久遠の神話
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第五十九話 三人の戦いその五
「桃饅と合わせて」
「その二つだね」
「はい」
こう答える。
「それでお願いします」
「じゃあ今から作らせてもらうよ」
「このお店はメニューが多いですね」
「私がいるからね」
「増えましたか」
「そうだよ」
その通りだというのだ。
「私が来てからね。そして味もね」
「よくなったと」
「元々もメニューの数も味も定評がある店だったけれど」
そこに王が加わってだというのだ。
「さらによくなったんだよ」
「上には上がいるのですね」
「そう、勿論私よりもね」
作られるメニューの数も味もだというのだ。
「上の人がいるよ」
「貴方の師匠でしょうか」
「老師は凄いよ、私も色々教えてもらったよ」
王の言葉に懐かしいものが宿った。
「優しい人で一度も怒らなかったけれどね」
「人格者でもあったのですね」
「真の師匠はただそこにいて見てくれるだけで全てを教えてくれるものなんだよ」
それが王に料理を教えてくれた人だったというのだ、王はスペンサーにこのことをその懐かしむ目で見ながら話していく。
「老師の様にね」
「その老師に教えて頂いて」
「今の私になるんだ。ただ」
「ただとは」
「老師は中国の歴史でも最高の料理人の一人だろうけれど」
それもだと、王の言葉と顔に無念さが出た。
そしてその顔でこう言ったのである。
「それでも貧しいよ」
「貴方に教えた程の方でも」
「若い頃は一介の料理人でね」
「中国に市場経済がなかった頃ですね」
「そう、その頃は何でもないね」
本当jにただのだというのだ。
「無名の料理人だったよ」
「世に埋もれていたのですか」
「広州の街中にね。そしてね」
それに加えてだというのだ。
「文化大革命の時は」
「迫害されていたのでしょうか」
「幸いそうはならなかったよ」
本当に幸いである、文化大革命の頃は運が悪ければ革命の敵とされてそれで紅衛兵達に吊るし上げられた、殺された人も多い。
だが王の師匠はどうなったかというと。
「本当に市井に埋もれていたからね」
「だからですか」
「何ともなかったよ、けれどね」
「一介の料理人でしたか」
「今もね。もう九十になるけれど」
かなり高齢の人物でもあるというのだ。
「広州の下町の粗末な料理店で奥さんといるよ」
「貴方を育て上げるだけの腕がありながらも」
「そうだよ、本当に下町の小さな店を開いていてね」
そこでだというのだ。
「今も麺や炒飯を作っているよ」
「ですか」
「残念だよ、老師程の腕があれば」
どうなるかというのだ。
「中国どころか世界で最も知られる人になるのにね」
「謙虚な方なのでしょうか。世に出ることを好まれない」
「そうだよ」
まさにそうした人だというのだ。
「残念なことにね。けれど私は違うよ」
「その料理の腕、いえ剣士としての力で」
「必ずね、大金持になるよ」
笑顔で目を輝かせての言葉だった。
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