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悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます

作者:ぽんす
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1年目

  冬③*Part 2*~氷のように温かな~

 
 あたしは玄関から家の中に入ると、その重たい扉を閉めそれに寄りかかるようにして背中を預けた。そこからは氷のように冷たい感覚が背中に伝わってくる。
拓海には、また明日にでも、と言ったが明日来ようがいつ来ようが親父が拓海に会ってくれないことなんてわかりきっている。

「ははっ……。拓海に期待させるだけ期待させて……。ほんと、あたしは馬鹿だな……」

 拓海に会わなかったのは拓海を疑ってしまった背徳感からだけじゃない。
会ってしまえば、話してしまえば、また夢を諦めきれなくなるのがわかっていたからだ。
夢は諦めると、親父と話したあの時に決めていたはずなのに。

―――もうあたしは歌わない。

 そう思うと目頭が熱くなるのを感じた。それを誤魔化すようにそのままあたしはその場に座りこむ。そして、少しだけ、ヒック、と声を上げてしまった。
ふと誰かの視線に気づき顔を上げてみると、高尾さんが心配そうに廊下の先にあるリビングのドアからこちらを見ているのが見え、あわてて腕で目を擦って立ち上がる。

そう言えば親父に呼び出されてるんだった。
 
 そのことを思い出して、玄関から家に上がろうと厚底のブーツを脱ごうとしたが少し手間取ってしまった。あたしの手は外の寒さで(かじか)んでしまっていたが、拓海が握ってくれていた左手だけは温かさを感じていた。
なんとか脱ぎ終わるとあたしはそのまま親父の部屋に向かった。

 部屋の前まで来てみたが、その扉は鋼鉄のような重々しさを持っているように思え、手をかけることに戸惑ってしまう。そして、軽く深呼吸すると部屋の中に向かって呼びかける。

「親父、愛華です」

「あぁ。入りなさい」

 部屋の中から聞こえたその声は低く、そして冷え切っていた。そんな声に恐怖を感じながらもゆっくりとあたしはその扉を開けた。部屋の中からは鼻をくすぐる様なコーヒーの香りが立ち込めている。その中で親父は深々と椅子に座りかけ、机に向かい分厚い資料に目を通していた。

「もうあんな男と付き合うのはやめなさい」

 親父はこちらに振り向きもせず、資料へと目を落としたまま開口一番そう言い放つ。そして、それに続けるように話し始めた。

「彼か。お前がよく話してくれていた尼崎拓海君というのは。全く、失礼なやつだ。今を何時だと思っているんだ」

あたしはその言葉に何と返せばいいのかわからなくなってしまった。そんな中、何か返事をしなければ、と言葉を探す。

「それに関しては本当にすみません。でも、拓海も悪気があったわけじゃないんだ。あいつ、自分の中で決めてしまったら突っ走ってしまうのが悪い癖なんだ。だから…」

そこまで言ったところであたしの言葉を(さえぎ)るように親父が声を発する。

「だからと言って今の時間に他人の家に押しかけていいはずがないだろう。大方、愛華をバンドに引き戻すための話をしに来たのだろう? お前、彼にはきちんと話していなかったのか?」

「いや、話したさ! でも、それでもあいつは諦めきれなかったらしくて……」

それを聞いた親父は、はぁ、と呆れたようにため息をつくと、机に置いたカップを手に取り、こちらに振り向いた。

「尼崎君には明日もう一度辞める理由をきちんと伝えなさい。それと、お前もそろそろいい年だ。そんな奇抜な服装はやめてもう少し落ち着きなさい」

 話は以上だ、と締めくくると親父は再び机へと体を向けた。
何も言い返すことが出来ず、(こぶし)を握りしめながらも、あたしは軽くお辞儀をしてその部屋から出た。
あたしの目は自分の気付かないうちにまた自然と涙が浮かんでしまっていた。

 部屋を出ると、そこには厚手のスカーフを肩にかけたお袋が心配そうな表情で立っていた。あたしはそんなお袋に今の顔を見せたくなったため、ふいっと顔を背けてしまう。だが、お袋はそんなことは気にも止めず、優しい声で話しかけてきた。

「愛華……。少しお母さんとも話さない……?」

 あたしは少し戸惑ってしまったが、腕で涙を拭うと、その言葉に何も言わず頷きお袋と二人リビングへと足を向けた。

 リビングに入ると既にテーブルの上にはカップが二つ並んでいた。そこからは紅茶の良い香りと温かそうな湯気が立ち上っている。きっと高尾さんが用意してくれたものだろう。しかし、今日は既に泊まり込み時用の自身の部屋に行ってしまったのか、高尾さんの姿は見当たらなかった。
高尾さんに感謝しながらも、あたしとお袋はカップの前に座った。
そして、お袋はそのカップに入った紅茶を両手で持ち、一口飲むと目を瞑ってゆっくりと口を開いた。

「実はね、お父さんも昔バンドをしてたのよ」

 そんなこと一度も聞いたことのなかったあたしは目を見開きお袋を見つめた。
お袋はあたしのそんな様子を見て、少し笑みを浮かべるとカップへと目を落とし、思い出すかのように語り始めた。

「私が大学生の時……、お父さんに出会った頃ね、あの人すごく荒れてたのよ。ミュージシャンを目指すことをご両親にひどく反対されてね」

 それを聞いて再びあたしは驚いた。
親父も今のあたしと同じ状況だったのか……。
だが、あたしはそこで一つ疑問が浮かんだ。

「それじゃなんで親父はあたしがバンドをやることに反対するんだ? 自分が両親に反対されていたならあたしの気持ちもわかるはずなのに……」

「それはね、愛華。あなたに幸せになってほしいからなのよ。こう言うとあの人は怒るかもしれないけど、あの人には才能がなかったの。音楽の才能がね」

お袋はそう言いながら苦笑いを浮かべ、あたしの目を見つめてきた。

「あの人もね、心のどこかで気づいていたんだと思う。自分の才能では音楽でやっていくのは無理だ、って。だけど、あの人は夢を諦めきれずにいたの。でもそんな時、私のお腹の中には既に命が宿っていたのよ」

「……それが、あたし」

お袋は何も言わずあたしの言葉に頷くと続けて言葉を紡いでいく。

「それからは大変だったわ。私もあの人もまだ二十歳(はたち)だったから。お互いの両親からはすごく叱られた。それでも私たちはあなたを手放したくなかったの。あの人は私たちを養っていく力を付けるために、ご両親に何度も頭を下げてその時通っていた大学から医学部へ入りなおしたのよ。それはもう、死に物狂いで勉強してたわ」

そう言ってお袋はクスクスと笑った。

「あなたを産んでからは、あの人のご両親にも手伝ってもらいながらあなたを一生懸命育てたわ。それから7年経って、あの人も無事に医学部を卒業した。でも、その後、私たちは海外へ研修に行かなくちゃいけなくなったの。その時預けたのが私の両親のところ、尼崎君の故郷だったのよ」

 それを聞いてどうしてあたしが小さい頃、親父にもお袋にもなかなか会えなかったのかを理解した。
幼いころの記憶はうっすらあるが、田舎のあたしのところを訪れる親父やお袋は少し滞在するとすぐにいなくなってしまっていた。あたしはそのたびに寂しくなり、親父やお袋はあたしのことが嫌いなんじゃないか、と言って爺ちゃんや婆ちゃんを困らせてしまっていた。

「その時は本当にごめんなさいね。あの人一人で行かせるわけにもいかないし、あなたを連れて行っても忙しい私たちの身ではあなたの世話は出来ない。私たちも苦渋の決断だったのよ」

 そう言ってお袋はあたしに向かって深々と頭を下げた。
そんなお袋を見たのは初めてだったのものあり、あたしは動揺しながらも“気にしてない”と言って両手をぶんぶんと横に振った。

「それから9年経って、あの人の仕事もやっと落ち着き始めたのをきっかけにあなたをまた私たちの元へ迎え入れたの。あの人は医師の才能のほうがあったのね、その頃にはあの人のご両親の病院も受け継いで立派な医師になっていたわ」

 そんなお袋の話にあたしは始終聞き入ってしまっていた。
親父やお袋があたしのことをどれだけ思ってくれていたのか、どんな気持ちであたしがバンドをやることを否定していたのか。
それを考えると胸が熱くなってくるのを感じた。
そんなあたしの目からは自然と涙が零れていた。

「愛華、あなたには才能がある。誰に似たのか、音楽の才能が。あの人もそれはわかっているの。でも、恐れているのよ。大切なあなたが私たちみたいに大変な思いをしてしまうんじゃないか、って、いつか音楽の道を選んだことを後悔するんじゃないか、って」

 それを聞いてあたしはテーブルにうつ伏せ、声を上げて泣いてしまった。
親父の持つ冷たさの中にはここまで温かいものがあったのだ、と。
そんなあたしを(なだ)めるようにお袋はあたしの頭を優しく撫でていた。その(てのひら)からは気持ちの良い温もりが伝わってくる。

「それでも私は本心ではあなたに自分の夢を叶えて欲しいって思っているの。あの人が叶えられなかった夢をあなたに叶えて欲しいのよ。きっとあの人も心の底ではそう思っているはずよ」

 その言葉にハッとして顔を上げると、そこには優しそうに微笑むお袋の顔があった。
それを見てあたしは手で自分の目を擦り、涙を(ぬぐ)う。
あたしの目の周りは涙で化粧が落ち、真っ黒になってしまっていた。

あたしはお袋の言葉を聞いて決心した。
やっぱり夢を諦めたくない。

 そう思い、強い眼差しでお袋を見つめると、お袋は微笑みながら小さく頷いてくれた。
そんな時―――

ワンワンワン!!!

家の庭からラブが鳴く声が聞こえてきた。
その声が指し示す意味に予想が付いてしまったあたしは椅子を跳ねのけ、急いで玄関へと向かった。

「拓海!!!!!!」

 力強く玄関の扉を開け放つと門の外で正座の体勢で鎮座する拓海の姿が目に飛び込んできた。ラブは門から一向に離れようとしない拓海に不信感を覚えたのか、まだ吠え続けている。あたしが出てきたことに気付いたのか、拓海は顔を上げると“おう”とあたしに向かって手を振ってきた。

「愛華、こいつなんとかしてくれよ。さっきからずっと吠えられっぱなしなんだ」

拓海は、ははっ、と笑いながらあたしに話しかけてくる。あれからずっとそこにいたからだろう。寒さからか、その声は震えていた。

「拓海、何してんだよ!? 今日は帰れって言っただろ!?」

そんなあたしの言葉に拓海はポリポリと頭を掻きながら答え返してくる。

「朝まで待て、って言われたけどさ、それじゃ治まりつかなくて。やっぱり親父さんときっちり話したかったんだ」

そんなあたしたちの声に気付いたのか、玄関からは親父と高尾さんが顔を(のぞ)かせていた。

「尼崎さん!? ずっとそこにいらしたんですか!?」

そう言って高尾さんは驚きの表情を浮かべ、手を口元へと持っていく。
親父も初めは驚きの表情を見せたが、すぐに呆れたようにため息を漏らす。

「……仕方ない。尼崎君、今日は特別に家に上がりなさい。今のままだと近所迷惑になる」

そんな親父の言葉に、あたしはあたりを見回すと声を聞きつけてか向かいの家からこちらを覗く姿に気付いた。確かにこれでは近所迷惑だ。

「ありがとうございます!!」

拓海はがばっと立ち上がると、親父に向けて深々とお辞儀をした。
あたしはそんな拓海の手を強く握った。その手からは人の体温は全く感じられなかった。

「こんなになるまで……。ほんと、拓海は馬鹿野郎だよ……」

 そう言いながらも、あたしの目からはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
拓海はそんなあたしの姿を見て、頭をぽんぽんと撫でると笑顔で語りかけてくる。

「でもそのおかげで家に入れた。結果オーライじゃないか」

拓海のそんな言葉に、あたしは一言“ばかやろう”と呟いた。









 空からは、まるで桜の花びらが散るかのように静かに雪が舞い降り始めていた。

 
 

 
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。

えっと、まずは皆様に謝罪を。
次で終わるって言ったのに続けてしまって本当にすみませんでした←

次で終わります!本当です!!もう嘘つかない!!

それで1年目おしまいです!
今日中には終わらせるぞ!(フラグ)

改めまして、たくさんのお気に入り登録、ご感想ありがとうございます。
これからもドシドシご意見お待ちしております!!

それでは、ご感想、ご指摘お待ちしております。 
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