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“死なない”では無く“死ねない”男

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話数その7 経たない

「……あんな所に教会あったんかよ……始めて知った」


 時刻は午後六時。場所によっては人通りが少なくなってくる頃合いを狙い、晋は誰も居なさそうな(ついでに化け物もでなさそうな)場所を調べていた。

 この間のようなどんちゃん騒ぎはもうとっくに収まっているのだが、あの日は化け物の所為でゆっくり一人になれなかったので、改めて静かな所でゆっくり寝っ転がろうと考え、こうして場所を調べているという訳だ。


 「……教会か……教会ならベストかもな。化け物も嫌って寄ってこないだろうし……神聖な気分にも浸れそうだし……よし、決定だな」


 晋は、教会のある場所をしっかり見て覚えた後、綺麗に回れ右をして帰路へと着く。



 




―――――彼の嫌いな“ダルい事”は、もうすぐそこまで迫って来ている。













 そして、深夜。


 晋はあえて自転車を使わずに、徒歩で教会へと向かっている。その理由は気分のようなものという、かなり気まぐれな物であり、情緒すら微塵も感じない。

 見た感じ、“高校生が深夜に夜食でも買いに行く”ように見える。……もう温かいのに、寒色のパーカーを着ている所為で、不審者の様に見えなくもないが……。


(……お、あったあった教会)


 暗くて分かり辛くはあったが教会の姿が遠くに見え、晋は一旦立ち止まると、そこに向かって早くも遅くも無い速度で再び歩き出した。

 しかし、教会へと近づくにつれ、何処となく嫌な予感が彼に走る。


(……やっぱ場所変えるか? ……でも今からだと、他の場所遠いし、何よりダルいしなぁ……)


 そして、結局ダルさの方が上回ったのか、晋は再び微妙な速度で歩き始める。 ……が、教会に近付けば近づくほど、彼の嫌な予感は当たりだと告げるように、不穏な空気が強まっていく。


(……引き返すか。もう教会の目の前に来ちまったが……)


 ハイ、撤収~、と誰に言うでも無く呟いた晋は、無駄に綺麗な回れ右をしてその場を立ち去る。






「レイナーレ様が言うには……悪魔が来る筈だったのだがな?」
「迷いこんじゃったんじゃない? 見るからに幸薄そうっすよ~」
「どちらにしろ、侵入者は殺せと命令されているんだ。これからやる事に変わりはない」
(……このやろ~……)


 ――――事が出来れば、彼にとって幸いだったであろう。 

 晋は面倒くさそうな顔で、声のした方向に顔を向ける。そこには、黒い翼を生やした、スーツの男、ボディコンスーツの女、ゴスロリの少女がいた。


(……こいつら、あの女と同じ翼持ってるな。……自分の事、何て言ってたか……?)
「ん? 如何したんだあの人間は。逃げるそぶりすら見せないぞ?」
「神器の力は感じるが……そんなに強くはないな。むしろ弱い方に天秤が傾く」
「じゃ、怯えて動けないんじゃないっす? あはっ、かわいいっすね~」
(……確か……そうだ、“烏天狗”)

 大外れ―――正解は“堕天使”である。第一どれだけ共通点を探そうが、堕天使(だてんし)烏天狗(からすてんぐ)では、“て”しか合っていないのと、黒い羽根を持っている事しか無い。


(………喧嘩はダルいから…あまりやりたかないんだよなぁ…どうするかねぇ)


 此処の所連続で戦っていた所為か晋のやる気は、無尽蔵といえるほどの武器とは対象的にもう殆ど無くなっており、更には状況的に逃げる事も出来なさそうなので、さてどうしたものかと考え込んでしまっている。


 (……あ~……そうだ、その手があった)


 やがて何かを思いついたらしい晋は徐に歩き出すと、木の傍に座り込む。 そして神器から取り出したビーフジャーキーを齧り始めた。

 怯えていると思っていた人間の、余りに突拍子もないその行動に、堕天使達は呆気にとられてしまう。 だが、流石にいつまでも呆然とはしていない。


「どうやら、我々の事を舐めているようだな」
「下等生物に舐められるなんてムカつくんすけどぉ!」
「人間如きが!」
(……鴉って、結構短気なんだな……こいつらとか、あの女とか)


 恐ろしい程くだらない事を考えながら、更に晋は神器から“キノコの全て”という、結構分厚い本を取り出して読み始めた。 その様子を見た堕天使達は遂に怒りのボルテージが頂点に達したのか、光の槍を作り出し―――


「死ね!」
「くたばれぇ!!」
「はっ!」


 三方向から、晋へと光の槍を投げつける。槍は何かに遮られる事も無く、晋の頭、胸、腹にそれぞれ刺さり、食べていたビーフジャーキーは飛び、呼んでいた本も穴が開いた。


「ふん、人間如きが、堕天使を舐めた態度を取るからそうなるのだ」
「……まぁ、此処に入ってきた時点で命はなかっただろうが……な」
「はっ、ザマァ~みろ!! ザマァ~みろっすよぉ!!」


 やがて、槍が刺さっている部分から血が流れ出していく。特に頭からは洪水のように血がとめどなく溢れ出しており、他の部分も傷の大きさから致命傷である事は目に見えていた。
 彼の後ろの木にも穴が開き、脳髄や内臓らしき肉片がへばり付いている。

 まだまだ怒りは収まらないと言った感じの堕天使たちではあったが、彼らのリーダーの作戦の事もあり、一先ずこの場を去る為に死体にに背を向け飛び去ろうとする。





「あ~……よく考えたら、本に穴開くし、食ってるものでてくるし……全然いい方法じゃないよな、コレ。考え足りんかった……」
「「「―――――は……??」」」



 ――――物凄く間の抜けた内容の言葉が後ろから聞こえ、振り向いた彼等が目にしたものは……傷など最初から無かったかのように、穴のあいた本を回転させながら放り投げている“晋”の姿だった。


「……てか、この本高かったのになぁ……何千円したっけ? ……なぁお前ら―――いや、知ってる訳ないわな、アホか俺」


 晋はそれだけ言うと立ち上がり、欠伸をしながら教会に背を向け歩き出す。


「今、貫いたっすよね……貫いたっすよね?」
「……あ、ああ。その筈だ」
「ならなんで動いてるっすか!? 何でなんすか、カラワーナ! ドーナシーク!」
「わ、私が知るかっ!!」
「……私にも、分からん……」
「こうなったら―――死ぬまで投げ続けてやる!!」



 そう言うや否や、堕天使達は次々と光の槍を作り出し、次から次へと投げつける。しかし、投げつけられている当の本人は、槍なんざどうでもいいと言わんばかりにずっと歩き続けており、刺さった傷も瞬く間に治っていく。


 最初の内は必死に投げ続けていた堕天使達だったが、段々と投げる数も速度も落ち、ついには投げる事すら放棄して晋が歩き去るのを呆然と見ていた。
 投げても投げても投げても投げても……どれだけ投げて刺さっても一向に終わりが見えず、これ以上投げる事は無駄な気がしたからだ。


「なんだったんすか……あの男」
「知らん……だが、少なくとも“唯の人間”ではない」
「あのまま続けていたら……狂っていたかもしれん……」


 それだけ交わすと堕天使達は黙りこみ、もう点にしか見えなくなった彼を再び見やり、そして思った。“あの男の正体は……一体なんだったのだろうか”と。



 ―――――しかし、この後堕天使達は、その答えを知ること無くこの世を去る事になる。


 無論、そんなことは堕天使達も、ましてや晋ですらも知らない事であった。

 
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