魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第1章 『ネコの手も』
第23話 『想念、昊の如し』
「あの、さ。2人ともちょっといいか?」
ホテル・アグスタから隊舎に戻り、新人たちに午後の訓練の延期を伝えた後、ヴィータがなのはとフェイトの背後から話しかけた。
「……あ、うん」
その場にいたシグナム、シャリオも彼女の1つ音を下げた声に真剣さを感じ、加わることにする。
彼女たち5人は休憩室に移動する間、誰一人として口を開くことはなく、飲み物を手に取りイスに腰をかけた。
「訓練中から時々、気になってたんだよ。ティアナのこと」
「……うん」
紙コップの中に入っている飲み物は口をつけたばかりで蛍光灯の反射光が波立っていた。
「強くなりたいなんていうのは、若い魔導師なら皆そうだし、無茶も多少はするもんだけど、時々ちょっと度をこえてる」
組んだ腕のなかの指をトントンとヴィータは動かし、なのはを見る。
「……あいつ、ここに来る前になんかあったのか?」
ヴィータは今日、彼女の無茶を目の当たりにしたので、疑問に思うことは当然である。なのはは心の準備をしていたものの、話すのは心苦しく、顔を歪ませた。
「…………」
その間、ヴィータはなのはが理由を話すにせよ、話さないにせよ、口を開くのまで無言を貫いた。
一度目を細めた後、彼女は口を開く。
「ティアナのお兄さん、ティーダ・ランスター。当時の階級は一等空尉。所属は首都航空隊。享年21歳」
話し出すと同時に1人の男性が休憩室に入り、飲み物をぐいと一気飲みして、すぐに出て行く。
「結構なエリートだな」
「……そう、エリートだったから、なんだよね」
フェイトがなのはに目配せした後、彼女の代わりに口を開いた。
ティーダ・ランスターが亡くなった原因は、任務中での出来事による殉職。彼の精密射撃は、なのはよりも優れ、二度撃ち――一度撃ち抜いた場所に寸分違わず同じ箇所を撃ち抜く射撃術――を得意とする射撃は航空隊でも群を抜いていたという。加えて、彼はその射撃術で犯罪者を必要以上に傷つけることは決してしない、優しい人間であったらしい。
「ティーダ一等空尉の亡くなった時の任務。逃走中の違法魔導師に手傷は負わせたんだけど、取り逃がしちゃってて」
しかし、当時の任務ではそれが裏目に出た。相手は必死とも決死とも言える覚悟で彼に挑み、致命傷を与え、逃亡を計った。彼はその時の怪我が原因で帰らぬ人となった。
「まぁ、地上の陸士部隊に協力を仰いだおかげで、犯人はその日のうちに取り押さえられたそうなんだけど」
なのはは捕らえられた犯人が、半身が凍りつき、もう半身は黒く焦げ、ずぶ濡れで両手両脚の骨が折れていたことは話さなかった。
「その件についてね、心無い上司がちょっとひどいコメントをして、一時期問題になったの」
「……そのコメントって、なんて?」
片眉を上げたヴィータになのはは一口飲み物を含んで口を潤わせた後、彼の上司の言葉をそのまま真似た。
「『任務を失敗するような役立たずは死んで当然だ。死んだら死んだで葬式に行かなきゃならんのが迷惑極まりないがな』」
「…………」
「ティアナはその時、まだ10歳。たった1人の肉親を亡くして、しかもその最後の仕事が無意味で役に立たなかったみたいなこと言われて、きっとものすごく傷ついて、悲しんで……」
それ以上なのはが口を開かなくても、ヴィータは十分何を言いたいのかが分かった。
(そっか、『近いうちに』と言ってから6年経つけど、享年21歳ということは、ランスター一等空尉は殉職していたんだ。それにランスター二等陸士は彼の妹……)
コタロウはあれから一向に連絡のない彼の現状を知る。
魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第23話 『想念、昊の如し』
練習後、ティアナは熱めと温めのシャワーを交互に浴びて、筋力の血行を促進させ、なるべく明日に疲労を残さないように努めた。
そして、今日は朝4時に起きなければならないのにもかかわらず、0時過ぎに寝てしまったため、設定した目覚ましで起きることができなかった。
「ティア~、起きて、朝だよ」
スバルに揺さぶられて、ゆっくりと目を覚ます。
「……ん」
「起~きてっ」
「お、きた。ありがとう」
「練習行けそう?」
(疲れは、それほど溜まってないみたい)
彼女の言葉に頷き、もそりとベッドから這い出てると、スバルからトレーニング服を受け取った。
「さて、じゃあ私も」
(ん、スバル、も?)
着替えるために自分のスペースを確保しようと彼女から距離をとると、背後で服を脱ぐ音が聞こえ、振り向くとスバルも着替え始めていた。
「――って、何でアンタまで?」
「1人より2人のほうが色々な練習ができるしね。私も付き合う」
ティアナはそれを聞いて、常人より体力のあるスバル――彼女は日常行動なら4、5日不眠でも問題ない体力の持ち主――でも自分の訓練を加算すれば、負荷がかかりすぎると思い、彼女の申し出を断るが、決めたことに対する彼女の態度も良く知っていた。
それが今までのティアナをよく支えていた。
「私とティアはコンビなんだから。一緒に頑張るの!」
「…………」
片目でウィンクされた時には、言い返すことはできなかった。
△▽△▽△▽△▽△▽
「短期間で、とりあえず現状戦力をアップさせる方法」
ティアナが思案していたことは言葉通り、短期間で戦力をアップせることであった。
「うまくできれば、アンタとのコンビネーションの幅もグッと広がるし、エリオやキャロのフォローも、もっとできる」
「うん。それはわくわくだね」
個人の能力を向上させるものだが、それによる自分との連携や、エリオとキャロをもっと安全に戦わせることができるという1人よがりしない考えにスバルは大きく頷いた。
(ティアはしっかりみんなのことをよく考えてる)
スバルはティアナとコンビで行動をとることが多く、彼女が決して一匹狼として個人練習に励んでいるわけではないと元々考えていたので、大きく感心することはなかった。
出会った当初のとげとげしい振る舞いはそういったことの裏返しであったと今になってはよくわかる。
「いい? まずはね……」
スバルはその詳細に耳を傾けた。
△▽△▽△▽△▽△▽
それからというもの、なのはやフェイト、ヴィータとの訓練指導以外の全ての時間をコンビネーションにあてた。
休憩も訓練のうちに入ることはよく理解していたものの、息を合わせるような訓練は費やした時間がものを言うため、疲労をほぼ忘れるというくらい練習に励んだ。
疲労の回復は隊長陣たちに知られてはならないと考え、シャマルには決して診察を依頼しなかった。
なのはたちは彼女たちが個人的に訓練をしていることは知ってはいたが、内容を問い詰めるようなこともしなければ、傍観に努めるという事もせず、ただ無理をしないようにと願い、背を向けることにした。
彼女たちが隠れて練習をしている時点で見るべきではないと判断したためだ。
しかし、コタロウとエリオ、キャロには「彼女たちが無理をしないようにサポートをお願い」と彼女たちの疲れをなるべく軽減するように頼んでいた。
スバルもティアナに対してはなるべく迷惑をかけないよう、彼女の考えに真摯に耳を傾ける。
彼女の考えが危険行為になりそうな時はさすがに注意するも、強くなること、効率よく危険を脱することについては概ね考えは一緒であった。
「幻術のデメリットは知ってるよ? でも、中長距離から踏み込んで近距離戦なんて、危険なんじゃないかな?」
「……それは、わかってる。でも、私が中長距離からの支援から近距離への攻撃に転ずることで、相手のリズムを崩し、意表を突くことが可能なのよ……ごめん、これだけは譲れないわ」
「…………」
(確かにそれは相手の撹乱にはもってこいだけど、危険だよ。よっぽど近距離戦に慣れないと……)
作戦としては確かに魅力的である。だが、一歩間違えば他へのサポートはできなくなり、陣形も崩れる。近距離戦も一撃ですぐに中長へ距離をとらなければならず、体力も使う。
(大丈夫かな)
ここ数日で顕著に出たのはティアナの体力の少なさであった。もちろん、同期の中ではスバルには劣るものの、秀でるくらいの体力は兼ねている。それでも中距離戦からの近距離戦、またその逆の行為に消費する体力は尋常ではない。
「……成功率」
「え?」
「成功率6割行かないとダメ。これ以下の場合は次のなのはさんとの模擬戦では使わない。私もこれ以上は譲れない。自分も結構無茶してるけど、譲れないよ。パートナーとして」
次の模擬戦までティアナの体力は付いてきて、成功率は上がるだろう。それでもこれ以下の成功率はスバルは許さなかった。
「わ、かったわ」
「うん!」
ティアナは少し顔を歪めたが、6割という成功率でも許してくれたスバルに頷いた。
「上げてやるわよ、絶対に」
そうしてもう一度練習を再開しようと彼女はクロスミラージュを持ち、スバルに空中路を出すように指示をする。
もう日の変わりが近づいてはきたが、あと何度かはできそうだ。
スバルは空中路を展開し、滑走しながら交互に敷かれた空中路をティアナが階段のように駆け上がってくるのを目で追う。
だが、残り2、3段というところで彼女は足が上がらなかったのだろうか、バランスを崩して前のめりに空中路から落ちる。
「――っかは!」
「ティア!」
クロスミラージュを持ちながら手からつき、肘、肩と受け流していくが、完全にダメージを吸収はできなかった。ごろりと仰向けになって、大きく息をする。
「大丈夫!?」
「なん、とか、ね」
すぐにスバルは彼女を抱き、10メートルほど離れた場所にいるコタロウ――早朝はヴァイスが見学している――に助けを求める。
「すいません。私、ティアを運ぶんでデバイスを――」
「聞いて、なかった、の? なんとか、大丈夫だって」
「だってティア――」
「大丈夫だか、ら。それよりも水を、お願い。ちょっと眠気が、あったみたい。吹き飛ばしたいの」
「だったら、今日はもう――」
「いいから、お願い」
「わ、わかった」
ティアナの気迫に押され、頷いてしまったスバルはそっと彼女を横たわらせ、立ち上がるが、
「水があればよろしいのですか?」
スバルに呼ばれたのはいいが、会話に区切りがなく話しかけることができなかったコタロウが口を開いた。
「え、あ、はい」
(持ってきてくれるのかな?)
駆けようとするスバルは足を止める。
「量としてはどれくらいになさいますか?」
コタロウはするりと傘を抜いて開くところをみると、どうやら持ってきてくれるものではないらしい。
「えと、あの――」
「思い切り、被りたい、ので、バケツ一杯くら、いです」
「分かりました」
息絶え絶えにも何とかティアナは立ちあがり、正面の男をみる。
「ランスター二等陸士、私が柄を手渡したら自分の名前を言ってください」
こくりと頷くと、彼は口を開いた。
「傘、権限付与・8等級。どうぞ」
「ティアナ・ランスター」
渡された傘に名前を答えるとちかりと柄の先が光る。
「量は出力する魔力とその制御で調節可能です。疲労が激しそうなので説明は省きます。私の後に続けてください」
彼はティアナから一歩下がり、彼女の差した傘から出る。
「傘、夏昊天、天気ハ雨」
「傘、夏昊天、天気ハ雨」
ティアナが言葉とともに魔力結合した途端に、傘の内側からシャワーよりも激しい水が降ってきた。
「――うわわ!」
スバルも思わず距離をとり、ティアナはコタロウの言葉を思い出し、魔力を制御すると、応じて強さも治まった。
(え、え~~)
「ネコさん、これ、雨?」
「はい。各季節の空、春蒼天、夏昊天、秋旻天、冬上天から選択のもと、天気の生成が可能です。ランスター二等陸士、被ると言っていましたが、こちらで宜しいですか?」
「……はい。びっくりしましたけど、これぐらいで丁度いいです」
上を向いて傘を除くと、口の中に雨が入り、喉を潤す。そして身体から熱が程良く奪われて、体力が僅かに戻っていく。
「止ませる時は『傘、止め』と命令してください」
そのまましばらく傘が生成した雨に打たれているティアナをみて、スバルは彼女の服が濡れたことにより透けてしまっていることに気付いた。
右にいるコタロウはティアナのほうを向いたままだ。
急いでスバルはティアナとコタロウの間に割って入り、彼のほうを向くが、
(目、閉じてる)
横から見たときは帽子に隠れて見えなかった彼の目は閉じられていた。
「もし、服を乾かす場合は、『傘、天気ハ晴、風ハ下』と命令してください。夏昊天のまま、気圧を変えて風を起こします」
雨を降らせた時点で服についても考えていたらしい。ティアナは彼の言ったとおりに命令すると、すぐに服は乾き、ある程度体力が回復したことを実感する。
「ありがとうございました」
彼女は彼に傘を返し、屈伸を始め特訓の続きをするためにクロスミラージュを握りなおした。
「ティア、もう今日は……」
「ごめん。次の模擬戦までにどうしても成功率を上げなきゃならないから」
スバル、お願い。と言われると彼女も断れず、顎を引く。
2人はコタロウにぺこりと頭を下げて、背を向けたとき、
「ランスター二等陸士、グランセニック陸曹より伝言が――」
「すみません。今は模擬戦に向けて力を注ぎたいんです。その後でもいいですか?」
「……ふむ。問題ありません」
ティアナはヴァイスが自分に対して何を言おうとしているのか大体予想が付いていたので、先ほどのコタロウの対応とは話が別だというように話を終わらせる。
「行くわよ、スバル!」
「う、うん」
彼女たちはまた練習を再開した。
△▽△▽△▽△▽△▽
「さて、午前中のまとめ。2ON1で模擬戦やるよ」
結果的に、ティアナの考えた戦略の成功率はぎりぎり6割まで引き上げることができた。蓄積された疲労を考えてのことなので、昨日早めに休んだこともあり、成功率は幾分かそれよりも増すだろうというのが2人の考えである。
「まずはスターズからやろうか」
『はい!』
なのはな空中でティアナとスバルに防護服の準備をするよう指示を出す。
「エリオとキャロはアタシと見学だ」
『はい!』
一緒に訓練をしていたヴィータが2人に下がるように言うと、3人はコタロウがデータを収集しているビルに上り、空を見上げる。
「――あ、もう模擬戦始まっちゃってる?」
「フェイトさん」
遅れてフェイトも駆けつけてきた。
「私も手伝おうと思ってたんだけど……」
「今はスターズの番」
「本当はスターズの模擬戦も私が引き受けようと思ったんだけどね」
ああ。とヴィータは頷く。2人は新人たちの教導をとるときに同時にお互いもよく見ていた。その中でもなのはの訓練密度が自分たちに比べて特別濃い。自分たちでできることならば交代して、気休め程度にも休ませてあげたかった。
「なのは、部屋に戻ってからも、ずっとモニターに向かいっぱなしなんだよ」
彼女はコタロウが編集したデータを使用することなく、自分で練習を確認して訓練メニューの作成や新人たちの陣形のチェックをしていた。もちろん、彼が編集したデータも確認するが、参考程度にである。なのはは自分でできることならば必要なのは時間だけと考え、惜しむことなく費やした。
「なのはさん、訓練中もいつも僕たちのこと見ててくれるんですよね」
「本当に、ずっと……」
それはヴィータ、フェイトに関わらず、エリオやキャロにも見て分かるほどである。
「お、クロスシフトだな」
眼下にティアナ特有の魔力色が入ることで会話をやめ、模擬戦に目を向けた。
「クロスファイヤー、シュート!」
ティアナの周りに生成された複数の魔力弾が命令とともに上空にいるなのはに向かっていく。
「なんか、キレがねェな」
「コントロールはいいみたいだけど」
向かう先の相手の視界を誤魔化すように、各魔力弾は揺れ動くもののスピードは無く、
「それにしたって……」
弾丸は避けようとする彼女を抜くことはなく、彼女を追い立てるように背後を追う。
(誘導して私をどこかに誘い込もうとしている?)
背後を追う通常なら当てることを目的とした弾丸を見ながら、相手の戦略を読もうとしたところで、前方から風を切る音がした。
なのはは警戒して自分の周りに魔力弾を生成する。
(――フェイクじゃ、ない)
ここでなのははこの戦略が自分が教えたものではないと判断した。
一直線で射撃を得意とする相手に真正面から飛び込んでくる戦略は教えたことがない。
正面から特攻にも近い速度で空中路を走ってくるスバルに向かって弾を放つ。
「うおおォ!」
彼女は左手にバリアを展開して前方に翳しなのはの放った弾から身を守る。
「――くっ!」
だが、速度は緩めることなく、スバルはなのはに突っ込んでいった。
スバルは右手のリボルバーナックルを突き出し、なのははそれをレイジングハートで受け止めシールドを展開する。
(いや、まさか)
なのはは1つの答えを導き出したが、その考えに至るような教え方はティアナにもスバルにもしていないと頭を振って、スバルを吹き飛ばした。
「ほらスバル、ダメだよそんな危ない軌道」
「っとと、すいません! でも、ちゃんと防ぎますから!」
態勢を立て直してからなのははティアナを探そうと周りを見ると、離れたビルの屋上から自分に狙いを定めているのが確認できた。
魔力を溜めこみ出力を上げている。
「砲撃? ティアナが!?」
離れたところで見ているフェイトはティアナがいつもと違う行動をとっていることに驚くが、
(な、なんで?)
なのはは2人の考えている戦略が自分の考えていることと同じであると確信し、表情を変えないまでも、動揺をしてしまう。
(あれは、フェイク)
見ているフェイトたちと違い、これから起こす2人の、特にティアナの行動が手にとるように分かった。
[特訓の成果。クロスシフトC、行くわよスバル!]
「おォ!」
ティアナの念話に咆哮で応え、スバルはリボルバーナックルから弾式魔力を装填する。
彼女が装着しているマッハキャリバーは勢いよく回転し、敷かれた空中路を駆け抜け、なのはとの距離を詰める。
その威力を相殺するかのようになのはは魔力弾を放つが、スバルはそれをすり抜けて思い切り彼女に右拳を突き込んだ。
「ぐぐ、ぐゥ!」
なのはは先ほどと同様、シールドで防ぐ。
[ティアァァ!]
念話で彼女は合図した。
ビル上のティアナの投影が消えたところで、
「あっちのティアさんは幻影!?」
キャロが叫ぶとエリオが周囲を見回す。
見つけたティアナは空中路を走り抜けていた。
(バリアを切り裂いて、フィールドを突きぬける!)
駆け上がりながら、ティアナは装填して今は一丁拳銃のクロスミラージュからナイフを魔力で生成する。
(――一撃必殺!)
なのはよりも上空でティアナは振り返りながら相手を見定め、重力の力と脚力を加算させて攻撃を仕掛けた。
なのはは背後から来る気配を感じながら、疑問が治まらないでいた。
(どうして、こんな中長距離から近距離に戦いを移す危険な戦略を? 私はこの考えに至らないように、教えてきたのに――)
隠れて練習をしていたのは知っていたが、こんな戦略を立てたことに内心激しく動揺する。
(ホテル・アグスタで注意したときだって、『分かった』って思っていたのに)
「レイジングハート、状態解放」
<わかりました>
気づけば彼女は愛機を解放していた。
レイジングハートは珠玉に戻る。
(……思っていた?)
背後から聞こえるティアナの気迫を込めた声は聞こえず、
――『あぁ、何せ感性が感情と表情をうまく結び付けてくれないからなぁ』
――『でも、近道をしなければ彼を知ることはできるわ』
両親の言葉が頭の中に鈴のような音を奏でて響き渡った。
(嗚呼、そっか。私、ティアナたちの感情を思った気持ちでいたんだ。相手の声を聞かず、私の思いを隠し、表情や雰囲気だけから相手を理解したと勘違いしてたんだ)
自分の両親が言ったことが今理解できた。
(ちゃんと聞くように……ううん、もっときちんと声を聞く努力をして、少しでもお互いが理解できるように思いを張り巡らせればよかった。確かに、見るだけ、感じるだけで、近道、横着してた)
スバルの拳を、ティアナのクロスミラージュを素手で受け止めても痛みなんて感じなかった。
「頑張っているのは分かるけど、模擬戦は喧嘩じゃないんだよ」
(……違う、私が言いたいのはこんな言葉じゃない)
自分の言っていることと考えていることが一致しないという事はよくあり、なのははその状態に陥っていた。
「練習の時だけ言う事しているふりで、本番ではこんな危険な無茶するんなら……練習の意味、ないじゃない」
(お願い私、こんな頭ごなしじゃなく――)
傾いた感情を戻すことは容易ではない。
「ちゃんとさ、練習通りやろうよ」
(ちゃんと、落ち着いて……)
分かっていても止められない。
「あ、あの――」
「ねぇ、私の言ってること、私の訓練、そんなに間違ってる?」
(押し付けるんじゃなく――)
まるで自分の体が何かに操られているように、口が動いてしまう。
<解除します>
クロスミラージュのナイフが消え、ティアナはなのはから距離をとる。
(なのはさんの言っていることが間違っているなんて思わない)
「私は、もう、誰も傷つけたくないから!」
(そう、私は誰も傷つけたくない)
蔽って隠してきた彼女の感情が、なのはのなにか諦めたような表情を見ることによって爆発した。今まで溜めこんできた疲労が身体もろとも制御できなくなってしまったのだ。
もう一度彼女は魔力の装填を行なう。
「無くしたくないから!」
(あんなミスするようじゃ、今度は私が大事な人を――)
脳裏に兄ティーダが生きているときにみせた最期の笑顔を思い出す。
(無くしてしまう!)
発した言葉と思いが一致する。
「だから、だから私は、強くなりたいんです!」
「少し、頭冷やそうか」
(お願い、やめて)
なのはが願っても、自分の行動は止まらず、指先に魔力を込めてティアナに向ける。
「クロスファイヤー――」
「うわァァ、ファントムブレイ――」
(私はただ、強くなりたくて……)
ティアナは感情のままに魔力を解放、弾を生成した。
しかし、なのはのほうは感情的ではなく落ち着いており、複数弾生成にも関わらず構築が早い。
「シュート」
ティアナが引き金を引くよりも早く、なのはは弾を放った。
そして逃すことなく全弾命中する。
「ティ――バインド!?」
「じっとして、よく見てなさい」
自分の行動を阻もうとするスバルにバインドをかけ、身動きをとらせない。
(こうしたかったんじゃない、こう教えようとしたんじゃない)
いくら制止させようとしても、態度が感情と結びつかない。
自分の指先に魔力が収束していく。
「なのはさん!」
なのははスバルの声が耳に入ってきても自制することはできなかった。
ティアナは生成した魔力を先ほどのなのはの一撃によって相殺され、ふらふらとなんとかバランスを保ち、立っている。
ぼんやりとなのはを見つめながら。
『(違う(そうだ)、私はただ……)』
なのははドンという音とともに収束砲を放った。
ティアナは避けようと思っても身体は動かず、向かってくる砲撃の光が視界を占めていく。
『(私はただ……貴女にそれを知ってほしいだけ)』
互いの思いは一致したが届くことはなく、なのはの放った砲撃だけがティアナに届き、彼女が立っていた空中路から重力に逆らわずに落下した。
スバルが立っている近くの空中路に倒れ込む瞬間だけ、痛みが無いようにティアナはふわりと倒れ込む。
「ティアァァ!」
スバルの叫び声はなのは、ティアナには聞こえず、見ているフェイトたちにのみ響き渡った。
倒れたティアナに近づいてもバインドがかけられているため、手を差し伸べることもできずに見下ろすことしか彼女にはできない。
「模擬戦はここまで。今日は2人とも撃墜され終了。コタロウさん、いつも通り後でデータをください」
淡々と述べるなのはの声には抑揚がなく、
「…………」
涙を流しながら無言で睨みつけるスバルの視線と目を合わせた後、ふとなのはは天を仰ぐ。
春を過ぎて夏が近いせいか日は高かった。
人の思いや考えは例え感情、雰囲気を感じ取っても、掴めるものではない。
もちろん、声を聞いたからといって理解できるというものでもない。
それは昊のように大きく、広いのだ。
只、ほんの少しの切欠でお互い歩み寄ることができ、近づくこともできる。
思いや考えを知ろうとすることは難しくもあり、簡単でもある。
“想念、昊の如し”
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