悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます
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1年目
秋
秋②~あるドラマーの休日~
こんにちは、須川隼人です。
突然ですが、僕は今道に迷っています。
やっぱり初めて訪れる街を勘で進むのはよくなかったかな…。
そんな後ろからは同じバンドメンバーである友人二人の鋭い視線がキャップを被った僕の頭に突き刺さっている。
そんな視線を躱すため、あれー?おかしいなぁ?、と言いながら元々細かった狐のような目をより窄めて辺りをキョロキョロと見回した。
「隼人、お前何回道に迷えば気が済むんだ……?」
イライラした様子で友人は煙草を取り出し火をつける。
煙草の何がいいのだろう。臭いし、煙たいし…。
そう思っているともう一人の友人が煙草を吸っているその頭を叩いた。
「拓海、ここは禁煙だ。と、いうより街中でタバコ吸うんじゃない」
拓海は、すまん、と言うと携帯灰皿へと吸殻を押しこんだ。
姿恰好はヤンキーそのものなのだが、妙に誠実なのがいいところだ。
これがギャップ萌えってやつなのかな……?
「そんなことより、隼人。まだ肝心の店には着かないのか? 道を聞いたのは隼人だけだろう?」
僕たちは、共通の友人の紹介で知ったある楽器店へと向かっている途中だった。
なんでも、他の店と比べて商品の値段がかなり安い、と聞いたからだ。
「んー……、たしか裏路地を抜けるところまでは覚えてたんだけど……。そこから先は、えっと…、忘れちゃって……?」
そう言うなり、友人二人の視線がより厳しくなるのを感じた。
それを察した僕は、右手に嵌めた髑髏のリングを反対の手でくるくると回しながらあたふたと言い訳を考える。
「で、でもさ、さっき昼に食べたパスタは美味しかったでしょ? 道に迷ってなければ、あんな美味しいお店見つからなかったよ! ……なーんて」
その言葉に二人は呆れた表情でため息をつく。
よし、どうにか怒られはしないみたいだ。
それよりも、問題はどうやって目的地に着くか、いや、それ以前にここはどこなのかと言うことだ。
そんなことを考えながら道を突き進んでいると、ド派手な黄色い看板が目に飛び込んできた。
―――めちゃくちゃ派手な黄色い看板が近くにあるから、そこを左に曲がれば店はすぐそこだよ。
それを見て、例の友人がそう言っていたことを思い出す。
……これか!!!
それを確信すると、くるっと体を回して後ろから付いてくる友人へと向ける。
「ここ!! 絶対ここだって!! ここを曲がれば店に着くから!!」
本当かー?と拓海の不審がる声を耳に受け、僕はここで合ってなければ土下座でもしよう、と考えを巡らせながら道を曲がった。
―――そして、結果的に僕は土下座を免れた。
目の前にはすこし寂れた外見、そして看板には“The Sugar Music”の文字。
まさに聞いていた店そのものだった。
「ほーら!! 言った通りだろ!? さぁさぁ、お二人さん。お店の前で突っ立ってるのも迷惑だし、入ろう入ろう!」
僕はそう言いながら後ろから友人二人の背中を押す。
ここまでたどり着くのに1時間以上はかかってしまったが、実は駅から10分で着くと聞いていたことだけは二人には内緒にしておこう。
僕はそう強く心に決めた。
店に入ると白髪交じりで目つきのキツイおじさん、いや、もうお爺さんと呼んだ方がいいだろう男性が、いらっしゃい、と無愛想に挨拶をしてきた。
そして、店内を見るや否や、二人の目に輝きが宿る。
外見同様、内装もあまり綺麗とは言い難いが、聞いていた通り、いや、それ以上に品ぞろえは充実していた。年代物のギター、なかなか手に入らない楽譜、はたまたプレミアが付いているんじゃないか、と思えるほどのレコード。そのどれもが音楽好きなら魅力的に見えるものばかりだ。尚且つ、かなり安い。いつも家の近くの大型楽器店で買っていたのがバカバカしくなるほどだ。
「うおー!! すげー!! このギター、普通に買えば70万近くするやつだぞ! それが50万って…。じいさん、これ試演してみてもいいか!?」
拓海が浮かれたように指差す先にはガラス張りの棚に飾られた一本のギターがあった。
「ダメだ。それはもうすでに売約済みだ。買い手以外には触らせられん。」
マジかぁ、と言いながらガクッと肩を落とし、売れたら俺もこんなギターくらい、とブツブツ呟いている。
「あぁ!! あたしはこのレコード欲しかったんだよ! ネットで探しても見つからなかったのに! かなり古いもんだから絶対どこにもないと思ってたんだよ! まさかこんな近くにあるなんて……」
愛華はレコードを抱きしめながら、その豊満な胸を押し潰す。
愛華って結構胸あるんだよなぁ、と横から眺めるように見ていると、それに気がついたのか、キッと睨み返される。
おぉ、怖い……。
僕は、サッと何も見ていなかったかのように目を背け、せっかくだからドラムスティックの1本でも買って帰ろう、と店内をうろつき始めた。
しばらく経って、二人とも目的のものを手に入れたころには時間はすでに4時を回っていた。そう考えると僕たちはこの店に2時間近くいたことになる。それだけ、この二人にはこの店が魅力的に感じていたのだろう。
二人とも、店主に、また来るよ、と告げ、店を出ていく。
僕もそれに付き添うように店を後にしようとしたときだった。
「……おい、お前さん」
店主のいきなりの呼びとめに周りをキョロキョロと見渡し、それが自分に向けたものだと気づき、僕ですか?と自分で自分を指差す。
「そうだ。お前さんしか居るまい。お前さんはドラマーか?」
僕は、はい、そうですが、と、どこかおどおどしながら返した。
その返答に店主は、ふーむ、と不精髭を触りながら、僕の体を舐めまわすように見つめてくる。
なんだよ、このじいさん……。
「お前さん、あんまり体鍛えてないな? バスを踏む足がよく遅れたりせんか?」
ずばり言い当てられ、ドキッとする。僕はあまりキツイとこはしたくない主義で、肉体改造など、それこそドMがするもんだろう、と怠けてしまってる現状だった。
「ははっ…。まぁ、僕は彼らに誘われて始めただけですから。趣味も特になかったし、音楽くらいやっておこうかなぁ、ってレベルで……」
それを聞いた店主は目を瞑り、一言、もったいない、と漏らす。
「お前さんは、いい体幹を持っとる。筋肉の付き方のバランスがいい。鍛えればどんどん上手くなれるはずだがな……」
僕は背筋をピンと張って驚いた。
実際、うちのメンバーはかなり上手い。僕はそれについて行くのに必死で、初めの頃は頑張ってみてはいたが、最近は自分でも思うようにいかず、なんとなくやれればいいや、と思うようになっていた。
「あの二人はかなり出来るだろう。特にあの姉ちゃんは別格だ。お前さんはいい環境の中に身を置いとる。精進せぇよ」
その言葉に少し身を震わせ、はい!、と強く返事をしながらお辞儀し、店を後にする。
店を出て、ふと振り返ってみると、店主が新聞を読みながらもこちらに向けて手を振っているのがガラス越しに見えた。
僕はそれにもう一度大きくお辞儀をし、前方を歩いている二人の背中を追おうといつもより少しだけ力を込めて走り出した。
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。
今回は拓海視点ではなく、友人の隼人視点でお送りしました。
新キャラではないです←
一応、以前の話でチラッとだけ出てきております。
でも、いきなり出てきて1話だけとはいえ主人公ポジション。
前々からチラホラ登場している愛華さんの立場がないね(´・ω・)
そんなこんなで、次で秋編も終わりです。
序章から合わせて10話目になります!
結構書いたなぁ…。
とにかく、これからもよろしくお願いします!!
では、ご感想、ご指摘お待ちしています。
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