悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
1年目
冬
冬③*Part 3*~もう一度空へ~
空からは静かに雪が舞い降りている。
雪は風が吹くたび再び空へと舞い上がったり、もしくは誰も知らないどこかへ飛ばされて行ったり。それはこれから起こる事を祝福する天からの贈り物なのか、はたまた波乱を告げる凶兆なのか、俺にはわからない。
俺は今、ずっと握られている愛華の手の温もりだけをただただ感じていた。
玄関から中に入ろうとドアを開けると、部屋の中の温かい空気が外へと逃げ出し、吹き出る風は俺を押し返す。それはまるで俺という異物を家に上がらせようとさせまいとしているようにも感じられた。
「高尾さん、彼に温かいお茶を用意してあげてくれ。それと私にはコーヒーを私の自室まで」
俺の目に映る大きく、広い背中の男性の声がずっしりと響いてくる。その声は感情を持ち合わせていない機械のようだった。そんな声に家政婦は“かしこまりました”とだけ言って廊下の奥の部屋へと消えていった。
「待ってくれ、ください! 俺はあなたとお話したくてここまで来ました! 少しだけでもお話させてください!」
俺はいまだ温まっていない凍える体から震える声を必死に絞り出し、その大きな背中へと向けた。
「私は明日も仕事がある。今は君も体を休めなさい」
優しい言葉のようで全てを突き放す言葉。そんな冷たい言葉に俺は体が震えるのを感じる。
だが、ここまできて引き下がるわけにもいかない。
俺は自身の部屋へと足を進めるその背中を追い越し、その道を塞ぐかのように立つ。
「何のつもりだね?」
そう言いながら愛華の親父さんは俺のことを虫でも見るような目で見つめてくる。
俺と向き合ったその顔は仕事の疲れからなのかうっすらと隈が見えた。その表情は声同様、硬く冷たい。
「お願いします! ほんの少しだけでもいい! 俺に時間をください!」
俺は親父さんに大きく頭を下げた。そんな様子を見たからか、愛華も俺の隣へと慌てるように駆け寄ってくる。
「親父! あたしからもお願いします! あたしたちの話を少しだけ聞いてください!」
俺と同様に愛華も深く頭を下げる。しかし、目の前の存在からはいまだ冷たい雰囲気が漂っている。
そんな時、俺たちの背中越しに声が聞こえてきた。
「あなた、愛華、それに尼崎君、お茶の用意が出来たからみんなこちらにいらっしゃい」
俺はその声に振り向くと厚手のスカーフをかけた若々しい女性がリビングのドアからこちらへと体を半分覗かせ手招きをしているのに気付いた。
そんな姿を見た親父さんは少し驚いた表情を見せると、先ほどまでの冷たい雰囲気を脱ぎ捨て、はぁ、とため息をついた。
「……わかった。30分だけ話を聞こう」
そう言うと親父さんは俺たちをゆっくりと追い越し、リビングへと足を向けた。
そんな様子を見た俺と愛華はお互いの顔を見合わせる。
「「ありがとうございます」」
そして俺たちの声が広い廊下に響き渡った。
リビングへと入ると廊下よりはるかに温かい空気が俺を包んだ。テーブルには温かそうな湯気が立ち上るカップが4つ用意されている。その一つの前には既に先ほど俺たちに声をかけた女性が優しく微笑みながら座っていた。親父さんはその横へ行くと静かに椅子に座る。きっとあの人が愛華のお袋さんなのだろう。
俺たちもその後に続くように綺麗な装飾のなされたカップの前へと座った。
「先ほども言ったが私は明日も仕事だ。あまり時間は取れない」
親父さんは目の前のカップを手に取り、ゆっくりと口元へと運んでいく。
その顔は先ほどの硬く冷たいものへと戻っていた。
「はい、単刀直入に言います。娘さんを俺にください!」
俺の言葉に親父さんは驚いた表情を見せたかと思うとゲホゲホと咽返った。隣にいるお袋さんは“まぁ”と口に手を当てどこか含みのある様な笑みを浮かべている。そして、俺の隣を見ると愛華が慌てふためいたように両手をバタバタさせていた。そんなそれぞれの様子を見て、俺はハッとし、自分の言ったことの大変さに気付いた。
「ち、違います!! そう言った意味ではなく、愛華さんをまだうちのバンドに置いて欲しいという意味です!」
俺も慌てて自分の言葉を訂正する。
「当たり前だ、馬鹿!」
そう言いながら愛華は俺の肩を叩いた。目の前のお袋さんはなぜか少し残念そうな表情をしているように思える。親父さんは、ごほん、と軽く咳払いをすると先ほどまでの様子を取り繕うように語り始めた。
「そ、その話は愛華から聞いているだろう。愛華は勉強に専念させるために辞めさせた。君に決定権はないはずだ」
そうは言っても親父さんの声からはまだ慌てていることが感じられる。そんな様子を見てか、お袋さんはクスクスと笑いを零していた。
「はい、聞いています。それでもやっぱりこいつは夢を追いたいと思っている。もう少しだけ時間をくれませんか」
そんな俺の言葉を聞いて親父さんは愛華へ向けて視線を動かすと、どうなんだ、と問いかけた。愛華は少し口ごもりながらもその問いへ答え返す。
「……はい。あたしはまだ諦めきれない。もっと歌っていたいんだ」
その回答に親父さんは、ふーっと息を吐き口を開いた。
「愛華にも君にもわかると思うが、音楽でやっていける人と言うのはほんの一握りだ。私には愛華がそうなれると思えない。娘の幸せを考えてやるのが親というものだろう?」
そんな言葉に俺は唇を強く噛みしめる。
「こいつには、俺よりも、誰よりも才能がある! それは俺にだってわかるんだ! そばで見てきたあなたなら一番わかっているはずだろう!?」
俺は声を荒げてしまった。だが、親父さんは全て否定するかのように一言“だめだ”と言った。
「親父、あたしからもお願いします! もう少しだけやらせてください!」
そう言いながら愛華はテーブルに付くほど頭を深く下げる。
「お前ももう大人だ。そんな夢物語ばかり言うのはやめなさい。私からは以上だ」
そう言い放つとカップに残ったコーヒーを全て飲み干し親父さんは立ち上がった。その目はもう俺たちを見てはいないようだった。そんな様子に居ても立ってはいられなくなった俺は椅子を跳ねのけ、埃一つない床へと座り、地面へと頭を付ける。
「お願いします!! 愛華と一緒に夢を追わせてください!!」
そんな俺の行動に驚きつつも、愛華も俺の横に座り頭を下げる。
「親父、お願いします!!」
しかし親父さんの表情は変わることはなかった。そして、俺たちはそこに存在しないかのように目もくれず、俺たちの横を通って扉へ向けて足を進め始める。それを見た愛華は親父さんの背中に向かって叫んだ。
「親父だって昔は夢追ってたんじゃなかったのか!? バンドしてたんだろ!?」
親父さんは驚いた様子で振り返り、お袋さんに“話したのか”と問いかけた。お袋さんの顔は相変わらず優しい笑顔のままだった。それを見て、親父さんは一つため息を零したかと思うと再び話し始める。
「あぁ、私も昔は確かに音楽をやっていた。だが、そんな過去の自分を消し去りたいほどそれは私の人生においての汚点だ」
その言葉に俺の頭はふつふつと煮えかえっていた。まるで俺が、愛華が今までやってきたことすべてを否定されているようだったからだ。そして、俺は既に温まっていた手を強く握りしめる。
「そんな私だからこそ、その世界の厳しさはわかる。悪いことは言わない。君たちは若いんだ。尼崎君もそんな夢は諦めて…」
そこまで聞いたところで俺の中で何かが弾けた。
「ふざけんなよ!! 若いって言うなら夢を追って何が悪いんだ!!」
俺は勢いよく立ち上がり声を張り上げた。愛華はその大きな声にビクッと体を震わせる。
「大声を出すのはやめなさい。近所迷惑だ」
そう言いながら親父さんは再び俺たちに背を向けた。
「また逃げるのかよ!! 自分の夢から逃げたように、俺達からも!!」
扉から出ようとする親父さんの足が止まる。その広い背中は小刻みに震えているようだった。
「自分が上手くいかなかったからって、親の勝手を押しつけて夢を諦めさせて……、そんなのどこが親なんだよ!!」
そんな俺の声に親父さんは勢いよく振り返る。その顔は先ほどまでの硬く冷たいものではなく、怒りに充ち溢れ真っ赤になっていた。
「二十歳そこらの若造に何がわかる!! 私たちがどれだけ大変な思いで愛華を育てたのか!! どれだけ愛華に期待を込めているのか!! 貴様に親の気持ちの何がわかる!!」
その言葉は重く、そして強く俺に圧し掛かってくる。
だが俺はそれを跳ねのけ、間髪いれずに答え返す。
「わからねぇさ!! 親の気持ちなんか!! そんな気持ちが愛華を押しつぶしちまったんだろうが!! 逆にあんたは子供気持ちがわかるのかよ!!」
俺の言葉に親父さんはハッとした表情を見せると、俺の隣へと目を向ける。そこには涙を浮かべながらも親父さんを真っ直ぐ見つめる愛華の姿があった。その瞳はキラキラと強い光を放っている。
「俺たちだっていつかは親になる! その時あんたが言った言葉の意味に気付くかもしれない…… でも今は愛華と一緒に夢を追いたいんだ!! 夢を叶えたいんだ!!」
親父さんは俺と愛華を交互に見ながら言葉を選んでいるようだった。その表情には戸惑いも感じられる。
「だ、だが……」
親父さんがそこまで言った途端俺の後ろからバンっとテーブルを叩く音がしたかと思うと空気を切り裂くような声が部屋の中に響いた。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!! あんたも男だろうが!! さっきから女々しいんだよ!!」
その声に体を震わせ俺と愛華は振り返った。そこには先ほどまで優しそうに微笑んでいたはずの人物が鬼のような形相で立っていた。そんなお袋さんの様子を見てそこにいた全員が固まってしまった。
「ぐだぐだ、ぐだぐだと……。 そこにいるやつの方がまだ男らしいってんだ!!」
そう言ってお袋さんは俺を指差した。いきなり指差された俺はその勢いと表情に縮こまってしまう。それほどまでにお袋さんの放つオーラは圧倒的だった。
「あんたも音楽やってたんならわかってんだろうが!! 愛華の才能がどれほどのものか!! そいつの言うとおり、てめぇが逃げてるだけじゃねぇか!! 愛華が自分の元から離れていくのをよぉ!!」
俺の中で、既に“優しいお母さん”と言う印象は消え去っていた。ただただ、そこにいる人物に恐怖を覚えるしかない。正直、“悪霊”を見た時よりも怖い。そして、親父さんはそんなお袋さんの様子に顔を歪め、蛇に睨まれた蛙のようにガタガタと震えているのが見えた。もはやそこには俺がずっと感じていた鋼のような強靭さは残ってはいなかった。
「わ、わかった。お前がそこまで言うなら認めようじゃないか」
その親父さんの声はか細く、風で飛んで行く紙切れのように弱々しかった。
「……ですって、愛華、尼崎君」
そう言いながら元の“優しいお母さん”の顔へと戻る。しかし、もう俺には爪を隠した鷹にしか見えない。そんな俺も親父さんと同じく、この人の前ではただの小動物に過ぎないのだとつくづく感じていた。
「ありがとう!! ママ!!」
愛華はまるで幼い子供のようにそんなお袋さんへと抱きついた。
ママ……?
いつもと違う様子の愛華に気付き、首を捻った。そんな俺の様子に気づいてか、愛華は慌てたように言い換える。
「じ、じゃなかった、お袋!!」
それを見たお袋さんは、ふふっと笑いながら愛華の頭を撫でる。
「愛華も尼崎君の真似なんかせずに、昔みたいに“ママ”って呼んでいいのよ?」
そんなお袋さんの言葉に愛華は顔を真っ赤にしながら、わたわたとその腕から離れた。
「ち、違うって!! 拓海の真似なんか…」
「嘘おっしゃい。あなたがそう呼び始めたのも、そんな服装になったのも尼崎君が東京にきてからじゃないの」
愛華は、うぐっ、と漏らすと顔を両手で隠しながらしゃがみこんでしまった。
こいつにも可愛いところあるんだな……。
そう思うと、いつの間にか俺からは笑いが零れていた。その声に反応して、お袋さんも、うふふ、と笑う。愛華はそんな俺たちに“笑うな”としゃがみこんだままバンバンと床を叩いている。
部屋の中は先ほどまでの堅く重たい空気が消え去り、笑顔に溢れていた。
……ただ一人、先ほどから電信柱のように固まって動こうとしない親父さんを除いては。
俺たちは改めてテーブルで向き合っていた。
「さ、先ほども言ったが愛華がバンドを続けることを認めてやらんでもない」
いまだ硬い表情を浮かべた親父さんが口を開いた。その隣には優しげな笑みを浮かべたお袋さんが座っている。
さきほどのお袋さんは俺が見た夢だったのだろうか……。
「“認めてやらんでは”じゃなくて“認める”でしょ、あなた?」
そう言いながらお袋さんは親父さんを見つめた。顔は笑顔のままだが、声は笑っていない。やはり、夢などではなかったようだ……。
「あ、あぁ、そうだな。認めよう」
改めて言い直す親父さんに愛華は喜びの表情を浮かべる。その笑顔は幼いころの愛華そのものだった。そんな愛華を見て、親父さんは一つため息をついた。
「しかし、愛華が私たちにそんな我儘を言うとはな……。自分から何かをねだったのは一緒に暮らし始めてこれが初めてじゃないか?」
その親父さんの言葉に愛華は少し俯いた。
「そりゃ親父たちには育ててもらった恩もあるし、物心ついてから一緒に暮らし始めたのも高校に入ってからだ。我儘なんて言えねぇよ……」
か細い声でそう言う愛華に、お袋さんは“バカねぇ”と口を開く。
「子供は親に我儘言っていいのよ? あなたの本当の思いはきちんと聞きたいもの。我慢なんてしなくてもいいの」
お袋さんの言葉に愛華はそのまま机にうつ伏せてしまった。そこからは嗚咽が漏れているのが聞こえる。
こいつ意外に泣き虫だったんだな……。
そんなことを思いながら俺は愛華の頭を見つめた。
「ただし、条件はある」
俺はそう言い放つ親父さんあわてて視線を向ける。
「きちんと今の大学には通いなさい。道はいくつあっても構わないものだ。その中から自分で後悔しない道を選びなさい」
そんな親父さんの言葉に愛華は顔を上げ、涙目のまま“はい”と力強く答えた。
「それにな……」
そう言うと親父さんとお袋さんは顔を見合わせる。そこからはどこか恥ずかしげな表情が見受けられた。
「今こんな事を言うのは場違いかもしれないが、お前も来年の今頃にはお姉さんだ。しっかり面倒は見てやりなさい」
そう言いながら親父さんはお袋さんのお腹を見つめる。俺は視線をお袋さんに動かすと、お袋さんは目を瞑りお腹を優しく撫でていた。
「……ははっ、マジかよ」
愛華そう声を漏らすと再び涙混じりの目を見開いた。
「本当はお前にバンドを辞めることを勧めた後にでも言うつもりだったんだがな。あそこまで落ち込んでしまうとは思ってもいなかったんだ。それで言うタイミングを逃してしまってな……」
親父さんは頭を掻きながら眉を顰めてそう言った。
……本当に場違いなのは俺なのかもな。
そんなことを思いながら俺は“おめでとうございます”とお祝いの言葉を告げた。
外は、先ほど降り始めたばかりだというのに辺り一面銀世界だった。まだ降りやみそうもない雪はゆっくりと俺の肩を濡らしていく。
話し合いも終わり、俺は家に帰るため愛華の家を後にしていた。
お袋さんは、もう夜も遅いので泊って行きなさいと誘ってくれたが、俺にはこれ以上家族団らんを邪魔するような真似は出来なかった。
愛華はそんな俺を“送っていく”と言って前を歩いていた。
はじめ俺は断ったのだが、強情な態度を取る愛華に根負けし、駅まで、という条件の元、付き添いをお願いしていた。
「だけど、お袋さんのあの形相は本当にすごかったな。俺も動けなかったよ」
あのときのお袋さんを少し思い浮かべただけでも俺は身震いした。
今後、絶対にあの人にだけは逆らわないようにしよう……。
「お袋、元は族のヘッドだったらしいぜ。高校卒業と共に抜けたらしい。今の姿からじゃ想像できないけどな。お袋の昔のアルバム出てきた時に教えてもらったんだ」
そう言って愛華は笑っていた。
なるほど、それならばあの様子にも納得がいく。
あの威圧感はそこらへんのチンピラよりはるかに勝っていた。
「親父も知らずに付き合い始めたらしいから、当時は苦労したっぽいぜ。お袋がブンブン振り回してたらしくてさ」
この辺りの話はきっとお袋さんから聞いたのだろう。あの親父さんが自分から話すとは到底思えなかった。
でもだからこそ、あの怯えようだったのか。
それはトラウマにもなるな。
さちに振り回される自分と親父さんを重ねて少しだけ親近感を得る。
そして、軽く手を合わせ、ご愁傷さま、と呟いた。
「それにしてもあたしが姉貴かぁ。弟かなぁ、妹かなぁ。どっちにしろバンドはさせたいなぁ」
そう言いながら愛華は雪景色の中、スケートでもするかのようにクルクルと回る。
「そんなにはしゃぐと転ぶぞ?」
俺は苦笑いを浮かべながらも、いつもの愛華の姿を嬉しく思っていた。
そうして話しているうちに目的の駅へと着いた。
雪のためか、電光掲示板には5分遅れの文字が書かれている。こんな時間だと言うのに電車が遅れているせいかホームには多くの人影が見える。
まだもう少し帰れそうにないな……。
そんなことを思いながら掲示板を見上げていた時、隣から愛華が声をかけてきた。
「拓海、ありがとな」
真剣な面持ちで俺を見つめてくる愛華に、俺はふいに顔を背けてしまう。
「べ、別に大したことはしてねぇよ。ほとんどお袋さんのおかげみたいなもんだろ」
そんな言葉に愛華は首を振る。それに合わせて髪についていた雪がひらひらと舞った。
「そんなことねぇよ。拓海がいたから親父たちと向き合えた、親父とお袋と本当の家族になれた気がした、夢をまた追えるようになった。本当に感謝してる。ありがとう」
そう言って愛華は頭を下げた。いつも強気な愛華のそんな姿に少したじろぎながら、おう、とだけ返事を返す。俺の言葉に顔を上げた愛華の笑顔は周りの雪と同じように白く、美しかった。
そしてそんな笑顔がまた真剣な顔へと変わり、俺の顔を真っ直ぐに見つめてくる。先ほどまでの白く透き通るような肌に少しだけ赤い色を落とした気がした。
「それともう一つ。あたしな……」
愛華はそこまで言って急に俯いてしまう。その右手は心臓の位置で強く握りしめられていた。そして、何かを決心したかのようにガバっと顔を上げた。
「あたしな、拓海のことが―――」
―――間もなく列車が参ります。白線の内側までお下がりください。
愛華の発そうとした言葉は駅のアナウンスによって邪魔されてしまった。ホーム内の休憩所にでもいたのだろう。駅のホームは先ほどよりも人が増え、ざわついていた。邪魔されてしまったせいか、愛華は残りの言葉を話すことなく俯き黙り込んでしまった。
「悪い、愛華! 電車出ちまうから俺行くわ! 話は次会った時にでも聞くから!」
そう言って俺は急いで改札を抜ける。
愛華に手を振ろうと振り返ると、先ほどまでの真剣な顔は既に消えており、愛華はニカっと歯を覗かせていた。
「じゃあな! またスタジオで!!」
そんな愛華に何も言わず手を振り、俺は電車に飛び乗った。
俺が乗った駅より前から乗っていた人たちがいたため電車の中は満員状態で、まるでお互いの体を暖めあうため寄り添っているかのようだった。
そんな中、俺は電車に揺られながら先ほどの愛華の事を考えていた。
俺は逃げてしまった。
あんな表情で、あそこまで言われて、何を言いたいか気付かない人なんていないだろう。
俺は戸惑ってしまったのだ。
愛華が言葉を発そうとしたあの瞬間、「彼女」の顔が浮かんでしまったから。
「彼女」は幽霊なんだ。
だがそれ以前に、自分の中で「彼女」の存在がそれほどまでに大きなものになっていることに気づいてしまった。
……一体俺はどうしちまったんだろうな。
そう思うと苦笑いが出る。
そんな俺を乗せて電車は走る。
真っ白に染まった世界をゆっくりと、だがしっかりと目的地に向かって進んでいた。
--------------------------------------------------------
あたしは一歩ずつ家へと向かって歩く。
雪を踏みしめるたび、足元からはぎゅっぎゅっと音がした。そこには駅まで歩いた二人の足跡がまだ残っている。
「あーあ、言いそびれちまったな……」
そんな独り言を漏らすが、あたしは拓海の目があたしを向いていないことに気づいていた。
あいつ、すぐ顔に出るんだよな。
あたしが話そうとした瞬間、複雑な表情をしてしまっていたことなど自分では気付いていないのだろう。
あいつの中にはあたしとは別の大切に思っている人がいる。
恋愛など興味を抱きそうもないあいつをそこまでしたのはいったいどんな人なのだろう。
その存在があたしでないことに唇を噛みしめる。
でもあたしは諦めない。
夢だって諦めないって決めたんだ。
恋だって諦めてたまるもんか。
そう思うと少しだけ元気が出た。そんな時、冷たい風が頬をかすめる。
「さみぃ……。早く帰ろ!」
体を軽く震わせると、あたしは家に向けて走り始めた。
帰り道にはあたしの足跡だけを残しながら。
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。
今回やっと恋愛小説っぽくなったね←
そして……終わりました!!1年目終わりましたよ!!!
今回はきちんと約束守りました!
だが、長い。
いつもの倍、文字数があります。
正直すごく疲れました(´・ω・)
でもここまで書きあげれたのも、皆様が読んでくださってくれているおかげです。
本当にありがとうございました。
これから2年目に入ります。
自分の思いに気付いてしまった拓海。
拓海を追いかける愛華。
さちはそれを見てどう思うのでしょう。
フワフワとした感覚で書き始めたこの小説も3分の1が終わりました。
これからもがんばっていきますので、ぜひよろしくお願いします!!
それでは、ご感想、ご指摘お待ちしております。
ページ上へ戻る