久遠の神話
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第五十六話 中華街その四
「特に海軍の料理は」
「海軍は航海の間それしか楽しみがないからね」
食事しか、というのだ。
「それも当然だね」
「そうです。食事は空軍より上です」
「まあアメリカは食材も調味料も豊富でキッチンの設備も整っていて」
それにだった。
「レシピの本も揃ってるからね」
「美味しいものを作る資質はありました」
「それが今発揮されてきたということだね」
「しかも量も多いです」
アメリカの食事の売りの一つだ、日本人から見ればかなりの量なのだ。
「悪い料理ではないです」
「そうだね。そしてそのアメリカでも」
「貴方の料理は評判になります」
「料理で生きている人間が料理で負ける訳にはいかないよ」
笑ってこうも言う王だった。
「誰にもね」
「この味ならな」
加藤はさらに言う。今度は海老餃子を食べている。
独特の白い透明感のある厚い生地の中に海老の具がある、それを醤油をベースとしたたれにつけてから食べながら言うのだった。
「金も儲かるな」
「まあね。高給も貰ってるよ」
「やはりな」74
「当然だというんだね」
「腕の立つ料理人には当然の報酬がある」
他の職業に比べてそうなるというのだ。
「だからそれもだ」
「当然だというんだね」
「社会主義ならともかくな」
「まあ今の中国はね」
王は口の左端を歪めさせてシニカルなものも見せた。
「共産主義というのはお題目でね」
「実際は違うな」
「全く違うよ。悪い面も多いけれど腕の立つ料理人なら」
それならばだというのだ。
「それなりの報酬も得られるよ」
「そうした国になっているからか」
「そうさ。今の政府についてはあえて言わないけれど」
あえて避けた、このことは。
「それでも腕がいいよね」
「実入りもいいか」
「人は美味しいものに魅かれるものだよ」
王は確かな笑顔で言い切った。
「だからこそね」
「それは事実だな」
「そう、君もそうだよね」
「美味いものが嫌いな者はいない」
加藤もこう言い切る。
「一人もな」
「その通りだよ。じゃあ」
「デザートか」
「何がいいかな」
「杏仁豆腐だ」
加藤が言うデザートはそれだった。
「それがいい」
「杏仁豆腐だね」
「私はタピオカを」
スペンサーが言うのはそれだった。
「タピオカミルクをお願いします」
「わかったよ。じゃあそれも作るよ」
「デザートも作るか」
「勿論、中華料理のシェフは何でも作るんだよ」
それこそ肉料理も野菜料理も麺類もだというのだ、その万能の中華鍋を使ってそのうえで作るというのである。
「包丁と鍋でね」
「デザートにもか」
「デザートには中華鍋はあまり使わないね」
使わない料理もある。
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