ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~
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第Ⅰ章:剣の世界の魔法使い
剣技の世界
『ルオォオオオオオ―――――ッ!!』
ヒースクリフ……いや、かつてヒースクリフであった『ソレ』は、おどろおどろしい方向をとどろかせた。
闇の鎧に覆われた、巨大な影でできた異形。
「何だあれは……」
キリトが呟く。
「……恐らく、プレイヤー達の負の感情が暴走したのでしょう。負の心意は大きい破壊の力をもたらしますが、同時に暴走しやすい。ヒースクリフ……茅場卿は、自ら集めた心意に飲み込まれてしまったのです」
ドレイクが冷静に答えるが、彼の額には汗が浮いていた。SAOのリアルな感情表現が表したその表情は、彼もあせっていることを如実に伝えていた。
『ルオォオオオオオ―――――――ッッ!!』
闇の化身が、剣と一体化した右手を振るう。とたん、今までとは比較にならない規模の闇の波動が打ち出され、《紅玉宮》のフィールドを掻き消した。
「うわぁぁっ!?」
プレイヤー達のすぐ横を通過した闇の斬撃に、攻略組が悲鳴を上げる。
「ドレイク!!どうすれば……」
悲鳴を上げるシェリーナ。ヒバナのHPゲージは、もう尽きかけていた。これ以上戦いが長引けば、彼女は死んでしまう。それに、自分たちの敗北は即ち、このSAOというゲームにとらわれた全てのプレイヤーの死を表していた。
負けるわけにはいかないのだ。絶対に。
「……いちかばちかです」
「何だ、何か方法があるのか!?」
絞り出すように言ったドレイクを、キリトが問い詰める。
「あります。しかし、かなりの危険が、キリトさんに迫る方法となります」
「良い!皆を救えるなら、俺一人がどうなったって――――」
キリトが二刀を握りしめる。ドレイクは、静かにそれを見つめると、分かりました、と言った。
「心意に取り込まれたヒースクリフに打ち勝つ方法……それは一つ。キリトさんも、心意を暴走させるのです」
「何っ……」
さすがに予想外だったようで、キリトが瞠目する。
「もっとも、負の心意を暴走させたところで、何も起こりません。キリトさんが解放するのは、正の心意……すなわち、《希望》。この場に、このSAOという『異世界』にとらわれた全ての人たちの願いを、開放するのです」
「……わかった。やってみる」
「キリトさんは、全ての人たちを、信じてください」
頷いたキリトが、目を閉じる。
「……みなさん、願ってください!キリトさんの勝利を!」
ドレイクが攻略組に呼びかける。彼らも頷き、目を閉じる。
そして、光が集まり始める。やさしい、白い輝き……魂を込めた《祈り》が、《願い》が、《希望》が、寄り集まって、キリトに流れ込んでいく。
シェリーナも、目を閉じる。思い描くのは、初めて出会った頃のキリト。攻略パートナーとして、共に戦っていたころのキリト。ユニークスキル使いとして、全ての人たちの希望となったキリト。そして今……《心をもてあそんだ魔王》と戦う《心を預かる勇者》となったキリト。
驚くべきことに、アインクラッドの下層からも、心意の光が沸き上がってくる。下層のプレイヤー達の勝利への願いが、無意識のうちに共鳴して、ここまで流れ込んできたのだ。
「キリト――――!!」
「キリトさん!」
「キリト君――――!!」
「……勇者よ、今こそ《祈り》を力に変える時です!――――《リリース・リコレクション》!!」
「おおおお――――ッッ!!」
キリトの二刀が、まばゆい光を放つ。同時に、シェリーナ達の体も解けて、溶けて、光の中の一粒と化す。
輝く刃が、闇の化身へと迫る。
『う、お、お、お、おおおおおお!!』
心意の剣が、ひとつ、ふたつ、と、星屑のような斬撃を放っていく。
《スターバースト・ストリーム》。キリトが《二刀流》ソードスキルの中で、最も修練し、最も長くこの世界で使ってきた16連撃。その一撃一撃が、闇の化身と化したヒースクリフを貫いていく。
『おおおおお!!』
いつしか、キリトの攻撃は、《紅玉宮》の天井をも打ち抜き、キリトとヒースクリフ、そしてキリトの心意と一体化したシェリーナ達は、真っ青な輝きの中を飛翔していた。
「空……」
シェリーナが、はっとしたように呟く。アインクラッドで初めて見る、空いっぱいの空。不思議な言い方になってしまうが、それ以外に表現を思いつかないほどひろい、広い空が、上空に広がっていた。
かつて、「空を飛んでみたら面白そう」とドレイクと話したことを思い出す。今、キリトと実体化した自分たちは、光の波動となってアインクラッドの空を高く、高く、飛翔していた。
キリトとの一体化が解ける。光が再び集まったのは、先ほど倒れていた場所と同じだった。しかしすでに麻痺は解けている。自由に動く体で、キリト達を見る。
闇から解放されたヒースクリフの表情は穏やかだった。そのHPが、消滅していた。
ヒースクリフの身体が、数秒間止まった後、爆散する。彼の身体を構成していたポリゴン片と、粉々になった紅玉の破片が、ちりちりと雪のように待っていった。
同時に、ヒバナのHPゲージが、減少を止める。本来なら彼女が消滅すべき40秒は経過していたが、コクライの「ヒバナを死なせたくない」という願いが、彼女のHPの減少スピードを低下させていたのだ。
キリトの両手の剣から、光が消える。キリトの纏っていた過剰光も、その姿を薄れさせていった。
「キリト君!」
落下するキリトを、麻痺が解けたアスナが走り込み、受け止める。
「アスナ……」
「ばかっ!キリト君が死んじゃったらどうしようかと思ったじゃない!」
《攻略組》のプレイヤー達は、しばらくじっとしていた。静寂。不気味なほどの静寂が降りる。
「終わった、のか……?」
コクライが、ヒバナを抱きながら呟く。そして、それを裏付けるかのように、どこからともなく、その《音》が聞こえ始める。りんごーん、りんごーん……という鐘の音。何人かのプレイヤーが体を硬くする。それは、あの日……すべてが始まったあの日に、プレイヤー達を絶望に叩き落とした鐘の音と、同じ音。空が赤くなる。そこには注意を促すシステムメッセージ。すべてが、あの日と同じ。
しかし、顔のない巨人は出現しなかった。響いてきた声も、茅場の者とは異なる、システムの合成音声だった。
『……アインクラッド標準時、2024年11月7日、14時55分、ゲームはクリアされました。繰り返します。ゲームは、クリアされました。プレイヤーの皆さんは、順次ログアウトされます……』
一瞬の静寂の後、わぁっ!!!という歓声が上がった。キリト達の起こした奇跡によって、ソードアート・オンラインは二年の歳月を経て、遂にクリアされたのだ。
「大分ショートカットですけどね」
シェリーナは苦笑する。けれど、これがキリトだ。これがコクライだ。そして、ドレイクだ。無茶無謀、システムなんか気にしない、そんなバランスブレイカー達の起こした奇跡が、皆を救ったのだ――――
そんなことを考えていた時。
突然、シェリーナの視界が、ホワイトアウトした。
***
「……ここは?」
次に目を開けた時、そこは、ガラスのような透明な板の上だった。透明な板は左右後どこまでも広がり、前方向にだけ、少し歩いたことろで途切れていた。
「なんだ、ここ……」
聞こえてきた声に振り向くと、そこにはキリト、アスナ、コクライ、ヒバナ、そして、ドレイクの姿があった。
「あ、みて、アインクラッドだ」
ヒバナが指を刺した方向には、崩れていくアインクラッドが存在した。
「なかなかに絶景だろう」
突然の声にびっくりして全員一斉にそちらを向く。そこには、白衣姿の男が立っていた。茶色い短い髪に、線の細い学者然とした顔。真鍮色の瞳だけがアバターと変わらない。
「茅場晶彦……」
キリトが呟く。シェリーナでも知っている。SAOの開発者にして、先ほどキリト・コクライ・ドレイクと死闘を演じた、茅場晶彦だった。
「君たち英雄の心の力によって、魔王は敗れた。同時に、魔王を捉えていた闇の心も消え去った――――主を失った城は崩れ去る。先ほど、生き残った六千四百人余りのプレイヤーすべてがログアウトされた。君達6人だけとは、少し話がしたくてね。時間を取らせてもらった」
茅場晶彦は、穏やかな微笑を浮かべて言った。
「見給え、この空を。どこまでも広がる異世界の空を。私は、ほんの幼いころから、この異世界を……浮遊城に辿り着くことだけを夢見ていた。キリト君、コクライ君、ドレイク君――――」
キリト、コクライ、ドレイクに向き直った茅場は、続ける。
「君たちのおかげだ。私は、何か大事なことを忘れていた気がする。《雌雄剣》は、たった一人ではゲームをクリアできないことの象徴……私自身が、そう言ったばかりだったのにな……。私は、たった一人で生きていくことに慣れすぎていたのかもしれない」
「……けれど、あなたを一人にしないように、何人もの人が頑張りましたよ。あなたの恋人だった方も、現実世界であなたを支えていてくれたんでしょう?」
ドレイクの問いに、どうしてしっているのだ、と言わんばかりの苦笑を浮かべる茅場。
「そうだったな。君は……浅木先輩は、そんな人間だったな。ドレイク君、現実世界に戻ったら、浅木先輩に『ありがとう』と伝えてくれないか。彼女が君という『介入者』を連れてこなければ、私はこの先もずっと一人で生きていくことに固執していたかもしれない。それと……」
今度は、キリト、コクライに。
「私の現実世界の体を世話してくれていた人は、神代凜子という。キリト君、コクライ君。もし、彼女にあったら、私が『すまなかった』、と。そして『ありがとう、愛している』と言っていたと伝えてくれ。彼女が私を愛してくれたように、私も彼女を愛していた、そう気づいたのだよ――――」
「……自分で言えばいいのに、面倒くせぇ奴だな」
「どうも、この口からその言葉が出せなくてね」
「甲斐性無しだな。俺もだけど」
コクライ、キリトともに苦笑。アスナとヒバナも笑う。もちろん、シェリーナとドレイクも。
浮遊城の崩壊は、まだ見ぬ階層まで達していた。もうすぐ、完全に世界が消え去るだろう。
「さて、私はそろそろ行くよ。本物の異世界で、一足先に君たちを待っている――――さらばだ」
そうして、茅場の姿が金色の光と共に消えていく。
後には、キリト、アスナ、コクライ、ヒバナ、ドレイク、そしてシェリーナの六人だけが残った。
「……お別れだな」
「そんなことないよ。今度は、皆で現実世界で会おう」
キリトが言うと、アスナが言い返す。
「じゃぁ、ここでみんなの名前、教え会おうぜ」
「リアルネームわかんないと困るでしょう?」
コクライとヒバナの声に、全員で頷く。驚くべきことに、ドレイクも。
「じゃぁ、俺から。俺は……桐ケ谷和人。たぶん先月で十六歳」
「え!キリト君年下だったの?私は、結城明日奈。十七歳です」
「次は俺だな。俺は金井光紀。十八だ」
「あたしは雪月火花、十八歳だよ。リアルでもこーくんと付き合ってまーす!」
次は、シェリーナの番だった。この二年間、使うことの無かった現実世界の、自分の本当の名前を彼らに教える。
「私の名前は、高坂詩絵里といいます。十五歳、一番年下でしたね」
そして、最後――――ドレイクの番が来た。彼が、世界で彼と、彼の《母》の二人しか知らない、現実世界の名前を言う。
「本当の名前は、私も忘れてしまいました。けれど、今の私の、現実世界での名前は……浅木賢者といいます。以後、お見知りおきを」
ぺこり、と頭を下げたドレイク―――賢者に、全員おずおずと頭を下げる。その動きが、ぴったりと揃っていて。皆で大笑いしてしまった。
「シェリーナ……詩絵里さん」
「詩絵里でいいですよ……はい、何でしょう」
「ありがとうございました。私……俺は、あなたの言葉で救われて、《人》として生きていけるようになりました。このお礼は、いつか必ず、精神的に……っていうんでしょうか」
賢者が、覚えたてのネットスラングを使う。詩絵里も笑って、はい、と答える。
「次は、現実世界で会いましょうね」
「はい。必ず」
頷きあった直後。アインクラッド最後の階層、第百層が消滅した。そして、世界が光に包まれる。二年を過ごした、《ソードアート・オンライン》の仮想世界が、ゆっくりと、消滅していく―――――
最後にもう一度、賢者がまた会いましょう、と言っているのが聞こえた。詩絵里ももう一度、はい、と答える。
かくして、二年に及ぶデスゲーム、《ソードアート・オンライン》の攻略は終幕を迎える。だが、物語は終わらない。次なる物語への扉が、開き始めていた……。
後書き
どうもこんにちわ、神話巡りです。『剣の世界の魔法使い』SAO編完結いたしました。次回からはALO編orサイドストーリーなんですが、どっちにせよ更新は遅れに遅れます。ご了承ください。
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