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八条学園怪異譚

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第四十七話 洋館ではその十五

「あんなものをよく作られたものだ」
「あれっ、ルーマニアにはインスタントコーヒーないんですか」
「そうなんですか」
「なかった」
 長い間そうだったというのだ。
「ある筈がない」
「いや、ある筈がないって」
「それは幾ら何でも」
「ルーマニアは長い間共産圏だった」
 ようやくEUにも入られた、この国は東側にあったのだ。
「共産圏はものがなく民間のものの開発は遅れるものだからな」
「計画経済だからね、民間の活動は凄く制限されるからね」
 ビクトルが答える。
「だからね」
「そうだ、東ドイツから代用コーヒーが来ていたがな」
「あれは凄くまずいらしいね」
「いやいや、日本に来てあれの美味さに気付いた」
 ドラキュラは代用コーヒーは否定しなかった、ビクトルに対して述べるのだった。
「あれは熱い麦茶だ」
「麦茶なら冷やせばね」
「凄く美味しいわよね」
 愛実と聖花は生粋の日本人だ、それで麦茶と聞いてこう思ったのである。
「つまりアイスコーヒーにすれば冷たい麦茶になるのね」
「いいじゃない」
「その通りだよ、あれは冷やして飲めばいい」
 ドラキュラ自身もこう言うのだった。
「それでいいのだ」
「成程ね、じゃあうちでも代用コーヒー出してみようかな」
 ビクトルは七つのコップにお湯を淹れつつ言う、既にそのコップ達の中にはインスタントコーヒーの粉が入っている。
「そうしようかな」
「それ売れます?」
「何か色物商品っぽいですけれど」
「そういうものを売るのも商売じゃない」
 こう商売人として二人に応える。
「じゃあいいんじゃないかな」
「確かに、うちでもそういうの時々作りますし」
「うちでも」
 二人もそう言われると否定出来なかった、色々とやってみるのも商売のうちだからだ。
「結構これまで色々テストで作ってます」
「パンも増やそうとか思ってまして」
「色々してますし」
「そういうのも大事ですよね」
「うん、だからね」
 彼の店でもだというのだ。
「代用コーヒー出してみようかな」
「あれか、どうもわしはな」
 ドイツから来ているフランケンは複雑な顔で述べた。
「あれは好きになれない」
「ああ、フランケンさんチューリンゲン出身だからね」
「チューリンゲンは東ドイツだった」
 その代用コーヒー発祥の国だ、ワーグナーのオペラ『タンホイザー』の舞台であるこの地域は東ドイツ領だったのだ。
「西の同胞達が普通のコーヒーを何杯も飲んでいる時にだ」
「東ドイツはだったんだね」
「西にはガムもバナナも普通の車もあった」
 東ドイツにはそんなものは全くなかったのだ。
「そしてベルリンの壁がなくなって全て一気に入って来た」
「カルチャーショックだったんだ」
「驚いた、同じドイツでこうまで変わっていたとはな」
「ううん、歴史だね」
「今もまだ格差がある」
 東西ドイツの格差は途方もないものだった、その差は今も完全には埋まっていないのだ。
「その格差の惨めさまで思いだす、だからな」
「フランケンさんは代用コーヒー嫌なんだね」
「どうしても好きになれない」
「そうなんだね」
「しかし日本のインスタントコーヒーはな」
 それについては、というのだ。
「好きだ、では今日もな」
「うん、皆で飲もうね」
「こうしてな」
 狼男とミイラ男も応える、そうしてだった。
 七つのコーヒーが出される、ビクトルも愛実達も妖怪達もそれぞれ受け取る。しかしジョシュワだけはだった。 
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