炎髪灼眼の討ち手と錬鉄の魔術師
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”狩人”フリアグネ編
四章 「名も無き少女」
御崎高校に到着した士郎は、一年二組の教室に向かった。どうやらそこが俺の教室らしい。
教室に入ると、始業前の慌ただしくも騒がしい、けれども明るさと楽しみに満ちた教室が彼を出迎える。
そこは、士郎にとって久方ぶりの日常の風景だった。
あの戦争以来、冬木市自体の雰囲気が変わってしまったからな。藤ねえが必死にムードを盛り上げてくれたけど、皆の根底で変わってしまった何かは元には戻らなかった。
変化に気付かない分、この世界の住人は幸せなんだろう。
席に着いた士郎は教室を見回し、坂井悠二の友人、『メガネマン』こと池速人の姿を探した。
ちなみに彼は、クラス委員等をしていて他人に頼られている―――、と坂井悠二の記憶にはある。
なんの偶然か、学生時代の友人『柳洞一成』とどうもイメージかダブる人物だ。謎の親しみが湧いてくる。
『悠二の友人だった』と言うのも理由の一つではあるだろうが………。
彼を探している理由は、本日の一限目の日本史の範囲を知る為だ。もっとも、高校レベルの問題に苦労するわけではないが、範囲が分からないと少々不安になる。
どうせ消える身だからといって、学業を疎かには出来ない。坂井悠二を演じる為にも――だ。
だが、どうやら今はどこかに出ているらしい。教室に彼の姿はなかった。
ならばと、右隣の席に座っている『平井ゆかり』に、範囲を教えて貰おうと振り向く。
坂井悠二は何度か彼女にテストの範囲を聞いた事がある。いたって自然な流れてだろう。
「な゛―――ッ!?」
そして、そこで再会した。
存在の乱獲者と戦うフレイムヘイズの少女と………。
「遅かったわね」
引き締められた凛々しい顔。腰の下まである長く艶やかな髪。
堂々と胸を張り、少女は何故か御崎高校の制服であるセーラー服を着て、そこに座っていた。
数秒の沈黙が二人の間に流れる。
「…………、あんたは高校生だったのか!」
――――なんたる偶然だろう。自分の命を救ってくれた少女は高校生で、しかも自分のクラスメートだったのだ!
「いやぁ~助かった助かった。とりあえず、日本史の小テストの範囲を教えてくれると助かる」
とにかく今は範囲が知りたい、昨日の話の事は授業中にでも詳しく聞く事にしよう。右隣だから話もしやすい。
「お前―――、それ本気で言ってるの?」
心なしか返答に棘があるような気がする。………まぁ、気のせいだろう。
「本気って何の事だよ。とりあえず、テストが終わってから話がしたいんだけど―――、良いか?」
「お前は私を何だと思ってるのよ?」
いまいち会話が噛み合わないな。一体何の事だ。見た目か?
まぁ、確かに見た目だけだと、高校生には見えないが。
「てっきり中学生辺りだと思ってた」
これでも譲歩した方だと思う、見た目だけだと中学生でさえ怪しいからな。
「そのレベルから話さないといけないわけ?」
はぁ~、とため息をついて、気だるそうに少女は説明を始めた。
「まず言うけど、私は高校生でも中学生でもないわ」
ほぅ、そうなのか。
「薄々気付いてたけど、やっぱり小学生だったか!?」
やっぱり、その外見で高校生な訳はないよな。
「小学生な訳ないでしょ! 私はフレイムヘイズよ!」
うわっ、吠えたよ!
周りに会話が聞こえたらどうすんだ?
「はいはい、わかったよ。―――で、そのフレイムヘイズさんが何で高校にいるんだよ?」
大人しく話を聞く事にしておくか。もう吠えられるのは嫌だし。
「お前を狙う奴らを釣るには、近くに居た方がいいでしょ? だから、ここにいたトーチに割り込んだのよ」
その一言でその場の空気が変わった。こんな所にも犠牲者がいたのだ。
「割り込んだ―――ッ!? あんたは平井ゆかりじゃないのか!? 何で誰も気づかないんだよ、俺すら違和感を感じないなんておかしいだろ!」
どういう事だ、なぜ俺でも気付かない。確かに俺でも、道行くトーチが消えた時に違和感はほとんど感じなかった。けど、消えたという事実は認識出来ていた筈だ。
つまり、俺はこの世界の特異を認識出来る筈なんだ。なのに、どうして俺は目の前の少女を平井ゆかりだと認識しているんだ。
「割り込むってのは、他の奴が認識してた『平井ゆかり』って存在と私を挿げ替えるって事なのよ」
平井ゆかりの存在と挿げ替えた。そう少女は言う。
消え行く運命だったとはいえ、平井ゆかりを消す権利は誰にも無い筈だ。そんな権利があっていい訳がない。
淡々と事後報告のように話す少女………いや、皆の認識する『平井ゆかり』に対して、俺は何かを言えずにはいられなかった。
「確かに彼女はトーチだったんだろう。だが、あんたが彼女を消して良い筈がないだろ」
前の平井ゆかりと面識があるという訳ではない。むしろ、全く知らない人と言ってもいいだろう。だが、消えていった坂井悠二の為、そして自分の為にも少女に問いかける。
「遅かれ早かれこいつは消えてたのよ。それに、どうせ消えかけてたし。それに―――、お前だって“私と同じ”じゃないのかしら?」
「それは………」
「あの時に私が見た感じだと、その身体は“元はお前の物じゃなかった”と思うんだけど。違うのかしら? もしそうだったとするなら、お前に私を非難する資格はないわ」
確かにそうだ。坂井悠二の存在を塗りつぶした俺に、彼女を非難する資格はない。
例え、偶発事故の類いだったとしても、俺がした事は決して許される事はないって分かってる。そんな事は分かってるさ。
「その様子だと、図星かしら?」
それに、どうやらこの少女は坂井悠二の身体が作り変わる様を目撃していたようだ。嘘をついても意味がない。ついた所で罪が消える訳もない。
「あぁ、確かにこの身体は俺の物じゃない」
「ふん、なら尚更ね。とにかく、お前だって気付かなかったんだから、別に思い煩う必要はないわ。後悔なんてした所で何の意味もない。ただ無駄なだけ」
「………」
確かに後悔をした所で、何も変わらない。
平井ゆかりと坂井悠二の二人は、俺や周りが認識出来たかどうかに関わらず、その存在を失っていた。
例え、その結果を俺が知っていたとしても、俺に出来る事は無かっただろう。
だが、出来る事がなくとも、それが何もしなくてよいという理由にはならない筈だ。この世に無駄な事なんてない。この件については尚更、無駄な訳がないだろう。それは、きっと偽善と言われるのだろうが。
今の俺には、これ以上犠牲者を増やさない為に戦う事しか出来ない。
そして、せめて俺だけでも彼女達の事を忘れずにいよう。
今、ここに座っている“平井ゆかりとして座っている少女”と“衛宮士郎”は、かつて“平井ゆかり”と“坂井悠二”という存在だった事。そして彼女達は、この世界で生きていたという事。
それを俺が覚えている事が、彼女達が存在した唯一の証なのだから。
「なら―――、あんたの名前は?」
その為にも、これだけは聞いておかなければならない。
「名前?」
「フレイムヘイズってのは“紅世の徒”ってのと戦う奴らの総称だろ。なら、あんたの名前はなんて言うんだ?」
俺の中で、彼女を平井ゆかりとは違うと明確化する為にも、彼女の本当の名前を知っておく必要がある。
「………え」
その質問に少女は不意に顔を曇らせた。俺の錯覚であるだろうが、寂しさの端を僅かに覗かせて。
だが、何故その様な反応を示したのか、見当もつかない。それほど難しい質問をしたつもりはなかったからだ。
少女はただ、胸に下げている、あの声が出るペンダントをもて遊んでいる。彼女との会話の経験から無視を決め込まれると俺は予想していた。自分から質問はしても、他人からの質問には必要最低限しか答えないタイプと思ったからだ。
すると、予想に反して少女は小声で答える。
「私は、このアラストールと契約したフレイムヘイズ、それだけよ。それ以外に何も無いわ」
何もない―――つまり、名前がないという事だろう。
「名前が――ないのか」
少女の顔から寂しさは消えていたが、今までの平然とした顔ではなく、表情の消えた顔だった。だが、何故だろう。俺にはその無表情が必死に感情を殺している様に見えた。
名前―――、それは自分の親が与えてくれるこの世界との最初の接点。自分自身を証明する絶対の存在。自分自身と言っても過言ではないだろう。だからこそ、人は己を偽るときに偽名を使う。それが、自分自身という存在を最も偽れる方法だからだ。
しかし、名前の無い少女は自らの行為だけが、存在を証明出来る唯一の方法になる。それは、もはや道具も同然の存在だと言えよう。
――――それは、非常に脆い存在である。
行為のみが存在の証明ならば、その行為を否定された時、その人間はどうなる。
それは、存在を否定されるのと同意であると言ってもいいだろう。
「ただ……、他のフレイムヘイズと区別するために“『贄殿遮那』の”って付けて、呼ばせてはいるわ」
数瞬の沈黙を経て、少女は言う。
「―――ニエトノノシャナ?」
何かの暗号か? 偉く古めかしい響きの単語だが……、称号か何かなのだろうか。どちらにせよ、人の名前ではない。ただの記号に近い物だ。
なんだそれは、と付け加えて少女に聞いてみた。
「私が持ってる大太刀の銘よ」
銘を机に指で書いて見せてきた。あぁ、ブンブンと軽々しく振り回してたあの大太刀の事か。
中途に解析をした結果、あれがただの野太刀でない事は分かっている。しかし、あれ程の業物―――しかも、大太刀なのに聞いた事もない名前だ。打刀なら数が多すぎる為、知らなくても無理はない。
「名前がないから、大太刀の銘で――、か」
そこで俺はかつて共に戦った『剣の少女』を思い出していた。『セイバー』と呼んでいたあの少女は、その呼び名の通り、俺の剣となってあの戦争を共に戦ってくれたのだ。
思えば、この少女に初めて助けられた時にも彼女の事を思い出した。 あの戦い方といい、自分を剣の名で呼ばせている所といい、案外と似ている所が多いのかもしれないな。
「けど流石に剣の銘で呼ぶのはな……」
なんて呼べば良いのだろう。
不思議と俺は、この少女には刀剣のイメージを持っていた。普段の呼ばせ方を聞く以前からだ。あの戦いぶりの性かもしれないがな。
「なにいきなり考えこんでるのよ」
少女の言葉も耳に入らず、俺は考えていた。
セイバーと呼ぶのは流石に却下。あらゆる意味であの少女は剣その物だった。例えそれが、ただのクラス名だったとしても、あの名前は、あの少女にこそ相応しい名だ。
そもそも、俺の中のセイバーは彼女だけだから、この少女をセイバーと呼ぶなんて考えられない。
同じ感覚で付けてみるか。要は英語にしたら良いって事なんだろうし。
セイバーって言ったら即ち剣だ。同じ剣を現す英単語……か。
ブレイド? 却下だ却下。デイウォーカーのヴァンパイアハンターじゃあるまいし。
と言うか、剣じゃなくて刀のイメージだな。刀だったら……。
サムライソード! 来たッ! これだッ!
ヒテンにミツルギスタイル的な感じが良いネ。
全く、ネーミングセンスがないな俺は。子どもに名前を付ける親の苦労ってのはこういう物なのだろうか?
ともかく『贄殿遮那』をそのまま使うのは、あまりにも芸がない。と言うか、そんなの名前でも何でもない。
だが、少女自身がそうしていたように、この少女を象徴してる武器なのだろう。そうでなければ、わざわざ刀の銘を選ばないだろうし。きっと、彼女にしてみれば英霊にとっての宝具と同意なのだ。
にえとののしゃな……か。
にえとのの、しゃな……。
にえとの、の、しゃな。
―――、しゃな。
「よし、決めた」
これなら語呂もいいし、人の名前っぽいよな。
「勝手に考えこんで、なにを決めたのよ……」
少々、困惑気味に少女が聞いてきた。いや、もう少女なんてのは無しだ。
「俺はあんたの事を『シャナ』って呼ぶことにする」
いや、まぁ会話の最中で放置してて悪いとは思うけどな。
だが、平井ゆかりと彼女は別人だ。なら、彼女には別の名前が必要だろう。
非常に安直なネーミングだとは士郎自身も思ってはいるが……。
士郎にとってそれは重要な事だが、『シャナ』と名付けた少女にとっては、どうでもいい事だったらしい。
首を傾げて、軽く答えてきた。
「勝手にすれば? 名前なんてどうでもいいし、私は私の役目を果たすだけだから」
確かに俺の勝手な事なんだけどさ。少しは反応して欲しかったと言うか……。
いや、今は良いか。人の認識なんて、そう易々と変えれる物でもないし。
「役目って、俺を餌に敵を釣ることか?」
「お前に喰いついてくる奴がいる間は、そういうことになるわ」
「つまり、俺が消えるまでって事か」
我ながら、なんとも身も蓋もない言い方だな。
「最後に聞きたい、あんたは俺の敵か?」
「さぁ? それはお前次第の事よ」
お前が邪魔をしない内は味方だ、と彼女は暗にそう言った。
なら安心だ。
俺達にとっての共通の敵は、曰く存在の乱獲者『紅世の徒』との事。だったら、共闘している間に彼女に剣を向ける事態などは有り得ないのだから。
なら、後は当面の問題を解決するだけだ。
「それじゃ、改めてだな。シャナ、小テストの範囲を教えてくれないか?」
シャナと名付けた少女は眉を顰めた。
「勝手に名付けて、いきなり呼び捨て? まぁ、良いけど……。テストってのはこの程度のお遊びでしょ?」
鞄から教科書を取り出したシャナは、ヒラヒラと振って見せる。ちなみに、振っただけで何も教えてくれなかった。
いや、お前の感想を教えてもらっても仕方がないんだが……。
これで、範囲が分からない状態で受ける事が確定したな。まぁ、高校レベルの問題ならなんとかなるか?
仕方がないので、教科書の初めの方を確認する。入学してそれ程経っていない様なので、範囲は絞り込める。シャナの方は振っていた教科書を机の上に置き、腕を組んでふんぞり返っていた。
見た目だけだと中学生すら怪しい少女の、小馬鹿にした態度を見ると、なんだか気が抜けてしまう。
「二度目の高校生活……不安になってきたな」
誰ともなしに呟く。
その時に聞こえた始業の予鈴は、士郎には何故か不吉な音色にしか聞こえなかった。
後書き
お久しぶりです、BLADEです。
今回、ようやくシャナに名前が付きました。
これで、今後の地の文もスッキリしてくれれば良いんですが……。
二話続けてエンカウント無しで、本当にすみません。
先に予告しますと、次回も戦闘はないです。
疑問点や誤字脱字がございましたら、御一報宜しくお願いいたします。
展開がグダグダで申し訳ないのですが、次回も宜しくお願いします。
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