気まぐれな吹雪
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第一章 平凡な日常
30、神様の苦悩
正月から、もう1ヶ月が過ぎようとしている。
要は、相変わらずの状態だった。
Prrr Prrr
三学期だってとっくに始まっている時期だ。
一応、学校には『熱を出した』と伝えてあるが、心配した奴等からのメールが、ひきりなしに届いている。
『武』だの『凪』だの『恭』だの『正一』だのって。
メールこそないが、沢田やリボーンも家に来ている。
まぁ、要が好まないだろうから、『うつるぞ』なんて言って追い返したが。
――――ピンポーン……
インターホンがなる。
今日は休日だ、誰が来たっておかしくないが……。
「あ、あの……」
そこにいたのは凪だった。
確かオレは初対面だったはずだ。
「最近要からメールが来なくて……心配で来た……ん、です……けど」
「ん……ちょっと熱出してな」
そう言ってオレは、いつものように追い返そうとした。
しかし、彼女は諦めようとはしなかった。
「それなら、お見舞い……」
手には、フルーツが入ったバスケットがあった。
「うつるぞ」
「別に、いい」
どうしても引かないらしい。
流石に可哀想、と言うか健気に思えた。
……仕方ないな。
本当は嫌なんだが……こいつなら尚更。
「その、悪い。熱って言うのは嘘なんだ……それで見舞ってくれるなら」
「要っ」
オレの言葉を最後まで聞かずに、家の中に飛び込む。
後を追うと、やはりと言うか、部屋の前で立ち止まっていた。
と言うより、固まっていた。
「か……かな……め……?」
ドサリ、と手からバスケットが滑り落ちる。
その衝撃で、リンゴが1、2個転がっていった。
「一体……どうして」
「色々な……。正月以来、こんな状態で」
「…………」
凪はその場に座り込んだ。
彼女にとって、要はたった一人の親友。
親にさえ構ってもらえない彼女の、唯一の心の拠り所。
それが今、植物状態さながらの事態。
ただ見ていることしか、することはないのだ。
「うう……」
「か、要……!」
「さい……か」
「さいか?」
「高城彩加。要がお前と出会う前の、たった一人の親友だ。死んでから、もう何年も経つ」
「!!?」
この話、言っても良かったのだろうか。
本来なら要が直接教えるべき、いや教える義務すらない。
けれどオレは、彩加のことが口から出てしまっていた。
「要……私がいるよ……。私たち、親友でしょ……? ねぇ、お願い。目を……覚まして!」
凪の目に涙が溜まり、零れ落ちる。
そしてそれは、要の頬に、チョーカーに、ペンダントに落ちた。
チョーカーの青い石が、微かに煌めく。
その時だった。
「う………ッ」
「!! 要!?」
要が、ゆっくりと目を開けた。
「……な、ぎ……?」
「要!? 目が覚めたのか!?」
「銀……。へっ、男の癖に泣いてんなよ」
言われて気づく。
オレの頬にも涙が伝っていた。
もう、オレには流す涙なんて枯れたと思ってたのによ。
「要ぇっ」
凪は、泣きながら要に抱きついた。
そんな凪を、要は優しく撫でる。
オレはそれを見守るしかできなかった。
「要、お前1ヶ月も眠ってたんだぜ」
「!! そんなにか……!? …… そうか、ごめんな凪。心配かけた」
「凪だけじゃねぇ。ケータイ見てみろ」
そう言うと、要は枕元に置いてあったケータイを取り、開いた。
そこにあったのは、総数100件を越える『皆』からのメール。
それを見て、小さく弱々しく微笑んだ。
「ホント……ごめんな」
もしも要が力を失えば、世界を破滅させることがなくなる。
前の運動音痴の彼女に戻ってはしまうが、それこそ普通の中学生として、山本はもちろん沢田や獄寺たちともクラスメイトとして仲良くやっていけるかもしれない。
けれど、後にマフィアの世界に巻き込まれていく凪たちを救うことはできない。
もしそうなれば、要は力を失ったことを酷く後悔するだろう。
傷つく親友を見ているだけの自分に嫌気が差して、最悪の場合、暴走を起こしかねない。
実際に、暴走した奴が破滅させた世界を、オレは知っている。
では、やちるが力を失えばいいのか?
実はこっちも一筋縄ではいかない。
要と対立している存在として、オレはやちるを観察していた。
やちるは、世界を変えに来たのだ。
より勝率が高く、より犠牲者の少ない世界へと。
その為には沢田たちが強くならないといけないと感じ、自らがマフィアの世界に身を投じ高みに立つことで、沢田たちを鍛えようとしていた。
それは、未来編での沢田の持つ後悔を1つでも減らそうと、次第に巻き込まれていく京子たちを守ろうとする結果だった。
そして彼女は、要のことを警戒し苦手意識してはいるが、嫌ってなんかいなかった。
寧ろ、仲良くしたい、彼女のことも守りたい。
そう考えていたのだ。
“誰かを守りたい”
その気持ちが互いに備わっている限り、オレには決めることはできない。
決めるのは、
お前たちでしかない。
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