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八条学園怪異譚

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第四十九話 柳の歌その十一

「それは困るわ」
「あっ、こんばんは」
「はじめまして」
「こんばんは。とりあえずね」
 女の幽霊は二人に挨拶を返しながら言う。
「先に挨拶されると困るから」
「そうなんですか?」
「幽霊さんとしては」
「幽霊は驚かせてこそよ」
 この辺りは妖怪も同じである、こうした存在はまずは相手を驚かせてから何もかもがはじまると言っていいのだ。
 それでだ、この幽霊も言うのだ。
「それであっさり先に挨拶されるとね」
「そうですか」
「そういえばどの人も先に出てきますね」
「それが楽しみだからね」
 相手を脅かせてこそ、幽霊はこのことを強調する。
 そしてだ、幽霊は二人にあらためてこう言った。
「それでだけれど」
「はい、実は泉を探しています」
「それで来ています」
「ああ、あそこね」
 幽霊は農業科の裏門の方を振り返って応えた。
「あそこに行くのね」
「あっ、もうご存知なんですね」
「そうなんですか」
「知ってるも何もここが私のこの学園での場所だからね」
 それでだというのだ。
「知らない筈がないでしょ」
「確かに、そう言われるとそうですね」
「ご存知ない筈がないですね」
「そうよ、それで私の名前はね」
「何て言うんですか?」
「日本人だと思いますけれど」
「琴吹美奈子っていうのよ」
 幽霊はにこりと笑って名乗った。
「宜しくね」
「琴吹美奈子さんですか」
「何かそのお名前って」
 幽霊が名乗るとだ、二人はその名前に首を傾げさせてこう言った。
「声優さんみたいな」
「そうよね」
「声優さんのことは知らないけれど私も八条学園の生徒だったのよ」
 幽霊、美奈子はにこりと笑って答えた。
「高校はこの農業科でね」
「あっ、じゃあ母校にですか」
「戻られてるんですね」
「そうなるわ、大学もここの農学部で実家が苺農家でね」
 美奈子はにこにことしながら自分の生い立ちを話していく。
「それで婿取って八十で大往生を遂げたのが十年前よ」
「それでなんですか」
「今はここにおられるんですね」
「旦那は九十三でまだぴんぴんしてるけれどね」
「九十三ですか、長生きですね」
「それでまた農家を」
「そうなのよ、たまに実家の方に覗きに行くけれど」
 学園からそこまで行くというのだ、尚幽霊は知っている場所ならば一瞬で行くことも可能だ。大阪のとある寺に足跡を残している幽霊も江戸から一瞬で来たという。
「まだ畑仕事してるわ」
「凄いですね、九十歳を超えられてもですか」
「まだ畑仕事をされてるんですか」
「若い頃からそれこそスタルヒン投手みたいに頑丈でね」
 ロシアにルーツのある戦前の豪腕投手だ、はじめての三百勝投手として球史にその名を残している。
「それで今もなのよ」
「スタルヒンさんですか」
「知ってるかしら、私は 西鉄から西武を応援してたからどっちかっていうと稲尾さんが好きだったけれどど」 
 鉄腕と言われた、抜群のコントロールと高速スライダーとシュートを駆使したピッチングでも有名な大投手である。 
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