失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】
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原作開始【第一巻相当】
第十九話「妖狐パニック」
前書き
長らくお待たせしました。
遅ればせながら、依然出したアンケートの結果を発表します。
みぞれが2票、バスの運転手が1票のため、みぞれのIFを書こうと思います。もう少し票が欲しいところでしたが、そのような結果になりました。
出来上がり次第、切りのいいところで投稿したいと思います。
最近のハクの様子がおかしい。
キョロキョロと落ち着きがない日もあれば、死んだように眠り続ける日もある。深夜にふと寝床を抜けて外に出ることもしばしば。
なにやら俺に隠し事があるようだが、後ろめたい類のものではないようだ。
……タイミングを見計らっている?
俺も要領が掴めないのだが、なんとなくそんな感じがする。
「それじゃあ、そろそろ寝るか」
時刻は零時を回ったところ。寝室に移動した俺は豆電球をつけて就寝の準備をする。
「はい。明日も早いことですしね」
いそいそとハクが俺のベッドに潜り込む。
この部屋にはハク専用の特注ベッドがある。当初はそちらを使い別々で寝ていたのだが、気が付けばいつも俺の布団に潜り込んできていたため、自然と同じベッドで寝ることになった。
寝相も悪くないから寝返りを打ってハクを押しつぶすこともない。難点と言えば、暑い夜はハクのふかふかな体毛で蒸し暑く感じるくらいだ。
「おやすみ」
「はい……おやすみなさい、千夜」
† † †
不意に感じた気配に目が覚めた。
壁に掛かっている時計を見ると深夜の一時を回っている。気配が感じる方向――俺の隣から、ハクがゴソゴソと動き、布団から出た。
「千夜は……寝ていますね」
反射的に寝たふりをした俺を一瞥して布団から出たハクは部屋の外へと向かう。
――こんな時間になんだ?
不審に感じた俺はハクの後を追うことにした。
ハクは軽快な足取りでエレベータへ向かい、ジャンプして器用にボタンを押す。閉まる扉を見届けた俺は行き先に眉を潜めた。
「屋上……?」
ランプが点灯しているのは確かに屋上を示す階だ。
――とりあえず俺も向ってみるか。
エレベータを使うと見つかる可能性があるため、非常階段から屋上に向かう。
扉を開けると突風が吹き抜けた。
うちの小狐は屋上の真ん中で月を見上げていた。ハクの視界に入らないように気配を殺しながら給水タンクを遮蔽物にして息をひそめる。
今夜は下弦の月だ。弧を描く月を身じろぎもせずにジッと見つめている。
その胸中で、なにを想っているのだろうか。胸の内を知る術を持たない俺では、何を考えているのか察することも出来ない。
ジッと夜空に浮かぶ月を見上げていたハクが小さく体を震わせた。
濃い密度の妖力が体を纏い、淡い青白い光を発する。
光は直視するのもままならないほど強く輝いた。
手で影を作っていた俺は光が収まるのを確認するとハクがいた場所に目をやる。
「ん?」
しかし、そこにはハクの姿はなく、一人の少女が立っていた。
白を基調にした着物を着た少女だ。
身長は一六〇センチほどだろうか。腰まで届く白髪は月光を浴びて銀色に輝いて見えた。
少女は大きく息を吐く。冷気による白い吐息が闇夜に消えていく。
見たことのない少女だ。これは断定できる。
その横顔は恐ろしいまでに整っており、凛とした表情は一見すれば忘れることがないだろう。
しかし、その妖気には覚えがあった。
「……ハク?」
「―ーっ!」
俺の声が届いたのか、ビクッと肩を震わせたハクが恐る恐る振り返る。
「せん、や……?」
まるでいけないところを見つかってしまった子供のような反応だった。
ハクの傍に近寄ると、彼女は顔を俯けた。
「なぜ、ここに……?」
「ベッドから抜け出したからどこにいくのか気になってな。しかし、驚いたぞ。まさか―ー」
「―ーの、ですか……?」
「ん?」
ここにきて、ハクの様子がおかしいことに気が付いた。
なにかに耐えるかのように小さな肩を小刻みに震わせ、着物の裾をキュッと握りしめている。
「千夜も、私を見捨てるのですか……?」
「……ハク?」
俯けていた顔を上げる。その深い群青色の瞳が真っ直ぐ俺を射抜いた。
「なん、で……どうして……っ! 一緒にいてくれるって言ったじゃないですか! 守ってくれるって言ったじゃないですかっ!」
目じりに涙を浮かべ、キッと睨みつけながら叫ぶように言葉を叩きつけてくる。
「私が化け物だからですか……? 私が化け物だから、だから千夜もいっちゃうんですか……?」
白魚のような白い指が俺の胸元を掴んだ。
「お願いします! 見捨てないでください! 独りにしないでください!」
強く揺さぶってくる。零れ落ちた涙が月の光を反射して煌めいた。
「もう、独りはやだよぉ……!」
俺の胸に顔をうずめ、消え入りそうな、小さな声で泣きじゃくるハク。
「なあ、ハク―ー」
「いやぁ! 聞きたくない!」
「いや、聞かないと俺が困るんだが」
普段のハクからは想像もつかない取り乱し様。
ぽりぽりと頬を搔いて、目の前で子供のように嗚咽を漏らすハクに一言。
「……なんの話?」
「ヒクッ……クスン…………ふぇ?」
ポカンとした顔が、どこか笑えた。
† † †
「ハッハハハハ! なんだ、つまりは俺に見捨てられると思ったのか」
「もう笑わないでください! 私だって勘違いだと知って恥ずかしいんですから!」
あれからすぐにハクを部屋に連れて事情を聞いた。
なんということはなかった。
突如、変化が出来るようになったハクは自分の身体がおかしいのではと勘違いし、人間に化けれることを俺に知られたら嫌われるのではないかと思ったようだ。
なぜ、そこで俺に嫌われると思ったのか不思議だったが、まあハクの過去を鑑みればそれも想像するに難くない。
その変化はハクにとって至極普通のことであり、どこも変ではないことを説明すると。
それまで、借りられてきた猫のように大人しかった――しおらしかった彼女は段々といつもの調子を取り戻しつつあった。
「しかし悲しいな。それしきのことで俺が嫌うと思うなんて。ちょっとは信頼されてきたと思っていたんだが」
「うぅ~、千夜がいじめます……」
恨めしそうな目で俺を見てくるが、このくらいは許してほしい。ちょっとだけ傷ついたのは本当のことなのだから。
「それで、説明してくれるんですよね?」
「ああ、そうだったな」
さて、と気を取り直し、向かいに腰かけたハクに改めて目をやる。
今も少女姿で腰かけているハクは、まだ若干の不安を宿した目を向けている。
「さっきも言った通り、その変化はハクたち妖狐にとっては普通のことなんだ」
もともと妖狐は化けるのが得意であり、人間に化けては人を襲い、彼らの精気を奪って生活していたという。
そのため、妖狐は成長し体がある程度出来上がると、自然と変化の仕方を身に着けるのだ。
「だから、ハクのその変化は出来るようになって当然のことなんだよ。なにもおかしなことはないさ」
「そうでしたか……」
ようやく安心することができたためか安堵の吐息を零す。
そんな彼女の頭を優しく撫でてやった。
「まあ出来るようになったのは最近のようだし、これからはスムーズに変化できるようになるのと、変化の維持を練習していこう」
「はい……」
気持ちよさそうに目を細めるハクを眺め、俺も顔を綻ばせた。
後書き
ようやく、ハクさんがヒロインレースのスタートラインに立ちました。
感想お待ちしております!
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