デュエルペット☆ピース!
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デュエルペット☆ピース! 第3話「英雄超克」(前編)
前書き
Pixivにも同じ名義、タイトルで連載しています。試験投稿中。
とある金曜の朝。場所は白鳩高校、始業前のファースト・プラムの教室のドアがガラリと開けられる。その瞬間、ざわついていた教室が、一気に静まり返った。教室に入ってきた女生徒、小鳥遊アズサの存在によって、一気に空気が凍りついたのだ。
「あ……おはよう……ございます」
なけなしの勇気を振り絞ったアズの挨拶も、誰も応える者はおらず、張り詰めた空気に叩き返される。アズは目を伏せ、あらかじめ副校長に指示されていた席に着いた。ひそひそと耳打ちする声があちこちで立ち上り始める。現代子らしい耳の早い生徒たちは、既に昨日担任教師が変死したことと、その現場にこの少女が居合わせていたことを聞きつけているのだ。
―――なんで逮捕されてないの?
よりにもよって、最初に聞き取れた級友の言葉がそれであった。その言葉が残酷にも胸に突き刺さり、アズの身体がかすかに震えた。360度全方位から、疑念と視線に心臓ごと射抜かれるような感覚。
もっとも、彼女のすぐ後ろの席の茶色のショートヘアの女生徒は、机に突っ伏して熟睡していたので、実際にアズへ向けられた視線は270度に過ぎなかったが、それはこの時点では、大した意味を持たない事実である。
問題は、視線以上に、ファースト・プラムに横たわる空気が、その鋭利な先端をアズに突き付けていることだった。
* * *
アズが教室の空気に刺し貫かれている時点から少しさかのぼって、その前夜。アズと別れた白獅子グラナイトが、月明かりをバックに登場した新たなデュエルペット、赤き瞳のペルシャ、ガーネットと対峙していた。
『ガーネット……まさか「十二至宝」のあなたが派遣されて来るとは……』
『ノンノン。違うわよ。ワタシが来たのは自分の意思。女神様は関係ないわ』
『し、しかし、あなたは神殿警護の任に就いていたのでは?』
『だって、神殿勤めなんかつまんないのよ。もう何年も人間界に出てないんだから、いい加減退屈するわ』
美麗なペルシャは、くぁん、とあくびを噛み殺しながら、こともなげに言った。
『ということは……勝手に抜け出したのですか?』
『いいじゃない。別にルーキー君の仕事の邪魔はしないわよ』
『そ、そういう問題では! 女神の命に背くのはデュエルペットの存在に関わる問題で』
『ったく、カタブツねぇ。それより、問題はあんたの方でしょ、ルーキー君』
四肢を地に着け、猫らしさを演出していたガーネットは、突如二足で立ち上がり、獅子の鼻先へ指を突きつける。思わずナイトは一歩後ずさった。
『私……?』
『そう。あんた、さっきの子をパートナーにし損ねたでしょ。デュエルさせたし、デュエルワールドの情報をハンパに明かしておきながら、最後は悲しいお別れってね』
『それは……』
『あんたは、失敗したのよ。人間とのコミュニケーションにね。デュエルワールドとこの世界の交わりは必要最低限にとどめるべし……でも、デュエルを共にするデュエルペットとパートナーの間には、強い絆と信頼関係が必要。ワタシたちが人間界に出るってのはね、その矛盾に挑んで、自分なりの立ち位置を見つけ出すってことなのよ? その辺ちゃんとしてないから……おかげであの子、これから大変よ』
『む……それには……返す言葉がありません……』
白獅子が肩を落とす。それを横目に、ガーネットは小さくため息を吐き、前足を地に着いて四足歩行に戻った。
『ま、別にあんたをヘコませたくて来たんじゃないし。パートナー持たない主義のワタシが言うことじゃないしね。言ったでしょ。ワタシは遊びに……いや激励に来たの。さ、激励も終わったし、ひっさびさの人間界だし、なにしようかなぁっと』
ガーネットが軽やかに跳躍し、再び電信柱の頂点に立つ。ナイトが見上げた時には既にその姿はなく、ただ、なぁぉぉん、と残した鳴き声が夜の町に響き渡るだけだった。
* * *
6限終了のチャイムが鳴った。普段ならば教師が出て行った途端にざわめきが起こり、帰宅したり、部活動の用意に移ったりとせわしなく動き回り始める生徒たちのうねりは、今日に限って生じなかった。朝と同じ、張り詰めた空気とかすかな密談の声が生まれているだけである。
アズにとって、今の教室空間はまさに拷問部屋だった。じりじりと追い詰められ、心臓を握られていくような、冷たい恐怖。
一日分の冷気と疑念をため込んでしまった教室の空気に押さえつけられて、誰も席を立とうとしない―――と、次の瞬間、教室の前方で立ち上がる者が一人現れた。眼鏡をかけた細身の男子生徒、ファーストプラムの学級委員長である。アズを含め、教室の全員が委員長に注目し、そこかしこでくすぶっていた密談の声が全て止んだ。しん、と静まり返る教室内に、アズのところまで歩み寄ってくる少年の足音だけが、異様に響く。アズの机の前まで到達すると、委員長はためらわず口火を切った。
「お前―――小鳥遊さんもわかっていると思うが、今日一日、クラスの雰囲気は異常だった。明日からもこの空気が続くようだと、あまり好ましくない。だから委員長として、はっきりさせておきたいんだが―――」
目を丸くするアズを前に、少年は一瞬ためらうも、振り切るように言った。
「衛士先生の変死に、お前は関係があるのか?」
アズの視界が、一瞬ぐらりと揺れた。指先、足先のほうからから、体温が急速に失われていく。冷気の浸食が心臓付近まで届き、左胸に鋭い痛みが走った。
「それ、は……」
昨日、警察で取り調べを受けた時よりも、自分の意識が地に足を着けているだけに、浮遊して逃げられない分、一気に追い詰められる。
彼女の剣が、衛士教諭の腕を落とし、彼女が止める間もなくそのまま、首と胴体を斬り分けてしまったあの瞬間の光景が、とうとう脳裏によみがえる。今日一日、務めて思い出さないようにしていたはずが、恐ろしいほど鮮明に浮かび上がった。罪ならばまだよかった。その光景は彼女の罪を越えて、生々しい現実を突きつける。誰が悪いという判断の問題ではなく、ただ、彼女がその場にいて、剣を振るったという事実こそが、何よりも重く、目を背けたい対象だった。
急に吐き気がこみあげ、アズは両手で口元を押さえて、教室の出口へ向けて駆けだした。すれ違いざま、肩が委員長の二の腕あたりにぶつかったが、振り返る勇気も、またその気力もなかった。ただ逃げたかった。
戻れない―――獅子が必死に自分を日常へ返そうとしていたのに、その努力は全て無に帰してしまった。あとは、彼女の生命すら危うくする、非現実がのたうちまわっているだけの世界しか残らない。
トイレの個室に駆け込み、喉元まで迫ってきたものを解放する。熱いものが鼻にまでまわり、胃液の苦みが顔全体にいきわたった。
戻れない―――もう一度、その言葉が浮かぶ。その瞬間、第二波が胸元から襲ってきた。結局、胃の中のものを全て吐いてしまうまで、吐き気は収まってくれなかった。
* * *
アズが走り去ったのち、ファーストプラムの生徒たちは一気にざわめき出した。中には委員長の突然の行為をとがめるようなものもいたが、それよりも、少女の反応が様々な憶測を呼び、異様な盛り上がりを見せていた。少なくとも、無関係ではないのだと。
委員長は、鞄だけが残されたアズ机の前でそのまま立ち尽くしていた。その少年に、言葉を投げかける女生徒が一人。
「ずいぶん直球だったねェ。委員長さん?」
アズのすぐ後ろの席、後ろ髪のぴんと跳ねたショートヘアが特徴的な、活発な印象を与える美少女。端正なその顔に皮肉の色を混じらせて、眼鏡の少年を見つめている。委員長は、半ば睨みつけるようにして眼鏡の奥から視線を返した。
「どういう意味だ……諸星」
「べっつにィ。慎重派の委員長サマにしては、思い切った行動だったんでねェ」
「まあ、いい。それよりお前、一つ頼まれてくれよ」
「頼み?」
「ああ、それ―――」
委員長は机の上の鞄を指す。アズが残していった通学用のものだった。
「小鳥遊さんを探して届けてやってくれ。どうせ暇だろ、帰宅部」
「なんであたしが……まあ暇だけどさ……てか、あんたが行けばいいじゃん」
「そうしたいが、俺が行っても気分を害するだけだろ。頼む。小鳥遊さんの住所も教えるから、最悪見つからなければ家まで届けてくれ」
「人使いの荒い……はっ、フォロー入れるくらいなら、最初からあんなコトすんなっての」
ショートヘアの少女、諸星ナナコは、椅子から立ち上がり自分の鞄を担ぐと、空いた左手でアズの鞄を乱暴につかんだ。
* * *
ともかくその場を離れたいという気持ちが強すぎたのか、アズが忘れ物に気付いたのは、自室に逃げ帰った後だった。戻ろうにも、その気力がわくはずもない。脱力して途方に暮れていたところ、玄関のチャイムが鳴った。
来客は、彼女の級友を名乗る少女。アズの後ろの席に座っていたというのだが、実のところ彼女には全く覚えがなかった。だが、今日は一日下ばかり向いていたのだ。覚えがなくて当然であった。
「ほら、あんたの鞄。ったく、ダッシュ決めるのはいいけど後先考えろっての」
「す、すみません……」
玄関口でアズの胸に鞄を押し付けて、諸星ナナコは不平を口にした。アズは萎縮し、やはり下を向いて、謝罪の言葉を述べたきり押し黙ってしまう。それを横目で見て、ショートヘアの少女はため息を一つ。そして突如、こともなげに切り出す。
「あんたさァ、明日ってヒマ?」
予想外の言葉に、アズが思わず顔を上げる。この時ようやく、まともに二人の視線が交差した。
「明日……ですか? 土曜日……特になにも……ありませんけど」
「そ。じゃ、10時に白鳩駅の南口な」
「え……えっ?」
「んじゃな。遅れんなよ!」
有無を言わさず、玄関のドアが閉められてしまう。呆然と立ち尽くすアズが一人、残された。
* * *
こうして、場面は翌日、白鳩市内の遊園地に移り変わる。さて、ここからが今回の物語の核心的なテーマになるのだが、突然、今までまったく知らなかった文化世界に放り込まれてしまった人間は、いかにして自我を保つのだろうか。
ここでの、未知の文化世界に放り込まれた哀れな少女はもちろんアズであり、そこへ彼女を放り込んだのは諸星ナナコ。自我を保てるか否か、少女の精神力が試されている。
教室内で孤立してしまった転校生を休日に連れ出す―――諸星ナナコの行為自体の目的は想像しやすかろう。アズが淡い希望を抱いて待ち合わせに向かったことも事実だ。だがその先に待っていた展開は、アズがまるで想像していなかったものだった。少女は目の前の光景に、ただただ目を丸くすることしかできない。
というのも―――
『さあみんな! このピンチのピンチのピンチの連続に! お姉さんと一緒に《ウ・ルトラマン》を呼んで! せーのっ!』
‘ウ・ルトラマーン!’
『もっと大きな声で! もっと愛をこめて! せえ、のっ!』
‘ウ・ルトラマーンッ!!!’
「ウ・ルトラマーン! オイ! 何やってんだ、あんたも声出せ! ネオスが来てくれねェだろ!?」
「はひっ? は、はぁ……う、うるとらまぁん……」
ショーの盛り上がりとともにヒートアップする隣席の諸星ナナコと、まったく会場の熱気についていけないアズ。子供とその保護者が大半を占めるショーの観客席にあって、異端の存在である女子高生二人は、さらに、ノる者とノれぬ者の対照を描いていた。
幸い、アズ一人の気合いが足りない程度でも、会場の子供たちの願いの声は光の国まで届いたらしく、ステージ端からきらびやかな赤と銀の体色を翻し、ダイナミックな跳躍とともにヒーローが現れた。それは、まるで流星のように。
* * *
怪獣たちとの激闘の末、ヒーローの華々しい勝利によって、ショーは終結した。興奮冷めやらぬといった様子で子供たちが客席を離れていく中、同様に熱気を振りまく熱源女子高生がここに一人。
「いやー、やっぱネオスは格別だな! 最近のショーは動きのキレもテレビとそん色ないくらいレベルアップしてるし、等身大系も悪くないけど、やっぱ迫力が違うって! あとは21がいればカンペキだったのに……!」
「あ、あの……今のは一体……」
「あぁ!? あんた《ウ・ルトラマン》知らないのォ!? 高度成長が実現したのは光の国の戦士の下支えがあってこそのなァ!」
「そ、それは存じ上げませんが……わたしがお供する必要、あったのでしょうか」
「だってさァ、ペアチケットだと割引があるし! 学割に女子割と併せて、さらにお得だろ!」
「はぁ……そういうものなんですか?」
「あれ、もしかしてあんた、遊園地とか慣れてないカンジ?」
アズが首を縦に振る。実際、テーマパークの類は、彼女の記憶の限り初めてであった。
「ふぅん……じゃ、とりあえず絶叫系からだな!」
決断するや否や、諸星ナナコはアズの手首をつかんで、アトラクションの列へと引っ張っていく。何もわからないアズは、言われるがままにジェットコースターに乗せられて目を回し、コーヒーカップで無茶な回転を加えられて目を回し、ホラーハウスで突然の幽霊の登場に目を回すことになるのだった。
終始目を回していたせいで、諸星ナナコの顔色をうかがう暇がなく、慣れないアズを見て屈託なく大笑いするショートヘアの少女の、本当の意図はつかめなかった―――が、それでもアズに、笑顔が戻り始めているのは事実であった。
* * *
かなりのハイペースでアトラクションをこなし、かなり陽も傾いて、心地よい疲労感に満たされた少女二人。ベンチに体重を預けた二人は、ジュース入りの紙コップを片手にヒーロー談義で盛り上がる―――というより、一方的なナナコの演説に近かったが、それでも、このころになると、アズは自然と笑顔になれた。
ネズミの国の心得いわく、テーマパークの成功の秘訣は、来場者にどれだけ魔法をかけられるか。どん底にいた少女に笑顔を取り戻したのは、ネズミの国ならぬ白鳩ランドの魔法の力か、それともヒーローの光の力のなせるわざか、あるいは……諸星ナナコの熱気のおかげであったか。アズは、それを確かめようとすれば魔法が解けてしまうであろうことは予測しつつも、どうしても、確かめたくなった。
「あの、諸星さん」
「え? なに、ネオス以前のシリーズ展開について? それだと通好みなのはオイルショック期のレオが」
「いや、そうではなくって……その、今日はありがとう……誘ってくれて」
「……なんだよ。言いっこなしだろ、そういうのは。だいたい、あんたを呼んだのはペア割引とウ・ルトラ布教のためで……」
「でも……本当にうれしかったから……わたし、一人で、どうしていいかわからなくて」
かすかに残る夕日の赤が一気に沁み、アズの瞳が潤む。ナナコはばつがわるそうに、頭をかいた。どうも、かなり照れ屋かつ不器用なほうらしく、ヒーローショーの勢いでそのあたりを隠して一日突っ走るつもりだったらしい。
「まァ、なんだ。これから、あのクラスじゃやりにくいだろうけど……あたしも協力……してやっても……いい……かも……」
ナナコの語尾がだんだん曖昧になっていく。それが可愛らしく思えて、アズが泣き笑いの表情を浮かべた。とりあえず、追い打ちをかけてみる。
「ふふ、諸星さんってやさしいんですね」
「ちょっ……何言ってんだよォ……別にあたしは……」
ナナコの顔が真っ赤に染まり、もじもじと両手の指を絡める。
ああ―――と、アズの心の中で希望が膨らむ。この少女ならば、悪夢のような現実に蓋をしたままでいても、おおらかに自分のことを受け止めて、忘れさせてくれるのではないか。
やっと、戻れる―――アズの心に暖かな確信の灯がともった、その瞬間だった。諸星ナナコの眼に、アズの背後、夕焼けの空から、光の筋が怒涛の勢いで落下してきている光景が飛び込んできた。
「なんだ……あれは」
「え……?」
「やばっ……!」
アズがナナコの空へ向かう視線に気づいて、自分もその先を確かめようと振り向こうとする―――が、ナナコが反射的にアズを強引に引き寄せて、自分を盾とするよう背後に押し込めた。落下してくる光の筋の速さは尋常ではなく、ナナコ自身の安全について気を回す余裕がなかったのだ。
一瞬の間の後、光の筋が、アズに代わって前面に出たナナコに直撃する。衝突の瞬間に、炸裂した光が一気に周囲を包み込んだ。アズの視界が真っ白に染まると同時に、ナナコを中心にして衝撃波が巻き起こり、アズは吹き飛ばされて地面にたたきつけられる。
(この光……まさか……!)
両目を貫こうとする光を腕で遮りながら、なんとかナナコの姿を確認しようとするアズだったが、うっすら人体の輪郭が識別できる程度で、ナナコの表情までは確認できない。最悪の事態を予感したアズは、光とともに巻き起こる暴風の中、なんとかナナコのところまでたどり着こうと地を這う。
不意に、光と暴風がおさまり、あたりが静まり返る。否、ただ一点、光源が残っていた。ナナコの右手の中に、光り輝くカードが1枚、握られている。最悪の予感が、アズの脳裏に浮かび上がる。
「なんだよ……この……カード?」
状況を把握できないナナコが、戸惑いを口にする。対照的にアズのほうは、口よりもまず行動が先に出た。吹き飛ばされた時に身体を強打した痛みも忘れ、一足飛びにナナコの右腕に飛びつく。力ずくでナナコの手からカードを引きはがしにかかる―――が、固く握られたまま手はぴくりとも動かず、カードは離れない。
「諸星さん! それを捨てて! 早く!」
「分かったって! 分かってる、けど……からだが……」
「え?」
どん―――と鈍い音。それに続いて、アズの下腹部に気持ちの悪い痛みが沸き起こる。ナナコの左拳がアズのみぞおちに滑り込んだのだと認識した途端に、鈍痛が胃を突き抜けて立っていられなくなり、その場に膝をついた。
「けほっ……!」
「あ……なんでッ?」
拳を入れられたアズより、突き刺したナナコ当人のほうが取り乱していた。
「こんなこと……するつもりじゃ……!」
「ま、まって……おちつい……」
「っ……うあぁぁッ!」
ナナコが後ずさり、逃げようとして―――かなわなかった。全身を小刻みに痙攣させたまま、直立不動の状態で動けなくなる。
「うご……かな……」
(諸星さん……身体の自由が効かないの……?)
その原因として考えられるのは、右手に握られたカードが、デュエルピースであるという可能性。
「うえぇッ!」
ナナコの口腔から、食道から逆流した胃液が噴き出て、霧散した。瞳から光が失われ、みるみるうちに生気が失せていく。右手のカードの光が再び強まり、その一部が左腕に収束して、黒いプレート型の器具、デュエルディスクを形成する。形成されたディスクの手元の部分、デュエリストの力の源であるデッキの中に、光り輝く右手のカードが滑り込み、シャッフルされることでカードの束全体に超常の力を刷り込む。
とうとう意識を失ったのか、ナナコが首を垂れ、脱力する。しばしの後、顔は伏せられたまま、その口から不気味な笑い声を発し始める。
『ふふ……ふっふふふ……』
諸星ナナコの声―――だけではない。普段の彼女の声を狭く暗い深海の洞窟に反響させたような、怪しげな響きを含んだ声。そして笑いは次第に音量を増し、とうとう高笑いに変わる。同時に、垂れていた首を一気にそらせ、天を仰ぎ見る形になって、人通りもまばらになりつつある白鳩ランド全体の空気を、笑い声が震わせた。
『あははははッ! やはりシャバはいい……! この身体との適合性が嫌に低いのが残念だけどもォ……!』
(そんな……諸星さん、わたしをかばって、デュエルピースに……!)
『さあ! ヒーローの再誕祝いと行こうかァ!』
ナナコがデッキから一気に4枚のカードを抜き取り、空中に投げ上げる。
『イッツ……ショーターイム!』
空中で投げられたカードが発光し、それぞれがモンスターへと姿を変えていく。4体すべて全て人間型で、それぞれが異なる属性を持つ、アメリカンテイストのヒーローたち。風を巻く翼の戦士が、炎をまとう女傑が、雷を繰る光の勇士が、土くれの闘士が、入り乱れて周囲を飛行し、それぞれの属性エネルギーの光であたりを照らしまわる。
『ここか……デュエルピース!』
不意にアズの背後から聞こえた、もう一つの超常の声。振り向かずとも、アズには声の正体がわかった。白獅子グラナイトは、デュエルピースを追いかけているのだから、当然のこと。獅子の方もアズの姿をみとめ、驚きの声を上げる。
『アズ!? どうしてここに!』
「ナイト……わたし……」
『行くよォ! マイ・フェイバリット・ヒーローズ!』
ナイトの登場になんらの注意も払わず、ナナコは超常の力で強化された脚力を存分に生かし、大きく跳躍した。3メートル以上の高さまで跳ね上がり、華麗に着地すると、遊園地の敷地のさらに奥へと走っていく。その後を、光り輝く4体のヒーローたちが飛行して追っていく。嵐が去ったように、その場から超常の力が消え去った。
取り逃がした―――ナイトが悔しげに小さな牙を食いしばる。追いかけようと浮遊術を使用したところで、潤むアズの瞳と獅子の視線が交差した。思わず、獅子の動きが止まる。ただ、少女の涙に気をとられていたナイトは、同時にアズの掌が固く握りしめられ、ひそかな決意に震えていることには、気づかなかった。
『……ともかく、今度こそ君は逃げなさい。ヤツは私が何とかする!』
「ナイト……デュエルピースにとり憑かれた人を助ける方法は、ないんですか?」
『それは……まさか君は!』
「助けたいんです! 諸星さんは……ともだちなんです!」
アズはナイトに向けて深く頭を下げる。この瞬間、アズは自身の罪も、現実からくる恐怖も完全に忘れ去り、ただ必死に、ナナコを助ける道を探すことだけを考えていた。獅子の胸の中に、葛藤が生じる。ガーネットに突き付けられた「中途半端」という言葉が思い起こされる。もし、アズの幸せを願うのなら、助けることは不可能だと突っぱねて、この場から逃がしてしまうことが最善のはずである。
しかし、アズの涙と決意の瞳を前にして、白獅子にはどうしてもそれが最善手とは思えなくなってきていた。目の前の少女に「賭けてみる」のは、そんなに愚かしい選択なのだろうか。
白獅子の御影石の瞳が、かすかに揺らぐ。続いて、獅子は口を開いて、言葉を紡ぎ始める。
『助ける方法……まず、デュエルで勝利してデュエルピースの暴走を止める必要があることは、大前提だ。だがそれだけでは、この間と同じ結末に至る可能性もある』
「っ……!」
『だから、あの子がデュエル敗北のダメージに耐えられるようにする必要がある。具体的には、最終的にあの子に帰する総ダメージ量を抑える……つまり、君がなるべくライフを多く残して勝つこと。そして……カードが生む物理的な攻撃力を制御することだ』
「それって……制御するにはどうしたらいいんですか!?」
『この前は相手に対する憎悪から攻撃力を高めた……だから反対に、相手を救いたいという想いを攻撃に込めればいい。ただ、そうまでしても、生身の人間がダメージに耐えられるという保証は……ない。あとは、君の友達自身の強さに賭けるしか……』
「……わかりました。ナイト、一緒に戦ってください!」
アズにもう迷いはなかった。だがナイトの方はまだ、そうはいかない。この戦いに勝っても、「さよなら」と済ますには、もうアズは入り込みすぎたし、ナイトは多くを語りすぎた。だからこそ、獅子は余すことなく自身の想いを口にする。
『アズ……君がデュエルをするというなら、一つ条件がある』
「条件……ですか?」
『気づいているかもしれないが、デュエルピースはその大部分が、この白鳩市近郊に集中して散らばっていると予想されている。二十年の調査の末に、ようやくつかめた重大な情報だ。だから、私はここに派遣された。私はこれからもこの町で、デュエルピースを探し続けることになる。だから、一緒に戦ってくれるパードナーが欲しいと……ずっと思っていた』
「ナイト……」
『これまでは、君にすべてを打ち明けることはしなかった。君がきちんと日常に戻れるように、その場限りで済むようにという配慮だったが……もう、君はその段階を越えている。君のデュエリストとしての潜在能力はとても魅力的だし、君自身の人格も、申し分ない清らかさを備えている。だから、私のパートナーになってほしい。それが条件だ』
「わたしが……パートナーに……」
『ああ。中途半端はもうなしだ。これから先、デュエルピースに関わることを望まないなら、私に任せて逃げてほしい。私一人でも、きっと友達は助けてみせる。これは……酷かもしれないが、君にとっては決断の時だ、アズ』
アズの脳裏に、これまでの二度の戦いがよみがえる。どちらも後味のよいものではなかったし、それどころか、勝利したにもかかわらず、彼女はどん底まで追い詰められてきたのだ。彼女を救ってくれたのは決闘での勝利ではなく、新しい級友の不器用な優しさだった。だとすれば……デュエルとは、彼女にとって凶器でしかなかった。
でも―――今心から助けたい人と、共に戦いたいと言ってくれる獅子がいる、それだけで。
「ナイト……デュエルフォームを、お願いします!」
『アズ、後悔しないな?』
「はい。わたしのパートナー、白獅子グラナイトよ!」
アズとナイト、二人の声が重なる。
『「デュエルモード! セイバーフォーム!」』
二人の決意が、力強い響きとなって超常のエネルギーを高めていく。アズの身体を包む衣が、白のブラウスと赤く縁取られたスカートへと変貌する。スニーカーが黒のブーツに変わり、脚全体を光が包んだかと思うと、オーバーニーソックスが顕現してひざ上までを引き締める。さらにその上からマントが全身を包み、鎖骨の位置で紋章細工入りの美麗なブローチが固定する。
黒髪が春を連想させる桃色に染まり、ポニーテールがふわりと盛り上がって、風になびく。開いた両の瞳には、真紅の輝きが宿っていた。左腕に、デュエルディスクが形成される。ディスクの手元に宿ったデッキがひときわ強い光を放った。
「……諸星さんを追いましょう!」
『ああ! 行こう!』
アズと獅子が跳躍する。10メートルはあろうかというほどに少女の身体が上昇し、身体が羽根のように軽くなったのを実感する。宵口の月に映し出された少女の空を駆ける姿は、幻燈のような美しさを備えていた。
* * *
アズと二人でヒーローショーを見て盛り上がった特設ステージの壇上に、一人たたずむ諸星ナナコの姿があった。子供たちの声でにぎやかだったショーの最中とはうって変わり、今は、彼女以外、ステージの周囲にだれもいない。超常の力を宿したヒーローたちの急襲に逢い、周辺にいた者たちは皆逃げ出してしまったのだ。
「諸星さんっ!」
宵の口の澄みきった空気の中に、アズの声が割り込む。ナナコはゆっくりと、ステージ下に現れた闖入者の方へ顔を向けた。
『ほォ……誰かと思えばさっきのガキ……デュエルフォームってコトは、意外だねェ、あんたもデュエリストだったのか』
その口ぶりに、違和感を覚える。今日一日だけで、諸星ナナコはいろいろな表情を見せてくれたが、現在の彼女はそのどれにも当てはまらない。口調こそ通常の彼女に近いが、今の眼前の少女は、今日一日の積み重ねなどまるでなかったかのような物言い。まるでアズを級友と認識していないかのような―――
「あなたは、だれ? 諸星さんじゃない……?」
『おそらく、ヤツはデュエルピース本人だ』
アズの肩のあたりを浮遊するナイトが、代わりに問いに答えた。
「本人って、どういうことですか?」
『おそらく、今回のデュエルピースは強力な自我を持ったタイプなのだろう。あるいは……身体を操ることはできても意識までは乗っ取れず、仕方なくあの子の意識を内側に追いやって、自分の意識を前面に出さざるを得なかったのかもしれない』
そういえば―――と、アズはデュエルピースがナナコに衝突した直後、ナナコ自身の意識は残っていたことを思い出す。意識はあるが体の自由が効かなくなっていたあの状態は、意識だけを残して、それ以外をデュエルピースに乗っ取られていたがゆえの現象だったのだ。
『ほォ……そっちのライオンはなかなか鋭いじゃないか。そう、あたしはデュエルピース……! こいつは強情なやつでね、アタマの方でめちゃくちゃ抵抗してきやがって……ま、だから身体の方だけもらうことにしたのさァ!』
「あなたが諸星さんと別の人格だというなら、話が早いです! 諸星さんから出ていきなさい!」
『ははッ! だったらやることは一つだろ! デュエルピースを動かしたいなら! カードで叩き出しな!』
ナナコの身体を占拠するデュエルピースが、デュエルディスクの起動音を響かせる。
『ひさしぶりだァ……この感覚! この高揚! さあ! 楽しいデュエルをしようぜ! アズぅ!』
「楽しい……デュエル?」
アズは奥歯をかみしめ、怒りに身を震わせながらディスクを起動させた。
「ふざけないで! こんなゲーム……わたしが終わりにします!」
『「デュエル!!」』
【決闘開始 小鳥遊アズサvs諸星ナナコ】
<ターン1 アズサ>
アズ
「わたしの先攻です! 《ヴォルカニック・エッジ》を召喚!」
フィールドに燃え盛る火球が生じ、炎の中から鈍色の鉄の鎧に身を包んだ恐竜型のモンスターが降り立ち、咆哮した。
NORMAL SUMMON!
《ヴォルカニック・エッジ》ATK:1800・☆4
ナナコ
『炎属性か……いい感じに燃えてるみたいだねェ!』
アズ
「《ヴォルカニック・エッジ》効果発動! このターンこのカードの攻撃を封じる代わりに、相手に500ポイントのダメージを与えます!」
ナイト
『一ターン目は攻撃できないからデメリットを気にする必要はない……いい手だ!』
暴竜が大口を開け、火球を吐き出す。火球はステージ上めがけて一直線に飛び、ナナコに直撃する―――寸前で、展開されたホーリーライフバリアに防がれ、霧散する。だが、ライフを削られた痛みまでは防止できずに、ナナコが片膝をついた。
ACTIVATE!
《ヴォルカニック・エッジ》:500ダメージ
・ナナコ LP:4000→3500(-500)
ナナコ
『ッ……! のっけからの先制攻撃とは、やってくれたなァ! しかし久々だ……この痛み! 結構悪くないねェ!』
アズ
「まさか……本当にデュエルを楽しんでる?」
ナナコ
『そうさ! 奇跡と運命が交錯するドローに導かれて、限界ギリギリで命を削り合う! こんな楽しい瞬間があるかィ!?』
アズ
「勝手なことを……! 諸星さんの身体を乗っ取っておいて!」
ナナコ
『仕方ねェじゃん、身体がなきゃ、ゲームはプレイできないんだからな! さあ! 次の手はなんだァ! お嬢ちゃん!』
アズ
「わたしはカードを1枚伏せてターンを終了します!」
SET!
伏せカード×1
・アズサ(手札4 LP:4000)
《ヴォルカニック・エッジ》ATK:1800・☆4
伏せカード×1
・ナナコ(手札5 LP:3500)
<ターン2 ナナコ>
ナナコ
『あたしのターン! 魔法カード《E―エマージェンシーコール》を発動! こいつでデッキからヒーロー1体を手札に加える!』
ACTIVATE!
《E―エマージェンシーコール》:E・HEROサーチ
ディスクにセットされたデッキから1枚カードが飛び出し、ナナコの右手に収まる。
ナイト
『やはりヒーローデッキか!』
アズ
「ヒーローデッキ……それはどんなデッキなんですか」
ナイト
『ヒーローと名のついた戦士族モンスターが中心となるデッキだ。ヒーローをサポートする専用の魔法・罠も数多く存在する、歴史も長く由緒あるデッキ……なにせカードの数が多いだけに戦術の幅も広いから、簡単には手を読めない。ヤツがどんな戦術を中心に組み立ててくるかを慎重に判断しなければ……』
ナナコ
『ごちゃごちゃ言いでないよ! あたしは手札に加えた《E・HREO エアーマン》を召喚!』
翼を翻す風の戦士が舞い降りる。
NORMAL SUMMON!
《E・HREO エアーマン》ATK:1800・☆4
ナナコ
『こいつは召喚した時、デッキからヒーロー1体を手札に加える! 《E・HERO プリズマー》を手札に!』
ACTIVATE!
《E・HREO エアーマン》:HEROサーチ
アズ
「またデッキからカードを……!」
ナイト
『豊富なデッキサーチ効果によって、デッキの中に眠るカードすら手足のように扱える……ヒーローデッキの強さの一つだ』
ナナコ
『カードを2枚伏せ、ターンエンド!』
SET!
伏せカード×2
・アズサ(手札4 LP:4000)
《ヴォルカニック・エッジ》ATK:1800・☆4
伏せカード×1
・ナナコ(手札4 LP:3500)
《E・HREO エアーマン》ATK:1800・☆4
伏せカード×2
<ターン3 アズサ>
アズ
「攻撃してきませんでしたね……様子を見ているんでしょうか」
ナイト
『いや、よく見るんだアズ。ヤツと君の手札はともに4枚、フィールドのモンスターの数も互いに1体、しかし伏せカードはヤツが2枚で、キミより一枚多い。これはヤツが前のターン、デッキサーチ効果を使って手札を増やしたからだ。このデュエル、まだ戦闘は起っていないが、全体でのカードの枚数を見れば確実に君は一枚分不利になっている。ヤツは……攻めよりも自分の手を整えることを優先しているんだ。おそらくは、切り札召喚のために』
アズ
「切り札……! ならば、その前に相手のフィールドを荒らせば、召喚を防げるかも!」
ナイト
『そういうことだ!』
アズ
「ならば、わたしは、《ライオウ》を召喚!」
雷をまとうモンスターがアズのフィールドに降り立つ。ライオウから発せられた電気エネルギーが、フィールド全体を包み込み、互いのデッキを帯電させた。
NORMAL SUMMON!
《ライオウ》ATK:1900・☆4
ナイト
(《ライオウ》は全ての「デッキのカードを手札に加える」サーチ効果を封じる……これでヤツのヒーローデッキの動きを鈍らせることができれば……!)
ナナコ
『攻撃力1900にサーチ封じかよ……いいカードもってんじゃねぇか!』
アズ
「バトルフェイズへ! モンスターは破壊させてもらいます! 《ライオウ》で《E・HERO エアーマン》をっ……攻撃します!」
攻撃宣言の瞬間、脳裏に前回のデュエルの結末の光景がフラッシュバックしたが、何とかそれを振り払い、攻撃の意思をしもべに伝える。
ATTACK!
《ライオウ》ATK:1900 ⇒ 《E・HERO エアーマン》ATK:1800
放たれた電流がヒーローの翼を焦がし、撃墜された戦士が地面に叩きつけられ、爆散した。勢いを削がれながらも、電撃の余波がナナコへ押し寄せる。しかしナナコはバリアを展開しようとする素振りすら見せず、電撃を全身で受け止めてしまう。
・ナナコ LP:3500→3400(-100)
ナナコ
『へっ……この程度、気付けにもならないねェ!』
アズ
「そんな……バリアも使わないなんて」
ナイト
(100ポイントのダメージとはいえ防御体勢すら捨ててかかるとは……あのデュエルピースも大概だが……もしかするとアズの方が力を抑えすぎているのかもしれない……厳しい戦いになりそうだな……)
アズ
「ならば、《ヴォルカニック・エッジ》のダイレクトアタックを……!」
ナナコ
『おおっと待ちな! あたしの罠がオープンしてるよ! 罠カード《ヒーロー逆襲》! こいつはヒーローがバトルで負けた時、あたしの手札1枚をランダムに1枚選ぶ! せっかくだからあんたに選ばせてやるよ!』
ACTIVATE!
《ヒーロー逆襲》:相手モンスター破壊、E・HERO特殊召喚
ナナコが左手に握られた4枚のカードを、ずいとアズへ向けて突き出す。
アズ
「わたしが……選ぶんですか?」
ナナコ
『そ、さっさと選びな! 自分の運命を握ってる選択かもしれないのに、カード達はこっちを向いてくれない……こんなにワクワクする瞬間はねェよな! これだからヒーローデッキはやめられないんだよ!』
アズ
「い、いちばん右のカードを選びます!」
アズが選択した瞬間、ナナコの顔が一気に喜色で満たされる。
ナナコ
『ははッ! ビンゴだ! あんたが選んだのは《E・HERO フォレストマン》! 《ヒーロー逆襲》で選択されたカードがヒーローだった場合、そいつを特殊召喚できる!』
選択された手札がナナコの左手から飛び出し、樹木の鎧をまとった大地の戦士へと変化する。
SPECIAL SUMMON!
《E・HERO フォレストマン》DEF:2000・☆4
ナナコ
『さらに《ヒーロー逆襲》のもう一つの効果! 召喚されたヒーローの反撃で相手モンスターを破壊する! 《ライオウ》を破壊だ!』
フォレストマンがフィールドに残るライオウの電撃を吸い取り、磁界を制限する。力場を縮小されたことに驚くライオウに、筋肉隆々たる戦士の剛腕が振り下ろされた。雷のエネルギーを飛び散らせて、ライオウが爆散する―――が、その残りのエネルギーすら、フォレストマンが完全に吸収し、互いのデッキの帯電状態が完全に解消された。
アズ
「う……フォレストマンの守備力は2000……残された《ヴォルカニック・エッジ》では突破できない……! ならばこれでバトルフェイズ終了、そして新たにメインフェイズで、《ヴォルカニック・エッジ》の効果を発動! 500ポイントのダメージを与えます!」
ナナコ
『っと! 攻撃してないから効果が使えるのか!』
ACTIVATE!
《ヴォルカニック・エッジ》:500ダメージ
突撃をかけようとしていた炎の獣が、攻撃体勢を解き、口から火球を発射する。ナナコは的確にバリアを展開し、直撃を防いだ。
・ナナコ LP:3400→2900(-500)
アズ
「これで、ターン終了です」
ナイト
(まずいな……レベル4モンスターが2体並んだこのターン、アズは相手モンスターをバトルで破壊して相手の場を崩しつつ、バトル後にエクシーズ召喚して防御力を高める流れを狙っていたが……逆に相手の罠でアズの目論見は完全に崩れたぞ!)
・アズサ(手札4 LP:4000)
《ヴォルカニック・エッジ》ATK:1800・☆4
伏せカード×1
・ナナコ(手札3 LP:2900)
《E・HREO フォレストマン》DEF:2000・☆4
伏せカード×1
<ターン4 ナナコ>
ナナコ
『ドロー、スタンバイフェイズへ移行、そしてこのタイミングでフォレストマン効果発動だ! スタンバイフェイズにこいつがいれば、デッキか手札から《融合》の魔法カードを手札に加える!』
ACTIVATE!
《E・HERO フォレストマン》:「融合」サーチ
ナイト
『くっ……ライオウがいれば防げたものを……!』
アズ
「融合……?」
ナナコ
『なんだァ? あんた融合知らないのか? だったらあたしが処女切ったげるよォ! 《E・HERO プリズマー》を召喚!』
全身が透き通った輝きを放つ結晶体でできたヒーローが躍り出る。
NORMAL SUMMON!
《E・HERO プリズマー》ATK:1700・☆4
ナナコ
『プリズマーはデッキからモンスター1体を墓地に送り、このターン墓地に送ったモンスターと同じ名前になる! あたしはデッキの《E・HERO フェザーマン》を墓地へ!』
ACTIVATE!
《E・HERO プリズマー》:名前変更(《E・HERO フェザーマン》)
プリズマーの結晶体が光を放ち、その中に翼をはためかせる数のヒーローの姿が映し出される。
ナナコ
『さらに魔法カード《融合》を発動! こいつは手札かフィールドにいる決められた融合素材モンスターを墓地に送って融合する事で、新たな融合モンスターを生み出すカードさ! デッキの中のヒーローたちは全て仮の姿! ホントのヒーローは、魂のクロスによって生まれるワケさァ!』
ナイト
『とうとう来たか……! ヒーローデッキ最大の武器……!』
アズ
「モンスターを素材にして新たなモンスターを生み出す……わたしのエクシーズ召喚のようなものですか?」
ナイト
『ああ。似ているかもしれない。けど、融合は使える素材が指定される代わりに、フィールド以外に手札からも素材を調達できる……そして融合モンスターは効果使用にエクシーズ素材を要求せず、単体で強力な効果を発揮できるものも多い……ともかく注意が必要だ』
ナナコ
『さァ! 本番はここからだ! 手札の《E・HERO バーストレディ》と、フィールドのフェザーマンとなったプリズマーを融合!』
ACTIVATE!
《融合》:融合召喚
ナナコが融合の魔法カードを天へ向けて掲げる。掲げたカードを中心に、中心に向けて吸引する魔力の渦が生まれる。手札とフィールドから、風と炎のヒーローが渦の中央へ向けて跳躍する。二人のヒーローが魔力の渦の効果によって戦士としての輪郭を失い、元素のレベルまで分解され、組成が再構築されていく。
ナナコ
『融合召喚! 現れろォ! マイ・フェイバリット・オブ・フェイバリット! 《E・HERO フレイム・ウィングマン》!』
魔法円の中心から飛び出す、緑色のヒーロー。シルエットは人型の戦士でありながら、身体の各所に獣の異形をあらわしている。左の背中のみに生えた美麗な白き翼。臀部から長く伸びた鱗に包まれる爬虫類の尾。そして右腕に装備された、赤い竜の頭部を模した武器―――ドラゴンブラストを大きく前方に突き出し、風を切って上昇する。ちょうど、昇りたての月とヒーローの影が重なって瞬間、ヒーローは不敵に腕を組み、上空からゆっくりとフィールドに着地した。
FUSION SUMMON!
《E・HERO フレイム・ウィングマン》ATK:2100・☆6
アズ
「これが……融合モンスター……」
ナナコ
『そうさ、ヒーローデッキのエースモンスター……これまでのヒーローとは正直、格が違うよ! フレイム・ウィングマンでヴォルカニック・エッジを攻撃!』
ATTACK!
《E・HERO フレイム・ウィングマン》ATK:2100 ⇒ 《ヴォルカニック・エッジ》ATK:1800
アズ
「ならば……! 攻撃宣言時に罠カードを発動します! 永続罠《スピリットバリア》! このカードがある限り、戦闘ダメージは全てわたしのモンスターが防いでくれる……!」
ACTIVATE!
《スピリットバリア》:戦闘ダメージ軽減
ヴォルカニック・エッジの周囲を揺らめく焔のエネルギーが具現化し、アズの周囲を包む。ホーリーライフバリアの上からさらに覆いかぶさり、二層のバリアが展開された。
ナナコ
『これであんたのモンスターを倒してもダメージはあんたに届かないってワケね。けど、フレイム・ウィングマンの攻撃は止まらない! 行けェ! フレイム・シュート!』
ヒーローが跳躍し、ヴォルカニック・エッジの頭上で攻撃体勢に入る。ヴォルカニック・エッジの口からヒーローを撃ち落とさんと火球が発射されるが、発射と同時にヒーローが標的に向けて一直線に降下する。空中で身をひるがえし華麗に火球をかわすと、身体を捻って右腕の竜の口を、ヴォルカニック・エッジの目前に突き付ける。
次の瞬間、竜の口から火炎が吹き出し、炎の魔物を包み込む。同じ炎の攻撃でありながら、その威力が段違いであるのは見た目にも明らかであった。なすすべなくヴォルカニック・エッジが爆散する。だが、炎の余波は全て二層のバリアに阻まれ、アズの下へ届く前に霧散する。
攻撃終了と同時に、二層目のバリアも消え去った―――その瞬間、フレイム・ウィングマンの顔が不気味に歪む。アズが表情の変化に気づき、とっさにホーリーライフバリアを再展開する。
ナナコ
『戦闘ダメージを回避するカードってのは悪くなかったけど……ざァんねん! そんなもんじゃヒーローの攻撃は止められやしない! フレイム・ウィングマンはバトルで勝利した時、倒した相手モンスターの攻撃力のダメージを相手に与える! コイツはカード効果によるダメージだから《スピリットバリア》では防御できない! 追加攻撃を喰らいなァ!』
ACTIVATE!
《E・HERO フレイム・ウィングマン》:1800ダメージ
フレイム・ウィングマンが身をひるがえし、その長い尾をアズへ向けて叩きつける。すでにバリアを展開し終えていたおかげで直撃は免れたが、がりがりとバリアが削られる嫌な音が鼓膜を震わせた。
尾がバリアにはじかれたところに、なおもヒーローが竜の口を向けて、加撃の炎を放った。再びライフバリアで攻撃を押し返すが、連続攻撃に耐えかねてバリアの全体が軋み、ひびが入る。
アズ
「ぅあっ……!」
炎を防ぎ切ったと同時に、アズが片膝をつく。バリアが崩壊するには至らなかったために外傷はなかったが、代わりに体力をごっそりともっていかれてしまった。
・アズ LP:4000→2200(-1800)
ナイト
『一気にライフを逆転されたか……!』
ナナコ
『当たり前さァ! 本気のヒーローを前にして、4000ぽっちのライフなんてないも同然! せっかくバトルダメージを防ぐバリアを展開してもムダだったみたいだねェ!』
アズ
「ムダなんかじゃ……ありません!」
アズが震える膝を叱咤して立ち上がる。
アズ
「一度攻撃を受けたことで分かりました。ヒーローの……弱点!」
ナナコ
『っはははァ! 言うじゃん言うじゃん! いいねェ、こりゃ次のターンが楽しみだ! あたしはターンエンドさ!』
・アズサ(手札4 LP:2200)
《ヴォルカニック・エッジ》ATK:1800・☆4
《スピリットバリア》
・ナナコ(手札2 LP:2900)
《E・HERO フレイム・ウィングマン》ATK:2100・☆6
《E・HREO フォレストマン》DEF:2000・☆4
伏せカード×1
<ターン5 アズサ>
アズ
「わたしのターン! 魔法カード《死者蘇生》を発動! 《ヴォルカニック・エッジ》を特殊召喚します!」
ACTIVATE!
《死者蘇生》:蘇生(対象:《ヴォルカニック・エッジ》)
アズが魔法カードを掲げると同時に、空中にアンクの紋章が浮かび上がる。魔力の高まりに反応してディスクからカードが一枚飛び出し、フィールドに躍り出て炎の怪物へと姿を変えた。
SPECIAL SUMMON!
《ヴォルカニック・エッジ》ATK:1800・☆4
アズ
「さらに効果発動! 500ポイントのダメージを受けなさい!」
モンスターの口から火球が発射される。ナナコが三度、シールドで防御にかかった。
ACTIVATE!
《ヴォルカニック・エッジ》:500ダメージ
・ナナコ LP:2900→2400(-500)
ナナコ
『これで三度目……! いい加減ウザイっての!』
アズ
「たとえ500ポイントずつでも、あなたのライフを正確に穿つ……これがわたしのやりかたです! 続いて、《ガガギゴ》を通常召喚!」
フィールドに水の力を宿した若き悪魔が降り立ち、アズにひざまずいて忠誠を誓った。力のはけ口を求めていまにも暴れ出しそうな、獰猛な炎の魔物と対照的な姿である。
NORMAL SUMMON!
《ガガギゴ》ATK:1850・☆4
ナナコ
『炎、雷ときて今度は水か……あんたも属性はいろいろ揃えてるようだけど、それで何をしようってのォ?』
アズ
「わたしは、《ヴォルカニック・エッジ》と《ガガギゴ》でオーバーレイ!」
並び立つ魔物が輪郭を失い、赤と青の光球へ姿を変える。一対の光球が、天へ向けて伸ばされたアズの右腕の先端に集まり、旋回して次第に光の渦を発生させた。
アズ
「2体のレベル4モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! おいでなさい、わたしの剣たる少女よ! 《デュエルナイト・セイバー》!」
XYZ SUMMON!
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500・★4・ORU×2
光の渦が大剣へと姿を変え、周囲に赤と青の光球をまとわす。アズが剣を思い切り投擲し、空中でモンスター・エクシーズがそれを受け取った。ふわり、と軽やかに着地した美しき少女の姿をした魔剣士は、主のほうへ真紅の瞳を向ける。アズも同様に視線で応えた。
真紅の瞳が交差する瞬間、アズの脳裏にしもべの感情が流れ込んでくる。魔剣士は、主の剣でありながら、主の心をも斬りつけてしまった前回の戦いを悔いていた。
アズの瞳が真摯な輝きを魔剣士に返す。それでも、友のために自分の剣を取って戦うことを選んだのだと。魔剣士は一瞬目を閉じ、戦うべき敵、不敵にたたずむヒーローへと目線を映した。
ナナコ
『モンスター・エクシーズとは……とんでもないモン出してきやがった……! ますます楽しめそうだァ!』
アズ
「行きます! バトルフェイズ! デュエルナイト・セイバーでフォレストマンを攻撃!」
ナナコ
『なにッ!? フレイム・ウィングマンではなく守備表示のフォレストマンをッ?』
ATTACK!
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500 ⇒ 《E・HERO フォレストマン》DEF:2000
魔剣士が大剣を手に駆ける。戦闘態勢に入っていたフレイム・ウィングマンの横を過ぎ去り、防御態勢を固めていたフォレストマンに一足飛びで斬りかかる。完全に虚を突かれた森林の戦士が、一刀のもとに二分されてしまった。
ナイト
(なるほど……フレイム・ウィングマンを倒しても、フォレストマンを残していると次のターンでまた融合の魔法カードを手札に加えられる……ヤツのデッキはモンスターを手札に呼び込む能力に長けているから、再び融合モンスターを召喚される可能性があることを考えれば……召喚されてしまった融合モンスターよりも、融合の元を断つことを優先したのか……状況判断としては悪くないかもしれない)
アズ
「さらに《デュエルナイト・セイバー》の効果で、倒した相手のカードをORUとして吸収します!」
森林の戦士の魂が緑色の光球となって、魔剣士の大剣に宿る。三色の球体が、魔剣士の周囲を浮遊して彩った。
ACTIVATE!
《デェウルナイト・セイバー》:ORU吸収
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500・★4・ORU×2→3
アズ
「これでターン終了です!」
・アズサ(手札3 LP:2200)
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500・★4・ORU×3
《スピリットバリア》
・ナナコ(手札2 LP:2400)
《E・HERO フレイム・ウィングマン》ATK:2100・☆6
伏せカード×1
<ターン6 ナナコ>
ナナコ
「あたしのターン!」
勢いよくデッキからカードを引き抜く。カードを確認した瞬間、口元を大きく歪め、ナナコが狂喜した。
ナナコ
『っしゃァ! とうとうこの時が来た……チンタラ戦うのはもうおしまい! ここからはあたし自身のショータイムゥ! リバースカード、オープン! 魔法カード《闇の量産工場》を発動! こいつは墓地から通常モンスターを2枚手札に加える! バーストレディとフェザーマンを手札に!』
ACTIVATE!
《闇の量産工場》:墓地回収(対象:フェザーマン、バーストレディ)
アズ
「あの二枚はフレイム・ウィングマンの融合素材……?」
ナナコ
『よく覚えててくれたァ! そして更に、あたしが今引き当てたカードはコイツ!』
ナナコが天へ向け、ドローしたカードを掲げる。緑色に、青と朱の化学チックな渦が描かれた魔法カードであった。
アズ
「まさかまた……《融合》魔法ですか?」
ナナコ
『そうだ! こいつでフェザーマンとバーストレディを融合!』
ACTIVATE!
《融合》:融合召喚
空中に渦が生じ、そこに二体の戦士が手札から直接吸い込まれていく。
ナナコ
『こんどはコイツだ! 融合召喚! 来い! 光にあだなす粛清のヒーロー! 《E・HERO フェニックスガイ》!』
FUSION SUMMON!
《E・HERO フェニックスガイ》ATK:2100・☆6
赤き体に一対の翼を備え、鉤爪を震わせる炎のヒーローがフィールドに降り立ち、フレイム・ウィングマンと並び立つ。まったく同じ元素から構成されていながら、姿形も能力も全く違う。異なるのは加工と生成の方途―――まさに錬金術であった。
アズ
「また融合モンスターが増えた……せっかく融合サーチャーのフォレストマンを倒したのに、融合を自分の手で引き当てるなんてっ……!」
ナナコ
『これよこれ……これがデッキが応えてくれるってことなのさァ! ひよっ子のあんたは経験ないかもしれないけどねェ、真のデュエリストには、デッキは必ず応えてくれる! 共に戦う仲間を、ヒーローは決して放ってはおかないのさ! しょせん主従関係でしかないあんたのデッキとでは、無理な芸当さね!』
ナイト
(く……悔しいがこのデュエルピース……人格はともかくデュエリストとしての気概はすさまじいものがある……!)
ナナコ
『さらに取って置きだ! あんたに教えてやるよ! ヒーローにはヒーローの戦う舞台ってもんがあるのさァ! フィールド魔法《摩天楼―スカイスクレイパー―》を発動!』
ACTIVATE!
《摩天楼―スカイスクレイパー―》:フィールド魔法
―――ジジッ、ジリィっ!
発動宣言とともに、空間が焼け付くような電子音が鳴り響き、続いて特設ステージがぐらぐらと揺れる。地響きとともに地面から幾棟もの高層ビルが筍のごとく生えだし、あっという間に高層ビル群が二人のデュエリストを取り囲んだ。突然のフィールドの変化に圧倒されるアズ。
ナイト
『フィールド魔法まで使えるとは……!』
アズ
「これが……フィールド魔法……」
ナイト
『ああ。空間そのものを作り替え、自分に戦いやすいフィールドを作り出す大がかりな魔法だ。摩天楼はヒーローの戦闘能力を格段に上げる効果を持つ……!』
ナナコ
『バトルフェイズだ! フレイム・ウィングマンでデュエルナイト・セイバーを攻撃!』
アズ
「なっ……フレイム・ウィングマンの攻撃力のほうが低いのに……?」
ナナコ
『それは……どうかな!』
攻撃命令を受けたフレイム・ウィングマンが天高く飛翔し、摩天楼の中、ひときわ高い中央のビルの頂点に立って、満月をバックに力を高める―――ビルを蹴ってヒーローが跳躍し、待ち構える魔剣士に向けて重力に任せて急降下を始めた。
ナナコ
『摩天楼のフィールドは、ヒーローが自分より強いモンスターに攻撃する場合、攻撃力を1000ポイントアップする! これでフレイム・ウィングマンの攻撃力は!』
《E・HERO フレイム・ウィングマン》ATK:2100→3100
ATTACK!
《E・HERO フレイム・ウィングマン》ATK:3100 ⇒ 《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500
竜の口から炎が吐き出されるが、急降下の勢いに炎が後方へ流れ、ヒーローの身体に浴びせられる。だが、それこそが狙い。ヒーローが炎をまとった弾丸となって、魔剣士ごと叩き潰さんと襲いかかる!
ナナコ
『スピリットバリアで戦闘ダメージは通らないが、モンスターを倒せればフレイム・ウィングマンの追加攻撃でライフはゼロだ! 喰らえ! スカイスクレイパー・シュート!』
炎の弾丸となったヒーローの突撃を、魔剣士が大剣を盾代わりにして受け止める。急降下の力を上乗せしたヒーローの攻撃力に、次第に押され、後ずさりしていく魔剣士。だが、その時魔剣士の握る大剣の周囲を浮遊する、緑の光球が炸裂する。
アズ
「この瞬間《デュエルナイト・セイバー》の効果を使用します! ORUを1つ使って、このカードの破壊を無効にする! フェアリー・オーラ!」
《デュエルナイト・セイバー》ORU×3→2
炸裂したORUの光がヒーローの攻撃力を削ぎおとし、推進力を弱める。魔剣士が押し返し、大剣を振りぬいた。ヒーローが攻撃を中止して後方へ跳び、一閃を回避する。
ナナコ
『破壊無効だと……! こんな効果を持ってるなんてェ!』
アズ
「デュエルナイト・セイバーのORUがある限り、ヒーローの攻撃はわたしに届かない……! あくまでも正面から突破する事しかできない……これがヒーローの弱点です!」
ナイト
(そうか……ヒーローは正々堂々の戦いを志向するがゆえに、戦闘で相手を直接殴るか、相手モンスターを倒すことをトリガーにして追加攻撃効果を使うしか、アズにダメージを与えられない……そこでバリアで戦闘ダメージを防ぎ、デュエルナイト・セイバーで破壊を防げば、ヒーローはアズに触れることができなくなる……!)
ナナコ
『ちぃッ! 鉄壁の防御ってやつか! だが! それも所詮ORUがもつ限りのことだ! どんな鉄壁だって正面からぶち破ってこそヒーロー! 続けてフェニックスガイで攻撃だ! フェニックス・シュート!』
《E・HERO フェニックスガイ》ATK:2100→3100
ATTACK!
《E・HERO フェニックスガイ》ATK:3100 ⇒ 《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500
アズ
「ならばもう一度フェアリー・オーラを使用!」
《デュエルナイト・セイバー》ORU×2→1
フェニックスガイが高速で飛来し、鉤爪を振りかぶる。魔剣士が冷静にそれを見切り、紙一重でかわして、大振りの隙に大権を突き入れようとする。だがその剣は空いたもう片方の鉤爪が受け止めた。しばしの鍔迫り合いの後、互いに膠着を認めて後方へ跳び、戦闘が終了する。
ナイト
『よし! またノーダメージで受け流した!』
アズ
「そして……ヒーローのもう一つの弱点! 融合によってカードを大量消費したあなたは、もう手札1枚です! 摩天楼もヒーローが攻撃される場合は攻撃力を上げてくれない……次のターンの攻撃はもう防げません!」
ナナコ
『なるほどねェ……ひよっ子だの処女だのバカにしてたけど、認識を改めないとかも……あんた意外にやるじゃん。予想以上に楽しめたよ。だから……お礼にサイコーのヒーローを見せてやるよォ!』
ナナコはその表情に狂気を色濃く浮かばせ、最後に残った手札1枚を天に向けて掲げる。途端にそのカードが輝きだし、強烈なエネルギーの奔流が暴風を巻き起こす。
ナナコ
『フィールド上に存在する融合モンスター2体をORUとして……オーバーレイ・ネットワークを構築!!』
フィールドに並ぶ二体のヒーローが、一気に輪郭を失って赤と緑の光の球に変わった。
アズ
「そ、そんな! これって……!」
ナイト
『なんてことだ! 最後の一枚が……よりによってデュエルピースだったとは!』
ナナコ
『そう……初手に引いてからここまで、ずいぶんと準備に時間をかけたが……これでクライマックスといくぜ!』
二つのORUがナナコ自身に押し寄せ、彼女を中心に光の渦を形成する。
ナナコ
『ッサァ! 一回やってみたかったァ! だから見ててよォ! あたしの変ッ身!』
光の渦がナナコに集中し、その姿を変化させていく。全身に緑と赤の禍々しい模様が浮かび上がり、背中から服を突き破って黒い翼が生えた。ショートヘアが見る見るうちに腰まで伸び、明るめの茶髪は真っ白に変色する。両手の先からは鋭利な鉤爪が伸び、臀部からは鱗に包まれた長い尾が伸びる。瞳が真紅に染まり、闇世の中に不気味に浮かび上がった。
もはやヒーローとは言えない異形は、むしろ悪魔を連想させる姿であった。ばさりと翼を目一杯広げ、摩天楼の中で上昇し、空中に浮遊する。その周囲を二つの光球が周回し、超常のエネルギーを蓄えた。
ナナコ→ガーネアイズ
『正義は捨てても心は捨てない! 変ッ身ッ完ッ了! 《DP. 01 柘榴瞳の亜英雄》(デュエルピース・ワン ガーネアイズ・アンチヒーロー)! ここ見参ッ!』
SPECIAL SUMMON!
《DP. 01 柘榴瞳の亜英雄》ATK:2500・☆10・ORU×2
ナイト
『バカな……自分の身体をモンスターに変化させるデュエルピースだと!』
ガーネアイズ
『その通り……もとの身体のままじゃどうにもむず痒かったんでね! あたし自身の身体を取り戻させてもらったよォ! さて! 逆襲の始まりだァ! ORUを持つあたしは死したモンスターの力を吸収できる! 自分の墓地のモンスター1体につき攻撃力が300ポイントアップ!』
ガーネアイズのデュエルディスクの墓地から、モンスターの魂が光となって飛び出し、アンチヒーローに吸収されていく。
ガーネアイズ
『あたしの墓地のモンスターは5体! これで攻撃力1500アップ!』
《DP. 01 柘榴瞳の亜英雄》ATK:2500→4000
アズ
「よ、4000!?」
ナイト
『これほどの力が出せるとは……!』
ガーネアイズ
『ここから……ここからだ! ヒーローの本当の恐ろしさを見せてやる! 死した友の魂に報いることこそ! 堕ちたあたしにできる最後のつぐないなんだからァ!』
* * *
『死した友への……つぐないねぇ……』
ヒーローと少女がしのぎを削るフィールドから少し離れた位置、高層ビル群の中にあって、月明かりに照らされた美麗なペルシャが一匹、くぁんとあくびを一つしたあと、ポツリとつぶやいた。
『ったく……変わらないわね。あいつ……』
無意識のうちであったが、ガーネットの真紅の瞳から、涙が一筋落ちた。
<後編に続く>
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