八条学園怪異譚
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第四十五話 美術室その六
「意固地で癇癪持ちで一人よがりだった」
「らしいですね、何か子供の頃先生から聞きましたけれど」
「お付き合いしにくい人だったんですよね」
「その様だ」
日下部は二人にさらに話していく。
「学校でも部屋の端で食事を摂り見ると獣の様にジロリと睨んできたという」
「ううん、コミュニケーションに問題があったんですか」
「そうだったんですね」
二人はこの話を聞いてこう分析した。
「それでゴーギャンを刃物で襲ったり自分の耳を切り落としたりしてですよね」
「最後は弟さんに子供が生まれて自分への愛情が薄れると思い込んで自殺したんですよね」
「考えてみるといい人生ではなかったかも知れない」
日下部はゴッホの人生について難しい顔で語った。
「だが、だ」
「死んでからですよね絵の価値があがったのは」
「今じゃ何億何十億ですよね」
「そうだ、そうは集められないものになっている」
そこまで価値が高くなったのだ。
「本当に芸術というものはわからない」
「私もゴッホはよくわからないですけれど」
聖花はゴッホの絵そのものについて首を傾げさせて言った。
「あの、絵の具を絵に浮き出る位に使ってそれで描き殴ってる感じですよね」
「そう見えるな」
「有名な絵を幾つか本で観ましたけれど」
どの絵もだというのだ。
「どれも何か」
「そうよね。私はダリがちょっと、なのよ」
愛実もまた微妙な顔で言う、彼女が出したのはシュールリアリズムの巨匠の一人である。
「怖い絵よね、時計が歪んでたり子供の陰とか蟻とか」
「全体的に不気味な絵よね」
「異次元に迷い込んだみたいな」
愛実はダリの絵をこう表現した。
「それでその中から出られなくなっていく感じかしら」
「ダリってそんなのよね」
「それが怖くて」
そして受け入れられないというのだ。
「いいのかわからないのよ」
「マグリットも怖いけれどね」
「そうよね、上半身が魚で下半身が人の絵とかね」
「ああいうのってわからないわよね」
「どうにもね」
こう話すのだった、二人で。日下部は今はその話を聞いているだけである。
「ああいう絵っていいのかしら」
「ちょっとね」
「芸術とはそういうものだな。音楽もそうだな」
「?っていう音楽ありますよね」
「ジャンル自体が」
二人は日下部の言葉に乗って今度は音楽の話に移った。それはというと。
「あと歌手とか演奏によって同じ曲でもかなり違いまして」
「変わりますよね」
「例えば同じモーツァルトでもだ」
日下部は彼の名前をまた出した、やはり音楽の天才といえば彼だ。
「指揮者、演奏するオーケストラで全く違う」
「えっ、そうなんですか?」
「クラシックでも」
「そうだ、フルトヴェングラーとトスカニーニでは全く違う」
二人共二十世紀前半のクラシックの巨匠だ、尚この二人がナチスのことを巡ってローマの木の下で言い合いをしたという話はザルツブルグで行われたという説もある。
「同じ音楽でもな」
「確かその二人犬猿の仲でしたよね」
聖花はこの二人の名前を聞いてすぐにこう言った。
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