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京に舞う鬼

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第十五章


第十五章

「君が正真正銘の女好きなのは私が保証する」
「そりゃどうも」
「そのうえでだ。やはり違うのだな」
「ええ。どうも一連の事件にそうした強烈な意識を感じるんですよ」
「同性愛者のか」
「両方の道知ってるのはまた違うんですけれどね。そっちにばかり入ってのめり込んでしまうと」
「そうなるのか」
「ですね。それもこれはかなり深刻ですよ」
「倒錯しているうえに嗜虐的だな」
「ええ」
 本郷はその言葉に頷いた。
「それでいて完璧主義で。被害者をまるで絵みたいに飾って」
「尋常ならざる者か。鬼としても」
「どっちにしろこのまま放っておいてはいけませんよ」
「うむ」 
 役はまた頷いた。
「また犠牲者を出すだけですから」
「芸術と倒錯を愛する同性愛者の鬼か」
「それも花を特に愛でる」
「まさかとは思うがな」
「はい」
 二人の脳裏に同時にある人物が思い浮かんだ。
「行ってみるか」
「そうですね」
 本郷は役の言葉に応える。
「鬼が出るか魔が出るか」
「蛇ではないのだな」
「蛇ならこんなに警戒はしませんよ」
 本郷は笑みを作ったがその目は笑ってはいなかった。
「案外大人しいものですからね、あれは」
 蛇はそうしたものである。外見は不気味だがこれといって人を襲うものではない。どんな大蛇も余程餓えてはいない限りあえて人を襲ったりはしないし蝮等の毒蛇も自分から向かわなければ何もして来ない。だが魔界の住人達はそうはいかないのだ。彼等は彼等の意図で以って人の世界に介入し、襲い掛かって来るのだ。そこに人の世界の摂理は何一つ適用されはしない。全くの異世界からの来訪者達なのだ。
「鬼なんかに比べれば可愛いものですよ」
「そうか。そうだな」
 役はその言葉に頷いてみせた。
「ではその言葉に従おう」
「鬼でも魔でも潰すんですね」
「そうだ。では行くか」
「はい」
 警部には電話で話を着けてもう一度貴子の下へ来た。しかしその門は固く閉じられてしまっていた。
「気付かれましたかね」
「ではやはり彼女が鬼か」
「あの」
 門の前に立つ二人に一人の和服の少女が声をかけてきた。
「先生に何か御用ですか?」
「あ、はい」
 二人はその少女に顔を向けた。見れば黒く長い髪を上でまとめた美しい少女であった。如何にも、といった感じの。
「先生は今御留守ですよ」
「そうなんですか」
「はい」
 その少女は答えた。
「私の屋敷におられますが。御会いになられますか?」
「御屋敷にですか」
 それを聞いただけで彼女もまた相当な家の生まれであることがわかる。
「宜しければ御案内致しますが」
「ええ、是非」
「お願いします」
 二人はそれに応えた。そして彼女の案内の下貴子のいるその屋敷まで向かったのであった。
 その屋敷はやはり異様なまでに大きかった。日本の古き良き趣のある屋敷であり古風な中に雅があった。二人はその中を少女に案内されて入ったのであった。
「確か先生は」
 彼女は屋敷の中を見回して貴子を探した。
「こちらです。どうぞ」
「はい」
 さらに案内されて庭の中を進む。すると庭の中にある池のほとりに彼女がたたずんでいた。
「先生」
「はい」
 貴子は少女の声に応えこちらに顔を向けてきた。
 顔を向けると二人と目が合った。同時に動きが止まった。
「お客様ですよ」
「私にですね」
「そうです。先生の御自宅の前におられたので案内しました」
「左様ですか」
 貴子はそれを緊張した面持ちで聞いていた。二人の顔も何時になく険しい。
「お話ですよね」
「ええ」
 貴子は二人の顔を見据えたまま答える。
「それでは私はこれで。ごゆっくり」
 一礼してその場を後にする。気を使って彼等だけにしたのだ。だが果たして三人のことを知っていればそうしたであろうか。そこにはえも言われぬ緊張した空気が漂っていた。
 二人と貴子は暫く無言で睨み合っていた。その中でまず役が口を開いた。
「おわかりだと思いますが」
「はい」
 貴子はその声に応えた。
「今回は先のとは別の用件でお邪魔しました」
「左様ですが」
「もうおわかりだと思いますけどね」
 今度は本郷が口を開いた。
「龍華院貴子さん」
「はい」
 彼の呼び掛けに応じて頷く。
「貴女は。一連の事件のことを御存知ですね」
「否定はしません」
 彼女はまた答えた。
「三人共。私の弟子でしたから」
「やはり」
「それでは」 
 二人はそれを受けて動こうとする。だがそこで貴子は言った。
「お待ち下さい」
「ここまで来てそれはないでしょう」
 本郷はその右手の指と指の間に短刀を一本ずつ挟んでいた。それでまずは先制攻撃を仕掛けようとしていたのだ。
 役も懐に手を入れていた。そこから攻撃を仕掛けようとしているのは明白であった。
「私を見て下さい」
「!?」
 二人はその言葉に動きを止めた。
「どういうことですか!?」
 だが警戒を緩めてはいない。役の札の焦げたのから予想する限り彼女は相当に強い力を持つ鬼である。それは当然の行動であった。
「私の影を」
「影を」
「はい」
 彼女は言った。
「御覧になって下さい」
「一体何を」
 影を武器にして襲い掛かることも予想された。魔界の住人はそもそもこちらの世界とは理屈が全く違うのだ。影の魔物もいる。二人はそこでも警戒を怠らなかった。
 その言葉通りに影を見る。それを見て二人は落ち着きを維持したまま言った。
「これはどういうことですか?」
「御覧になられた通りです」
 貴子は言った。
「今の私は・・・・・・。影がないのです」
「どういうことですか?」
 役はあらためて彼女に問うた。
「それに今の貴女から妖気は感じられない。いや」
 彼はさらに言葉を続けた。
「最初に御会いした時から。あの犯人は貴女ではないというのですか?」
「私は人を殺めるようなことはしません」
 彼女はこう答えた。
「私は確かに道を求めていますが」
「はい」
「人を殺めるのは。決して道ではありません」
「では御聞きしますが」
 役はそれを聞いたうえでまた貴子に尋ねた。やはり警戒は解いてはいない。
「その影は。一体どういうことなのですか」
「これこそが鬼なのです」
「影が」
「そうです影は私の心の裏」
 彼女の顔には影ではなく陰が差していた。心にも差していた。
「そして鬼だったのです」
「その鬼が犯人なのですね」
「そうです」
 貴子はこくりと頷いた。
 
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