神葬世界×ゴスペル・デイ
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第一物語・後半-日来独立編-
第五十八章 解放《3》
前書き
ずっと持ち続けついたこの気持ち。
気付いたのは数年前。
――やっと会えたな。
目頭から涙が溢れ落ちる。
なんで泣いているのか、何故ほっとしている自分がいるのか奏鳴には分からなかった。
自分でも分からない感情だからか、上手く言葉で表せない。
ただ涙を流すしかなくて、みっともなかった。
「泣くなって。お前は生きていていいんだ」
解るな?
「人を殺すことは褒められたことじゃない。家族を殺したのは竜神の力を抑え切れなかったお前のせい、黄森の奴らを殺したのもお前のせいだ」
だけど。
「お前は生きていていいんだよ! 罪人であっても、俺はお前といる。一緒にいたい。家族を殺したことは不幸な事故だった。けど、黄森の奴らを殺したことはお前のせいじゃない」
「何を……言って……」
流れる涙を拭いもせず、口を動かした。
セーランは答えた。
「黄森は元々朱鳥天に属するある一族が勢力を拡大させ、領土を奪い、奥州四圏につくられた地域だ。だから内部闘争が他よりも目立っててな」
ここからは推測だ。
「多分お前が殺した奴らは全員、今後黄森が進んで行く際に邪魔な奴らだったんじゃないかと思うんだ。だって不自然なんだ。去年の冬に死亡した筈のあいつらが、死亡者数に含まれていても住民票にあいつらの記録が全く無かった。抹消された、て言った方が正しいな」
一拍置き、短い休憩を取る。
「冬の休日の時に黄森の方へ行って来た。そしたらこれらの情報と共に、黄森では裏切り者に対して厳しい処罰を下す体制を取ってることが分かった」
「他の地域に、無断で入ることは禁止されてる筈だ」
「バレなければなんてやらだ。どうせ日来独立の際にはそんなことには構ってられないだろうしな」
やられる前にやる。そういうとこだ。
日来を消すというのならば、日来に所属している者達はそれ相応の態度を示す。
何時までも奥州四圏の人形ではない。
「思い出してみろ、黄森はまともに解放する理由を述べてない筈だ。仲間を殺されたから、これ以上の被害を食い止めるためだとか、その一点張りで」
「確かにおかしかった。だが、私が黄森の者達を殺してしまったのは、揺るがぬ事実だ」
「それ自体がそうなるように仕組まれたことかもしれねえんだ。気にすんなってのは無理だろうけど、もう苦しんで償うのはよそうぜ」
「なら私は、一体どうしたらいい」
一つ頷きを入れる。
答えよう。彼女のためにも。
光が流れるなかで、冷たい鉄の地面の上に二人はいる。
相手を見て、解放されているのだと思いながら。
「生きろ。罪が晴れるまで生きろ。真実が曇ったまま死ぬなんて間違ってるからよ」
「……ふ、簡単に言ってくれる」
一粒一粒と奏鳴の顔から滴れ落ち、解放場へと打ち付ける涙。
取り返しの付かないことをし、それを気にするなとは他人事だ。
思うも、後に続く言葉があった。
微笑み掛け、こうセーランは言った。
「これからは幸せを得ることで償おうぜ。あいつらが得ることの出来無かった幸せを、責任持ってお前が得るんだ」
「それでは、結局怨まれ続けるのだな」
「命を奪ったこと自体は事実だからな。まあ、心配すんな。俺がいる。お前の横には俺がいる。恐くなって、一人じゃ無理だと思ったら頼っていいんだぜ?」
涙を拭う手を、何かを思うように奏鳴は見詰めた。
人の血肉を裂いた手が目に映る。
肌色の手か深紅に染まった過去が脳裏に映し出され、強く目をつぶった。
受け入れなくてはいけない事実から目を逸らし、辛いがために逃げ出したのだ。
震える身体。細身のその身体が、彼女自身にしか解らぬ重圧から身体を丸めている。
震えながらもセーランに向かい言う。
「知っている筈だ。この身は穢れている」
「ああ、知ってる」
「幾人もの血でこの身を汚し、血肉を裂いた手に、肉塊を踏み潰した足。心さえも穢れてしまった」
「平気だ。それでも俺は嫌いになったりしない」
「分かってないな、お前は」
「何がだ?」
セーランは問う。
理解出来ていないものは何かと、問うように。
数歩。奏鳴はセーランに近寄る。
「私の気持ちをお前は理解出来るのだろうが、人を裂く感覚は分からないだろ?」
息を飲んだ。
セーランの方がだ。
はっと驚いたように目を開いて、下顎が自然と落ちた。
無理に、心地無い笑みをつくりながら奏鳴は言う。
「記憶に、身体に染み付いているんだ。生きた者の肉を裂く感覚が。人に触れただけで思い出してしまう。もうあんなのは御免だ」
無言のまま、聞いていたセーラン。
同情したような顔付きで奏鳴を見詰め、ただそれだけだった。他の行動は無かった。
口を出せるようなものではなかったから。
セーランには生きた人を、人以外のものも手で裂いた経験など無い。
本意ではなくとも、奏鳴は二度経験している。
安易な言葉が逆に彼女を苦しめる。それもあってか、セーランの口は動かなかった。
「痛みから大抵の者は泣いていたよ。痛かった程度のものではなかった筈だ。皮膚に爪を突き刺して、力一杯に引き裂いたんだ。皮が捲れて筋肉が見えた。真っ赤に染まっている筋肉に更に爪を刺して……爪を刺して、引き千切った」
恐怖によって植え付けられた当時の記憶が、まるで録画を見ているように思い出される。
家族の時も、黄森の者達の時のも。
誰も止められなかった、暴走した人殺しの自分を思い出す。
「身体が勝手に動いたんだ。抑え込もうとしたが、まるで操られてるように身体が言うことを聞かなかった。目もほじくり返すように千切ったし、裂いた腹から内臓なんかも引っ張り出した。
家族の時なんかは、口で家族の顔を噛み千切った。血の味がした。口一杯に」
「……奏鳴……」
「吐き気がした。肉を飲み込んでしまった時は。化け物だと言われても仕方無いくらいに血もすすったりした。まるで家族を自分のなかに取り込もうとしているようだった。泣きながら血肉を食し、何度も無理に吐いた。嫌だった、化け物のようになるのが。
抗った。無理にでもな。だけど、殺した最後は思ってしまったよ」
光が感じられない眼差しをセーランに送った。
セーランは一度、目を合わせるも、反射的に逸らしてしまった。が、もう一度、目を合わした。
真実を聞くため。
しかし、口から出た言葉は一人の少女としてはあまりにも異常な言葉であった。
本当に化け物だと思ってしまうくらいの。
たった、その一言は。
「とてもすっきりとした、と」
●
後悔では隠し切れない感覚だった。その時、自分は何かが失ってしまった気がした。何かは分からないが、そう感じた。
きっと人としてのものを失ったのだろうと思い、もう前のような自分ではいられないと思った。
異常な感覚。
人を殺し、すっきりしたなどと。
それは異常な感覚でしかない。
まさに化け物だ。
「もう手遅れなのかもしれないな。人の形をした化け物なんだ、私は」
悲しむように、後につれ声は小さいものだった。
確信したような言葉を言うが、本人はまだ受け入れ難かった。だが現実は常に目の前にある。
避けようとも避けられない、確かな事実。だとしても。
「ならそんな化け物に惚れたのは間違いだってか?」
セーランが言った。
苦し紛れとも言える言葉であったものの、間違いなくセーランが口に出した言葉だ。
幾ら奏鳴が自分自身を批難しても、寸分も奏鳴に対するセーランの想いは変わらなかった。
「俺には家族を裂いたことも食ったことも経験無いから全て解らない。でもさ、別に殺人者でも化け物でも、俺は奏鳴と一緒にいたい」
「何故そこまで、私を好きでいてくれる。ただ一目惚れしただけだろうに」
顔を横に振り、何も言わずに否定した。
「ただの一目惚れじゃないんだ」
「何か特別な理由があるのか……?」
「おうよ」
気になった。
話しががらりと変わった気がするが、なんだろう。話すよりも、彼の話しを聞いている方が楽な感じがする。
耳を傾ける奏鳴に向かって、極自然にセーランは理由を言う。
「身体のラインが俺好みだったからさ!」
途端に辰ノ大花が静まり返った。
この会話は結界の外に表示された映画面|《モニター》から、別の映画面に流れている。そのため、多くの者達がこれを聞いたということだ。
妙な空気は一瞬だけだったが、皆頭のなかで事態の整理を各自行った。
言われた本人である奏鳴は、自身の身体を守るように腕を身体に巻き付けた。
羞恥心から頬を赤め、落ちていた空気が上がっていくのを感じた奏鳴。同時にセーランに対して。
「卑猥だ、お前は卑猥だ!」
「卑猥じゃない。俺は正直者なんだ」
「なら少しは自重をだな」
「やっぱ卑猥野郎で」
「どっちだ!?」
「ごめん、やっぱり正直者の方を」
「もうお前はよく分からん」
何を言っているんだ、と奏鳴は思った。
こちらが真剣に話しているのに真面目に聞いているのかと、いや、多分聞いていないのだろう。
数少ないが、見てきた覇王会会長のなかで一番覇王会会長には不適切な者だ。これが日来の覇王会会長などと、すぐに分かった者はおかしい。
頭とかその他とかが。
調子を狂わされた奏鳴に対し、セーランはふざけた感じを残しつつも何処か真剣な雰囲気を醸し出していた。
「人生そんなもんだ。分からないことだらけさ。だったら、分からないなら知りたくならないか?」
「何をだ」
「世界のこととかさ」
奏鳴は首を傾げる。
話しの変わる速度に付いていけてないためだ。それに、ここで世界を出す意味も分からなかった。
解らないからこそ、セーランの言葉に引かれた。
「世界にはいっぱい知らないことがあるぞ。神州瑞穂にいるだけじゃ分からなかった沢山のことが、世界に出れば分かるんだ」
「お前達は崩壊進行の解決のために世界に出るのだろう。なら私には、関係無いことだ」
「いいや、付いてくるべきだ」
「何故だ」
「生きる気力が無いならさ、気力が湧くように行動するべきだろうよ」
「お前は私にこれからも苦しみを味わえと言うのか」
数回、セーランは首を横に振る。
「もう味わう必要なんてねえだろ。これまで後悔し続けてきたんだ。少しは楽になってもいいんじゃないのか」
「許されないことをしたのだ。それ相応の償いが必要だ」
分かっている。だから彼女はここに立っている。解放という死の選択を選び、今ここにいるのだ。
されどセーランにとってそれは、愛した者との別れでもある。
片想いながらも、いまだに想い続けていた。
「行こうぜ奏鳴。そんな深く考えなくても、背負えない償いは半分ずつだ。一人で償おうとするな。一人で、んな重いもん抱え込んでたら身体がおかしくなっちまう」
「しかし……」
答えを出せずにいた。
言葉を吐き出せばいいだけなのに、肝心の言葉が喉に詰まって出てこない。
決心が揺らいでいることを、静かに奏鳴は気付いていた。
更に揺さぶりを掛けるかのように、セーランは解放されている自身の身体の様子を見てから言った。
「時間が無い。解放されれば楽かもしれねえけど、結局それは償いから逃げたってことだ。苦しいから逃げ出して、本当にそれでいいのか」
「でも……私は……」
「大丈夫だ。お前にはこの俺が付いてる」
胸に手を当てセーランは言う。
「どんなに辛く悲しい時でも、これからは何時でも側に俺がいる。甘えたり頼ったりしてこい。期待に応えられるだろうからさ」
返事は返ってこなかった。
ならば言おう。
ただ一人、戦ってきた彼女に。
もう肩の荷を下ろしてもいいのだと、そう告げよう。
お前には俺が必要だと、解らせよう。
大切な人を失うのは誰であっても嫌なものだ。だが生きていく上でそれは当然のようにあり、越えていかなければならない。
すう、と息を吸い。
「俺はお前と一緒に――」
続く言葉が聞こえなかった。
急に途切れたのだ。
何故かは解放場にいた時点で、二人は解っていた。
解放の速度を早められ、それによる身体の流魔分解が進み、驚き、反射的に喉に言葉が詰まり続かなかった。
上から風が巻き起こるように、しかし二人に風の影響はなく、青い光を放つ流魔だけが上へと乱れながら行った。
身体の所々、流魔分解されている箇所があり、それはただの人族であるセーランの方が多かった。
身体から漏れ出す光。
光に全身を包まれたら最後、解放の時を待つしかない。
だが、これだけではなかった。
ある者が一人。
「茶番はそこまでだ」
解放場を背負う駆翔天とは別の戦闘艦の甲板上に立つ、一人の少女。
黒髪は微かに不気味な紫色の光沢を放ち、制服の左胸には桜と月が合わさった校章が付けてある。
制服を着ていることから学勢であることは確かで、誰かはすぐに分かった。
だから今。この時。全ての戦闘は息を止め、誰もが彼女に目を奪われた。
解放場内には外界の声が聞こえない筈なのだが、彼女の声だけは聞こえた。解放場内に通信機が設けられているため、そこから彼女の声が出ているのだ。
証明するように少女の目の前には、一つの映画面|《モニター》が表示されている。
「お出ましか。神州瑞穂の主戦力である奥州四圏の更に主戦力、黄森の天桜学勢院覇王会会長――」
苦笑いの奏鳴は少女を見て言う。
圧倒された、押され気味の震えた声で。
「織田瓜・央信……!」
それが、神州瑞穂の頂点に立つ者の名だ。
●
不適な笑みを漏ら央信。
日来の辰ノ大花の覇王会会長を交互に見て、何を思ったのか鼻で笑う。
短い笑いの後には言葉が続いた。
「最後の悪あがきと言ったところか。ご苦労なことだな」
「お前が天桜学勢院の長か。こうして顔を合わすのは初めてだな」
「日来長、か。そっちはそっちで随分なことをしてくれたな。お陰でステルス戦闘艦である黒明二艦を何もない向こう側へと置いてきてしまった」
「ドラゴン級のもあったろ」
「あの程度の戦闘艦など幾つでも造れる。問題なのは性能の高い戦闘艦が意味の無いところにあるということだ」
央信は自身が表示した映画面から、日来の長であるセーランの声を聞く。視線は解放場内にいる二人に向けられ、鋭い目付きで威嚇している。
冷たい雰囲気を漂わせ、ただ口を動かした。
「それにしても、最後の最後まで面倒を見させられる。少しは一地域を治める一族だという自覚はあるのか、委伊達・奏鳴?」
「く、言いたいことをべらべらと。キサマも少しは慎みを覚えたらどうだ」
「生憎こういう性格なのでね」
二人の会話には棘が感じられた。
触れれば痛い、そんなようだ。
棘は勿論、奏鳴の前にいるセーランにも向けられた。
「まさか告白をするためにここまで来たとは、愚かを通り越して関心を覚える。肝心の返事は貰っていないようだが」
「テメエが邪魔して来たからだろ。何しに来やがった。まあ、大方予想は付くけどな」
「ならば長々と説明する必要も無いな」
針積めた雰囲気が周囲を覆い、それによって皆は黙り込んだ。だからか、大気が流れる音が聞こえる。
艦と船の間を通り抜ける風に、立つ央信の長い髪を揺らす。
揺れる髪を気にせず、言葉の続きを口にし。
「大人しく解放されていろ。こちらの要求はただそれだけだ」
「勝手なこと言ってくれるじゃねえか」
「日来長、お前はそいつを庇うというのか? そいつは黄森の社交院の者を殺した殺人者だぞ。同胞を殺した罪は支払ってもらわねば困る」
「何が同胞だ。黄森で色々とやってるらしいが、邪魔になる者を奏鳴に殺させるように仕向けたんじゃねえのか」
「馬鹿馬鹿しい。なんの話しをしているのかさっぱり分からんな」
余裕な態度のまま、セーランの言葉を否定した。
まだ決まったわけではないが、奏鳴に邪魔者を排除させるために密かに会議を開いたのではないのか。国力強化に関する会議だったと噂になっているが、もし会議自体が罠だとしたならば。
真実は分からない。が、そう考えることも出来る。
万が一、ただ単に暴走しただけとも考えることも出来る。
どちらが正しいのか、今は分からない。
それでもセーランは信じている。
「奏鳴に罪はねえよ。真実なんて分からねえけど、俺は、俺自身の考えで! こいつの無実を信じる!」
叫び、はっきりと言う
この言葉に奏鳴は震えた。
真っ直ぐ、自分の思ったことを言ったセーランを見て。その姿はまるで、今まで自分のために救う道を差し伸べていた仲間達と似ていた。
そしてその姿は、初めてセーランと会った日の言葉通りだった。
救いに来てくれたのだ。
微かに胸を打つこの感覚はなんだ。胸を締め付け、なのに興奮に近いこの感覚は。
分からない。
幣・セーラン。
お前は、本当に私のことを……。
分からないが、前に立つセーランを見詰めて思う。
彼は本当に救おうとしているのだと。こんな自分を、突き放すような言葉を言った自分を。
何故そんなにも強いのか、もし自分もそんなにも強かったらと、奏鳴は彼を見て思った。
後書き
セーラン君の気持ちを理解し始める奏鳴ちゃん。
そんな二人を阻む敵。
織田瓜・央信|(おだうり・なかのぶ)。
黄森の天桜学勢院覇王会会長であり、黄森の中心に立つ人物です。
高等部三年生でまだ学勢ですが、思考はかなりの癖を持ちます。
第一物語でのラスボス的位置に存在する彼女。
敵としての彼女の思いとは、そして秘めたる覚悟とは。
後に彼女にも降り注ぐ災厄の前の、小さな余興としての奏鳴解放。
敵味方入り乱れての世界を巡り巡る戦いの行方。
何時作品を書ききれるのか分かりませんが、長くお付き合いください。
今回は短めにここまで。
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