IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~
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number-5
空高くにあり、辺りを照らしていた太陽が水平線の彼方に沈みかける頃、蓮はベランダで窓にもたれかかりながら座っていた。両足を伸ばして開いて出来たその間のスペースに蓮に寄りかかるようにして座っている水色髪の少女。更識家第十七代目当主、更識楯無。本名を更識刀奈がいた。
蓮が後ろから手を通して抱き着いている形になっているが、楯無は嫌がる素振りを見せず、むしろ嬉々としているぐらいだった。
久しぶりに会った幼馴染。その姿は、全く変わることがなく昔が懐かしく感じる。いや、昔のままだったほうが良かったのかもしれない。
社会のことなど全く知らずにただ無邪気に遊んでいたあの頃に。
今となっては、社会の表事情を知り、裏事情を知ってしまい、もう後戻りできないところまで暗いくらい闇の部分に足を……それでは足りない。全身が浸かってしまっている今になっては遅いのかもしれない。
「ねえ、蓮。あの後、どうしたの?」
2人を覆っていた沈黙を破ったのは楯無であった。
ここでいうあの後というのは、蓮の両親が事故死して葬式を行ってからのことである。蓮は、その日を境に楯無の前から姿を消したのだ。何も無く。別れもなく、挨拶もなかった。
葬式の日は、互いに互いを見かけただけだったのだ。
蓮は、今まで閉じられていた重い唇を開こうとはしなかった。楯無に伝えることではない。少なくとも今は黙っているべきだと、そう判断したのだ。
当然それで引き下がる楯無ではない。何とかして聞き出そうとして口を開こうとした時、楯無を抱きしめている強さが上がった。まるで、聞くなといっているように。しかたがなく、開きかけた口をまた閉じた。
それから二人は何も喋ろうとはしなかった。話す話題がないわけではない。むしろ話したいことはたくさんあるのだ。
楯無にとってみれば、数年ぶりの再会で話したいこと、聞きたいことはたくさん、たくさん。もう歯止めが止まらないぐらいに次から次へと頭の中に浮かんできては消えていく。だけど、それでも、楯無はそれを言葉にしようとは思わなかった。なぜか。
それは、今の状態のままでいたいからである。今の、後ろから手を回されて抱きしめられている、蓮に抱きしめられているこの状態で。
楯無は、今まで会えなかった分の埋め合わせをしているようで。そして、そんな二人を沈んでいく太陽が祝福している様に優しく照らしていた。
◯
「織斑、お前の専用機の用意には時間が掛かる。よって届くまで我慢してくれ」
「へ? 専用機?」
次の日の三時間目が終わりを告げようとしている頃。織斑先生の口から端的に一夏の機体についての説明がなされた。
それは、率直に言ってしまえば、事情が事情なだけにデータ取りのために国、日本が用意したものである。二人しかいない男性操縦者。そのうちの一人には、もうすでに篠ノ之束からISが渡されている。そして、その束から日本政府に警告が届いていたのだ。
『れんくんに何かしたら、IS全部止めちゃうから!』
訂正、これはもはや警告ではない。脅迫、脅しだ。
そのせいで国側から見袰衣蓮に何も手出しが出来ずにいると、織斑一夏が見つかったというわけである。しかし、織斑一夏は、元日本代表で世界一にも輝いているブリュンヒルデ、織斑千冬の弟なのだ。実験台にすることは不可能なので、国から機体を提供してそのデータを取り、何故男が乗れるかという理由がはっきりとすれば……という目的から出されている。
専用機が渡されるという織斑先生の言葉をいまいち理解できなかったのか間抜けな声を上げて疑問の声を上げる一夏。そんな一夏の行動一つ一つに苛立ちを感じる蓮は、とことん一夏との相性が悪いのかもしれない。だが、専用機という言葉に反応したのは一夏だけではないのだ。
周りのクラスメイト達が一夏に専用機が支給されることを知って羨ましがっている。蓮にとってみれば、そんな当たり前のことに何羨ましいと思うのだろうと逆に疑問に思うぐらいだ。しかし、その思ったことを直接口にしているわけでないので、女子たちは、蓮の心情なんて知りもしない。さらに騒ぎ立てる。
「先生、御袰衣君も専用機を持っているんですかー?」
自分には関係ないと思っていたら、飛び火してきた。学園側には、束のことはほとんど伏せて伝えてある。ということは専用機を持っていることも知っているということである。人のプライバシーを守るということを知らない織斑先生は、当然持っていることを伝える。
途端に騒ぎ始めるクラスメイト達。やっぱり五月蝿い。耳に劈く声に思わず顔をしかめる。そんな表情を見せても知らないようで収まることなく、騒ぎ声は続く。
「御袰衣の実力はこちらも把握していない」
織斑先生がさらに騒ぎを助長するようなことを言う。勿論、そんなことを聞かされて黙る彼女らではない。声で窓ガラスが震えている。このまま割ってしまいそうな勢いであった。もしそうなったら真っ先に被害を受けるのは窓側一列に座っている人である。その中に蓮も含まれる。その蓮は、必死に叫びたい衝動を抑えていた。
必死に耐えていた。唇を強く噛んでいたせいか、切れてしまったようで、口の中に血の味が広がった。
と、ここで授業の終わりを告げる鐘が鳴り、先生が挨拶をして教室を出て行った。その直後、蓮は今終わった教科の教科書やノートを広げたままにして教室を足早に出て行った。その姿を見た一夏は、声をかけようとしたがいつもとはさらに違う蓮の姿に萎縮してしまい、その間に出て行かれてしまった。そんな一夏に待っているのは、クラスメイトである女子からの質問攻めであった。
◯
――バタンッ!
勢いよく開け放たれた扉が壁にぶつかり、けたたましい音を鳴らす。思わず耳を塞ぎそうになってしまうほどの音であったにも拘らず、扉を開け放った少年、御袰衣蓮は屋上に出て落下防止のために建てられているフェンスに背中を預ける。
そんな蓮の表情は芳しくないものだった。
先ほどの時間に好奇心から来るものなどの視線、鼓膜を破るかもしれないまでに大きくなった声。それらが蓮に過度のストレスを与えていた。苛立ちが募り、隣に座っていた女子生徒を殴っていたかもしれなかった。そこまで追い詰められていた。
何故、そこまで追い詰められたのか。
それには様々な理由があったりするのだが、一番の理由としてあげるならば、人生で体験するか分からないあの稀有な環境に耐えられなかったのだ。
気分を何とかして切換でもしなければ、もう耐えられなくなって誰かを殴るか、物に当たってしまおうか……それは八つ当たりである。でも、それぐらいやらないと、簡単に切り替えられそうになかった。
そんな追いつめられている蓮に正面から近づいてくる人影が一つ。
「――――蓮? どうしたの? 大丈夫?」
楯無だった。それも、いつもの飄々とした雰囲気ではなくて、純粋に心から蓮のことを心配しているような雰囲気を纏って。
話しかけてきたのが楯無だと分かると、一瞬強張らせた体を緩めた。
「……ああ、大丈夫だ」
「……そう、それならいいけど」
屋上へ来たのは気分転換のため。あんなに騒がれては、やはり厳しいものがあった。昨日は耐えられたのだから、いずれ慣れる筈だ。
そんな蓮の隣に楯無が蓮と同じようにフェンスに身を預けた。隣といっても肩と肩が触れ合うぐらいに近い。これは暗に二人の距離感も示していた。長く離れていた二人でも、心はいつまでも一緒だった。それも、お互いにお互いのことを忘れたことがないくらいに。
気分が落ち着いてきた蓮は、ふと思ったことを楯無に聞いた。それは――――
「なあ、楯無。簪は、元気にしてるか?」
「ええ、元気にしてるわ」
彼女の妹の更識簪のことである。
いつもと変わらないように答えた楯無。けれども、蓮は声のトーンが若干落ちたのを聞きのがさなかった。そしてこれは、いつもの経験則からすると。
「また、喧嘩したのか」
「……! ええ、そうよ……。あなたは、すぐに気づいちゃうのね」
楯無が目に見えて落ち込む。
せっかく気分転換して、そんな蓮を心配してくれた楯無が悲しそうしていると、こちらまで悲しくなってくる。だから、楯無を安心させてやらなければならない。そう思った蓮が取った行動は、頭を優しくなでることだった。
撫でて、自分が思ったことを素直に伝えればいいと。ちゃんとお互いのことを話し合ってみるべきだと、伝えた。
楯無は、少し安心したようで力なく笑った。
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