銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~
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変化の意味
前書き
すみません。
二日で更新と思っていましたが、
先が渋滞中ですm(__)m
気長にお待ちいただければと思います
同盟軍基地の簡易食堂。
数少ない酒を、酒券で購入でき、飲酒ができる。
およそ一カ月でワイン一本分。
数が決まっているため、時には酒券はワイン五本以上の値を付けることもある。
それでもバセットは貯まっている酒券を使い、既にワインを二本空にしていた。
幾ら飲んでも気が緩む事はない。
断続的に痛む頬が、まともにつまみすら口にできない。
苛立ちが考えとして浮かぶ前に、バセットはグラスからワインを煽った。
酷くまずい。
けれど、飲んだ時だけは余計な事を考えなくてもすむ。
結局、自分が悪い。
先ほどからアレスの悪態を百以上も口にするが、考えれば間違いなく結論としてはそこに行きつく。
上官への暴行など営巣行きの行為だ。
それを庇ってもらいながらも、口から出たのは悪態。
客観的に、いや、主観的に見たとしてもバセットが悪い。
それはわかっている。
だが、全てが冷静に考えられるわけではない。
「あんな新任のガキに部隊の何がわかる」
言葉とともにグラスを叩きつけた。
鈍い音に、周囲の視線が厳しい。
それでも誰も声をかけてこないのは、一連の流れを知っているからだろう。
新任のガキに、第二分隊長の職を下ろされたという事実は。
それが苛立たしい。
「おい。空だぞ、もう一杯持ってこい」
空となったワインボトルを振るが、誰も持ってはこない。
「ったく。酒券はまだあるんだ――」
「やれやれ。子供と同じだな」
「何だと……と」
声を荒げかけたところで、呆れたように息を吐いたのはカッセル軍曹だ。
目を開くバセットのグラスに、自分のボトルからワインを注ぎ、バセットの正面に腰を下ろした。
「笑いに来たのか」
「何をじゃ」
「第二分隊長を解任された俺は、さぞかし面白いでしょうね」
「ああ。それはおめでとう、乾杯といくかな」
持ち上げられたグラスに、バセットは目を開いた。
一瞬の後に浮かぶ怒気。
それが言葉に出る前に、カッセルは笑って見せた。
「お主は私らと同じように働く気はないと言ってはおらなんだか」
「あ。ああ、上の命令で殺される何てまっぴらごめんだ。なら、働かない方が……」
「それなら第二分隊長何て面倒な職を解任されたんだ。めでたい話じゃろう?」
乾杯とグラスを合わせられれば、バセットは戸惑ったように言葉にならない。
カッセルがグラスのワインを飲み干せば、バセットは慌てたようにグラスのワインを口に入れた。
再びグラスに酒が注がれて、バセットはただ戸惑ったようにカッセルを見る。
「結局」
呟かれた言葉に、バセットはカッセルの様子をじっと見た。
グラスのワインを飲み干し、再び手酌で注ぐ。
酒臭い息を吐けば、バセットを見る目は厳しいものだ。
「お主は中途半端なのだよ。私らのように戦う覚悟がないわけではない。かといって、上の命令に従うのをよしとしない。戦う気がないように見せて、それでも愚痴だけは一人前。悪いのは上で、そして戦わない部下だ。そんな人間に誰がついていくと思うのかね」
「マクワイルド少尉なら上手くできるといいたいのですか」
「そうさな。彼は――いやはや、陸上戦の指揮などやったことはない。知識も机上だけのお粗末なものだ」
「でしょうな」
鼻で笑い、バセットはグラスのワインを口にした。
「だが。それでも成長はしている。知っているか、彼は五月に着任してより、一日も欠かさずに勤務終了後は私の部屋に来て、陸戦について話を聞いている。こんな老兵の昔話をな」
「ただ点数稼ぎですよ」
「私に教えを請うたところで何の点数になるというのかな」
カッセルの問いかけに、バセットは答えられない。
ただ苦そうにワインを空にして、置かれたワインボトルからワインを注いだ。
「彼の言葉を覚えているかな」
カッセルを見れば、決して冗談めかした表情はない。
真剣な二つの瞳が、バセットを覗きこんでいる。
グラスに口を付けかけて、やめる。
静かに机の上におけば、バセットは目を細くして思いだす。
忘れられるわけがない。
「私からも問おう。お主はこの五年間何をしてきたのだ」
「…………」
バセットは答える言葉をもたなかった。
上司と仲間を失い、ただ逃げてきた。
上を信じられないと言いながら、それを変えようと努力したわけでもない。
五年間を振り返って、思いだせるのはがむしゃらに走った戦場と酒。
その当時の上官も、仲間の顔すらも思いだせなかった。
だから、バセットはグラスをおいて立ち上がった。
その行動にカッセルも深くは問わなかった。
ただ自らのグラスに口をつけながら、バセットの行動を見守る。
「少し飲みすぎました。また明日」
「ああ。訓練で待ってるよ」
言葉に小さく笑い、バセットは食堂を後にする。
この五年間何をしてきたのか。
その言葉が心に重くのしかかった。
+ + +
「ああ。何て指揮をしてやがる、右側ががら空きじゃないか」
こうして、後ろから全体をみれば、戦場の様子が良く分かる。
攻め立てるカッセル率いる第二分隊の攻撃に、アレス率いる第一分隊は防戦一方の様子であった。
艦隊戦と陸上戦では同じ指揮でも、大きく違う。
艦隊戦が全てデータ化されて情報となるのであれば、陸上戦のそれらは全て勘によるところが大きい。
敵の攻勢が少ない事を肌で感じ、攻めるべき場所を予測する。
カッセルの右側ががら空きであることは、遠くから見れば分かるが、近ければ人や攻撃が壁になって把握しづらいのだろう。
それでもバセットは例え戦場にいても、それを理解できただろう。
敵の右側に少数の部隊を派遣して撹乱。
一部が正面から特攻して、圧力を強める。
敵が正面の圧力に兵を固めれば、右側の兵でさらに攻め立てる。
「正面にそんな兵を集中させりゃ――」
案の定、第二分隊の一部が兵を回り込ませていた。
正面に集中しているアレス達は気付かない。
あまりのあっけなさにため息を吐きかけた、その時――。
回り込んでいた兵が滑った。
一部の雪原を水で濡らして、氷にしていたのだろう。
見事に転んだ兵士はごろごろと雪だるまのようになりながら、敵の正面へと戻っていく。
「おいおい」
その隙にと、アレス達が走りだした。
敵の攻撃が苛烈になるが、それらは全て雪だるまとなった兵士に降り注ぐ。
「ばかか。こんな戦いが現実にあってたまるか」
兵士を巻き込んだ雪だるまを押しながら壁にするという、異様な光景にバセットは笑いを漏らした。
戦場であればあり得ない。
何か楽しそうだなぁ。
やめてくれと叫ぶ雪だるまには容赦なく攻撃が降り注ぐ。
アレスの部隊だけではなく、第二分隊――カッセルまで大笑いしている。
そんな光景が今まであっただろうか。
訓練中に笑う事など。
いや、昔はあったかもしれない。
サハロフ隊長の訓練は厳しい。
だが、時にはこのように全員が笑うこともあった。
あの時は射撃訓練で最下位が看護師の女装をして、全員にチョコレートを渡すとか罰ゲームがあった時だろうか。最下位争いで醜い戦いを繰り広げる様子を、仲間たちは誰もが楽しそうに笑っていた。
「ははっ」
笑えば頬にしびれるような痛みを感じた。
ああ、そうだ。
訓練中に笑うことも久し振りであったならば、殴られる痛みも久しいことだ。
昔を懐かしいと思うあまり、結局――グレン・バセットは何もしてこなかった。
仲間達と笑うこともない。
上官と喧嘩をすることもない。
ただ愚痴をいって、辞めることもせずに、漫然と。
「馬鹿か、俺は」
小さく漏れた言葉は、声にはならない。
あのガキは――アレス・マクワイルドは常にかえようと努力している。
陸戦を知らないと思えば、陸戦を知る者に教えをこうた。
部隊については、ブリザードが吹きつける環境で、ただじっと兵を把握するために見守った。
防寒着を着ていても、寒くないわけではない。
それを一カ月も何も言わずに、ずっと見ていたのだ。
情けない。
俺はこんなところで何をしている。
『もしかえたいと望むならば、お前がかえればいい。お前は若い――決して遅くはないはずだ』
拳を握りしめれば、懐かしい隊長の言葉が頭によぎる。
まだ遅くはないのだろうか。
いや……。
いまだ続く訓練の様子を見ながら、バセットは立ち上がった。
悩んでいる時間など、もはやない。
+ + +
形ばかりの執務室。
およそ数畳程度におかれた机に、乱雑に並ぶ書類。
訓練報告をコンピュータにまとめながら、アレスはノックの音に顔をあげた。
「どうぞ」
扉を確認もせず言葉を発せば、ぎこちなく扉が開いた。
グレン・バセットだ。
初めて入る室内に、戸惑ったように周囲を見渡している。
キーボードを叩く音が断続的に響く中で、アレスから言葉は振られない。
ただ鳴り響く音に、バセットは頭をかいた。
「小隊長殿。お話があります」
「そうだろうね。ここにきて、遊びに来たと言われたら困る」
「でしょうね」
アレスの冗談に小さく頬を緩めて、すぐに真剣な表情を作った。
「俺を第二分隊長に戻してください」
「昨日の今日だぞ」
「ええ。今日一日小隊長の分隊指揮を見させていただきました」
「無様だと笑いに?」
「いや。雪だるまには笑わせてもらいましたが」
首を振り、バセットはアレスに近づいた。
「小隊長には小隊の指揮をとっていただきたい。第二分隊の指揮は私に任せていただきたいのです」
「それを任せられないから解任したのだけれど」
キーボードから手を離して、アレスが顔をあげる。
穏やかな様子はない。
しっかりとした視線に、バセットは怯むことなく、背筋を伸ばした。
「カッセル軍曹からあいている時間に陸戦について、教えてもらえるように伝えました。私も一からやり直すつもりで、部隊をまとめたいと思います」
「やる気が出たのは嬉しい。が、おいそれと任せるわけにはいかないだろう」
「これを」
机の上におかれたのは、一辺の紙だった。
退役願。
そう書かれた紙には、バセットのサインも入っている。
このままアレスがサインを入れて、上にあげれば、バセットは退役する事になる。
ヤンのように上から懇願されるわけでなければ、結果は一カ月と待たずに決まるだろう。
「もし私が無様であるならば、それを提出してください。代わりの分隊長がすぐに送られるでしょう」
「いいのか。覚悟にしては、随分な代償だぞ。俺の気持ち次第で君は辞めることになる。俺を信頼していいのか」
アレスは手にしていた退役願から手を離した。
ひらひらと落ちる紙に、バセットは力強く頷いた。
「正直なところ、信頼はしておりません。ですが、私をタダで信頼しろといったところで、無理な話でしょう。もし信頼が裏切られるというのでれば、私はそれまでの人間だった。全ては小隊長にお任せ致します」
「正直だな。でも、嫌いではない。これは預かっておこう」
アレスの視線に怯むことなく頷いた様子に、アレスは再び退役願を手にする。
机の中にしまい、机の上で指を叩く。
「明日から第二分隊の指揮をしてくれ。カッセルには第一分隊の指揮を行うように伝えてくれ」
「はっ。ありがとうございます」
「お礼が言えるかどうかはわからんぞ。再び面倒な仕事につくのだからね」
「覚悟の上です」
「そうか」
呟いて、アレスはキーボードを叩いた。
プリンターの稼働音がして、一枚の紙が排出される。
アレスが示せば、バセットが排出された紙を手にした。
「上は暇そうなのが許せないらしい。策敵の仕事も舞い込んできた――まだいつかは決まっていないが、カッセルと話して、いつ出動しても大丈夫なように準備だけはしておいてくれ」
「かしこまりました」
敬礼をして出ていく姿に、アレスは再び机を鳴らした。
タイミングをとるように、音を鳴らしながら、背後の窓を振り返る。
吹き荒れるブリザードはやむ事がなかった。
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