強迫観念
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第三章
そう話してだ、兄の寿の方を見る、その外見はというと。
薄い眉に大きな目をしている、綺麗な黒髪をこれまた綺麗に七三分けにしていて真面目な感じだ、白い顔は細く特に頬のあたりが整っている。すらりとした身体の上に阪神のホームのユニフォームを着て青いシーンズをはいている。全体的に穏やかな印象だ。
その兄にだ、千佳はおかっぱで兄似の大きな目を持ち白い頬のすっきりとした顔を少し顰めさせてだ、こうも言ったのだった。
「またそのユニフォームだけれど」
「悪いか?」
「背番号十一よね」
「ああ、村山実さんだよ」
言わずと知れた永久欠番だ、よく見れば選手の名前もそうなっている。
「いいだろ」
「それ着てラジオ観戦したら阪神勝てるっていうのね」
「ああ、僕がそうしたらな」
「負けたじゃない」
これまた容赦のない言葉だ。
「いっそのこと三か八にしたら?」
「御前いつもその二つの数字出すな」
「悪い?」
「巨人じゃないといいさ、けれど三に八か」
「どっちかにしたら?」
「いや、それならな」
三や八ならというのだった。
「やっぱり六だろ」
「兄貴なのね」
「ああ、昨日は金本さんの直筆サインを机に飾って観戦したんだよ」
「昨日は二対一だったわね」
やはり一点差負けだった。
「それでその前も」
「あの時は新庄さんの赤手袋つけたんだがな」
「全部勝利へのおまじないよな」
「これまでそうしてたら勝ってたんだよ」
そうして観戦したらというのだ。
「いけたんだよ」
「それがなのね」
「負けたよ、今からちょっと神社に行って来るな」
「阪神の勝利祈願ね」
「行って来る、いいよな」
「別に止めないから」
冷めた声で告げたのだった。
「気分転換の散歩がてら行って来たらいいわよ」
「じゃあな」
「まあ阪神の応援は止めないから」
千佳もそのことはいいというのだ。
「別にね、嫌いじゃないし」
「そうだろ、阪神っていうのはもう一回好きになったら離れられないんだよ」
麻薬の様な効果があるというのだ。
「一番いいスポーツチームだろ」
「お兄ちゃんにとってはそうなのね」
「だからちょっとな、神社の神様に御願いしてくるな」
「教会にも行ったら?キリスト教の」
「この前行って負けたからな」
だからだというのだ。
「キリスト教はいいよ」
「そうなの」
「浄土宗のお寺にも行ったけれどな」
「仏教?」
千佳はまだ小学四年なので浄土宗と言われてもよくわからないただ仏教のお寺ということだけはわかった。
「そっちにも御願いしたの」
「それで負けたんだよ、カープにな」
「よかったじゃない」
「よくないよ、とにかく行って来るな」
「ええ、じゃあね」
こうしたやり取りがあった、寿は牛乳を飲んだ後で阪神のユニフォームを着たまま神社まで行った。千佳はその兄を見ながらこう言った。
「万年Bクラスよりいいでしょ、最近の阪神そこそこだから」
こう言うのだった、兄を見送って。
千佳は数日後一緒に遊んでいたその友達に今度は小学校の自分達の教室において項垂れつつ言った、その言った言葉はというと。
「贅沢なのよ、お兄ちゃんってね」
「阪神のことよね」
「そうよ、勝っても負けても騒ぐけれど」
「一敗した位でがたがた騒ぐなっていうのね」
「そうよ、一勝してもね」
「あんたのお兄さんって学校でも制服の下は」
「阪神のユニフォームよ」
まさにそれだというのだ。
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