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京に舞う鬼

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第十六章


第十六章

「その証拠に今の私には影がないのです」
「鬼になり生贄を求めていると」
「今彼女は古い寺にいます」
「寺に」
「そうです。かっては私の影だったからわかります」
 彼女は言った。
「そこで。また犠牲者を貪ろうと」
「役さん」
「ああ」
 二人はそれを聞いて頷き合った。
「そしてその場所は」
「嵐山です」
 嵐山だと答えた。
「そこにいます」
「嵐山」
「それでは」
 すぐにそこに向かおうとする。だがそれを貴子が呼び止めた。
「お待ち下さい」
「また何か?」
 二人はそれに応えて貴子を見る。見ればその顔は強張っていた。
「私も・・・・・・同行させて頂きたいのですが」
「貴女もですか!?」
「はい」
 こくりと頷いた。強張った顔のままで。
「影の居場所は。私にしかわかりませんから」
 彼女は言った。
「ですから。お願いです」
「しかしですね」
 本郷はそんな彼女に対して言葉を返した。
「相手は。もう単なる貴女の影じゃないんですよ」
 真剣に咎める声になっていた。
「あれはもう。鬼です」
「はい」
 それでも貴子に戸惑いはなかった。強い調子で頷く。
「それはもう承知しております」
「承知していると言われましてもね」
「竜華院さん」
 そして役も口を開いた。口調は本郷と同じである。
「申し上げておきますが今の貴女の影は貴女から離れております」
 それはただ単に離れているだけではない。彼はそれを言いたいのだ。
「何もかも。既に人ではないのです」
「鬼だと。仰りたいのですね」
「そうです。先程から私も本郷君も申し上げておりますが」
 彼は言う。
「普通の人間では。相手にはなりません」
「食い殺されるのがオチですよ」
「ですが影の居場所がわかるのは私だけです」
 貴子はそれでもこう言い返した。
「ですから」
「どうしてもですか」
「はい」
 役に対して頷く。
「自分のことは自分で始末をつけたいのです。可能な限り」
「役さん」
 それを受けて本郷が役に顔を向けた。
「どうします?」
「そうだな」
 役は口に手を当てていた。どうやら考え込んでいる様である。
「竜華院さん」
 そのうえでまた貴子の名を呼ぶ。
「はい」
「断っておきますが命の保証はありませんよ」
 まずはこれを念押しした。
「それはおわかりですね」
「はい」
 また強い言葉で頷いた。
「それはわかっています」
「ただ不思議ですね」
「何がだ?」
 役は本郷がここでこう言ったのに顔を向けた。
「その影の行動ですよ。つまりは竜華院さんの心の裏側ですよね」
「ええ」
「それだから居場所もわかる。けれどそれだと向こうもそうですよね」
「おそらくは」
「それですよ。何で影は入れ替わらなかったんですかね」
「入れ替わるとは!?」
「言ったままですよ」
 本郷は役にそう返した。
「ほら、よくあるじゃないですか。邪な心が本人を殺して成り代わるって話」
「ああ」
「俺、最初はそうじゃないかなって思ってたんですよ。けれど違っていましたよね」
「そういえばそうだな」
 役も言われてみてそれに気付いた。
「影はそれをしては来なかったな」
「それはおそらく」
「おそらく!?」
 二人は貴子の言葉に顔を向けた。
「いえ・・・・・・」
 だが彼女はここで顔を背けてしまった。
「多分。違いますね」
 二人は貴子のその態度に妙なものを感じた。だがここはそれについては聞かなかった。彼女を気遣ったのである。だがここに大きな秘密があることにやがて気付くのであった因果な場面で。
「それでは行きますか」
 本郷は全てを納得したうえでこう言った。
「嵐山に」
「はい」
 貴子もそれに頷く。
「それでは宜しくお願いします」
「わかりました。ところで竜華院さん」
「はい」
 彼女は役の言葉に顔を上げた。
「貴女は武芸の心得は」
「残念ながら」
 その言葉には首を横に振った。
「そうですか」
「道に専念して参りましたが。武の道は」
「まあ仕方ないですね」
 だが二人はそれを当然だと受け止めた。
「やっぱり戦いは俺達二人がやりますんで」
「そこはお任せ下さい」
「わかりました。それでは案内をさせて頂きます」
「ええ、お願いしますね」
 こうして二人は貴子を伴って鬼との戦いに赴くことになった。そして嵐山に向かうのであった。
 嵐山は北からは全くの正反対にある。北が京都の北東にあるのに対して嵐山は西南にある。同じ京都にありながらその距離は呆れる程遠いのだ。
 三人はバスで嵐山に向かった。途中何度も信号で止まり、着いた時には本郷は不機嫌さを露わにさせていた。
「電車で行けばよかったですね」
「そうか?」
 だが役は彼とは全く違い落ち着いた様子であった。
「中々いい道程だったと思うが」
「役さんはこのバス、好きなんでしたね」
「何処に行っても料金は同じだしな」 
 京都の市営バスはそこが非常にいい。乗り心地も悪くなく、例えば金閣寺から京都駅へ行っても運賃はすぐ側に行くのと全然変わらないのだ。京都市内を動き回るには案外バスも悪くないのだ。
「おまけに街もよく見られる」
「成程、そういうことですか」
「君はどうもこの街並が気に入らないようだがな」
「別にそうでもないですけど」
 しかし京都に何かと思うところがあるのも事実だ。
「まあいいです」
「そうか」
「それで竜華院さん」
 本郷は役から貴子に顔を向けて尋ねてきた。
 
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