に指示する以外他に手は無いのだ。
そんなバークであるが、今日この時に限っては工具を握っていない。
自分の手になる自信作を満足気に見やっているのであった。
*
ユニコーン 主計局
さて、作ればそれで終わりな技術開発とは違い、作ったあとの運用コストやパイロットクルー確保などに奔走しなければならない経理部のバウトは無数のデータや数字相手に終わることのない無益な、しかし必要な格闘を繰り返している。
「ジェガン一機の運用コストは一時間戦闘をするとしたら動かすだけでも10G。いま使われている兵装は元々艦載機の兵装を作り変えたものだから運用コストは変わらず……新しく雇い入れるパイロットクルーの一回の出撃当たりの危険手当は……」
ブツブツつぶやく彼の前には【処理済み】の表示がされたデータプレートが山と積まれている。
彼がいなければ、ユニコーンという巨大な宇宙戦艦は借金や滞った給料に怒りを燃やすクルー達に装甲板の一枚まで剥がされて売り払われていたこと間違いない。
故に、ある意味ユニコーンの心臓部とも言える主計局の内装モジュールは常に高レベルなものが入れられている。
バウトの仕事を少しでも楽に、そして効率化するためである。
宇宙を駆け、星々を望み、無限の彼方に思いを馳せたとしても足元が於保つかなければ全ては単なる夢物語なのである。
そんななか、次々と機械的に処理済みデータプレートが積まれて行く主計局に珍しい客が来た。
初めはカタカタと愛用の【ソロヴァン】を操作していたバウトだが、しばらくしてようやくその人物の入室に気がついたようで顔を上げた。
「あ、やあ。ゲイケットじゃないですか。珍しいですね。どうしたんです?」
ゲイケットとバウトは同じく大マゼランのPMC(民間軍事会社)、バダックPMCから白野がスカウトした0Gドッグである。
しかし、職分の違いから一応は同じ組織に属していたが関わりは薄かった。
だが、互いに持っているプロ意識に好感を持ちむしろPMCに所属していた頃よりも友好関係は深まっている。
「いやなに、丁度いい酒が手に入ってな」
ゲイケットの手にはスカーバレルから略だ…もとい接収した二十年もののワインの瓶があった。
バウトも全ての0Gドッグの御多分に洩れず酒を好む。
彼は高速でソロヴァンを操作すると通常の三倍ほどの速度で処理済みデータプレートを積み重ねて行く。しかし、その仕事は決して粗雑ではなくむしろ丁寧に隅から隅まで目を通し、明らかにプロの仕事とわかる見事な手際で次々と案件を片付ける。
最後のデータプレートに処理済みの表示がなされ、それを保存するとバウトは椅子から立ち上がった。
*
ユニコーン 展望室
ネージリンスの首都星【アークネージ】まではユニコーンの巡航速度だとだいたい3日で到着する。
首都の近辺という事もあり、周囲の航行環境は極めて安定しておりボロ船や小惑星破壊レーザーすら搭載していない武装なしの商船でも外的要因で事故になる事は滅多に無い。
その辺りもこの宙域がカルバライヤの領土拡大に合わせて首都を移転せねばならなかったネージリンス側に都合が良かったのだろう。
事実、この宙域は経済が活発化しており、小マゼランの大手企業の本社や重要な工業惑星、社員教育センターなどが無数にチャート上に表示されているのだ。
以前白野が訪れた人口惑星アミタスも、元々は移民が前提で建造されていたものであり、それこそ新しい工業惑星にでもするつもりだったのかもしれない。
スカーバレルがこの宙域から消え去った今、ワレンプス大佐率いる艦隊もあそこを引き払いアミタスは本来の役割である移民者達の揺籠へと姿を変えるだろう。
さてそんな経済と政治が絡まった複雑な結末を意に介さず、0Gドッグとしての生き方を続ける男、白野はユニコーンの展望室で星々を眺めていた。
安定した宙域なので航行はオートに済ませているのだ。
四六四十気を張っていてはいかな頑強な精神を持つ宇宙の男と言えども疲労はまぬがれ得ない。
時たまにはこうした息抜きも必要であった。
片手に持ったパンモロ肉のジャーキーの袋から長い一本を取り出してガリガリと咀嚼する。
これで手元にビールでもあれば酒好きの白野にとってこの上なくグッドな状態なのだが、オートにしているとはいえまだ白野のシフト時間であるため飲酒は厳禁である。
白野の目線の先にはもはや遠くの光点でしかなくなった惑星シャンプールがある。
いろいろとあったが、やはりユニコーンのカタパルト搭載が最も実りある成果であったと言っていいだろう。
バークはいい仕事をしてくれた。
それに、ジェガンを作り上げる始末である。
大きさはなんと20メートルクラスなのでギリギリでサイズ1。最大サイズのサイズ1艦載機は大マゼランの【シヴィル】のやはり20メートル。ユニコーンのカタパルトに隣接しているスペースに載っけられる格納庫のモジュールの合計積載量は30なのでジェガンを最大で30機運用する事ができるのだ。
今まで使った事のなかった艦載機......そして、記念すべき始めて運用する艦載機はモビルスーツ......白野は今後に思いを馳せながらやはりパンモロ肉のジャーキーをガリガリと咀嚼した。
*
バウンゼィ 艦長室
さてその頃ギリアスは己の牙を研ぎ澄ますためさきのシャンプールでの白野とユニコーンの戦闘データを詳しく検証していた。
彼は確かに才能溢れる期待の新人ではあるが、白野との間に存在する【経験】という名の圧倒的な差はちょっとやそっと研究したり艦船を強化した程度では埋まるどころか更に深くなる事必至である。
しかし、学び取れるものは確かにあるのだ。
常に力と戦いを求め、貪欲に戦地に赴いてこそ0Gドッグの力量は試され、淘汰され、遥かな高みへと洗練されて行く。
現在のところ、ギリアスの最大の目的は白野特有の限界機動やアステロイドを回避しながら速度を落とさずに前進する操艦技術の習得にある。
だが、無論アステロイドベルトでデス・ランニングを強行して命がけでそれを自然と習得した白野と違いギリアスの置かれている状況はそうしたものとは違うのだから、完全に同じものとはならず彼のオリジナルな特色がつくはずである。
戦闘中の操艦は艦長によってある程度のパターン化がされて行く。
白野は敵弾を回避しつつ敵の艦砲の射程内ギリギリの周辺を往き来してヒットアンドアウェイを繰り返す基本に忠実な戦闘機動を行う。基本に忠実なだけに、隙がなく付け入りにくい。一対一を制するにこれほど有効な機動は無い。
一方ギリアスは敵の反撃を恐れず、一直線に突撃して全弾を叩き込む機動を取ることがおおい。懐に潜り込めば、大抵の敵はひとたまりもなく撃破される程の圧倒的な破壊力を有する攻撃型の機動と言える。そのまま白兵戦に持ち込む事もある。いわゆる二段構えの戦い方である。
まあなんにせよ、慣れていくにつれどんな戦法でも洗練されてくるのだから、ギリアスは他人の技術を取り入れながら自分にあった戦いやすい戦闘機動を身につけて行けばいいのである。
*
ユニコーン シップショップ
さて、メインクルーたちの現状は以上の通りだが、一般クルーについては少し様子が違う。
ユニコーンは全長2000mクラスの超弩級の大型艦である。小さな都市が一つ宇宙を飛んでいるようなものだ。
無論ここまでの大きさになると、運用のために必要な人員は千人を越す。
船室や福利厚生は重要であり、このシップショップもそのうちの一つであった。
シップショップはコンビニの形態をとっている。人類が地上で生きていた頃と、その形式はなんら変わらない。変わったことといえば、購入者は財布ではなくクレジッタカードを使って支払いを行うことである。
紙幣や硬貨の金銭はとうの昔に時代遅れとなっている。
ちょうどこの日、シフトが休みになったクルーの一人が飲料水を購入するためにコンビニにやってきた。
食事の方は食堂で作りたてでとびきりのやつが食べられるからコンビニの物を買うクルーは少数派である。なのでコンビニには最低限サンドイッチが置かれている程度で弁当などは影も形もない。
一般クルーはコンビニの商品棚の中にあったミネラルウォーターの瓶をとるとレジに向かう。
レジは無人である。
商品をスキャンさせてクレジッタカードをかざせばそれで済む。
別にクレジッタカードを使わなくてそのまま持って行っても給料からキッチリ引かれるだけなので大した差はない。
その辺りは【気分】や【雰囲気】という表現がふさわしい次元である。
さて、一般クルーがミネラルウォーターを持って去ると、代わりに今度はふたり連れのクルーがやってくる。この二人は一般クルーの中でも結構上位に位置しており、ゲイケットの部下で彼のサポートをメインとして行っている。が、メインクルーに格上げするには実力はともかく経験が足りないと判断されている。
そんな二人はしばし店内をみて回る。
立ち寄った惑星ごとに品揃えは変わるので、ある意味での娯楽施設となっているのだ。
残念なことにシャンプールは海賊に制圧されていたので特産品なんてなかったが、以前寄港したカシュケントでは銀河中から集められた様々な工芸品や果物、その他諸々を並べられてかなりの賑わいを見せていたのである。
そんなふたり連れは、先ほどのクルーと同じようにミネラルウォーターをとると思いきや、その隣においてあった酒の瓶を掴んでとっとと引き上げてしまった。この代金は後日彼らの給料からさっ引かれるであろう。
*
ユニコーン ブリッジ
白野がジャーキーを齧り、ギリアスが研究をし、ゲイケットとバウトが酒宴を行い、バークがジェガンを眺め、抜け目ない研究者のゴルドーがデータ解析をするなどしてユニコーンの内部では三日がすでに経過しようとしていた。
ブリッジのメイン・モニターにはネージリンスの首都星であるアークネージ星が青々とした光をはなって静かに佇んでいる。
惑星は佇んでいればそれでいいが、その惑星に上陸する側としてはいささか煩雑な手続きを複数行わなければならない。
まずはアークネージの宇宙港に連絡して入港許可を貰い、宇宙港内部のどこに船を停泊させるかの指示を受ける。
その後にシャンプールでぶんどった鹵獲資源を商人に売却する。これもまた、商人に連絡をつけなければならないしその後は少しでも買い叩こうとする商魂たくましい相手に舌戦を繰り広げなければならない。
以前はこれらの仕事をすべて白野とゲイケットでやっていたのだが、バウトの加入によって少なくとも苦労しててにいれた資源やジャンクパーツを買い叩かれずにすむようになった。
要するに、宇宙にいようが地上にいようが【金】からは逃れることができないのである。
「ゲイケット、三十分後に資源商人がこっちに来る。応接室に通しておいてくれ。」
「了解だ。それと、あのゴルドーって研究者だが。」
「あいつがどうした?」
「礼を言いにきた。」
「通してくれ。」
白野が言うと、ブリッジのドアがスライドしてあいた。
すぐに白衣をきたゴルドーが入ってくる。
「白野艦長、この度は大変お世話になりました......この恩は、いずれなんらかの形で......」
「期待せずに待っておこう。ま、道中気をつけてな。」
「ありがとうございました......では。」
白野の返答は簡潔だった。ゴルドーは一礼するとブリッジから出る。
しばらくして、タラップの辺りからゴルドーが宇宙港のゲートに向かって歩いて行くのが見えた。
*
ユニコーン 応接室
ユニコーンの応接室は、本来は船室だったものを強引に改造しているので格調高いとか、落ち着きがあるとかという言葉とは無縁である。しかし、客人を迎えるために必要な最低限の設備は整っている。つまり、ソファと机と空調と照明である。
そんな応接室のソファに座り、対面に座る七三分けの資源商人と白野は尽きる事のない値切り合戦を行っていた。
白野達がスカーバレルがぶんどった資源は多い。
しかし、あまりに多すぎるので一箇所でまとめて売却すると買い叩かれる恐れがあるため、三等分にしてそのうちの一つをこのアークネージで処分するのととしたのであるが、それでも平均よりは頭一つ抜けて多い数だったので商人はすこしでも安く買おうとその舌先に商才の全てをかけて白野に値切りを敢行していた。
「10tで3000G。これ以上は出せません。」
「いや、3500だ。これではこちらが破産する。」
「そう言われましてもねぇ......」
商人は渋るが、すでに海千山千の大ベテランである白野にはその意図は見え透いていた。要するに、まだ許容範囲内の値段であるが、渋る事で相手に自主的に要求金額を下げさせるつもりなのである。
この七三分けの商人はなかやかの辣腕家と言うべきである。さすがは金銭で物事を測る国、ネージリンスの商人。したたかであると言わざる負えない。
白野でさえそうなのだから、経験の浅いギリアスに分配した分の資源は既に買い叩かれているかもしれないと白野は暗い予想をつける。
「......わかりました。それでは3250です?これ以上はどうやっても上がりませんのでそのつもりで。」
商人が重々しく言った。
白野は頭の中で計算する。
手にいれた資源の相場は10t3980G。しかし、したたかなネージリンス商人が信用が必要な大手会社などとの取引をするならともかく、流れの0Gドッグである白野達に馬鹿正直に相場の通り払うはずもない。
だとすれば、考えるべき命題はどうやって相場に近づけるか。
白野はギリギリ原価よりも低い3500を提示した。これには大きな意味がある。要するに、最初から相手を騙すつもりで値段を低く設定し徐々にあげる戦法を取るのではなく、最初から高い金額を提示して相手の値切りをどれほど受け付けないかという戦法をとったのである。
「............」
「............」
しばし、無言の睨み合いが続く。応接室の空調は部屋の気温を最適に保っているはずだが、見るものがみれば部屋の中に異様な熱気が渦巻き二人の間に収束して行く様子が確認できただろう。
そして、渦巻く熱気がついに二人の中心にたどり着いた時、結論が出た。
「.....3300。」
「交渉成立だな。」
かくて商人は敗れ、白野は辛くも勝利した。
資源の譲渡契約書にサインし、七三分けの商人は3300Gの表示があるクレジッタカードを差し出す。
白野はそれをうけとると、艦内内線でゲイケットに連絡して倉庫から資源を搬出する用意を整えさせる。
かくして、白野のアークネージにおける最初の商業交渉は見事に成功した。
*
アークネージ 宇宙船ドック
若き0Gドッグのギリアスは宇宙船ドックの床に両手をついてうずくまっていた。
常に前向きな彼らしくない陰気な動作である。
しかし、彼の現状からすれば仕方ないと言うべきなのかもしれない。彼は、毟られたのだ。徹底的に。マネーを。
白野から分配された資源を売っぱらって愛艦【バウンゼィ】のさらなる強化改造を目論んでいたギリアスだったが、したたかなネージリンス商人に値切って値切って値切られまくった。
ギリアスも白野と同じくすべての資源を一気に処分せずに10tずつに分けて売却をしたのだが、なんと1500Gまで値切られてしまった。
ギリアスは確かに戦闘技術は一級品になる可能性があるが、交渉技術に関してはその限りではなかったらしい。
ギリアスはむくりと立ち上がるとそのまま暗いオーラを纏いながら軌道エレベーターに向かって歩いて行った。
*
アークネージ 酒場
酒場に闇が満ちていた。
比喩ではない。
ギリアスから放たれる落ち込んだオーラが酒場全体を包み込んでいた。
それを遠巻きに眺める白野をはじめとしたユニコーンのクルー達。
「あ〜......ギリアスの奴、やられたか」
切ない感じでビールのジョッキを傾ける白野。どうやら予想通りになってしまったようである。
「私がついてやってれば良かったですかね......」
ソロヴァンを弾きながら呟くバウト。
「若者に幸あれ。」
「同感。」
「同じく」
ギリアスに哀悼の意を示してグラスを打ち鳴らすゲイケットとエーヴァ、バークの三人。
「......」
無言でパイプをふかすルートン。
まあ、彼らの反応はこんなところである。
「そうだ、ちょうど良かった。艦長にこれを。」
バー・カウンターの上にエーヴァが何やら薬のアンプルのようなものを置く。
「これは?」
「酔い止めだ。あの少年に。」
白野が視線をアンプルから外してギリアスの方をみると、彼はバウンゼィの一般クルー達と浴びるようにビールを飲みまくっていた。
「酒が足らねぇぞぉ!」
「そうらそうらぁ!」
「う〜い......ヒック!......う〜い......」
なるほど確かにギリアスたちは世紀末の様相を呈している。今にも潰れそうである。
「艦長〜俺たち金無いっすよ〜」
「バカやろ〜ここの払いくらいはのこってらぁ」
半ば酔いつぶれながらの会話である。聞いているこっちが痛々しくなってくる。
そんなギリアスを見ながら、白野は今度はウイスキーのボトルを注文する。
「お客さん、どうも相当腕の立つお人とお見受けしましたが......」
バー・カウンターにウイスキーのグラスを置きながらマスターが話しかけてくる。白野は黙ってグラスを傾けた。
「どうです?一攫千金、狙ってみませんか?」
そういいながら、一枚のポスターをカウンターの下から取り出してカウンターに広げた。
そこには、アークネージ星を背景に幾つもの宇宙船が飛び交う図があり、その他にはこう書き記されていた。
【スペースシップレース ネージリンス杯!名を上げろ!0Gドッグ達よ!】
さらに読み進めるとこうも書いてあった。
【優勝者には賞金35000G!栄光と富を掴め!飛び入り参加もOK!貴方の活躍をみんなが待っている!】
なるほど、なかなかに興味深い内容である。
ユニコーンは大マゼランの巨大戦艦。戦闘能力でいえば小マゼランの艦など小枝のごとく消し飛ばせる。
しかも、速力となればそれは他の戦艦の群を抜いていると言っていい。
ユニコーンは白野の好みと適性にあわせて速力、機動力に研究による設計図の改造値をガン振りしている高速機動戦艦である。
凄まじい加速、そして機動力をもってして回避機動の最中に通常砲撃を受けても全て避けたという伝説を打ち立てたりもした。
ようするに、船足はユニコーンの大きなウリなのだ。
「......マスター、これについて詳しく聞きたいのだが。」
そう言ったのは白野ではなかった。
目の下にクマを作って世紀末になっているギリアスである。
「はい。では、こちらへ......」
ギリアスがマスターと連れだって店の奥に歩いて行く。みると、先ほどまでは意識していなかったからか目に入らなかったが、確かに【エントリー受付】と書かれた電光掲示板が酒場の奥に設置してある。
ギリアスはそこに設置してあった端末の前でマスターから何事か説明を受けている。
白野はグラスを傾けながらそれを見ていた。
しばらくして、ギリアスが端末に自身のフェノメナログ(航海記録)を読み込ませた。どうやら、参加者の名声値を測っているようだ。それによってどんな状況が生まれるかは知らないが。
「艦長、あんたもアレに出るのか?」
ゲイケットがそんなギリアスを遠目に見ながら尋ねる。
白野はまたグラスを傾け、思案顔でしばらく返答をしなかったがやがて首を振った。
「いや、俺が出ても確実に勝つだけでつまらんだろう。どうせやるなら......激しく火花を散らせるような強敵としのぎを削りたいものだ。小マゼランの艦は敵手としてはつまらん。」
知らないものが聞けば大言壮語か寝言の類に聞こえるだろうが、しかし白野は実績と実力によってそれを事実としてしまえるのである。
ゲイケットはそれを聞いて納得したのかそれとも別に思うところがあるのか、ともかく何も言わずにグラスを傾ていた。
*
アークネージ 酒場
それから数分後、白野はバークとエーヴァが話し込んでいるのを見つけた。なかなか珍しいコンビである。
エーヴァは医務室でクルーを待ち受けているし、バークはバークで整備庫で工具を振り回しているからこの二人が顔を付き合わせることはあまりない。
「新型のICUですか?......できないことも無いですけど......一応設計図と素材が要りますよ?素材は問題ないでしょうけど......」
「ああ。それで構わない。そろそろ備え付けのICUが老朽化してきたからな。小マゼランでそれほどの被害が出るとは思えないが用心にしておくにこしたことはないさ。」
「それで、設計図は?」
「このアークネージには海運病院があるそうだ。私の大マゼランの頃のツテで最新式の設計図を用意してもらうつもりだ。」
「ツテ、ですか。」
「うむ。ツテだ。」
「わかりました。じゃあ、だいたい三日あればできるはずですから、後で部屋に設計図のデータを送っておいてください。完成したら呼びますから。」
「ああ。よろしく頼む。」
とまあ、こんな感じで医者と技術者の話は無味乾燥で終わった。
終わったかのように思われた。
続く
後書き
次回はなんとレース回。うん。趣味ですともさ。
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