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八条学園怪異譚

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第四十五話 美術室その七

「滅茶苦茶な喧嘩をしたって聞いてますけれど」
「そうらしいな、むしろトスカニーニの方がな」
「凄かったんですか」
「元々短気で癇癪持ちだった」
 それで指揮やリハーサルの時に爆発した逸話も多い。
「それがフルトヴェングラーに対しても向けられたのだ」
「確かナチス絡みで」
「まさにそれでな」
 尚トスカニーニは大のナチス嫌いだったがフルトヴェングラーも反ナチス主義であった。トスカニーニはこのことを知らなかったのであろうか。
「二人は言い合った、だが戦前の日本でもだ」
「同盟国でしたよね」
 今度は愛実が言って来た。
「三国同盟の」
「そうだ、かつてはな」
「じゃあ日本にもヒトラーの支持者は」
「多くいたがその人種政策に賛成する者はいなかった」
 あくまで当時優れていると思われていた国家社会主義、実態は一国共産主義を思わせるそれに惹かれていたのだ。それ以上にヒトラーという『英雄』のカリスマに。
「現に日本はユダヤ人を守った」
「ナチスからですか」
「私もそのことは戦後陸軍にいた人から聞いた」
 最もヒトラー信奉者が多かったと言われている陸軍の元軍人から、というのだ。
「自衛官にもなった人だが」
「その人から聞いたんですか」
「上海にナチス党員が来てそこに避難しているユダヤ人を引き渡せと言ってきたがな」
 同盟国の圧力だ、政治ではよくあることだ。
「突っぱねたそうだ、恫喝も受けたがな」
「そんなことがあったんですか」
「そうだ、日本はナチス=ドイツと同盟を結んでいた」
 このことは紛れもない事実だ、だがなのだった。
「しかしその政策に全て賛成していたかというとだ」
「違ったんですね」
「特にそうした政策は」
「ナチスの人種政策とは正反対だった」
 それが日本の人種政策だったのだ。
「平等だったと言うべきか」
「そうなんですね」
「ナチスと違って」
「このことは教科書には書かれていなかったがな」
 しかし歴史的事実だというのだ、教科書に書かれていることが全て真実ではないし書かれていない事実もあるのだ。
「事実だ」
「そういうことがあったんですか」
「意外っていいますか」
「意外でもない、当時では常識だった」
 戦前の政策として喧伝されていて知っているというのだ、日下部にしても。
「私だけが知っていることではない」
「日本はユダヤ人を守ってたんですか」
「ナチスの手から」
「間違ってもユダヤ人を彼等に引渡しはしなかった」
 そうしなかったというのだ。
「一人もな」
「そうですか、一人もですか」
「ナチスに引き渡さなかったんですね」
「そしてそのユダヤ人の一人がだ」
 ここで話がつながった、どうした話かというと。
「美術部の部室にいるのだ」
「あっ、その人が美術部の幽霊なんですね」
「そうなんですね」
「そうだ、上海に逃れたユダヤ人の画家だった」
 日下部のその目が遠いものを見るものになっていた、見ているものは歴史だけでなくそこに生きている人間とその人生もだ。
「その人が八条学園に招かれてだ」
「先生になったんですか?」
「それで、なんですか?」
「そうだ、芸術学部の教授に招かれてだ」
「それで今も、ですか」
「美術部の部室におられるんですね」
「もう三十年か」
 幽霊になって部室にいる様になって、だというのだ。 
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