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フェアリーテイルの終わり方

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四幕 〈妖精〉
  5幕

 
前書き
 もう一人の〈パパ〉 

 
「フェイが〈温室〉に入ったのは6つの時」
「――親は?」
「ママはフェイが赤ちゃんの時に死んじゃった。パパは……フェイなんか、イラナイって」

 エルが言っていた。フェイのためにエルは湖に落ちたことがあり、そのことを父親は激怒した、と。
 だがそれは下敷きにフェイへの何らかのマイナス感情がなければ成立しない。

「おうちに来た時からそう。パパ、『何で来たんだ』ってずっと言ってた。声じゃなかったけど、ずっと聴こえてた。パパに話しかける時、お姉ちゃんと遊んでる時。『何で居るんだ』って、ずっと。――だから、思ったの」

 フェイはブランコを立って、腰の後ろで手を組み、髪をなびかせて夜空を見上げた。

「パパにイラナイ子なら、もう、いなくなっちゃおうって」

 赤い両目は天を仰ぎながら月を映してはいなかった。

「湖の中に入ってった時、何度も立ち止まった。パパが気づかないかな、気づいて止めに来てくれないかなって。でも、頭のてっぺんまで浸かっても、パパは来なかった。フェイはそのまま沈んでった。深い深い湖の底に」

 ――冷たさ。呼吸の苦しさ。肌を刺す水の痛み。死への恐怖。幼い娘が味わったであろうそれらの苦痛に思い致せば、かける言葉が見つからなかった。

「そしたらね、パパのオトモダチに会ったの」
「友達?」
「ジュードに似てた。優しくってあったかくって。わたしに『どうしてこんな所にいるの』って聞いたの。ほかにもいたけど、しゃべれる形をしてたの、その人だけだった。わたし、全部話したの。そしたらね、その人、フェイをぎゅーして、『ごめん』って。何であやまられるのか、よく分かんなかったけど」

 フェイは両腕を虚空に差し出した。その「パパのトモダチ」に会った時にそうして手を伸ばし、自らも湖底の亡者の仲間入りすることを望んだのだろうか。――想像だけでも胸が苦しい。

 ルドガーはフェイの後ろに回ると、身を寄せて、フェイが伸ばしていた両手を掴んで下ろさせた。

 フェイはルドガーの胸板にもたれたまま語り続ける。

「その人ね、パパがワルイコトしようとしたから止めたんだって。でも止められなくて、湖に沈んじゃったんだって。ほかのみんなもパパのオトモダチだったけど、やっぱりみんな湖の底に来ちゃったって」

 ルドガーは息を呑んだ。つまり、フェイの――フェイとエルの父は何かしらの悪事に手を染めて、諌めた友人を皆殺しにして湖に沈めたということになる。

(まさかエルにカナンの地に行けって言ったのも、その「悪事」に関係してるのか? エルは知ってるのか?)

 真っ先にエルを案じたルドガーに気づかないのか、フェイはさらに語った。

「フェイの霊力野(ゲート)を開いたの、その人なの」
霊力野(ゲート)を、開いた?」
「うん。この力が少しでもフェイの助けになりますように、って」

 こんなふうに、とフェイはルドガーの腕を抜けると、ふわりと宙に浮いた。そのまま風船みたく飛ばされて行きそうで、ルドガーは慌ててフェイの両腕を掴んで引き留めた。

「どこにいても〈あの人〉がくれたコレがあればコワイことなかった。フェイ、魔法使いになったみたいだった。黒匣(ジン)がなくても算譜法(ジンテクス)が使えたんだもん」

 とん。軽やかな音を立ててフェイは地面に戻って来た。

「コワイ人もキモチワルイ人も、おっきなモンスターも、だあれもフェイには勝てないの。でも、そしたら、今度はダレもフェイに近寄ってくれなくなった。ごはんもくれなくなった。おふとんで寝かせてくれなくなった。しばらくひとりで隠れてたんだけど。そしたら政府の人が来て、フェイをヘリオボーグの基地に連れてって。イロイロ検査とかして、フェイは外に出ないことになって。〈温室〉で暮らして。いつのまにか〈妖精〉になってたの。それからは、特になんにもなくて、毎日ボーっと過ごしてたんだけど」

 その日を思い出してか、フェイは目を伏せる。

「リーゼ・マクシアと戦争するって。声が聴こえた。たくさんのオトナがフェイを使いたいって」
「ヘリオボーグの人間がそう言ったのか?」
「ううん。電波に乗ってたら分かるよ。電気はヴォルトのオン…ケイ? だから。どんなことでも、どこであっても」
「それも〈妖精〉の力か――」
「おばちゃんはフェイを『兵器になんかさせない』って言ってたけど、本当はどっちでもよかった。わたしにとっては、エレンピオスもリーゼ・マクシアも同じ〈お外〉のヒトたちだから。どっちになるか決まるまで待ってたら、急にフェイは〈お外〉に出ていいことになったの」

 断界殻(シェル)の解放に伴ってフェイは釈放された。親元に帰されることなく、エルとも再会できず、ただのフェイ・メア・オベローンとして生きていけと一方的に決められて。

 その不条理を、フェイ自身は知っているのだろうか。それとも、ただ受け容れ、不条理と思うことすらやめてしまったのだろうか。

 考えていると、とん、と。今度はフェイのほうからルドガーの胸板に頭を預けてきた。

「最初にルドガーに会った時、パパが迎えに来てくれたのかと思った。そんなわけないのに。そんなわけ、絶対ないのに――」
「俺はそんなにフェイのパパに似てる?」
「似てる、じゃない。同じ」
「前にも言ったな、それ。どういう意味なんだ?」
「……上手く言え、ない。同じだって、思うの」

 フェイの表情は怯えに近かった。言葉にするなら「ちゃんと言えなかったから怒る?」という感じだ。
 そんな感性しか持たないこの子が、ルドガーにはひどく不憫に感じられた。

「同じならしょうがないな」

 ルドガーはフェイに手を伸べた。フェイはきゅっと目を閉じて縮こまった。叩かれる、と思ったのかもしれない。そんなフェイをこれ以上怯えさせないよう、ルドガーは慎重にフェイの頭に手を置いて、頭を撫でた。フェイは驚きをあらわにルドガーを見上げた。

「パパだと思って甘えてくれていい。その代わり一つだけ頼みがあるんだ」
「たのみ?」
「『パパ』って呼ばないでほしいんだ。やっぱりフェイの本当の父さんは一人きりだし、俺も、代わりになれるなんて思えないから」
「むつかしそう……だけど。ルドガー、が、そうしてほしいなら、フェイ、呼ばない」

 ルドガーはフェイの頭を再び撫でた。フェイは目を細めて、それを受け入れた。


 ――本当の父娘でもない、親子らしくする歳の差でもない。
 ――それでも彼らが結んだのは、まぎれもない「父娘」の絆だった。
 
 

 
後書き
 不憫モード全開のルドガーさん。「パパ」役を認めてしまいました? くれました? どっちにせよこれでオリ主とルドガーは「父娘」みたいな関係に落ち着くことに相成りました。
 「似てる」ではなく「同じ」。これ、種を知っておられる方からすればドンピシャリですよね。

 パパに冷たくされるオリ主の境遇を考えるのは楽しかったです。いや別に作者Sじゃありませんよ? 娘に駄々甘な某パパさんにあるまじき「冷たい父親像」を考えるのが楽しいというだけで別にキャラいじめるのが好きとか我慢してるキャラの絶望顔想像するとゾクゾクするとかそんなん一切ありませんからね? 
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