ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
妖精達の舞踏会
そこは、途轍もなく広い円形のドーム状空間だった。ヒースクリフと戦った、アインクラッド第七十五層のボス部屋を思い出したが、優にあの数倍を超える直径があるだろう。
樹の内部らしく、床は太い根かツタのようなものが密に絡み合って出来上がっている。ツタは外周部分で垂直に立ち上がり、壁を形成しながらなだらかに天蓋部分へと続く。
半球状のドームとなっているべき天蓋では、絡み合うツタは床よりもまばらとなり、ステンドグラス状の紋様を描いている。
天蓋の頂点には、精緻な装飾が施されたリング型のゲートを十字に分割された四枚の石盤――――天空へと続く唯一の架け橋が存在している、はずだった。
はず、というのは、視界一杯に門を守る守護兵達が所狭しとひしめいていたからだ。
それは、全身に白銀の鎧を纏った巨躯の騎士だった。鏡のようなマスクに覆われて顔は見えない。右手には、高いその背丈すらも超えかねない大剣を携えている。何度も、嫌と言うほど相対した、門を護る守護ガーディアンだ。
一体一体が、人語ならざる咆哮を上げながら大剣を振るう中、そんな地獄のような状況の中で――――
ただ一人、剣を振るう黒衣の剣士。
「がああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!」
鬼神のごとき様相で大剣を繰る黒衣の背中に向け、レンはもう一度己の覚悟を呟いて背後を振り返った。隣から、どうやら回復薬に徹していたらしいリーファが顔色を変えて近寄ってくるのが見える。
「ちょ、レン君!?これって……」
「遅くなってごめんねー、リーファねーちゃん」
「ケットシー、シルフ合同軍、ただいま到着いたしました。これより、介入を始めます」
カグラが、涼やかで凛とした声を響かせた直後、すぐ後ろからぴっと閉じた扇が伸ばされた。
「そろそろいいか?《終焉存在》殿?」
「……うん」
なら、と二人の領主がそれぞれの手を真っ直ぐに伸ばした。
「総員、突撃ィッ!!」
同時に、門戸からドバァッと色とりどりの妖精達が溢れ出た。
風妖精からは一級の戦士、猫妖精からは竜騎士隊と狼騎士隊の二大勢力。ALOというゲームの中の全戦闘力の六分の一にも迫りそうなほどのキャストだ。
絶句するリーファの顔を視界の端に捉えながら、レンは腹に力をぐっと込める。
「竜騎士隊は空中にO型フォーメーション!風妖精隊、狼騎士隊は地上で交互にV型配列!!回復魔法スキルをとっているものは下がれ!一人につき最低二人の護衛をつかすのを忘れるなッッ!!!」
見る見るうちに配列が整えられ、展開されていく。リーファは、こちらに背を向いて立つ小さな背中に、初めて威厳と言う圧力を感じた。
地上に展開された狼騎士隊から、聞き覚えのある声が飛んでくる。
「隊長~、《ヘル・ブレスト》装填完了しましたぇ~!」
間延びしたその声は、耳に新しい。狼騎士隊副隊長であるヒスイの声だ。関西弁と花魁語が混じっているようなその声が、今は限りなく安心できた。
「撃てるか!!」
「いぃえ~、あん坊やが射線上にいて撃てまへんぇ。あれごと撃ち抜いていいって言うなら、話は別やけどねぇ~」
チッ、と紅衣の少年は舌打ちをした。その視線上を、リーファは追う。
確かに、漆黒の巨狼達の仰ぎ見る先には、黒衣のスプリガンが奮闘中でその何とかブレストを撃つ事はできそうもない。ケットシーの二大勢力の一角を成す狼達が放つ一撃が、あの小さな妖精を避けることができそうな繊細なコントロールを要しているとも思えなかった。
「なら僕が――――!!」
「いけません、レン!私が行きます!!」
身体を乗り出すレンを制し、カグラが轟音を皆の耳朶に響かせながら掻き消えた。数瞬で黒衣の人物の元へと辿り着いた巫女は、その首根っこを引っつかんだ。遠目に見ても、その首が嫌な角度で曲がるのが分かった。
「折れたなー」
「あれは折れたんなぁ」
約五秒後、西部劇のように悲鳴を響かせながらキリトとカグラがもと居た座標上へと帰還した。
それを待ちかねたかのように、即座のレンとアリシャ、サクヤの咆哮。否、号令か。
「《ヘルブレスト》――――」
「《ファイアブレス》――――」
「《フェンリルストーム》――――」
「「「発射――――ッッッ!!!」」」
この世の全ての光を掻き集めたかのような閃光と轟音が、五感を薙ぎ払った。
単純な熱量だけで空気が爆発的に膨張し、大気を揺るがして小規模な竜巻を引き起こした。ガーディアン達が塵か埃のように宙空を舞いながら、互いにぶつかり合ってその儚い命を散らしていく。
焔、雷撃、爆炎が視界一杯に広がった。
このレベルになると焼けるのではなく、溶けるらしい。融解した白騎士達の鎧と身体が霧雨のように空中に広がる。さらにそれが、新たに湧出した騎士に降りかかって、その皮膚を、HPを酸のように嘗め尽くした。
二次、三次と続く、地獄のような災害。
ここまでくると、ゲームバランスを少々逸脱していると考えざるを得ない。本当の《必殺》という物は、二度も三度も殺せるという事。一度だけ防いだとしても、続く二次災害がHPを刈り尽くす。
災害ではなく、《天災》とでもいうのだろうか。
「す、すげぇ………」
地面に乱暴に投げ出されたキリトが、呆然と呟いた。
実際、リーファ自身も開いた口が塞がらなかった。現実世界なら、あごが外れてしまっているかもしれない。
―――これが……、種族の本気。
普段、手の内を互いにひた隠しにしている妖精九種族は、その真の実力、本気の攻防を繰り広げることはかなり少ない。いや、ALO開闢以来なかったと言ってもいい。
それが今、リーファの目の前で広げられている。
ゾクゾク、とした興奮が背筋を這い登った。
アルンの街を全壊させたキリトとレンの圧倒的戦闘を目の当たりにしたときもそうだったが、ALOにはこれほどの者がいるのだ、という興奮。そして未知の物を見たときの興奮。
「冷却時間!交替ッ!!」
スッ、と大規模攻撃を放った部隊が音もなく数メートル滑るように下がり、入れ替わるようにして第二の隊がそのあぎとを抉じ開けた。
世界の全ての音と光を詰め込んだような衝撃が空間をびりびりと震わせ、時間をびりびりと引き裂く。
「第二陣!!撃――――――ッッ!!!」
再びの閃光。
再びの轟音。
白銀の騎士達の大きな体躯が空中に溶け崩れ、灰も残さずに蒸発していく。圧倒的な情報圧の名残だけが、単純な熱量として頬を嘗め回していく。チリチリ、と髪の毛の先が焦げていくような錯覚さえ覚える。
「隊長!次ぃ撃つまでにはフルブーストしても三分は掛かりますぇ~!」
「おっけー、ヒスイ!そろそろ覚悟決めないとね、ルーねーちゃん!!」
京都弁と関西弁が中途半端に混じっているような狼騎士隊副隊長であるヒスイの声に、レンはあちこちに指示を飛ばし、自らも飛竜に乗る《軍神》アリシャ・ルーに叫ぶ。
振られたアリシャは、とうもろこし色のウェーブヘアから生える二つの三角形の耳を緊張にぴくぴくと震わせながらも、しっかりと頷いた。
次いで、傍らのサクヤに視線を投げ掛け、頷き合って二人して全軍を仰ぎ見た。
「「全軍、突撃いいぃぃぃ――――ッッ!!」」
本当の聖戦が、始まった。
それは、間違いなくこの世界で行われた最大の戦闘だった。
最高が、先程のレンとキリトのアルンを崩壊せしめた戦いならば、今行われているこれは最大、だった。
後方から時折放たれるブレスによって、守護騎士達が次々と炎上、蒸発して空中へと消えていく。一個の弾頭のように密な陣形を取るシルフ部隊は、肉の壁に更に深い穴を穿つべく、押し寄せる巨人達を凄まじい威力を持つ長剣で切り倒していく。
その弾丸の先端に立つのは、黒衣と紅衣と白衣の人影。
それぞれの得物達は、その一閃一閃が神速と言うよりない勢いで振り回され、触れるもの全てを同時に崩壊、霧散させていく。
三人は言うならそう、一つの個体のような動きだった。
互いが互いの死角を的確にカバーし合い、そして最も効率的な戦闘方法を確立している。直結した神経を、電子パルスが青白い尾を引いて流れていく。視界が薄く引き延ばされ、空を無数に流れ落ちていくポリゴンの欠片達の動きが不思議と緩やかに、穏やかになる。
この感覚は、何度か体験した。
人が、本当の意味で集中したときに超える、世界の一線にして境界。
紅衣の少年が次々と刎ね飛ばす首の雨とも言える中を駆け抜け、鋭き一閃が全損させられなかった騎士達を黒衣の少年と白衣の女性が的確に刈り飛ばす。それぞれの音高く震える翅から零れ落ちる光が空中に流れ、槍の先端を担う三人を流星のように人々に見せた。
見せて、そして魅せた。
レン、キリト、カグラ、リーファ、フェンリル隊、シルフ隊、ドラグーン隊は、白熱した一個のエネルギー体となり、無限に出現し続ける守護騎士の壁を融かし、抉り、深く深く突き進んでいった。
騎士の数は無限でも、ドームの空間は固定されている。前進し続ける限り、いつかはその瞬間がやってくる。
「おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁっぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!」
血を吐くような叫びとともに繰り出されたレンの一撃が分断した、二十を超える守護騎士の身体が崩れ、飛び散った。
その向こう、ばしゃあっ!と爆散したポリゴンの塊の向こうに、一瞬ではあったが、本当にアクセラレートされた意識下でしか認識できないほどの刹那だったのだが、ドームの天頂、天空へと続く唯一の巨門が見えた。ようやく、視認できた。
「見えたッッ!!!」
「ぜえぇぇあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっッッッ!!!」
絶叫するキリトが、いっそう強い純白の光を自らの神装から迸らせながら、自らも黒き閃光となって肉壁の間隙に突進した。それを阻止しようと、怨嗟の声を上げながら最後の守護騎士の群れが上下左右から迫る。その数、約八十。
その中に突っ込んだキリトは、左手の神装に対しての、右手に持つ大剣を鋭く前に突き出す。それだけのアクションで絶大なインパクトが発生し、突き刺した一体のみならず、周りの騎士たちの身体が爆散した。
それでも押し寄せる騎士達を、レンとカグラが両左右から片っ端から捌いていく。
「う………おぉぉおおおおおおおおあああああああぁぁぁぁっっっっっッッ!!!!」
この戦闘で最大の咆哮を、キリトが天高く上げた。
構えた二対の剣が全てを照らす恒星のごとき閃光を放つ。それが、恐るべき速度で繰り出される。
「光環連旋撃!!!!」
右上から斬り下ろす。左下から斬り上げる。
輝く二本の剣は、徐々に角度を変えながら純白の真円を描き出した。それはまるで、皆既日食の太陽から迸るコロナのようだった。一撃ヒットするたび、分厚いアーマーと肉質が爆発にも似た規模で千切れ飛ぶ。それが超高速で連続するので、剣で斬られているというよりも、大口径の機関砲で撃たれているに等しい。
その数、二秒で実に二十七連撃。秒間に直せば、十三.五発。
文字通り、息もつかせぬ連撃が次々と叩き込まれた守護ガーディアン達の身体が、紙屑の引き千切られ、一斉に周囲に散った。
吹き荒れるエンドフレイムの白炎の輪の向こうに、今度こそはっきりと見えた。
木の枝が網目のように絡み合ったドームの天蓋の中央に、十字に分割された円形のゲート。世界樹の幹を貫き、樹上の城へと続くアルヴヘイム最後の門。
だが、その前に疾駆する黒衣の身体を包む過剰光が急速に弱まった。
大きすぎる心意技を放った代償か、度重なる神装の使用限度なのか。はたまた――――
その両方か。
しかし、その背を押す、小さな手があった。
「れん、レンッ!?」
「いっけえええええぇぇぇぇぇっぇぇっっっっっ!!!!!」
ゴッ!!と空気と大気が分断されるほどの勢いで、少年の身体が漆黒の弾丸と化した。黒衣の姿は、ゲートに向かって飛翔し、そして防御線を突破した。たちまち守護騎士の身体が幾重にも重なり、一瞬開いた隙間、間隙を埋め尽くしていく。
その向こうに向かって、紅衣の少年はのども張り裂けんばかりに叫んだ。
「ユイちゃん!コードを転写!!いけぇええええええぇぇぇっっ!!」
塞がる寸前に見えた、驚愕した《黒の剣士》キリトの視線に向かって、《冥王》レンホウは静かに親指を立てた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「僕は今、大変なことに気がついた」
なべさん「へ?何だい?」
レン「レコン、どこいった?」
なべさん「……………………………………………………」
レン「待て。何で露骨に眼を逸らす」
なべさん「……………………じ」
レン「じ?」
なべさん「自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー!」
レン「おい!説明しろボケぇ!」
──To be continued──
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