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強迫観念

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第二章

「特に終盤はね」
「そうよね、それじゃあ」
「今何アウト?」
 千佳は今度はこのことも尋ねた。
「一体」
「ツーアウト、バッター鳥谷でね」
「三振ね」
「今ツーストライクよ」
 まさに絶体絶命の時だ、そしてだった。
 友達は自分の携帯を見てだ、こう千佳に告げた。
「終わったわ」
「鳥谷三振ね」
「ええ、それで終わりよ」
「じゃあ今からだから」
 ゲームをしつつ画面を観ながら言った。
「凄いことになるからね」
「だからその凄いことって一体」
 友達がそれは何なのかとまた尋ねようとした、だがここで。
 二階からだ、突如として絶叫があがった。
「負けか!これで三連敗か!」
「あれっ、この声って」
「うちの兄貴の声よ」
 千佳は上を向いた友達にやはり憮然とした顔で答えた。
「いつも休日は甲子園か勉強しながらラジオで聴いてるの」
「あんたのお兄さんって確か」 
 それを聞いてだ、友達は言った。
「八条高校特進科の」
「そう、そこに通ってるわ」
「特進科の二年生の中でトップよね」
「成績はいいらしいわね」
「それでスキーヤーで。人気のある人じゃない」
「みたいね、けれどね」
「ああ、虎なのね」
 ここで友達も気付いた。
「それもかなりの」
「自分の血は黒と黄色って言ってるわ」
 まさに虎、阪神の色である。
「いつもね」
「正真正銘のトラキチね」
「そうよ、けれどね」
 それでもだというのだ。
「阪神が勝っても負けてもね」
「ああして騒ぐの」
「阪神教徒なのよ」
 世の中こうした宗教もある、特に関西に。
「物心ついたその頃かららしいわ」
「私達は生まれる頃からなの」
「それは大変ね」
「それでね、勝ってもだけれど」 
 今はというのだ。
「負けたらね」
「ああなるのね」
「そうなの、今日はこれでもましだから」
 今も二階で騒いでいる、それもかなりの声だ。だがこれでもまだましだというのだ。
「わかるでしょ、阪神ファンだからね」
「ええ、私も阪神ファンだから」
 この友達もだ、だからわかるというのだ。
「巨人相手だと」
「しかも優勝争いの時なんて」
 その時になるとだというのだ。
「負けたらね、子供の頃その時に巨人に三タテ喰らったの見たけれど」
「ああ、岡田監督の時よね」
「もう大荒れだったから、普段は普通なのに」
「気持ちはわかるわ」
 同じ阪神ファンとしてだ。
「けれどなのね」
「凄かったから、それで今もね」
「負けたからなのね」
「全試合でこうだから」
 特に負けた時はだというのだ。
「阪神が生きがいだから」
「厄介なお兄さんね」
 あれこれ話をしている間に静かになった、千佳は上の方を全く見ずに友達と話しながら淡々とゲームをしていた。
 そうして遊び友達が帰って暫くしてだ、当人が部屋に来た。
「千佳、ジュースあるか?」
「牛乳にしといたら?」
 後ろを振り向かず一七五程の背ですらっとした体型の彼に言う。
「牛乳にね」
「何で牛乳なんだよ」
「飲んだら落ち着くから」
 だからだというのだ。
「それにしといたら?」
「もう落ち着いたよ」
「横浜相手だからなのね」
「そういう時もあるよな」
 後ろの声は落ち着いていた。
「一点差で負けるのも」
「三試合連続一点差負けよね」
 千佳の突っ込みは淡々としているが容赦がない。 
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