悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます
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1年目
秋
秋③~星に願いを 君には音を~
―――20××年 11月
冬眠でもする熊のようによくご飯を食べるようになったさちによって生活費により余裕がなくなってきた俺は、バイトの量を増やす他なくなっていた。
「おねがいしまーす」
日が暮れるのも早くなったなぁ、とポケットティッシュを配りながら宙を仰ぐ。
あたりは暗くなっているにもかかわらず、普通ならば空に煌めいているはずの存在はどこにも見あたらない。
田舎に居たころはあんなに満天の星空が広がっていたのに……
この街では灯りと言えば街頭やネオンのことであり、自然が織り成すささやかな光のことなど忘れ去られているかのようだった。
「おぉ、寒っ……」
風が顔を通り抜け、その鋭く刺すような寒さに身を縮込める。
今夜は鍋にしようかな。
そんなことを考えながら段ボールの中に入ったティッシュの山からいくつか掴み上げ、今までと同じ作業を繰り返していく。
「おねがいしまーす」
「ん…? 拓海?」
そのティッシュを手渡した相手はよく見る顔だった。
「なんだ、愛華か。」
「なんだとは失礼なやつだな。今日も精が出るね! ご苦労さん!」
そう言いながら愛華は俺の背中をバシバシと叩いた。
叩かれた部分からは、じんわりとあたたかな痛みが広がっていく。
「痛ってぇなぁ。ところでこんなところで何してんだよ?」
「あたしか? 見てわからねぇ? 学校の帰りだよ」
相当重いであろう、参考書がびっしりと入ったトートバッグが肩に下げられている。
お前もちゃんと勉強なんかするんだな、と茶化すと、優等生なんだぞ、とふんぞり返りながら答えた。
「これでもきっちり親の跡を継ごうって思ってんだ。無粋な真似なんてできねぇよ」
あぁ、そうだったな、と思い出す。
愛華の家は施設も大きく腕もいいと、この辺りでは評判の病院だ。俺も風邪でぶっ倒れた時はお世話になったものだ。
「それでも将来的にお前にだけは診られたくないな。誤診なんてされたらたまったもんじゃない」
そう言ってひらひらと手を動かすと、愛華は、うるせぇよ、ともう一度俺の背中に痛みをを与えた。
……それでも、俺は知っている。
―――愛華がずっと歌手になりたかったということを。
愛華とは小さなころからの知り合いだ。まだ俺たちが幼かったころ、親の仕事の関係から、うちの田舎に住んでいる愛華の祖父母のもとに預けられていたのだ。その当時から愛華はとても歌が上手く、合唱コンクールでは率先して周りを引っ張っていっていた。中学生になると、そんな愛華に誘われるまま軽音部へと入部し、そして、俺はギターと出会った。初めて触れるその重量感と空間を切り裂くようなサウンドに俺は心を躍らせた。それからの3年間、俺の頭の中はギター一色だった。
―――高校に上がるのをきっかけに、愛華は東京へと戻っていった。
そして今からちょうど1年前、そんな愛華から再び連絡があったのだ。そのメールには一言“東京でバンドをやらないか”とだけ書いてあった。愛華はまだ夢に向かって走っている。そんな姿を想像して、俺も自分の夢を追いかけたいと思えたのだ。愛華は俺にギターを弾くことの楽しさを、バンドを通してみんなで音を奏でることの素晴らしさを教えてくれた恩人に他ならなかった。
だからこそ、驚いた。愛華が医者になろうとしていたことを知った時は。東京に来て、久々に会った愛華の姿は、化粧が濃くなり、ピアスも開いていたが、俺に向ける笑顔だけは当時の面影のままだった。しかし、その目はどこか俺を見つめていないように思えた。
大学を卒業すれば医者になる。そう話されたのもその時だ。俺はてっきり一緒に夢を追うものだと思っていたため、声を張り上げた。その声に愛華は一言“すまん”とだけ答えた。そして、間をおいて、“最後にもう一度だけ拓海とバンドがしたかった”と零した。それを聞いた瞬間、俺は何も言えなくなってしまった。
愛華と一緒に音楽ができなくなるのは寂しいが、家庭の事情となると俺が口を挟むことなどできないと思えたからだ。“勝手にしろ! お前が将来医者になろうが、俺は一人でもバンドを続けるからな!”と、喫茶店の机を叩きながら声を荒げてしまったことは、いまだに後悔している。その言葉に愛華は俯きながら、何度も“すまん”と呟いていた。
そうして、当時のことを一つ一つ折り重ねるように思い出すことに気を取られ、道行く人と肩がぶつかってしまった。
「ボーっと突っ立ってんじゃねぇ!」
その言葉にハッと我に返り、既に人混みに消えてしまったその背中へ向け“すみません”と頭を下げる。
「なんだ、あいつ、ガラわりぃなぁ」
それはお前が言えたことじゃないだろと苦笑いを浮かべると、愛華は再び、うっせぇ、と俺の背中を叩いた。
「そんじゃ、あたし今急いでるから! またな!」
愛華はそう言うとバッグを肩にかけ直し駆け出す準備をする。
「ん? どこか行くのか?」
「あぁ、これからボイトレのスクールに……」
そこまで言ったところで、愛華はしまったという表情を見せ、“何でもねぇよ!”と言葉を濁す。そして、じゃあな、と手を振りながら俺に背を向けた。
俺はその言葉を聞いて胸が苦しくなった。
―――夢諦めきれてねぇじゃねぇか……
やっぱり俺は愛華と一緒に音楽を続けたい。
そう改めて強く思いながら、走り去るその後ろ姿を目で見送った。
視線を街に戻すと、デパートに次々と小さな電球が取り付けられていく光景が映り込む。明日には人間が作り上げた星空で溢れかえるのだろう。
まだまだクリスマスには早いんじゃないか、と心の中で呟きつつも、よし、と意気込みを入れ、依然大量に残っているティッシュを配っていく。
「よろしくおねがいしまーす!」
そんな俺の声はこの大きな街の中に、小さくても、確かに響いていた。
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。
東京でバンドを や ら な い か ♂
やらないか、って聞くと阿部さんしか出てきません。
ニコ厨脳はダメだね←
よく、こんばんにちは、って言ってるけどこれじゃ朝読んでくださっている人には挨拶できてませんね。
おはこんばんちは、なのでしょうか?
そんなこんなで序章も含め、第10話まで書きあげましたー!
うほーい!
これで大体全体の3分の1です。
ネタが尽きないように頑張ります←
今回はセリフとかよりも回想シーンの文字が多くなってしまったので少し読みにくいかもしれません…。
ライトノベル形式、って最初には言ったはずなのにガッツリとした小説形式になっちゃってますね。
次からが冬編です!
ここで少し物語を動かそうと思っていますので、お付き合いいただければ幸いです。
それでは、ご感想、ご指摘お待ちしています。
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