八条学園怪異譚
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第五十話 秋に咲く桜その十七
「心よ」
「心ですか」
「それですか」
「そうよ、それよ」
茉莉也は二人に強い声で語る。
「わかったわね」
「ううん、けれど先輩は」
「あまり」
その性格もだとだ、二人は言うのだった。
「セクハラしてきますから」
「そういうところもあって」
「何よ、じゃあ私は大和撫子じゃないっていうの?」
「そうとしか思えないですけれど」
「どうにも」
二人は今ここで言った、そうだと。
「どっちかっていうと親父ですよ」
「おじさんみたいです」
「やれやれね、お茶もお花もするのに」
言いながらお茶を淹れる茉莉也だった、今もそうしてだった。
自分でも飲む、その作法は見事なものだ。その振る舞いだけを見ていると大和撫子に見えないこともない。
だが、だ。それでもだった。
「先輩ってたおやかさとか」
「そういうのが」
「ないのね」
「ですからセクハラが」
「いつも私達の胸やお尻見てますし」
そして触って来る、そうしたところがだというのだ。
「ちょっと、本当に」
「大和撫子には」
「心ね、難しいわね」
茉莉也も遂に諦めた顔になった、そうしてだった。
飲み終えた碗を置いてだ、こう二人に言った。
「少なくとも私は大和撫子じゃないわね」
「そう思います、失礼ですが」
「私達から見たら」
「そうみたいね、じゃあね」
再び茶を淹れながら言う今度の言葉はというと。
「もうこうした話はしないで自分で考えていくから」
「そうされるといいです」
「本当にそうされて下さいね」
「わかったわ、それじゃあね」
茉莉也は二人にまた茶を出した、そして言うのだった。
「今はどんどん飲んでね」
「わかりました、それじゃあ」
「頂きます」
「さて、それではな」
「今から本格的にはじめるか」
九尾の狐と団十郎狸がここで言った。
「踊るぞ、我等は」
「腹鼓も用意だ」
彼等が言うと他の狐と狸達が一斉に立ち上がる、そのうえで。
狸達が腹鼓を打ち狐達がそれに合わせて踊りだす、人魂達も宙で踊る。
その音楽と舞を見つつだ、茉莉也は二人に言った。
「じゃあ今日もね」
「はい、今からですね」
「音楽に踊りを」
「楽しみましょう、そうして」
桜も見る、そのうえで二人にさらに言う。
「お花見もね」
「はい、今から」
「本格的にですね」
「秋の夜桜なんてね」
普通は有り得ない、それはというのだ。
「最高の演出の一つでしょ」
「最高っていうか何ていいますか」
「ないものですよね」
「そうよ、桜は春よ」
春に咲くものだ、だから日本人は春を愛するのだ。日本の国花が咲き誇る季節だからこそ。
「それでもここだけはね」
「秋にも咲くから」
「いいんですね」
「幻想的でしょ」
茉莉也はここでこの言葉を出した。
「こうしたのもいいでしょ」
「ですね、今まで見てきたものの中で」
「一番綺麗ですね」
「この世に有り得ないものを見ることが出来るのはね」
それはだ、どうかというのだ。
「最高の幸せの一つだと思うけれどね」
「幻想、ですね」
「本当に今見ているのは」
「そう、幻想よ」
まさにそれだとだ、二人に言ってだった。
茉莉也は実に美味しそうに饅頭を食べる、そのうえで満面の笑顔で二人にその饅頭を勧めるのだった。
「お菓子も食べてね」
「そのお饅頭美味しそうですね」
「それ何処のお店のですか?」
「山月堂よ」
八条町の老舗の和菓子屋であるそこのものだというのだ。
「あのお店のよ」
「ああ、あそこですか」
「あのお店の」
「まああそこ以外にもね」
見れば饅頭の数は多い、その種類も。その全てが山月堂のものではないというのだ。
「伊豆屋とか秋田堂のもあるわよ」
「そうですか、そうしたお店のもですか」
「買って来たんですか」
「狐さんと狸さん達がね」
買って来たのは彼等だというのだ。
「お饅頭に五月蝿いからね」
「そうですね、狐さんとか狸さんってお菓子が好きですね」
「特にお饅頭が」
「化かす時にも使うでしょ」
「はい、有名なのですね」
「あれですね」
二人は食べながら苦笑いになった、狐狸はよく馬糞や泥玉を饅頭として出して食べさせるからだ。
「これは違いますよね」
「流石に」
「違うわ、普通のお饅頭だから」
だから安心していいというのだ。
「だから安心して食べてね」
「はい、わかりました」
「じゃあ有り難く」
二人も茉莉也の言葉に頷いて食べていく、その上で音楽と舞、それに幻想的な夜桜を観て楽しむのだった。秋の夜長を。
第五十話 完
2013・9・13
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