Element Magic Trinity
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イオリ・スーゼウィンド
「バカナツのバカぁーーーーーーっ!」
ヴィーテルシアがギルドに入ってから数日、ルーシィがギルドに顔を出すなり、騒がしいギルドに悲鳴に近いほどに高い声が響く。
それと同時に何かを叩くような乾いた音がし、凄まじい速さで声の主は走り去って行った。
「・・・ティア?」
自分の横を走り去って行ったティアの背中を見つめ―――といっても、ルーシィが振り返った時には背中すら見えなかったのだが―――前に目をやる。
人の多いギルドの1つのテーブルの周りには誰も居らず、テーブルには引っ叩かれたのだろう右頬を腫らしたナツがいた。
「もう、何があったのよ?」
「・・・別に」
呆れたように溜息をつきながらルーシィが横に座って問うが、ナツは不機嫌そうに顔を逸らす。
「あのティアがあそこまで怒るなんて、よっぽどの事が無い限りないじゃないの」
「俺は悪くねーし」
「・・・もう!」
それ以上何も語る気はないのか、ナツがテーブルに突っぷつし、組んだ腕に顔を埋める。
頑固ね、と呟き、その近くにいたルーとハッピーに声を掛けた。
「ルー、ハッピー。何があったの?」
「ん?何かあったの?」
「見てなかったんかい!」
ルーシィの問いにルーは首を傾げながら、たこ焼きを頬張る。
代わりにハッピーが答えた。
「あい。あれは明らかにナツが悪いよ」
「やっぱりね・・・そんなトコだろうと思ったわ。で、何があったのよ?」
「僕も聞きたいなー」
2人に見つめられ、ハッピーは頷き、話し始めた。
「最初はね、ナツがティアを仕事に誘った事だったんだ」
数時間ほど前。
「ティアー!」
「勝負ならしないわよ」
屈託のない明るい笑みを浮かべたナツが、相変わらず冷たく無表情なティアに駆けていく。
見事なまでに真逆な表情の2人が並ぶのは驚く事じゃない。
もう見慣れた図だったりもする。
「仕事行こうぜ!」
「はぁ?アンタまでルーシィみたいに家賃払えなくなったわけ?」
「俺持ち家だし」
ここで話を聞いていたルーシィが「あたしみたいにって何よ!みたいにって!」とツッコんだのは言うまでもない。
「で?仕事って何よ」
「これだ!」
バン、という効果音が似合いそうな勢いで依頼書をテーブルに叩きつけるナツ。
「えっと・・・『火山の魔物退治』?」
「燃えてくるだろ?つー訳で行くぞ!」
「嫌」
表情1つ変えず、ティアが言い放つ。
ナツの脚がピタッと止まった。
「何でだよ?」
「火山って暑いじゃない。私、暑いの嫌いだし」
「んなの水でどうにか出来んだろ」
「出来たら苦労しないわよ」
ナツは炎を操る。
その為体温が並より高く、冷たいものは厳禁で、熱いものが大好きだ。
逆にティアは水を操る。
お湯と水は違い、怒りすぎない限りはティアが扱うのは基本冷水だ。
その為体温は並より低く、熱いものは苦手、冷たいものを好んでいる。
「いいから行こうって」
「嫌だって言ってるでしょ?何でわざわざ嫌いな場所に自分から行かないといけないのよ」
「んだよ。ヒマそーにしてっから誘ってやったってのに」
「誘ってなんて頼んでないし」
ピク、とナツの眉が上がる。
「何だよその言い方!俺だってオメェと好んで仕事なんか行きたくねーっつーの!」
「だったら私を誘わなきゃいいでしょ。適当に暑いのに強そうな奴連れていけばいいじゃない」
「ぐっ・・・そ、それは・・・」
「アルカは今日ミラと出かけるって言ってたし・・・いつも通りルーシィとハッピーと行けばいいでしょ」
冷たく言い放つティアに、ナツの怒りが燃え上がる。
「前々から思ってたけど、お前ホント可愛くねーな!そんなんだから誰も寄り付かねーんじゃねーの!?」
「別に。可愛くなくて結構よ。可愛いだけで生きていけるなら、話は別だけどね」
更に怒りが燃え上がり、ビシッと指を突き付ける。
「あーそうかよ!ったくよォ、イオリもめんどくせーの押しつけやがって」
その瞬間。
ティアが小さく反応を示した。
「アイツが『あんな事』さえ言わなきゃ、俺だってオメェと関わったりしねーっての!俺はイオリの頼みを聞いてやってるだけで・・・」
「・・・カ」
「あ?」
今までナツの言葉を全て綺麗に避けていっていたティアが。
「イオリ」の名が出た瞬間―――叫ぶ。
「バカナツの・・・バカぁーーーーーーっ!」
そして、今に至る。
「なるほどね・・・結局はナツが悪いんじゃない」
「あい、その通りです」
話を聞き終わったルーシィがナツに目を向ける。
相変わらずナツは不機嫌そうにしており、ファイアパスタをフォークにクルクルと巻いていた。
・・・巻いている量が、明らかに普通より多いが。
「でもまぁ・・・ナツも解ってるはずなのにね。イオリの名前を出したらどうなるか」
「ねぇ、ルー。その『イオリ』って誰なの?」
「あ、ルーシィは知らなかったね」
薄く笑みを浮かべると、一旦ギルドの資料置場に姿を消し、1冊のアルバムを持って戻ってきた。
「えっとね・・・あ、これがいいかな」
しばらくページを捲っていたルーは、とあるページの1枚の写真を指さす。
アルバムに張られたその写真には、春を思わせる暖かい髪色をした、優しそうな女性が映っていた。
「この人がイオリ。フルネームはイオリ・スーゼウィンド。妖精の尻尾の魔導士だった人でね。水を操る魔導士だったんだ」
「あい。いい人だったよ。よくオイラに魚くれたし」
昔を懐かしむように、ルーとハッピーが呟く。
そんな中、ルーシィは違和感に気づいた。
「ねぇ、あたしイオリって人に会った事ないんだけど・・・長期の仕事に出てるの?」
そこまで言って、気づいた。
『妖精の尻尾の魔導士『だった』人でね』
『水を操る魔導士『だった』んだ』
『いい人『だった』よ』
ルーの言葉もハッピーの言葉も、全てが『過去形』。
「・・・イオリはね」
少し悲しみを含んだ声で、ルーが呟く。
「2年前に大きな仕事を終えてすぐ・・・死んだんだ」
言葉を失った。
「大きな仕事、って言っても、ナツとかグレイレベルなら普通にこなせるくらいの仕事だった。でも・・・イオリが帰ってきた時、戦争から帰ってきたみたいに、傷だらけで・・・当時の僕じゃ、あんなに大きな傷は治せなかった」
しんみりと、過去を懐かしむようにルーが言う。
「イオリはね。ティアの師匠みたいな人だったんだ」
「師匠?」
「うん。最初はこのギルドで水を扱う人は少ないからってイオリが勝手にティアを弟子みたく思ってたんだけどね。しばらくしてからは、ティアもイオリになら、少しだけど感情を見せてたんだよ」
「そうなんだ・・・」
写真に写るイオリを見つめ、ルーシィは沈黙する。
暖かい髪色。優しく、それでいて強さを感じる光を映した目。髪の毛を高めの位置でポニーテールにし、動きやすそうな服に身を包んでいた。
ルーシィより年上なのだろうが、どこか幼さを感じさせる。それでいて、大人びた雰囲気を持つ。
写真越しに見ても、不思議な雰囲気の女性だ。
「仕事は勿論出来るし、優しさと厳しさを両方いいバランスでもっている人だったんだ。時々子供っぽくって、でも大人びてもいて・・・怒り方がね、頬を膨らませて腕と脚を組むっていう、いかにも子供っぽい仕草なんだ。頭もよくて、なんて言うんだっけそういうの・・・才色兼備?」
「あい。1度会った人の事は細かい事まで覚えてる、凄い記憶力の持ち主だったよね。それで大食いで、確かラーメンが好きだったんだよ」
「うん。凄い美人だったよね。よくいろんな男の人が言いよって来てたし。全部ティアが殺気放出で追い払ってたけど」
そんな会話をしながら、ルーはアルバムを閉じる。
「それじゃ、僕アルバム戻してくるね」
そう言って、立ち上がる。
アルバムを握りしめ、すれ違うと同時にルーシィに囁く。
「・・・まぁ、僕からしたら、ルーシィの方が美人だと思うけどね?」
さらりと発せられた言葉に、純情なルーシィは真っ赤になる。
慌ててルーの方を向くが、当の本人は頬すらも染めず、いつも通りにニコニコ微笑むだけ。
そのままギルドの資料置場へと向かっていった。
「ルーシィ、何1人で赤くなってるの?不気味だよ」
「う、うるさいネコ!」
いつも通りハッピーにツッコみを入れ、ナツに目を向ける。
やっぱり不機嫌なようで、いつもなら早く食べ終わるファイアパスタがまだ皿に多く残っていた。
「ナツ、ティアに謝りに行きなさいよ」
「何で」
「話を聞く限りじゃ、明らかにナツが悪いじゃない」
「俺は、別に・・・」
ふてくされたまま呟くナツに溜息をつき、ルーシィは更に言う。
「アンタこのままじゃ、本格的にティアに嫌われるわよ」
「っ!」
その瞬間、ナツがピクッと反応した。
体を起こし、その手からフォークをカランと落とす。
「・・・何でそんなに反応するのよ?」
予想外の反応にルーシィも驚愕する。
「別にアイツに嫌われたっていい」とかの答えが返ってくると思っていたのだ。
が、返ってきたのは全く違う反応。
「わーってるよ・・・」
飼い主に捨てられた犬のようにしゅんと落ち込み、いつも元気で熱いナツからは想像できない程にその燃えたぎる炎は消えている。
ティアに嫌われる―――その言葉がどうしてナツにここまでのショックを与えるのか。
それは誰にも解らない。
「ん・・・やけに静かだな」
すると、来てからずっと寝ていたヴィーテルシアが目を覚ます。
きょろきょろと辺りを見回し、首を傾げた。
「ティアはどこに行った?匂いがしないぞ」
「ちょっとね」
「・・・探してくる」
相棒を探す狼は、ギルドの外へと出かけていく。
歩く度に、首に付けたギルドの紋章型チャームが揺れる。
ティアのお手製らしい。本人もかなり気に入っているようだ。
「てかナツ。アンタ、もしかして・・・」
「!」
ヴィーテルシアの後ろ姿を見送り、ルーシィが口を開く。
気づけば、グレイやエルザ達ギルドメンバーもルーシィと同じ事を聞こうとしていた。
代表して、ルーシィが聞く。
「ティアの事、好きなの?」
「!?」
ナツがぎょっと目を見開く。
そして、わたわたと慌てだした。
「な、なな何でそうなるんだよ!?ん、んな訳ねーだろ!?」
「怪しー」
ルーがたこ焼きのソースと青のり、マヨネーズの付いたくしの先をナツに向ける。
ナツは赤くなった頬を隠すようにマフラーを引き上げ、先ほどのように腕に顔を埋めた。
と、そこにヴィーテルシアが帰ってくる。
「なぁ」
「どうした?ヴィーテルシア」
「ティアがいたんだが、様子がおかしいんだ」
「様子がおかしい?」
「む」と頷き、困ったように首を傾げる。
「表情もいつも通りだし、匂いもいつもと変わらんのだが・・・」
「匂いで判断するのやめない?」
思わずルーシィがツッコむが、ヴィーテルシアはスルーする。
「濡れていた」
「へ?」
「は?」
「え?」
よく解らない言葉を一言発せられ、その場にいた全員が首を傾げる。
濡れていた、だけでは何が濡れているのか解らない。
水を操り、体を水へ変えられるティアが川か何かに落ちて濡れるとは思えないが、それ以外で何が濡れる?
「頬が」
「頬?」
こくんとヴィーテルシアは頷く。
頬が濡れる―――つまり―――――――。
「泣いて・・・た?」
頬を濡らせるのは、己の流した涙だけ。
川に落ちたとすれば、全身が濡れていなければおかしい。
顔を水につけたとしても、額や前髪が濡れるはず。
が、この視力の良い狼は、ご丁寧に「頬が濡れていた」図を見ていた。
「泣き喚く訳でも、泣き叫ぶ訳でも、泣き声を上げる訳でもなかった。ただ静かに、声を出さずに泣いていた」
ティアらしい、と何人もの人間が思った。
彼女は怒り以外の感情を滅多に見せない。
苛立ち、怒り・・・その手の感情なら簡単に見せるが、笑顔や泣いた顔を人に見せる事はない。
「隠している」のではなく、「出さないのが当たり前」なのだ。
「・・・何があった。ティアを泣かせたのは誰だ?場合によっては、あのシスコンに告げる」
背筋が震えた。
シスコン・・・の自覚はなく、指摘されると怒るクロスは、チームメイトと仕事に出ている。
あの、この世の女は姉しか見えていないような、超がいくつ付いても足りない程にシスコンなクロスに知られれば、爽やかすぎる笑顔で上空に無数の剣を展開されるだろう。
そして自覚がないのが恐ろしい。
「本来なら、俺が泣かせた奴を殴ってもいいんだが・・・生憎、俺は自分の手は汚さない主義なんだ」
ぐるるる、と狼らしく唸り声を上げるヴィーテルシア。
その時、ナツがゆっくりと立ち上がった。
「ナツ?どこ行くの?」
「・・・ちょっと、頭冷やしてくる」
「あ?オメーの頭は冷やせねぇんじゃねぇの?常に燃え盛ってんだからな!」
グレイが通常通りの嫌味を言うが、ナツは全く答えない。
「・・・?何だアイツ。調子狂う・・・」
「珍しいね。ナツがグレイの嫌味に突っかからないなんて・・・」
「ナツもさすがに反省してるんだろう」
「あのナツが!?反省!?」
様々な言葉が飛び交う中、ナツはギルドを後にした。
「・・・はぁ」
マグノリアが一望できる丘に、ナツはいた。
近くの座れそうな岩に腰掛け、溜息をつく。
「・・・んで、バレちまったんだ・・・?」
くしゃっと桜色の髪を掴み、引き揚げたままのマフラーを下げる。
「はぁ」
実のところ、ティアへの感情は前々からあった。
いつからだったか、など自分にも解らない。
初めて会って話した時は「何だコイツ」と思ったが、行動を共にするうちにその感情は変わり始めた。
「・・・あー、クソッ!」
常に無表情で冷静で冷淡で、時に冷酷な、本名も含め4つの名を持つ女問題児。
意地っ張りで、素直じゃなくて、時々素直になる曲者美少女。
文句を言いながらも乗り物に酔った自分の世話を焼き、他人に興味がないと言いながら時に誰かの為に動き、時に信念が他人と絡まって動く。
時々小さく変わる表情。口元を緩ませるだけの小さい笑み。
「うがーっ!」
くしゃ、が、ぐしゃに変わり、髪をかき乱す。
そして、はっきりと思いだした。
「そうだ、あん時!」
自分がティアを『単なる仲間』と見れなくなったのはいつだったか。
それを、しっかりとはっきりと思いだす。
――――――それは、2年前の、否、6年前の。
―――――2年前でもあり、6年前でもあった時の事だった。
後書き
こんにちは、緋色の空です。
長くなるんで後編に続く。そしてナツティアファンには良かった回かも?
次回、2年前でもあり6年前でもあった『あの日』がナツの中で蘇える!
感想・批評、お待ちしてます。
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