魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第1章 『ネコの手も』
第25話 『綺羅、星の如し』
ティアナは目を覚ました時、目を閉じる前の最後の景色をすぐに思い出すことができず、自分がどこにいるのかすぐに把握することができなかった。
「あらティアナ、起きた?」
「……シャマル先生」
彼女が入ってきたことがヒントになり、自分が眠る前――正しくは気絶する前――の状況を思い出そうとする。
シャマルは彼女の近くに座り、当時の状況を語る。
「ここは医務室ね。昼間の模擬戦で撃墜されちゃったのは覚えてる?」
「……あ」
ティアナはスバルと組んでなのはと模擬戦し、相手に撃墜されたことを思い出した。
「はい」
「なのはちゃんの訓練用魔法弾は優秀だから、身体にダメージはないと思うんだけど……どこか、痛いところある?」
立ちあがってティアナの衣服を持ってきたシャマルは、確認として彼女に身体の状況を聞くと、彼女は首を横に振る。
そして、ふと視界に入った時計が視界に入り、彼女は驚き、
「――っ! 9時過ぎ!?」
窓の外に目をやると、外は真っ暗だった。
「すごく熟睡してたわよ? 死んでるんじゃないか? って思うくらい」
シャマルは目を細めて、
「最近、ほとんど寝てなかったでしょう? 溜まってた疲れが、まとめてきたのよ」
「…………」
彼女の最近の身体のことを考えない特訓を示唆する。
その後シャマルが、まだ横になっていても構わないという誘いを丁寧に断り、ティアナは医務室を出た。
部屋に戻る途中、隊舎と寮の間にスバルと出会い、2人で一度なのはのいるオフィスへ謝りに行ったが、そこにはフェイトしかおらず、
「なのははまだ訓練場だよ。今夜は遅いから、明日朝にでも、もう一度話したら?」
と諭されて、寮へと帰って行った。
△▽△▽△▽△▽△▽
なのはは、午後スバルと顔を合わせたが、お互い会話をすることはなく、練習のメニューを伝えたくらいで彼女の教導はヴィータが行なった。
夜練習も同様に、話す会話は業務的なものばかりで、終了後スバルはいそいそと寮へ戻ってしまった。その後、隊舎へ早足に向かうのをなのはは目で追うも、追いかけなかったのは、まず、ティアナが起きないことには何も始まらないと考えたためだ。
現在、なのはは練習場の前で明日の練習メニューを考えている。コタロウは練習場内を歩きまわり、所々で火花を散らしている。練習によって臨界を超えて傷つけてしまった場内を修理しているのだ。
「……なのは」
「あ、フェイトちゃん」
なのははきりの良いところでデータを保存し、
[コタロウさん、そちらのほうは]
[はい。そろそろ終わります]
念話でコタロウに話しかけ、3人で隊舎に戻ることにする。
「さっき、ティアナが目を覚ましてね。スバルと一緒にオフィスに謝りに来てたよ」
「……そう」
フェイトはひとまず明日もう一度来て話すことを提案し、寮へ帰ったことも伝える。
「ごめんね。私の監督不行届きで……フェイトちゃんやライトニングの2人まで巻きこんじゃって」
「う、ううん! 私は全然――」
「あと、コタロウさんにも……」
「私は特に迷惑なことはありません」
午後以降の練習そのものがぎこち無くなってしまったことをなのはは謝った。
(でも、よかった。なのは、会話するくらいの余裕ができてるみたい)
フェイトはあれほど塞ぎこむなのはをここ最近見たことがなく、どうしようかと悩んでいたが、午後からは落ち着いたようで安心していた。
「それで、その時、ティアナとスバル……どんな感じだった?」
「ん、やっぱり、まだちょっとご機嫌ななめだったかな」
起きたばかりのティアナとそれに付き添っていたスバルはいくらか落ち着いていたものの、殺気立った怒りはなく、なんとなく納得の表情であったという。
なのはは少し視線を下げて俯くも、すぐに顔を上げた。
「明日の朝、ちゃんと話そうと思う。フォワードのみんなと」
「うん」
シャリオに閲覧許可が必要な情報の申請していることを話してから、また彼女は俯いた。
「……でも、聞いてくれる、かな」
「だ、大丈夫だよ。ねぇ、コタロウさん?」
フェイトは少しでも早く立ち直ってほしかったため、焦りながら後ろを1人で歩いているコタロウにも同意を示すよう、横眼を流す。
「……ふむ」
だが、彼はすんなり頷くことはせず、顎に手を置いて俯いた。
(あれ? いつもなら、すんなり返すのに……)
彼のいつもと違う行動によって発生した間に、フェイトは余計に焦ってしまう。
「疑問に疑問で返すようで申し訳ありません。高町一等空尉、1つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい」
彼女たちは立ち止まり、コタロウを見た。
「高町一等空尉は、フォワードの皆さんに聞いてほしいだけなのですか?」
「……はい。そ――」
なのははそのまま頷こうとしたが、思い止まる。
「なのは?」
「……ち、がいます。私はあのコたちに知ってほしいんです。私が何故、今の教導をしているのかを」
聞いてほしいだけではない。理解してほしいのだ。となのはは視線を泳がせることなく、真っすぐコタロウを見る。
「であれば、私の回答は『わかりません』です。聞くことは簡単ですが、理解してもらわなければならないということは、大変難しいです」
「……そう、ですよね」
「はい。私は何故か同じ過ちをジャン、いえ、トラガホルン夫妻にしていますので」
彼は小さく息をつく。
「何回も、ですか?」
「はい。何回も、です。ですから、答える前には情報を良く集めるのですが、いつも彼らを困らせてしまいます。おそらく、それが私の個性なのでしょう」
それが容易に想像できてしまったのか、なのはは微笑んでいた。
「テスタロッサ・ハラオウン執務官、申し訳ありません。私は貴女に同意はできませんでした」
「……いえ」
「話すということは、私にとって最も大きな課題の1つなのです。この六課に出向して、うまく成立しないことが多く、改めてそう思いました」
そういっても彼の表情は落ち込んでいるような表情は一切感じられず、いつも通りの寝ぼけ眼だ。
「ありがとうございます。フォワードのみんなには分かってもらえるよう、頑張ろうと思います」
「はい」
また少し、なのはは落ち着いたそぶりをみせ、今度は3人並びながら隊舎へ歩き出した。
「……あのね、フェイトちゃん」
「ん?」
「今日、もし緊急出動があった場合、ティアナを外そうと思うの」
「あ、うん。そのほうが、いいかも」
万全が取れていないときの緊急出動がどれほど危険なものかを2人は良く知っていた。不満は出るかもしれないが、当然のことなのだ。不安定な時ほど命を脅かすものはない。
「本当ならね、私も……にゃはは。みんなに迷惑かかるから出動はするべきじゃないんだけど――」
「大丈夫だよ。無理しないで」
実際のところ、フェイトから見てもなのはもまた万全とは言い難い。だが、彼女の立場というものも良く知っていた。
「でも、私は隊長だから――」
「なのは、午前中、言えなかったけどね」
フェイトは彼女のほうを向く。
「近くにいるんだから、いざというときは頑張らないで、頼ってよ」
「……フェイトちゃん」
全部口に出してから、なのはの隣に彼がいることを思い出し、気恥ずかしさを覚えたのは余談として、隊舎に入ってからすぐに警戒態勢の警報が機動六課に鳴り響いた。
きらりと光る、星が良く出ている夜だ。
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第25話 『綺羅、星の如し』
「いや~、ちょっとしたことで変わるもんすねぇ」
「操縦しにくいですか?」
「とんでもない! 操縦桿の応答速度が段違いで、慣れればこれほど扱いやすいものはねェっすよ」
「慣れましたか?」
もちろん。とヴァイスは大きく頷く。
ヴァイスは既にヘリに乗り込んでいる状態であり、コタロウはドアの前に立っている。
警報の原因は、どうやら航空型のガジェットドローンの出現のようで、以前のとは違い、速度の向上がみられた改良型だという。
隊長陣であるはやて、なのは、フェイトの見解としては、こちらの戦力を測るものではないかといったもので、できるだけこちらの手をみせないよう、空戦を可能とする、なのは、フェイト、ヴィータが今回出撃することとなった。
なのははフェイトとヴィータにだけ、自分が本調子ではないことを告げるも、激しい空中戦はしないが、砲撃の出番があるのであれば出撃したいと懇願した。2人はなのはの消極的であるものの積極的である態度に、顔を歪めたが「無理はしないこと」と強く念を押して許可をした。
「コタロウさんは何か指示は出てるんですかい?」
「いえ。あなたから特に指示がなければ、本日は終了です」
もともと、フォワードの夜練習が終了したところで、コタロウへの指令権限はヴァイスに遷移しており、彼からの指示がなければ実質本日の作業は何も残っていなかった。コタロウは名目上はシャリオの下に就いているものの、作業内容はフォワードのデータ収集のほかに、六課のあらゆるメンテナンススタッフのサポートしながら庶務をこなし――彼らもコタロウの分野にとらわれない修理技術の高さを認識している――隊舎内の清掃スタッフの手伝い――主に外の窓ガラス清掃――も行なっている状態でほぼ一般スタッフと変わらないポジションであるため、指示がなければ作業は終了になる。
「何かありますか?」
「ん~、特に無いっすね」
「それでは、見送ってから寮へ戻ろうと思います」
「お疲れ様です」
ヴァイスは愛機であるストームレイダーに合図を送るとゆっくりとヘリを起動し始めた。
「よし、っと。後はなのはさんたちが乗れば大丈夫」
彼は身を乗り出して後方を見ると、コタロウも合わせて視線を移す。
そこには乗り込もうとしているなのは、フェイト、ヴィータの3人と待機するシグナムと新人たち4人の計8名がいた。
「今回は空戦だから、出撃は私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長の3人」
「みんなはロビーで出動待機ね」
「そっちの指揮はシグナムだ。留守を頼むぞ」
『はい!』
「……はい」
隊長たちの言葉に、ティアナだけが遅れて返事をした。そして、乗り込もうとするところで、なのはは振り向く。
「ティアナは出動待機からはずすから」
『――!』
その言葉にティアナは目を見開き、他の新人たちは息をのみ、なのはの後ろにいるフェイトはティアナから目をそらした。
「そのほうがいいな……そうしとけ」
「今夜は体調も魔力もベストじゃないだろうし」
ティアナには、ヴィータの言葉は気遣いに聞こえても、なのはのはそうは聞こえず、きゅっと奥歯を噛みしめた後、
「……言う事を聞かない部下は、使えないってことですか?」
視線を下ろしたままのティアナになのはも口を結ぶ。彼女は真っすぐ姿勢を正してティアナを見る。
「自分で言ってて分からない? 当たり前のことだよ、それ」
今日の模擬戦のことではない。上司と部下の関係についてなのはは述べた。実際、ティアナは教導に対しての反抗はあったが、指示に対しての反抗は過去も今もしたことがない。
「現場でも命令や指示は聞いています。教導だって、ちゃんとさぼらずやってます」
「…………」
なのはは彼女の言葉を冷静に、ひとつひとつ確認するようにじっくりと耳を傾けた。
「それ以外の場所での努力まで、教えられたとおりじゃないとダメなんですか?」
真っすぐな視線に反抗の色が見え始めたところでヴィータがティアナに歩み寄るが、なのはに腕を出だされ制止させられる。ヴィータはなのはを見上げても、彼女はティアナから視線をそらすことなく、相手の言葉を聞いていた。
「私は――」
ティアナは悔しさに代わって眦に涙をため始め、一歩なのはへ踏み出した。
「なのはさん達みたいにエリートじゃないし、スバルやエリオみたいな才能も、キャロみたいな稀少技能も無い!」
両手を握りしめて、また一歩踏み出す。
「少しくらい無茶したって、死ぬ気でやらなきゃ、強くなんて慣れないじゃないですか――っ!」
突然、2人の間から腕が見えたかと思うと、ティアナは右肩を掴まれ、視界が揺れる。左頬に鈍い痛みが感じる頃には彼女は地面に伏していた。
シグナムに殴られたのだ。
「シグナムさん!」
「心配するな、加減はした」
なのははシグナムの背中を見ると、
[言葉は全部聞けたな]
[……え、はい]
[少々荒っぽいが、これ以上は話の無駄だ。矛先は変えてやったほうが幾分か落ち着きやすいだろう]
時間も同時に無駄にする気か。と言わんばかりになのはを横目で視線を送りながら、念話を届かせる。
「駄々をこねるだけの馬鹿は、なまじ付き合ってやるからつけ上がる」
今度はなのはだけでなく、全員に聞こえるように声に出した。
「痛そうですね」
「んまぁ、シグナム姐さん。自分が悪役になるの嫌いじゃねェすから」
一部始終を見ていたコタロウとヴァイスは普通に会話をしていてもエンジンと風の音で後方には聞こえることはなかった。
「――ヴァイス。もう出られるな」
「ん、乗り込んで頂ければすぐにでも!」
シグナムの確認に彼は大きく頷く。
なのははヘリに乗る前、ティアナに一言口に出そうとするが、今度はヴィータに頑として押さえつけられた。フェイトが念話でエリオとキャロにフォローをお願いするなか、ヘリは飛び立っていった。
「……目障りだ。いつまでも甘ったれてないで、さっさと部屋に戻れ」
上体は起こしているものの、いまだに立ちあがることができないティアナにスバルが寄り添っている。
「あの、シグナム副隊長、その辺で……」
「スバルさん、とりあえずロビーへ……」
エリオとキャロは自分たちがこの場を治めることはできなくても、流れは変えることができると思い、フェイトからのお願いも含め、ひとまず声を出してみた。
「シグナム副隊長」
シグナムはぴくりと眉を動かして、立ち上がって正面を向くスバルの目を射抜く。
「なんだ」
迷いの無い彼女の視線は、はじめは決意のあったスバルの瞳を歪ませる。たまらずシグナムの視線から逃げ、目を泳がせながらもスバルはぽつりぽつりと口を開いた。
「命令違反は絶対ダメだし、さっきのティアの物言いとか……それを止められなかった私は確かにダメだったと思います……」
昼間のような怒りではなく、反省と自己嫌悪の気持ちが声の震えからもスバルは自覚できた。
「だけど!」
訴えること、自分の意見を聞いてもらうことの為には視線は落としたままではいけないと、彼女は顎を上げてシグナムの瞳に自分の瞳を合わせた。
「自分なりに強くなろうとするのとか、きつい状況でもなんとかしようと頑張るのって、そんなにいけないことなんでしょうか!」
自分の言いたいことは間違っていないはずだと言わんばかりに疑問形にはせず、声を大きくする。
「自分なりの努力とか……そういうことも、やっちゃいけないんでしょうか!」
しかし、今日の認めてくれないような出来事を思い出し、段々と声が小さくなっていく。言い終わった後は嗚咽が小さく響いていた。
「自主練習はいいことだし、強くなるための努力はすごくいいことだよ」
『…………』
この場にいないはずの声に気付いて、そちらを向くと、
「シャーリーさん」
彼女がそこにいた。そして、彼女の後ろのほうには階段を下りていくコタロウの背中が見えた。
「持ち場はどうした?」
「メインオペレートはリイン曹長がいてくれてますから」
すみません、一部始終聞いてしまいました。とシャリオは頭を下げた。
「なんかもう、みんな不器用で……見てられなくて」
まだ17歳の彼女には、この場の空気を放置することはできそうになかった。
△▽△▽△▽△▽△▽
シャリオに「話したいことがある」とロビーへと促された新人たち4人は、シャマルを加え、長椅子に座り込んだ。シャマルの右にはシャリオが画面を操作し、左には腕を組むシグナムがいる。
「シャーリー、話すといっても機密情報が入っているだろう?」
「あ、はい。申請は今日の午後にはしていて、音声なしで等級の低い個所をいくつか選別して許可してもらいました」
シグナムとシャマルにはシャリオが何を話そうかとしていることは分かっていて、新人たちだけ、顔や視線を見合わせる。
シャリオは準備が出来上がると、隣にいる2人に合図を送ってから口を開いた。
「昔ね、ある女の子がいたの――」
『…………』
彼女が話し始めた最初は、その女の子が誰なのか、新人たちには分からなかった。
シャリオは追わせるように左を向くと大画面にとある学校風景が映し出され、さらに続ける。
「その子は本当に普通の女の子で、魔法なんて知りもしなかったし、戦いなんてするような子じゃなかった――」
画面に映し出された映像には、無音無声のまま他にも家での何気ないやり取り等の日常風景も映りだされ、どこかのドラマの一場面のように流れていく。そして、映像のなかの面影から、新人たちはすぐにその女の子がなのはであると気付いた。
シャリオの流す映像の中に魔法を使用する場面はなく、話す言葉も一般家庭を説明するように淡々と話している。
「だけど、ほんの些細なきっかけで――」
ひとつキーとタイプすると場面が変わる。そこにはデバイスとの契約、戦闘が映し出された。画面の中の女の子が動揺、戸惑いを感じていることは明らかで、形を判断することができないモノからの強襲に目を瞑りながら、怯えながらのバリア展開に息をのむ。
要約として流れる戦闘は、明らかに女の子の想像を超えるもので、激しい竜巻に吸い寄せられるように葉のように巻き込まれていくのが無音無声のせいか、その恐怖が容易に感じ取れた。
「その女の子は、魔力が大きかったというだけで――」
解説するシャリオの言葉を聞かなくても、明らかに状況が異常であることは判断が付く。
また、画面が変わる。今までは得体のしれない何かであったが、今度はその女の子と同じくらいの金髪の女の子との戦闘だ。
「これ……」
「フェイトさん?」
映し出されたのは幼いころのフェイトであった。
「フェイトちゃんは当時、家庭環境が複雑でね……」
あるロストロギアをめぐってなのはと敵対していることを告げると、フェイトを中心に映像が移り変わる。とある女性――シグナムがフェイトの母親であると付け足す――に縛りあげられ、鞭で全身を打ちつけられる苦悶の表情のフェイトが映し出された。瞳は何かに執着するように鈍い光を放ち、疲労と苦痛に耐える様子が見て取れる。
ここからはシャマルがシャリオに代わりに口を開き、この事件をきっかけになのはとフェイトが友情を育むことになると言葉を結ぶ。
だが、映像の中のなのはとフェイトは戦闘を繰り返していた。
「収束砲!? こんな、大きな!」
なのはの放つ砲撃は、画面の大半を占めるように大きく、わずか9歳の放つものではないと、エリオを皮切りに新人たち全員、竦みあがる。見た目からもわかる大威力砲撃は、身体の負担を無視したものだった。
『…………』
「その後もな、さほど月日をおかず、戦いは続いた」
シグナムが口を開くと同時に場面は変わる。次はなのはとよく知る人物との戦闘風景だ。
「私たちが深く関わった、闇の書事件」
「襲撃での撃墜未遂と、敗北」
事件そのものは新人たちの耳にも入ってくるくらいの情報はある。それだけ有名な事件であった。なのははヴィータと戦闘し、重みのある一撃でバリアを砕かれ、敗北する映像が新人たちの顔を歪ませる。
「それに打ち勝つために選んだのは、当時はまだ安全性が危うかった弾式魔力供給機能の使用」
今から10年前、この機能は使用時の反動が大きく、使用者はその反動を許容しなければならないもので、身体のできた大人であれば筋力と技量でカバーできるが、そうでない子どもには負担が大きすぎ、耐えうることが困難な設計の1つであった。
シグナムはそれでも当時の機能を使用しているなのは、フェイトの覚悟を少し思い出した。
「誰かを救うため、自分の想いを通すための無茶を、なのはは続けた」
映像の中の戦闘は、今まで見てきたものとは違う、大魔力戦の数々が映し出される。今の新人たちには考えられない無茶な戦闘であった。作戦も戦略もその場その場で立てられ、成功率を限界まで下げた危険性伴うものだ。
「だが、そんなことを繰り返して、負担が生じないはずがなかった」
「……事故が起きたのは入局2年目の冬」
シャリオは一度、画面を閉じた。
「異世界の捜査任務の帰り、ヴィータちゃんや部隊の仲間たちと一緒に出かけた場所。不意に現れた未確認体。いつものなのはちゃんなら、きっと何も問題無く、味方を守って落とせるはずだった相手。だけど……」
シャマルはきゅっと一度口を結んでから、小さく首を振る。
「溜まっていた疲労、続けてきた無茶が、なのはちゃんの動きをほんの少しだけ鈍らせちゃった」
ここからは機密情報ではない、シャマルの医者としての情報である。一般的に個人の情報を公開することは禁止されているが、なのははこの映像の公開を医療の発展のため、ひとつの検体サンプルとして許可していた。
シャマルはその内容を公開する。
『……ぅ、ぁ』
見たこともないなのはの状態に新人たちは声を漏らす。胸部は包帯で巻かれ、口にあてがわれた酸素マスクからは呼吸のたびに白くなり、その割には肺は活動していないかのように微動だにしていなかった。
「なのはちゃん、無茶して迷惑かけてごめんなさいって、私たちの前では笑っていたけど……」
飛べるかどうかもわからず、立って歩くことでさえままならないかもしれない状態であったとシャマルはなのはのリハビリ風景も交えながら口を開く。今度の映像には声も混じり、悲痛の声の中、転んでは立ちあがるなのはのリハビリ映像に目を閉じ、耳も塞ぎたかった。
スバルたちが目を泳がせたところで、映像を閉じた。
「無茶をしても、命を賭けても譲れぬ戦いの場は確かにある。だが、お前がミスショットをしたあの場面は自分の仲間の安全や――」
ゆっくりとティアナは声のするほうを向き、焦点を合わせる。
「命を賭けてでも、どうしても撃たねばならない状況だったか?」
ホテル・アグスタでの自分の行いを反芻し、
「訓練中のあの技は、一体誰のための、何のための技だ?」
今日の模擬戦で実行した戦略と技を思い出し、一瞬の強張りの後、全身から力が抜けていくのをティアナは感じた。
「…………」
目を閉じ、恥じる。
「なのはさん、みんなにさ、自分と同じ思いさせたくないんだよ。だから、無茶なんてしなくてもいいように、絶対絶対みんなが元気に帰ってこられるようにって」
その先もシャリオは続けたが、聞かなくても、なのはがどのような考えで、これから自分たちをどうしようとしていこうかという思いはひしひしと伝わっていた。
しばらくして、フォワード部隊の解散報告を受けた後、新人たちを残してシグナム達は姿を消す。
「……ティア」
「ごめん、ちょっと外で風に当たってくる」
彼女は虚ろに立ちあがり、ロビーを後にするも、スバルは止めはしなかった。
『…………』
エリオとキャロも何も喋らず、彼女を見送ると、フェイトから帰還したと念話が入る。
「あの、フェイトさんたち帰ってきたみたいです」
「……そう」
「い、一応解散ということですし、寮へ戻りませんか?」
「……うん、そう、だね」
スバルは促されるかたちでロビーを後にし、エリオとキャロと並んで通路を歩く。ティアナに合わないように歩調はとてもゆっくりだ。
「……なのはさんって本当に一生懸命だよね」
『はい』
ティアナも自分も頑張ってはいるが、今回は別の方向であったと悟る。
「本当に頑ば……」
ため息をつきながら笑おうとするが、スバルは何かを思い出してびたりと足を止める。
「スバルさん?」
「どうしたんですか?」
何事かと2人はスバルを覗き込むとティアナと同じように目が虚ろになっていた。
ふらふらとスバルは壁に額を付け、そのまま一呼吸おいた後、
――『高町一等空尉は頑張っていないのでしょうか?』
1人の男性の言葉に、思い切り壁を殴りつけた。
「ス、スバルさん!?」
「え、あの」
砕けはしなかったものの、壁はこぶしの大きさでへこんでいた。
(……私、馬鹿だ)
自分の拳も無傷であった。
△▽△▽△▽△▽△▽
シャリオが勝手に自分の過去を話してしまった事について注意した後、なのははティアナを探しに外に出て、シャリオが教えてくれた場所にぽつんと1人で座り込む彼女を見つけた。
気配に気づき、ティアナがこちらを向いたところで、なのはは微笑む。
なのはが隣に座り、軽く伸びをしたところでティアナは口を開く。
「シャーリーさんやシグナム副隊長に、色々聞きました」
「なのはさんの失敗の記録?」
「え、ああ、じゃなくて」
手を振って否定し、言葉を濁す。
「無茶すると、危ないんだよって話だよね」
「……すみませんでした」
物陰から、途中でなのはの背後を見つけてついて行った落ち込みながらも見守るスバルと、エリオとキャロ――フリードもいる――にシャリオが追いついた。
「じゃあ、分かってくれたところで、少し私にも話させて」
「…………」
一度目を閉じた後、なのは静かに息を吸う。
「あのね、ティアナは自分のこと、凡人で射撃と幻術しかできないっていうけど、それ、間違ってるからね」
しっかりと感情を交えた声だ。風に乗るようにティアナに届く。
「ティアナも他のみんなも、今はまだ原石の状態、でこぼこだらけだし、本当の価値も分かりずらいけど」
ティアナがなのはのほうを向いたので、彼女も合わせてそちらを向き、
「だけど、磨いていくうちに、どんどん輝く部分が見えてくる。エリオはスピード。キャロは優しい支援魔法。スバルはクロスレンジの爆発力。3人を指揮するティアナは射撃と幻術で仲間を護って、知恵を勇気でどんな状況でも切りぬける」
思い描きながら、軽く腕を振る。
「そんなチームが理想型で、ゆっくりだけど、そのかたちに近付いていってる。模擬戦でさ、自分で受けてみて気付かなかった?」
当ててしまってごめんなさいと思っていることを謝ってから、
「ティアナの射撃魔法――クロスファイヤー・シュート――って、ちゃんと使えばあんなに避けにくくて、当たると痛いんだよ?」
それでもなお、申し訳なさそうにティアナの魔法の良さを説く。なのはは教導しているときのような真面目な表情に戻り、少し叱る。
「一番魅力的なところを蔑ろにして、慌てて他のことをやろうとするから、だから危なっかしくなっちゃうんだよ」
技が磨かれていないうちに、次の技を習得することは、自分の魅力に気付くことも無ければ、その技の完成度も低くなり、結果的に良くないことに繋がる可能性があることを示唆した。
「――って教えたかったんだけど」
そろりとクロスミラージュを手にとり、
「システムリミッター・テストモードリリース」
なのはの命令にチカリと反応する。
「命令してみて、モード2って」
「……モード2」
ティアナは彼女から愛機を受け取り、構えながら言われたとおりに命令すると、クロスミラージュは自分が自力で制御し出力したものとは違うダガーが出力され、デバイスも合わせて変化する。
「……これ」
「ティアナの考えたことは間違えじゃないよ? でもね、それはより確実な精密さ、基礎の土台ができてないと、危険しか伴わないんだ。だから、なるべく基本を、この考えにならないように教導してた」
なのははダガーモードのクロスミラージュを見ながら、目を細めて、
「あと、ティアナは執務官希望だもんね。ここを出て、執務官を目指すようになったら、どうしても個人戦が多くなるし、将来を考えて用意はしてたんだ」
ゆっくりとティアナからデバイスを受け取り、モードを解除する。ティアナの考えは間違ってはいない。射撃手が常に、相手と距離をおいて戦う事があるかと問われれば、それは否である。ただ、今確実にできていないものをそのままにして次の段階へ進むことは自滅への一歩でしかなく、ティアナはなのはの教えているものが基礎そのものであるという自覚がなかった。
彼女は先ほどシャリオから教えてもらった、なのはの教導の意味するものと、後悔の念から悲しくなり、恥ずかしさも忘れて嗚咽を漏らす。
「クロスのロングももう少ししたら、教えようと思ってた。だけど、出動は今すぐにでもあるかもしれないでしょ? だから、もう使いこなしている武器を、もっと、もっと確実なものにしてあげたかった」
自分がそれを話そうともしなければ、相手の意見を聞くような仕草もとらず、ただ一方的に教えていたこと――今までの一斉教導では思いつかなかった考え――を省みて、声を落とす。
「ごめんね」
「……ぅ、ぁぅ」
「多分、私の教導、地味で成果を感じられないことが多いし、自分の考えも押しつけっぱなしで……苦しかったり、不満があったり、色々したよね?」
もう一度、ごめんとなのはは謝る。
「思い詰めて、頑張らなくてもいいよ。ティアナには、私やみんながいるから、そういうときは言ってほしい。ううん、出動前、言ってくれて嬉しかった」
泣いているティアナを引き寄せ、
「本当にごめん。私も、もっとそういう風に聞けばよかったんだよね」
「いえ……いえ……私のほうこそ、すみません。ごめ゛ん゛な゛ざい゛」
「1人で頑張らないで、みんなでお互いに頑張っていこう?」
それから、何度も何度も、ティアナは謝罪を続け、なのはは子どもをあやすようにぽんぽんと背中を軽く叩いた。
少し空に雲が出てきていても、星は瞬きは失っていなかった。
△▽△▽△▽△▽△▽
『おはようございます』
「ん、おはよう」
朝になり、支度をして外に出ると、元気な挨拶がティアナを迎えてくれた。
「おはようございます」
「うん。ティアナ、昨日はよく眠れた?」
「はい」
じゃあ、ちょっと散歩でもしようかとフェイトに誘われて新人たち揃って近くの芝生を歩く。
「……技術が優れてて、華麗で優秀に戦える魔道師をエースって呼ぶでしょ? その他にも、優秀な魔道師をあらわす呼び名があるって、知ってる?」
少し遠回りになるが、朝の練習には十分間に合う時間だ。
「その人がいれば困難な状況を打破できる。どんな厳しい状況でも突破できる。そういう信頼があって呼ばれる名前……」
スバルたちは互いに顔を見合わせるが明確なものは思い浮かばない。
フェイトはにっこりと微笑んで、後ろ手を組む。
「Striker」
『……あ』
彼女は全員の顔を見てから、前を向き、
「なのは、訓練を始めてすぐの頃から言ってた。うちの4人は全員、一流のストライカーになれるはずだって」
空を見上げる。
「だから、うんと厳しく。だけど大切に、丁寧に育てるんだって」
昨日の空はそのままに、朝日が海上を照らしていた。
「しっかし、教官っていうのも因果な役職だよなぁ。面倒な時期に手ェかけて育ててやっても、教導が終わったら、後はみんな勝手な道を行っちまうんだから」
「まぁ、一緒にいられる期間があんまり長くないのは、ちょっとさびしいけどね」
なのは、ヴィータ、シグナムが訓練場の階段を上がったところにおり、コタロウは階下の海辺近くでぼけりとなのはからの指示を待っていた。
「ずっと見ていられるわけじゃないから、一緒にいられる間は、できる限りのことを教えてあげたいんだ」
データを打ち込んだのか、コタロウに合図を送ると本日のメインとなる訓練施設を形成する。準備が整ったところで、新人たちが寮から走ってくるのが見えた。
「おはようございまーす!」
『おはようございまーす!』
スバルに合わせて全員が走りながら挨拶をした。
「おォ、来たか」
「おはよう」
ヴィータが全員に、今日の訓練の辛さを仄めかすのを見ながら、なのはは思う。
(何があっても、誰が来ても、この子たちは墜とさせない。私の目が届く間はもちろん、いつかひとりでそれぞれの道を駆けるようになっても……)
この子たちを力を最大限に引き出すためにはどうしたらよいか考えることは、これからもあるかもしれない。だが、それでも一歩一歩確実に前を見て強くしていこうと決意を改めた。
「さぁ、今日も朝練頑張るよ!」
『はい!』
そうして、海上に浮かんだ訓練場へ足を運ぼうと階下へ降りるとき、
「――あ!」
スバルは1人の男性が目に入り、声を上げる。
「スバル?」
ティアナの呼び掛けを無視して、階段を使うことなくそこから飛び降りた。
「コタロウさん!」
「はい」
飛び降りることで誰よりも速くスバルはコタロウに近づくと、膝をついて手を床につき、
「昨日はすみませんでした!」
「…………」
ぞろぞろと後ろに続くなのはたちを余所に、土下座をして頭を地面につけんばかりに謝る。
「なのはさん、頑張ってました!」
「え? 私?」
「私が何か、ナカジマ二等陸士に謝られるようなことをしていたのであれば、許しますので、立ちあがっていただいてもよろしいですか?」
「……はい」
顔は上げずにしょんぼりとスバルは立ちあがる。
「アンタ、何したの?」
状況を読み切れていない隊長、新人たちのなか、ティアナが口を開いた。スバルは両手の人差し指をちょん、ちょんと何度も付け合わせながら、
「あのぅ、そのぅ……」
ゆっくり昨日の、昼間の出来事を話す。
「はァ!? じゃあ、お前、ティアナが撃ち落とされて、煮え切らない気持ち全部コタロウに吐き出して、挙句の果てに休憩所の自販機壊しただァ!?」
「……はい」
「その場でちゃんと修理しておきました」
驚くもの、乾いた笑いをするものがそれぞれいるなか、コタロウだけが普通に話す。
「ふむ」
そして、少しコタロウは考える。
「ナカジマ二等陸士」
「……はい」
「もしかして、ロビー近くの通路のヘコみもそうですか?」
「――う゛! ……はい」
何それとみんながスバルに視線を送る中、エリオとキャロが何をしたか話す。
『……は?』
「すいません!」
「そちらも今朝、直しておきました」
なのはは頑張っているのか? という質問で感情が爆発した後、シャリオとシグナム、シャマルからなのはの過去を聞き、自己嫌悪をそのまま壁にぶつけてしまったことも話す。
『…………』
先ほどまで、あれだけ元気になっていたスバルは肩を落とし、周りは少し呆れてしまっていた。
「しかし、カギネ三等陸士が許しているのだから、それで良いのではないか?」
「はい」
「ま、練習時間これ以上なくしても困るし、はやく始めようぜ」
シグナムの言葉にコタロウは頷き、ヴィータも練習開始を促そうをするが、
「すみません」
「ん?」
「ナカジマ二等陸士に質問と、ランスター二等陸士に伝言があるのですが、よろしいですか?」
「それは短いのか?」
「はい。すぐ済みます」
それならと、ヴィータたちは待つことにする。
「ナカジマ二等陸士」
「は、はい!」
めったにない彼からの質問に落とした肩を戻して、ぴしりと姿勢を正す。
「高町一等空尉は頑張っていた。とのことですが、それはやはり高町一等空尉の過去のお話ですか?」
「……え、あ、はい」
ぴくりと、隊長たちの眉が動き、ティアナたち新人たちも2人のほうを向く。昨日の今日で謝罪があったのだ。コタロウが何か話があったのだろうと思うのは、容易に想像がつく。
「それは胸の傷のお話ですか?」
『――っ!!』
しかし、話しの内容が分かり、確認するように質問するとは思えず、全員が彼を注視する。
「え、あの、はい」
「そうですか。ありがとうございます」
ぺこりとコタロウは頭を下げるものの、スバルたちには何故彼がそれを知っているのか分からない。
[シグナムさん、昨日、コタロウさんにも話したんですか?]
[いや、話してない]
それはヘリに乗った人間なら分からないが、残ったフォワード陣は確かに彼が話の場にいないことを知っていた。
「あの、コタロウさん」
「はい」
「何で知ってるんですか」
スバルが全員の代表のように質問すると、彼は特に不思議がる様子もなく、
「フィニーノ一等陸士の付き添いで、デバイスを見ているのですが、レイジングハートさんだけ、自己判断で使用者、つまり高町一等空尉にショックアブゾーバーを展開していました。それは砲撃時のほんのコンマ数パーセントの魔力をそこに独自で割き、自身で衝撃を吸収しています。そのアブゾーバーの重心から判断するに、使用者の胸を重点的に展開していたので、過去に大きな傷を負ったのではないかと見地しました」
『…………』
黙って彼を見るなか、なのはは首にかかっているレイジングハートをみる。
<申し訳ありません。マスターの命令なしに行なっていました。完治はしているのですが、いざというときのためを見越してです>
「うん、それは、いいんだけど……」
今まで使用していて数年間、全くそれには気付かなかった、いや、レイジングハートも使用者に分からないほど微弱に展開していたものに気付く。その行為に少し驚いた。
周りもそれを聞き、理解できるも、彼の以前見せた機械的見地に再び目を見張る。
彼にとってはほんの確認要素でしかなかったが。
「ランスター二等陸士」
「はい」
次にティアナのほうを向く。
「グランセニック陸曹より伝言があります」
その言葉に、あっと声を漏らす。
模擬戦前、傘を借りた後に彼が言おうとしたものだ。おそらく「無理はするな」といった類の言葉だと思い、少し遠まわしに断ったことを思い出した。
今では、昨日のこともあり、それは自覚していた。
「頑張らないでください」
「……はい」
やはりそのような言葉であったとゆっくりと頷く。
「は、さっきなのはが頑張るって言ったのによ」
『…………』
ふふんと笑って歩き出すヴィータの言葉に、新人たちは『あれ?』と首を傾げた。
『(……なんだろう? どこかで同じことあったような……)』
なのはとフェイトもどこかしら記憶にあり、不思議に思う。
『(なんか、記憶にあるなぁ)』
疑問に思いながらも、コタロウはこれ以上話すことはなく、隊長たちを先頭に歩きだす。訓練の時だけはコタロウは隊長たちのすぐ後ろ、新人たちよりも前を歩く。
――『新人の皆さん』
――『頑張らないでください』
――『はい! ……え?』
――『コタロウさん、頑張らないなんてそんなありきたり……え?」
――『あの、一応、俺やなのはさんは『頑張って』と……』
それは初出動の時である。
全員、どんな言葉にでも答える元気があった時だ。
『(……あ)』
スバルたちは思い出した。
――『コタロウさん、皆になんて言ったんですか?』
――『『頑張らないでください』と言いました』
――『…………』
――『……えと、んー?』
――『リイン?』
――『あ、はい。確かに、コタロウさんはそういいました』
『(……あ)』
なのはたちも思い出した。
そして、それぞれ昨日のことを思い出す。
――『近くにいるんだから、いざというときは頑張らないで、頼ってよ』
なのははフェイトの言葉を、フェイトは自分の言葉を思い出し、
――『思い詰めて、頑張らなくてもいいよ。ティアナには、私やみんながいるから、そういうときは言ってほしい。ううん。出動前、言ってくれて嬉しかった』
――『1人で頑張らないで、みんなでお互いに頑張っていこう?』
新人たちはなのはの言葉を、なのはは自分の言葉を思い出し、
――『頑張らないでください』
先ほどのコタロウの言葉へと思考が終着した。
『……あー!!』
ヴィータとシグナムはなのは、フェイト、そして新人たちが揃って立ち止まり声をあげたことに驚いた。
2人を除く全員がコタロウを見る。彼は前を歩いていたフェイトが立ち止まったので、彼女の後頭部に鼻っ柱をぶつけ、落ちた帽子を被りなおし鼻を右手で押さえていた。
訓練場に着いていないのにも関わらず立ち止まった彼女を不思議に思うも、再び歩き出そうとする彼に、
「あの、ちょっと、コタ――うわっ!」
話しかけようと一歩前に出ようとしたスバルは、自分の足に引っ掛かり、重心が思い切り前に傾いて、思わず手をバタつかせてしまい、
「……ん?」
横に薙いでコタロウを海に突き落としてしまった。彼も振り向くために重心を傾けていたため、特に重さを感じることなくすんなりと倒れた。
『…………』
ざぶんと凪いでいる海に白い波が立つ。
『…………』
ぶくりぶくりと泡がたち、
『…………』
こぽりと最後に小さな気泡が出てから、
「わ、あわわわわわーー」
「ちょっと、スバル!」
「おい、待て! 今何が起こった」
『ええーーー!?』
一同、騒ぎ始めた。
「す、すぐに助けに――」
「ごぼ」
『……ごぼ?』
沈んだ場所に目を向けると、また小さな気泡が出た後、帽子が水面に出て、階段を上るように、コタロウが一歩一歩足踏みしながら、ざばりとあらわれた。
彼は一応魔法によって、飛ぶことはできる。しかし、厳密には空中路に近く、足元に片足ほどの地面をつくりだし、その上を歩く。垂直に上がるときは、梯子を登るように足踏みをして地面から距離を取るのだ。
「……ごへ」
無言で地面に足を着くと、口から魚を吐きだした。そしてその後、ごほごほと思い切りせき込む。
「す、すみませんでしたーー!」
スバルはコタロウの背中をさすり、少しでも和らげるように努める。
さすがに今は彼女が何について悪いと思っているかは理解できた。
「コホ、許します。それで……私に何か?」
『(えー!? 怒らないの?)』
内心それは怒ってもいいんじゃないかと思うが、あえて口には出さなかった。
しばらく背中をさすっていると大分治まってきたようで、咳も引いてくる。もう、大丈夫ですと断った後、すくりと立ちあがり、申し訳なさいっぱいで半泣きのスバルも立ちあがらせる。
「何か、ご用件があったのではないのですか?」
「……ぐすん、ふぁい。ありました」
服を乾かす許可をなのはから得てから、パチンと傘を差す。
「乾かしながらお伺いしますから、話してください」
「……はい。コタロウさん、以前も『頑張らないでください』って言ってたじゃないですか?」
「はい」
こくりと頷き、傘に『夏昊天、天気ハ晴レ、風ハ下降』と指示を出すと、傘から風が吹き出た。それを知らない人は少々驚く。
「それで、それはどういう意味で言ったのかなと」
「ふむ」
帽子を腰のベルトに引っ掛けながら乾かすコタロウは風に目を細める。
「高町一等空尉は頑張れという言葉の次に、『離れてても、通信で繋がってる。ピンチの時は助け合える』と仰っていました。ジャンとロビンもよく言います。『自分にできることはやる。できないことは頑張らずに仲間に頼む』と」
ジジっと胸元を僅かに開けて中にも風を送る。髪は既に乾いており、緩やかにカーヴを描いている。
「ですので、『頑張れ』に対して『頑張らない』と言いました。適宜、『お好きなほう』を選べばよいのです」
キャロはその時、選ぶ行為そのものを学んだ。だが、コタロウはそうではなく、自分のできる部分を見極め頑張ること、相手を信頼してお願いすることを意味していたのだ。
「そして、これは私が初めて機械ではなく、人と多く接する場、つまりこの六課で思考したものですが、ランスター二等陸士が一番、それを学んでいると感じました」
「わ、たし、ですか?」
頑張る要素とそうでない要素を学ぶ、なのはの指示を一番よく守っているとコタロウは言う。
「昨日のヘリポートで、エリートでもなければ、ナカジマ二等陸士、モンディアル三等陸士のように強くもなく、ル・ルシエ三等陸士のような稀少技能も無いと言っていました」
自分を凡人と認めたティアナの言葉だ。
「グランセニック陸曹にも、『自分は凡人だ』と言っていたみたいですね」
「……あ、はい」
靴を脱いで、中も乾かそうとする。視線はティアナではなく、靴の中だ。
「私はあなたが凡人であることを否定しません」
「…………」
「自分がそう思っているのであれば、それで十分だからです」
靴は衣服と違い、もう少し時間がかかりそうだ。
「あなたは誰の能力も持ち合わせておらず、ただの凡人です」
「…………」
昨日、塞がった傷が開こうをしているようで、ティアナは顔をゆがませ、なのはが止めに入ろうとするが、
「しかし、ランスター二等陸士はセンターガード故、全ての能力を使う事ができます」
「――っ!」
大きくティアナは目を見開いた。
「クロスレンジの力も、対応できない高速の中も、稀少技能である竜召喚もあなたは自分の前後左右にいる仲間にお願いするだけで、叶えることができます」
靴は乾き、開いたまま傘を地面に置くと――風は手放したところで消えている。
「あなたはその全てを兼ねています」
『……え』
周りが声を漏らすなか、コタロウは靴をはき、片足で跳躍しながら耳の水抜きをする。これは新人の皆さんにも言えることですが、と言葉を繋ぐ。
「地球の言葉を借りるのであれば、『綺羅、星の如し』と言いましょうか。あなた方の背後には星のように隊長たちが居並び、守っています」
ティアナたちは気づいたように隊長たちを見た。
「ランスター二等陸士は、兄、ティーダ・ランスター一等空尉の妹であると先日知りました。彼は亡くなり、星よりも遠い場所にいますが、あなたの頭の中にはしっかりを残り、あなたの性格として受け継がれているはずです。それは両親から受け継がれた遺伝子も同じですね」
今度はフェイト、エリオも目を見開く。
「せっかく、あなたの周りには多くの人がいるのですから、頑張らなくてもよいはずです。一言お願いすれば、自身は能力を発揮できなくても、助けてくれる仲間や友達がいるのですから」
コタロウは自分の周りには同じ工機課の4人とトラガホルン夫妻の2人、そして片手で足りるくらいの知り合いしかいないことは口には出さなかった。
「そういう意味すべて含めて、頑張らないでくださいといいました」
『…………』
衣服は残らず乾き、全身を見まわしてからパチンと傘を閉じ、左腰に差した。
そこで初めてコタロウは周りを見ると、全員惚けながら自分を見ているのに気付き、
「ランスター二等陸士?」
「……ぐ、うぅ」
ランスター二等陸士だけが、自覚なく泣いていた。彼は前に進みでる。
「泣いているのですか?」
「え、う゛う゛、泣いて、ま、せん」
「……そうですか」
ぐしぐしと目をこすると、彼は再び傘を抜いて開き、彼女に手渡した。
「こ、れは?」
傘を持たせたあと、傘の先端、石突を掴み、ぐいと彼女の顔を隠す。
「高町一等空尉」
「え、あの、はい」
惚けた状態から我を取り戻し、ふるふると頭を振って反応する。
「今から私、嘘をつきます」
「……へ?」
「よろしければ、頷いてください」
「あ、はい」
コタロウの嘘をつきますというおかしな宣言に、全員自覚を取り戻した。
彼は空を見上げ、
「雨が降っているので、止むまでお休みしませんか?」
手をかざして朝のまぶしく光る太陽を見る。
なのははつられて空を見て、その後、傘に目を移し、
「ふふっ。そうですね。傘が閉じられるまでなら」
ティアナ以外の新人たちは大きく微笑み、ヴィータとシグナムは仕様がないという顔をした。
「5分で、5分で、この通り雨は止みますから」
傘を差しているなかから小さな声が漏れ、その通り、5分後には傘は閉じられ、元気いっぱいで本日の朝練を開始することができた。
自分の周りには、あらゆるものが存在している。
それは特に、近いから大事であるとは限らず、遠くにあるからといって捨ててよいものでもない。自分で見つけ、判断しなければならない。
その時になれば必要で、あるときは必要でないかもしれない。
だが、私たちはそれに守られている。
もちろん、守るときだってある。
助けるときだって、教えるときだって、学ぶときだってある。
お互いが影響し合っていることは疑う余地がない。
1つ、星に願ってみてはどうだろうか。
綺羅と光るその星はあなたを助けれくれるかもしれない。
そして、忘れてはいけない。
あなたも当然、星なのだ。
「コ、いえ、ネ、ネコさん」
「はい」
「1つ直してほしいものがあるのですが」
「何でしょうか?」
「このオルゴールなんですけど……」
彼は極稀にしか自分からは語らないため、過去に全く同じものを直していたとしても、持ち主が違えば、特に詮索することなく直せるものを直す。
「わかりました。それでは貸していただけますか?」
今日、彼女は1つ星にお願いをすると、こくりとそれは頷いた。
昨晩は自分が大事している写真の裏側に『お父さん お母さん お兄さん ありがとう』とメッセージを添えたのは誰にも言えない秘密だ。
そして、ティアナが兄ティーダ・ランスターとコタロウ・カギネとの交流を知るのは、また別の機会である。
“綺羅、星の如し”
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