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黄砂に吹かれて

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第三章

「お昼に見えていた蜃気楼が急に消えていって」
「蜃気楼は太陽の光とかから生まれるからね」
「そう、それが消えていく中で」
 まさにその中でだ。
「最後の蜃気楼が見えるのよ」
「最後の?」
「その蜃気楼は独特でね」
「どんなのかしら」
「遠くにあるものが目の前に消えるものではなくて」
 普通の蜃気楼ではないというのだ。
「心の中にあるものが見えるのよ」
「心の中?」
「そう、そう言われているわ」
「面白い蜃気楼ね」
 私はガイドさんの話を受けて笑って言った、ただ信じてはいなかった。
「それじゃあ見られたらね」
「見たいのね」
「是非ね」
 こうガイドさんに話した。
「そうさせてもらいたいわ」
「今ひょっとしたらね」
 見られるかも知れないというのだ、その蜃気楼が。
「さあ、どうなるかしら」
「それではね」
 私は心の中ではそんなことはないと思っていた、けれど。
 右側から風がさっと吹いた、これまでは熱い、まさに熱風だったけれど砂漠は夜になると気温が急に変わる。それでだった。
 風は涼しいものになっていた、その風が私の頬を打つと。
 私の目の前に信じられないものが映った、それは。
 彼だった、モスクワに行って別れた彼が出て来て。
 はじめて出会った時、楽しく過ごした時がまるで走馬灯の様に出て来た。私が覚えている彼との想い出の全てが。 
 それが出て来ては消え出て来ては消えてそしてだった。
 最後の別れの場面が出て全ては終わった、その時には風も止み目の前には夕刻の砂漠があるだけだった。
 その夕刻の砂漠の中に戻ってだ、私はガイドさんに言った。
「見たわ」
「そうなのね」
「そして消えていったわ」
「蜃気楼だからね」
「そうよ、人の想い出は生まれてはね」
「消えるものなのね」
「蜃気楼なのよ」
 まさにそれだというのだ。
「人の心も想い出もね」
「そうなのね」
「そこに今貴女の心の中にあるものが見えたわね」
「ええ、よくね」
「けれどそれはあくまでね」
「蜃気楼なのね」
「そうよ」
 それだというのだ。
「それに過ぎないのよ」
「あれだけ楽しくて悲しいものだったのに」
「それでもね」
 蜃気楼、浮かんでいって儚く消えていくものだというのだ。
「それに過ぎないのよ」
「小さなもの、いえうたかたと言うのかしら」
「そんなものね、確かに大切で素晴らしいものだけれど」
 それでもだというのだ、ガイドさんは何時の間にか私の横に来て話してくれてきていた。
「消えていくものでもあるのよ」
「心の中にあっても」
「悲しいと思ってもね」
 その悲しみもだというのだ。
「その悲しみもね」
「消えるのね」
「今は悲しくてもね」
 私のことを察しての言葉だった、何故寂しく感じるかというと悲しいからだ。このことは私も自分でよくわかっていた。 
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