悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
1年目
春
春①~夢と幽霊とオムライス~
―――起きているのに金縛りにあっている。
な…何を言ってるかわからねーと思うが、俺も何をされたかのかわからなかった……
「あの……、この金縛り解いていただけませんか……?」
そんな俺の言葉に「彼女」は腕をクロスさせ、大きくバツを作る。
「ダメ!月見にしてって言ったのに卵かき混ぜた罰!」
いいじゃないか……。アニメ見た影響で食べたかったんだよ、かきたま……。
別にどっちを食べたところで死ぬわけでもないんだし。
……と言ってもすでに死んでるのか。
こんな彼女と出会ったのは今からちょうど3年前。俺がミュージシャンを夢みて東京へ出てきた当時だ。田舎の両親には猛反対されたが、俺はビックになるんだ、と無理やり押し通し、単身で上京した。
その前に「ビック」ってなんだよ。「ビッグ」だろ……。
そんな昔の自分にほとほと呆れかえり、嫌気も差す。
今は、俺の実力でバンドで売れるのは無理だ、と夢を諦め、ライブハウスで知り合った友人のコネで音楽会社で働かせてもらっている。インディーズを取り扱うような小さな会社ではあるが、何組もメジャーデビューを生みだした会社として、バンドマンには“この会社でCDを出せば売れる”と評判の会社でもある。働いて1年ちょっとだが、それなりに収入も安定してきた。
東京に出てきた当初は貯金も大した額はなく、家賃だけでこんなに高いのか、と愚痴をこぼしていたのを懐かしく感じるほどだ。
----------------------------------------------------
―――時は遡り、20××年 春
俺は街の喧騒に疲れ果て、一息つこうと街から少し外れた公園に来ていた。
ズボンの後ろポケットから、2,3枚のお札とジャラジャラと安い小銭がたくさん入った財布を取り出し、その中の数枚を自販機へと流し込んでいく。
バイトも探さないといけないな……。
少しだけ薄くなった財布をポケットにしまいながら自販機から取り出したブラックコーヒーの蓋を開け、ベンチへと腰かけた。
そんな時、春先に訪れる温かくも強い風が俺の髪を揺らした。イギリスのハードロックバンド“Deep Purple(ディープ・パープル)”のリッチー・ブラックモアに憧れて伸ばし始めた髪も最近では結構な長さになってきている。
俺にパーマが似合えば完璧なんだけどな……。
一度挑戦したパーマは家族に“爆発にでもあったみたいだ”と馬鹿にされてから一度もあててはいない。
そんな俺は、これから夢を追う拠点となる部屋を探すため東京の街を歩き回っていた。肝心の部屋の条件だが、都心部のライブハウスに行くために駅に近い場所が好ましい。だが、わかってはいたとは言いえ、駅に近くなればなるほど家賃も跳ね上がるのが道理である。
なんでこんなに高いんだよ。うちの田舎ならこの値段でお米何キロ買えると思ってるんだ……。
ブツブツと独り言を呟くが、その言葉も公園で遊ぶ子供たちの声に飲みこまれていく。そのうちの一人と目が合い、軽く手を振ってみたが、その子供は怯えたように目線を外すとそそくさと逃げてしまった。
こんな髪に、80年代のロックっぽいという理由で買った真っ黒なジャケット、そして極めつけは生まれつきの鋭い目つき。
そりゃ子供は怖がるだろうな。
少しだけショックを受けて俺はため息を漏らす。
そんな時、公園からすぐ目の前に不動産屋があるのを見つけた。
ここまで来たし、せっかくだから見ておくか。
よいしょ、とオッサンくさい言葉とともにベンチから立ち上がる。そして、少しだけ残っていたコーヒーを飲み干すと、やったこともないバスケの構えをして空き缶をごみ箱へと放り投げた。空き缶は綺麗な放物線を描き、カラン、という音と共にごみ箱へと吸い込まれる。
その見事なまでのシュートについガッツポーズを取ってしまったが、急に恥ずかしくなり、誰にも見られてないかとキョロキョロ周りを見渡してしまう。
なにはともあれ、先ほどの落胆からも立ち直って、なんだかいいことありそうだな、と浮かれ足で不動産屋へと足を向けた。
そして、その思いはすぐに現実となった。
“格安物件!駅まで徒歩3分!敷金礼金一切頂きません!リフォーム済み!台所は人気のオール電化!”
……これだ。
俺は少しでもお金を節約したかったこともあり、即行この部屋に決めた。もう何件も不動産を歩いた経験から、これより良い条件の物件なんてないとわかりきっていたからだ。決めたとなれば即行動が俺の理念。不動産屋の仕事に就いて日が浅いのか、固い愛想笑いを張り付かせたままの付添人と部屋の見学をしたのだが、綺麗にリフォームもされており築30年という古さは感じられない。
だが、これはよく聞く話。
安い部屋には色々といわくがあるものだ。
雨漏り、水漏れ、はたまた、幽霊が出ると噂の部屋だったり…。
あいにく俺は今の今まで幽霊の「ゆ」の字すら縁はない。
雨漏りだけは困るが、それはないという男の言葉に頷いてみせ、それならば安心だ、と俺は意気揚々と契約書に判を捺した。
そんなこんなで迎えた引っ越しの日。
荷物の運びいれは昼のうちに滞りなく終わったが、生活に必要なものをそろえているうちに太陽は沈んでしまっていた。部屋の窓からは電気が切れかかった街頭の点滅が目に入る。
俺は一息つこうと、一日中ポケットに入れていたせいでくしゃくしゃになってしまった煙草に火をつけ、ふーっと口から煙を吐き出す。
ここから俺の夢は始まるんだな。
そんなことを考えながら改めて部屋を見渡してみる。広くはないが、綺麗なフローリングと白い壁に囲まれてたその部屋は俺の気分を清々しくさせてくれた。
そして―――
「目指せ! 武道館!!」
そんな言葉とともに腕を振り上げ、意気込みを入れる。
痛たたた…。
しかし、体は正直なもので、朝からの引っ越し作業のため腰が悲鳴を上げていた。
俺は引っ越し疲れの体を休めるため、まだきちんと片付いていない段ボールだらけの部屋で床についた。
……そしてその夜、事件は起こった。
金縛り。
俺は生まれて初めての経験に極度のパニック状態に陥った。
こんな時は…、南無阿弥陀仏…、だったっけ……。
とにかく必死で、心の中で何度もその言葉を唱え、早く終わってくれ、と願うしかできなかった。
それからどのくらい時間が経ったのだろう。
長く感じたがきっと1,2分の出来事だったのだと思う。ふと体が軽くなるのを感じ、ホッと胸を撫でおろし、目を開けた。
……それが間違いだった。
「それ」は枕元にいた。血で染まったかのような真っ赤なワンピース、ボサボサの長い髪、そして薄光りを放つ青白い手で覆ったその顔からはすすり泣く声も聞こえる。
「ぎゃー!!!!」
「きゃー!!!!」
本当に怖いと声にならない、と聞くがそんなことはない。声は出るものだ。
自分の声と重なり、別の悲鳴も聞こえたような気がしたが、そんなことには構っていられないと、とにかく目を閉じる。
朝になればこの悪夢が終わると信じ……。
朝日が差し込むのに気付き、俺は目を開いた。その日ほど夜を長く感じた日はないだろう。
―――そして、希望は容易く砕け散ちることとなった。
朝になっても「それ」はまだ枕元にいたのだ。少し前かがみになり、前髪をだらんと垂らした状態で俺を見下ろしている。そこから覗く大きな瞳は虚ろで、光は宿っていない。
それを見た俺はもう一度悲鳴を上げる。そして、それに答えるかのように自分のものとは別の悲鳴が上がった。
今のは誰の悲鳴だ…?
「大声出さないでよ! びっくりするじゃない! 呪い殺すわよ!!」
「それ」に話しかけられた時、悲鳴の主も目の前にいる「それ」のものだった事に気がついた。
そもそも、幽霊に普通に話しかけられてしまった。
何なんだ、この幽霊。
恐ろしい言葉も聞こえた気はするが、幽霊に話しかけられたことに戸惑い、そのことはすぐに忘れてしまった。
幽霊が話しかけてくることなどあるのだろうか。ましてや、大声に驚く幽霊などいるのだろうか。
そんなことが頭の中でグルグルと渦巻き、どうにか振り絞って出た言葉は、
「すみません……」
我ながら情けなく感じる……。
「大体ねぇ、夜中だけじゃなく朝っぱらからこんな大声出して、近所迷惑なのよ! ただでさえ壁薄くて隣のテレビの音すら聞こえる現状なのに…。ちょっと聞いてる!?」
「それ」は両手を腰に当て、少し前のめりになりながらそう言って俺のことを叱ってくる。
“幽霊に説教されてるなう”
ツイッターで呟いたらどれほどRT(リツイート)してもらえるのだろうか……。
そんなことを考えてしまうほど頭の中は混乱していた。
だが、このままだと先には進めないと、俺は一呼吸おき、勇気を振り絞り声を捻り出す―――
「は、はの…。あなた様はどちらさまでしょう…?」
が、緊張のあまり声が裏返ってしまった。
「ん?私?佐藤 さち、悪霊よ。」
そしてまた混乱が舞い戻ってくる。
悪霊って言ったよね?
そんな名乗り方するなんてお茶目な幽霊だ。
はっはっは。
……いや、冗談キツイよ。
「でも、佐藤、なんてありきたりな名字よねぇ。せめてアニメの登場人物みたいに、遊小鳥、とか、四月一日、とか、そんな変った名字がよかったわ…」
そんなアニメの影響なのか、「それ」は青白い頬に人差し指をあて、首を傾げるようにして不満そうに呟く。最近の幽霊ってアニメも見るんだな、と感心している場合でもなく、この状況の打開策を練ろうと必死になっていた時だった。
―――ぐぅー…
よく聞く虫の声が狭い部屋にこだまする。
断じて俺の腹の音ではない。
こんな状況で腹空かせる余裕なんてないし、そんなことしたら馬鹿みたいじゃないか。
そう思いながら、枕元に立つ「それ」の顔を見る。
「……」
そこには馬鹿がいた。
先ほどまでの威勢の良さはどこに行ったのか、「それ」は両手でお腹を押さえ、恥ずかしそうに俯いていた。
それを見て、パニックになっていた俺の頭がスーッと冴えていくのが感じられる。
「い、いいじゃない! この部屋全然契約されなかったし、人が来たと思ったらすぐ出て言っちゃうし……。最近全然食べてなかったのよ! 悪い!?」
開き直ったのか、今度はふんぞり返るようにして「それ」は俺を見下す体勢を取った。
めっそうもございません……。
そのフレーズが自然と心に浮かびあがってしまう。
それでも、お腹が空いてるならば俺に出来ることは一つしかないだろう。
「あ、あの…、まだ引っ越してきたばかりで材料も特にありませんので簡単なものしか作れませんが、何か作りましょうか……?」
今度はきちんと言葉を発することができた。
そして、その言葉に「それ」は喜びの笑みを浮かべる。とは言っても顔は前髪で隠れていてよく見ることはできず、ちらちらと見える目は相変わらず虚ろなもの。むしろ、口元しか見えないため、笑った顔は恐怖しか覚えなかった。
……いや、恐怖しか、というのは如何せん間違いかもしれない。
俺は心の奥底で満面の笑みを浮かべる「それ」にどこか興味を抱いていた。
「そうねぇ、オムライス! オムライスが食べたい!! あ、ピーマンは入れないでね!?」
耳に入ってきた言葉に、小学生かよ、と俺はつい心の中でツッコミを入れてしまう。
そして、なんとか立ち上がると、震える足を台所へと向けた。
後ろから感じる視線にはなるべく触れないよう心がけて……。
台所に立ち、少し冷静になったためか、俺自身もお腹が空いていることに気づいた。
それと言うのも、昨日は引っ越し作業で何も口にできていなかったためだ。
俺も馬鹿じゃないか……。
ついでに自分の分も作ろう。
そんなことを考えながら冷蔵庫を開ける。そこからは、ひんやりとした感覚が指先に伝わり、その指は他のものには目もくれず、8個入り115円の卵に向かう。
だがここで重要なことに気づいてしまった。
……ご飯炊いてない。
肝心のオムライスが出来上がったのは注文を受けてから1時間後のことだった。
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。
今書いているのはここまでです。
大まかなストーリーは考えているのですが、そこに結び付けるのにどうしようかなぁ、と悩んでいます。いい頭の体操になりますね。
更新はゆっくりになると思いますが、少しずつ書いていくつもりです。
のんびりと見守っていただければ幸いです。
感想、ご指摘お待ちしております。
ページ上へ戻る