とある碧空の暴風族(ストームライダー)
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ニシオリ信乃過去編
Trick-10_哀川潤。人類最強の請負人だ
扉が開いた瞬間、条件反射のように後ろに下がって距離を取った。
「お前がニシオリか?」
相手の“赤”は追撃するでもなく、堂々と仁王立ちをして俺を見据えていた。
「あなたは?」
「質問を質問で返すとは教育がなって無いじゃないか、坊や」
「見知らぬ大人に名前を教えるなんて、それこそ教育がなっていませんよ。
更に付け加えれば、人に聞く時は自分から名乗るものでしょう」
とりあえず、相手が会話をする気があるのでそれに乗る。
少しでも時間稼ぎをして頭の中を整理しないと!
「おっと。あたしとした事が王道から外れた事をしちまったな!
哀川潤。人類最強の請負人だ」
「そうですか」
「今度はお前が名乗る番だぞ、ニシオリ」
「王道、と言う所を考えて、あなたは王道が好きなようですね。
では私も王道らしいセリフを言いましょうか・・・・
侵入者のお前に名乗る名前は無い!」
隠し持っていた折り畳みスタン警棒を取りだして跳びかかる。
SWATで訓練を受けた波戸さんじゃあるまいし、素手で挑む訳がない。
一番得意なのは剣術だし、それを活かせるスタン警棒を護衛任務ではよく利用している。
上段からの振り降ろし。完全に当たるタイミングと間合いだ。
その攻撃を女は、哀川潤は、右手を腕に出して素手で受け止めた。
警棒だけなら、痛いで済むが、これはスタン警棒。
スタンガンと同じく電流を流して意識を奪う事が出来る。
もちろん、俺の改造が加わっているから普通のスタンガンよりも電流は強めだ。
だが、受け止めた哀川潤は、笑顔のままだ。
電流が効いていない!?
「おいおい、違うだろ。それは違うだろ。
それは雑魚のセリフだ。モブのたわ言だ。
お前は違う。ちゃんと名前のある登場人物だ。
自己紹介しろよ」
睨まれ、俺は数歩下がった。
哀川潤は動かない。攻撃を受けた側だが、最初の場所で未だに仁王立ちしている。
役者が違い過ぎる。
哀川潤は俺を登場人物だと言ったが、それは違う。
登場人物とは何かしらの重要な役割を持っているのだ。
だが、俺は違う。正確に言えば、哀川潤を目の前にして登場人物ではないと言い切れる。
この女は主人公だ。どんな物語でも中心に立つ。
どんな悪役をしても主人公と物語が変わる。
“絶大な存在”(しゅじんこう)の前に、俺はただのモブ役または石コロにしかならない。
たった一発の攻防の間で、俺はそれほどの差を感じ取った。
一度整理しよう。
今は水さんの部屋。護衛対象は無事だが、内通者の可能性あり。ただし護衛続行。
味方の増援はなし。通信は繋がらない。
出入口は1箇所だけ。しかし侵入者により使用不可能。
侵入者の撃退、不可能。
あ、ツミだ。
「ほれ、早く自己紹介しろ」
「・・・・西折 信乃。ASEに所属している」
とりあえず返事を返しておく。会話から何か掴めればいいけど。
ってかツミだし、時間稼ぎしか出来ないかも。
「あん、それだけか? 他にもあるだろ、家についてとか」
「家族はいないですよ。みんな亡くなりました」
美雪や琴ちゃん、鈴姉については家族と思っている。
けど、今の俺は日系イギリス人だ。美雪達とは全く関係ない戸籍だ。
それに何故だ? 哀川潤が俺の家族を気にしている?
家族・・・・家・・・・苗字? ・・・ニシオリ?
「俺の・・・西折になにかあるんですか?」
「あぁん? なんだ、つーちゃんから聞いていないのか?」
「聞いていませんね。ちなみに、つーちゃんとは誰ですか?」
「そこに座っている蒼いのだよ」
くさなぎ みず
うん。どこにも『つ』の文字が無い。なんでつーちゃん?
それはともかく、やはり水さんが内通者で間違っていないな。
余計に追い込まれた気分になる。
「そうですか」
「まーどうでもいいや。
お前がニシオリ。あたしはあんたを倒す。それでOKだな」
「どこにもOKな要素はないんですけど」
「気にするな、気にする、な!」
一瞬にして空いていた間合いを詰めて拳を振り降ろす。
早い。速過ぎる!
「っ!!」
何とかスタン警棒でガードをしたが、反応するのがやっとだった。ってか折れた!!
攻撃が来る前に数十パターンを戦闘シュミレーションをした。
その中で一番可能性がある攻撃をしてきたのに、予想していた攻撃なのに、それでも単純に防御するしかなかった。
次の追撃を待ち構えていたが、哀川潤は立ったままで何もしない。
「ほい、あたしの攻撃はお終い。
今度はお前の番だ」
「は?」
「だからお前の番だ。
先攻はお前だっただろ? それで次にあたしの攻撃。順番回ってお前の攻撃の番だ」
「ふざけているんですか?」
「平等だよ、平等。
普通にやったら、あたしが一方的に殴ってお終いだろ?
だからだよ」
「・・・・そうですか・・」
誘いか? いや、誘いだろうと乗るしかない。
モブでも戦う時には戦わないとな!
俺は無言で腰の方に手を伸ばす。
取りだしたのは30cm四方の小さなケース。
「一番武器の警棒が壊れてしまったので、一番奇策的な武器を使ってもいいですかね?」
「おう、いいぞいいぞ! あたしは王道も好きだが、奇策を喰らうのも好きだ!
自分の予想していない事が起こるって面白い。
そうだ、ついでにハンデもやる。あたしを一歩でも動かしたらお前の勝ちにしてやる」
舐められたものだ。いや、舐められたままでいい。
そこを突くしか俺に勝機は無い。
ケースから取り出したのはモーター付ローラーブレード。
まだまだ不完全なA・T。さしずめ疑似A・Tといったところかな。
なんせ演算装置が予定の半分しか乗せられなかった。
完成したのも1週間前なんだよ!
欠点だらけのコレだが、奇策には十分に使える!
「いくぜ、赤色!」
A・Tでのダッシュ。人間の足や、ただのモーター付ローラーブレードでは
絶対に出せない早さで近づく。
それでも、哀川潤はたやすく防御するだろう。
ならばA・Tの特性を利用した3次元の動きだ。
Trick - Triangle Point Wall Ride -
プロレスの三角跳びの要領で哀川潤の頭上背後へと高速で移動する。
A・Tの勢いをそのままに蹴り降ろす。
脚力は腕力の3倍と言われている。その脚力に加えてA・Tの加速もある。
先程のスタン警棒よりは威力はあるはずだ!
それをまた、片腕を上げただけで止められた。
「ちッ!」
「それじゃ、あたしのターンだ!」
おいおい! こっちは攻撃直後で地面に足すら着いてないんだぞ!
そんな事は相手には関係ない。
正拳突き、というよりもただのパンチが俺の腹に炸裂した。
「うぐっ!!」
直撃だが、出来るだけ威力を化剄した。
父上から受け継いだ総合格闘術の中には太極拳が含まれている。
太極拳は≪のらりくらりと身をかわす≫という意味がある。
化剄、つまり攻撃の受け流しをした。
化剄したのだが、俺の中途半端な太極拳で全てを受け流すのは不可能。
一気に壁に吹き飛ばされた。
「痛ッ・・」
「ほら、早く立てよ。あたしの攻撃は終わりだ。
次はお前の番だぞ」
数十秒前と同じく、哀川潤は俺の攻撃を待っていた。
少し体を動かして状態を確認する。骨に異常は無いが、動かす度に痛みが襲う。
全身打撲は間違いなさそうだ。
「何やってんだよ。早く次来いよ」
「・・・・」
勝手にターン制を作り、勝手にルールを守っているのはあんただろ、文句を言うな。
なんて言いたいけど言えない。こんなターン制で得するのは俺の方だ。
文句を言って相手が守らなくなったら、数少ない有利が無くなってしまう。
考えろ、考えるんだ。
正当法じゃ勝てない。通用しない。ダメージにすらならない。
ならば奇策しかない。
奇策、相手の知らない攻撃。A・T。
でもA・Tでも簡単に通用しない。普通ではないA・Tの攻撃。
道の技!
俺は両の手を大きく開いた。
「あん?」
その行動に哀川潤は不思議そうに眉間に皺を寄せる。
この攻撃を知っている奴はいない筈だ。
なんせ数十年前に廃れた、翼の道なのだから!
翼の道(ウイング・ロード)
Trick - Little Feather -
勢い良く両の手を合わせて、風を叩きつける技を発動させた。
「アァ!?」
攻撃は見事に炸裂し、哀川潤を吹き飛ばした。
それでも数メートルを後ろに飛ばしただけだ。
室内で翼の道は十分に威力を発揮できないし、俺の実力ではまだまだの結果しか生み出せない。
だからこの攻撃は賭けだ。
哀川潤に攻撃が当たり、それで怯めば次の攻撃に繋がれる。
吹き飛ばした瞬間、反射的に目を閉じるだろう。
その目を閉じた好きに俺は壁を駆け上る。
Trick - Spinning Wall Ride -
天井へと達した。ここから地面へ跳び、蹴り降ろせば、先程以上の威力で攻撃が出来る。
しかしそれでは足りない。主人公に一矢報いるには足りない。
だから足す。道の技を!
蹴り抜くのは哀川潤ではない。その手前の空間、否! 空気!!
Trick - Pile tornado Ver.Quarter -
自分の技術が足りない。
A・Tの完成度が足りない。
室内がゆえに空気の量も足りない。
足りないづくしの状況だが、それでもこれしかない!
空気を蹴り抜いた瞬間に、未完成がゆえに自分の足が風で切り裂かれる。
旋風傷、パイルトルネードの失敗時に出る反動の傷だ。
自分自身にも大きな怪我を負ったが、それでも攻撃は成功した!
ほぼ零距離からなる翼の道の上級技。
さっきの技で哀川潤の足元は充分ではない!
避けられもしない! 当たれば勝機に繋がる!!
俺の目論見なんか、関係無かった。
「かっは♪」
攻撃を喰らい息を吐き出したが、それはどこか楽しそうな声だった。
竜巻の中心から伸びた手が、蹴り抜いた足を掴んで地面に叩きつけられた。
「かっは!?」
同じように攻撃で息を吐き出した俺だが、当然楽しさなどない。
自分に出来る最大の奇策が全く聞いていない事の困惑が混じっていた。
「くっそ・・・・・!」
今度の攻撃は耐えられなかった。受け身も取れず、全身に痛みが走った。
俺の姿を、服が所々破けただけで無傷の哀川潤が見下ろしていた。
「ハハハ! いいね! チョ―楽しいよ!
さすがはニシオリ・・・あれ? 碧くないな、眼」
「!?」
な、なんで俺の秘密を知っている!?
そう言おうと思ったが、体が言う事を聞かない。
叩きつけられたダメージが意外に大きい!
「その情報は正しくない、哀川」
「おいおい、つーちゃんよー。いい加減に覚えろよ。
上の名前で呼ぶな下の名前で呼べ。あたしを苗字で呼ぶのは敵だけだ」
「ニシオリの眼が碧いのは確認が取れている。
岩石の茶色しかない戦場で、碧い眼の少年兵が暴れている。
飛行機事故などの背後関係を調べて、ニシオリである事は間違いない」
飛行機事故!? 戦場!? 水さんはどこまで俺の事を知っているんだ!?
「ナチュラルにあたしを無視してんじゃねーよ。
まぁいいや。眼が黒のままってことはカラコンか?
任せろ! あたしのパワー、スピード、精密動作性はトップクラスだ!」
俺は瞼を無理矢理に開けられたが、すぐに離された。
見れば哀川潤の右の人差し指と中指には、俺のカラコンがある。
あの一瞬で!?
「おー綺麗な碧色だな」
「本家筋の血族だ。今の分家血筋の≪弐栞≫とは比べ物にならない」
「≪壱外≫や≪玖渚≫と同じ≪玖渚機関≫、
その象徴たるアオだからな。
あたしは赤色だけど、≪四神一鏡≫とは関係ないけどよ」
「弐栞が使っているローラーブレード。
偉大なる私の能力をしても都市伝説レベルでしか情報を集められなかった。
これが前世からの記録に間違いないな」
「つか、こいつ≪一姫≫の子供だったよな。
なら、≪一姫≫の後継人のあたしにとっては孫になるのかな?」
さっきから何かごちゃごちゃ言っているが、頭に入ってこない。
痛い、苦しい、その感覚に強制的に俺は気を失った。
つづく
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