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十字架

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第二章

 ベッドから出てだ、僕は無茶苦茶になった部屋の中で彼女に言った。
「すぐに出よう」
「避難するのね」
「うん、ここにいたら危ないから」
 それでだというのだ。
「ここから出よう」
「そうね、ただ」
「ただ?」
「ガスのスイッチは消して」
 彼女はしっかりしていた、それでだった。
 まずそれを消してテレビの電源も切った、それからだった。
 僕達はすぐにアパートから出て公園に向かった。僕達のアパートは新築で耐震が整っていた無事だったけれど町の中はかなり大変だった。
 崩れている家も多い、それに。
 その家の中から呻き声が聞こえてくる、それでだった。
 僕達は顔を見合わせてすぐにその人達を助けに向かった。木の棒を見つけてテコの要領で崩れた家の入口をこじ開けてその中の人達を助けた。
 だがここで、その僕達に駆けつけてきた消防署の人達が言って来た。
「君達は早く逃げなさい」
「気持ちは有り難いけれどここは私達に任せるんだ」
「早く安全な場所に避難するんだ」
「少しでも多くの人が安全な場所に行くんだ」
「えっ、けれど」
「今は」
 僕達は何とか人を助けようとしていた、けれど。
 消防署だけでなく警察の人達も来てだ、僕達だけでなく他の人達にも言ってきた。
「早く逃げなさい!」
「まだ事態がよくわかっていないんだ!」
「まずは安全な場所に行くんだ!」
「早く!」
 消防署の人達だけでなく警察の人達に言われたら僕達も逆らえなかった、それでだった。
 僕達は警察の人達の誘導に従って避難場所になっている公園に向かった、だがここで。
 僕は胸に手をやったところで気付いた、そこにはある筈のものがなかった。
 十字架がなかった、それで僕は咄嗟に後ろを振り向いた、その時に。
 彼女からだ、驚いた声が来た。
「ちょっと、何処行くの?」
「部屋に、ちょっと戻るよ」
「駄目よ、若し余震が来たら」
 その時にどうなるかというのだ。
「折角無事なのね」
「けれど十字架が」
 彼女に自分の胸を見せて言った。
「何処かに落としたから」
「駄目、一緒に避難しよう」
「一緒に?」
「そう、一緒に」
 そうしようというのだ。
「さもないと死ぬかも知れないわよ」
「大丈夫だよ、それよりも」
 僕は絶対に見つけないといけないと考えていた、それでだった。
 まずはアパートに戻って探そうと思った、そこになければ道なり何処なりこれまで通った道を探すつもちだった。
 だがそれでもだ、彼女はまた言った。
「駄目、こんな無茶苦茶な状況だったら」
「見つからないって?」
「そう、こんなに酷いことになってるのよ」
 道のあちこちに壊れた壁なり石なりが落ちている、本当に酷い地震だったことがそれだけでよくわかる。だからだった。
「今はね」
「公園にまで避難して」
「命があればね」
 それでだというのだ。
「後でどうにもなるから」
「見つかるっていうんだ」
 あの小さな十字架が、僕は問い返した。 
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