ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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過去編
挿話集
聖燗幻夜①
前書き
クリスマス記念。どぞ
12月25日。
世に言うクリスマス。漢字で書くと聖誕祭。英語で書くとChristmas。略すとX'mas。
商店街は絢爛な装飾につつまれ、店はこぞって客を呼び込もうと声を張り上げている。街はきらびやかに彩られ、光の洪水と見紛うイルミネーションやエンドレスで流れ続けるクリスマスソングの中をリア充共が跋扈する事はまあ定番の光景だ。
「あ、お兄様。これと、これも持ってて下さい。お肉を見てきます」
「……おう」
まあいいけどさ。
寒くてこたつでぬくぬくしていたクリスマス。妹が「お兄様、デートしませんか?」と笑顔で外へ連れ出されたら荷物持ちだった(笑)とかよくあるよね!
……はぁ。
既に両手の買い物袋と背に背負った登山用リュックの中に食材がゴマンと詰めてある。クリスマス商戦でお安くなった食材を買い込み、正月を乗り切るのがウチの慣習だ。金持ちのクセにつまらん所で貧乏性な一家だ。
年末年始はあのだだっ広い家に居るのは基本的に家族のみとなるので、買い出しもまた俺達の仕事となる。
(……ったく、沙良も出掛けるなら蓮兄を誘ってやれば良いものを)
沙良が誘ってきた時、一緒に温ってた蓮兄の悲壮な顔といったら見ていられなかったよ。アレはもうシスコンとかそんなレベルの話ではなく、爺さんにバレたら即斬首刑なアレだ。
寒空の中、そんな事を考えている内に沙良が戻ってきて家路に着く。
「お兄様は今日は参加するのですか?」
「ん、まあな。行かなかったらどうなるか分かったもんじゃない。お前はどうするんだ?」
「リーファと一緒にシルフ隊に加わる予定です。リーファは不満そうでしたけど……」
「だろうな」
2024年12月25日。
今日は和人と明日奈にとって大事な日になるだろう。午後3時―――アインクラッド21層が解放される。
凍てつく空気を切り裂くように白銀の丘陵地帯を飛翔する。
「きゅる!」
「……!レイさん、敵、来ます!」
「了解!」
7人パーティーの先頭を飛翔する俺はピナとシリカの警告を聞くなり、大太刀を抜き放って体と平行に構えた。
「2……3体か。クライン、一匹よろしく」
「任せろ!」
数秒後、ワイバーン型の中型Mobが視界に入る。牙を向いて真っ直ぐ突っ込んで来たそいつらを鋭角ターンでかわすと背面の弱点にそれぞれ一撃ずつ叩き込む。
「ギャア!?」
驚いて振り返り再び向かってくるが、俺の後ろを翔んでいたシリカに短剣を突き立てられ、2体とも遇えなく四散した。
「ナイスフォロー」
「ど、どうもです」
一匹押し付けたクラインもほぼ同時に勝利し、こっちに向かってサムズアップしている。
「お疲れ。さ、早く行かないと追い付かれてどやされるぞ」
「はい!」
「おう」
今回のパーティーはアスナをリーダーにキリト、俺、リズ、シリカ、クライン、エギル。その7人はいち早く21層ボス部屋に到達せんがために全力疾走していた。
その為の工夫として先行部隊――俺、クライン、シリカ――を設けて最短ルートまでのMobを蹴散らし、後発隊が他のパーティーを牽制しつつスムーズに進むという形態を取っている。
その性質上、突破口を開くのに手間取っていると世にも恐ろしいバーサークヒーラーさんがMob以外の動的オブジェクトを相手にバーサークしかねないので停滞は許されない。
実際はそんなことはしないだろうが、新生アインクラッドが出来てからアスナがこのボスを倒した後のために膨大なユルドを貯め続けてきた事を知っている俺は言われなくとも全力を――もちろん規範内で――尽くすつもりだった。
と、その時。
「……あ!!前からプレイヤー、来ます!!」
「……ちっ!」
振り返ってそこに居た、大柄のサラマンダーの首をすれ違い様に切り落とし、追ってきたそいつと同じギルドの面々に向き直る。
(インプ3、シルフ2……1人はメイジか)
目の前に迫った火球や刃物を《焔鎧》が受け止める。
「くっそ……」
硬直した前衛の剣士2人を続けざまに死亡マーカーに変えると、メイジの護衛に付いていたプレイヤーを強行突破して戦闘の中核にいたメイジを切り裂く。
「ちくしょう!」
消え際に罵倒を浴びたが、そんな事を気にしている暇はなく、すぐさま2対多数の戦闘を強いられているクラインとシリカの救援に行く。
外側から遠隔攻撃のプレイヤーを潰していくと、それに呼応するようにクラインとシリカが攻勢に転じた。
カタナ系範囲攻撃《颪》
短剣3連撃《リンスク・ネイル》
近距離戦闘なら大ギルドの足止め用員など2人の敵ではない。シリカが敵のHPを削り、クラインが残りをまとめて刈り取った。
「クソ、大分時間取っちまったな……」
「……ここのとこ目立ってるからな俺達は。警戒もされるさ」
「まだレイドの空きはあるでしょうか?」
「厳しいな……ま、普通に行けばだがな」
「「……?」」
迷宮区入り口でハイドしていたプレイヤー2人を瞬殺して安全を確保すると、レイは虚空に向かって呼び掛けた。
「ユイ、もう大丈夫だぞ」
瞬間、差し出したレイの手のひらの上に光が凝縮し、小妖精姿のユイが現れた。
「お疲れ様です、にぃ。予定時刻より早く着きましたね」
「ああ。だが、奴ら作戦が巧妙でな。随分と先に迷宮区に入られている。ナビゲート、頼むぞ」
「はい!任せてください!」
フィールドの地図データにアクセスする事や索敵スキルより広域高性能な索敵能力を持つユイはその余りにチートな能力故、普段の狩りでは攻撃パターンの解析やスイッチのタイミングを合わせるタイマー代わりなど、パーティーリーダーを補助するような役割をしているが、事情が事情だ。
今回ばかりはその能力をフルに使わせてもらう。
―――この日、平均踏破時間が1時間である迷宮区を僅か20分で踏破し、先行した大ギルドを軒並み追い抜いた3人組がほんの少し話題になった。
21層ボスに挑む人数は2レイド98人で挑む事となった。内分けは大ギルド3つからそれぞれ3パーティーずつ、中小ギルドのパーティーが2つ、種族パーティー(シルフ、ケットシー)が2つ、そして俺達7人だ。
それはそうと、
「何か睨まれてねぇ?俺ら」
「まあ……仕方無いだろ?」
最近は融和が進んできているとはいえ、ALO古参組とSAOカムバック組には結構な確執がある。
アインクラッド拡張に併せて実装された《ソードスキル》という必殺技に習熟しているだけでなく、何より気に食わないのは『新顔のクセにやたら強い』という事かもしれない。カムバック組が増えてきた頃は絡んで行った古参組が返り討ちに遭うという光景がよく見られたものだ。
その他色々あるが、挙げて行くとキリがない。
「……ったくよぉ」
再興した《風林火山》のギルドマスターとしてそこら辺の摩擦を上手く捌かなければならないクラインは面倒臭そうに頭を掻いていた。
と、そこへ
「はーい、みんなー。レイド入れて貰えたよ。私達は2団でサクヤさん達のシルフ隊と1括りね」
レイドリーダーと交渉していたアスナが戻ってきて自分達の配置と現在知られているボスの情報を通達していった。ボスは《The Nicolaus Mira》杖の武器を持ち、主に魔法による攻撃を行う。
……何ともまあ、クリスマスチックなボスだ。マニアック過ぎて分かっているヤツが居なさそうだが。
「ちょっと!レイ君、聞いてる!?」
「うん、聞いてる。ユーミルってマニアックなボス考えるよな」
「……エギルさん」
「あいよ」
ゴンッ!!
「ぐぉ……」
何故だ……。
SAO、ALOでフロアボスを含め、幾度となくダンジョンのボスと戦ったが、その中でもこのボスは異様だった。いや、むしろ…………
『メリークリスマス、妖精の戦士達よ。私の名は―――ニコラウス』
完全な人形。天井に届きそうな身長と、緋色の水晶が填まった木製の杖を人間の手で握っている。鉤爪や触手諸々は生えていない。
極めつけはその格好。真っ赤なマントと帽子、革のブーツ。豊かな白髭は腹の辺りまで伸びている。どうみてもサンタクロースその人だ。
唯一、心当たりの無い意匠は首から提げられている水色の水晶だが……あれは何だろうか。異様と言えば部屋の上部に掛けられている聖像画も気になる所だ。
『故あって《本日限り》儂がこの部屋の主である。さあ、剣を取れ。取って置きのプレゼントをくれてやろう』
ニコラウスがそう叫んだ瞬間、その巨身の周りに魔法の発動予兆が現れる。
「……っ!?全員下がれ!」
危険を感じ、2団の最前列に居た仲間達を退避させる。入れ替わりに前へ出て大太刀を抜き放ち、意識を集中。
―ギラッ……!!
膨大なエネルギーが発射されるような音と共にボスの周囲へ光柱が伸びる。完全にその射程に入っていた1団の中心部にそれが命中し―――
「な……!?」
誰の声かは分からなかったが、誰もがその光景に驚愕した。1団の中心部、メインアタッカーの部分に居たプレイヤーがごっそりとリメインライトに変わっていた。
「何という威力……!!」
2団に飛んできた流れ弾ならね流れレーザーは範囲守備にシフトさせた《焔盾》によって防がれる。
サクヤの指示で2団はパーティー毎に部屋全面に散開する事になった。指示が届かなくなるリスクがあるが、固まれば先程のレーザーの餌食だ。
「アスナ!魔法攻撃は俺が防ぐ。キリト達の援護に集中していいぞ!」
「分かった!キリト君、皆……行くよ!」
「「「おう!!」」」
レーザー、魔力球、魔法の矢、追尾弾、追尾レーザー、広域デバフ……etcの多種多彩な魔法を高速詠唱と共に放ってくるニコラウスに、討伐隊は徐々に追い詰められていった。
MPが無尽蔵なのか、はたまた膨大な量に設定されているのかは知らないが、攻撃間隔が最大で5秒程で一撃必殺レベルの魔法を放ってくる。
「くっ……!!」
エギルを狙ったレーザーを焔盾で逸らしつつ、辺りの状況を確認する。少しでも安全なようにと部屋の隅で回復しているのは残りの生存している討伐隊の大半だ。
一度も休憩せずにボスに張り付き続けながらPOTローテが回っているのは俺達のパーティー位なものだろう。ほぼ全員が前衛型の剣士職なためHPが高く、後衛のアスナも本職は一応、剣士だ。
加えて魔法攻撃をほぼ確実に防ぐ《蓮華刀・紅桜》の《焔盾》。真正面から受ければ流石に突破されるので少し角度をつけて逸らすようにすれば、防御も万全だ。
(……つってもジリ貧だな)
《焔盾》は魔法防御を優先的に防いでいるため、杖の物理攻撃はかわすか、武器で受けるしかない。唯一のタンクビルドのエギルがこれを担当しているが、やはり1人ではギリギリだ。
俺達7人以外に張り付いているのは我の強い、1団リーダーのパーティー。余裕がある時にレーザーを弾いてやったら嫌な顔されたので二度とやってない。
だが、一様にHPを赤く染めているので壊滅するのも時間の問題だ。
「おーい、キリト。どうする、アレ?」
「放っておく訳にはいかないだろ。一旦、下がるように言ってみる」
そう言ってキリトは反対側に駆けて行き、相手のリーダーさんに何か言っている。
1団は最初の大打撃と今までの戦闘で3分の2が戦闘不能になり、死亡マーカーの回収もままならず立て直せてない。
2団は1団の犠牲の元、最初からパーティーを分散して配置したため被害は軽微だ。
相手のリーダーは厳めしい顔でキリトに何か言い返し、キリトがそれに唖然としてから怒鳴りす。
……うぜぇ。
「揉めてるわねぇ……」
「なんか……『あんた達も引け』とか何とか言ってますよ」
聴力補正のあるシリカが会話の内容をこっちに伝えると、全員が「何言っちゃってんの?」みたいな顔になった。
クラインが珍妙な生物を見たような顔をしながら声を絞り出す。
「な、何言ってんだアイツら……」
「恐らく貢献率的なアレだろ。……てか、まず俺等からタゲ剥がすのが相当ムリゲーな気がするんだが……」
仕方なしに後ろのサクヤ達にスイッチを要請。承諾の合図を受けると防御しながら後退する。
(……にしても、何かあるな)
レイはセラとスイッチの掛け声で位置を代えながら背後の聖像画を見据えた。
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