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魔狼の咆哮

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第二章その三


第二章その三

「あの青年からは人間の気は感じられなかった。冷たい何やら不気味な気が感じられた。まるで魔界の住人の様な気がな」
「魔界の住人ですか」
 本郷の脳裏にこれまでの彼等との死闘が映し出される。月も星もない闇夜で、歴史の中に埋没した廃墟で、砂漠の荒野で。本郷と役は今まで多くの異形の者達と闘ってきたのだ。依頼を受け倒したときもあり、仲間の仇を討ちに来た者を返り討ちにしたときもあり。様々な状況で数えきれぬ程の魔物達と刃を交えた。だからこそ彼等の恐ろしさもよく知っていた。
「人狼は始めてですけどね。あんなに冷たい手をしてるんですかね」
「この辺りの人狼はドイツからの流れだ。体温を変えられるのは北欧の産だ。カレー家のルーツが何処にあるかは知らないが。ただ人狼を操っているのかも知れない」
「吸血鬼」
 フォークとナイフがぴた、と止まる。
「人狼を操っているのなら可能性はある。しかしあの人狼はかなり高位の魔物だ。使い魔を創り出す程のな。その様な物が他の種族に仕えるとは思えない」
「では何者なんですかね」
「人狼といっても色々とルーツがある。ドイツ土壌のもの、スラブにおいて吸血鬼の下僕となっているもの、魔術により人が変化しているもの、魔界のもの、そして北欧のものだ」
「あの人狼は魔界のものですかね。感じはそれくさかったけど」
「ルーン文字を使っていたしな。北欧のものかも知れないな」
「多分魔術で人が変化しているものではありませんね。あの強さは」
「それは間違い無い。人の行動とは少しかけ離れている」
「そんなのとカレー家が関係あるとすれば」
「一度調べてみるか。かなり危険だが」
「ええ」
 二人は食べ終えると食器を一つに集め人を呼んで直してもらった。
  午後からまた捜査室で打ち合わせ及び捜査が行われた。人狼とカレー家の関係についても言及された。
「我々もそれは気になっているんですがね。迂闊には手が出せないのですよ」
 警部が苦い顔をして言った。
「この地、いえフランスでカレー家に逆らえる者はおりません。もし目をつけられでもしたらそれでフランスにはおれなくなります」
「それ程までに・・・」
「あのジャコバン派やナポレオンですら手出し出来なかったのです。ある者は『アンシャン=レジームの最後の生き残り』と揶揄さえしております」
「家の警備も厳重です。玄関に入るには特別な証明カードが必要ですし庭には獰猛なドーベルマンが放たれています。家の者以外には激しい攻撃を加えるよう訓練されています。そして屋敷の中は無数のトラップが仕掛けられていると言われています」
「トラップ!?本当ですか?」
 巡査長の説明に本郷は目を丸くした。
「これはあくまで噂です。しかし家に忍び込んだ泥棒が穴だらけの屍となって出てきたことがあります。それはまるでべトコンの罠に落ちた米兵のようであったと検死官が報告しています」
「かなり凄そうですね」
「玄関以外から入って生きて帰ってきた者はおりません。あの家は一種の治外法権にあります」
「治外法権ですか。増々怪しいですね」
 本郷が不敵に笑った。
「?本郷さんまさか」
 警部と巡査長の顔色が変わった。
「いえ。あえて地獄に出向くような真似はしませんよ」
 本郷は右手の平を前に出して片目を悪戯っぽく閉じて否定した。
「そうですか、まさかあの家に忍び込もうと言い出すのではないかと思いましたよ」
「ははは、いくら俺でもそんなことはしませんよ」
 笑って再び否定した。
(今はね)
「・・・・・・・・・」
 そんな本郷を役は無言のまま横目で見ていた。
「まあカレー家とあの人狼の関係は決め付けるのは危険です。とりあえずは離していきましょう」
「ですね。下手にこちらから蜂の巣をつつく必要はない」
 役の提案に警部達も同意した。
「それでいいな、本郷君」
「まあいいですよ」
 内心舌打ちしたが面には出さない。だが役は目で語った。
(今は自重し給え)
(はい)
 本郷も目で答えた。
「では三日前の事件の現場に行きましょう。何かしらの証拠がまだ残されているかも知れません」
「はい」
 四人は部屋を出た。そして車中の人となった。
 事件の現場にはまだ多くの制服の警官達がいた。現場を中心にそれぞれ捜査にあたっている。
「物的証拠は全部持っていってますね」
 部屋を見回し本郷が言った。一面の血糊は今だ壁にこびりつきドス黒く染めている。
「はい。今科学班が捜査中です」
 巡査長が答えた。
「物的証拠への捜査から何かわかりましたか?」
 部屋を見回りつつ役が尋ねる。
「シーツに犯人の汗が付着していました。やはりあの野獣のものでした」
「やはり・・・」
「あとルーン文字が書かれた石ですが普通の石と何ら変わるところは無い様です。単に文字が書かれているに過ぎないと」
「でしょうね。ルーン文字の魔術は文字そのものに込められているのです。石は単なる器に過ぎません。ですがその石に今用が有ります」
 役の足が止まった。
「まだこちらに石はありますか?」
 警部達のほうを振り向いた。
「はい、一個だけなら」
 警部に言われ警官の一人がその石を持って来た。
 
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