ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
遺された悪意
ソレを見た時、まず初めに二人が思った事は何だコレ、というものだった。
ソレは、半径数メートルはありそうな巨大なガラス製の円柱の中、毒々しい緑色の液体の中にどっしりと浮かんでいた。
眼球、という表現をアスナは真っ先に思い浮かべた。
表面に、迷路のように入り組む凹凸が浮き出た、巨大な球状オブジェクト。
全体に這い回る細かい毛細血管が、どぐん、どぐん、と脈打つところは、生物の………いや人間の心臓を連想させる。
しかし、球体の表面はあらゆる光を吸い込むような艶消しの黒で、前面には亀裂のようなものが存在している。下部には、生物から無理矢理に引きずり出したかのような、視神経と思しきツタがにょろりと垂れ下がっていた。
「………………………」
あまりの事に声もなく絶句するアスナの裾を、かなり強く引っ張る小さな手があった。
「マイ……ちゃん?」
「だめ………早く、逃げよう。アスナ」
ふるふる、と力なく首を横に振るマイの顔は、あまりの恐怖に引き攣っていて、目尻には薄く涙が浮かんでいた。
それを問いただそうとしたアスナの声は、突如として真後ろから響きわたった声に阻まれた。
「おやおや、小鳥ちゃん達が檻を脱走して、こんな所までやって来ているなんてねぇ」
ゾグ、という怖気が背筋を這い回った。まるで、冷水を背中にぶちまけられたかのようだ。
この声。
爬虫類を思わせる、粘っこい声。同時に体中を嘗め回すような、あの視線を背後からありありと感じた。
あごを、嫌な温度の汗が滑り落ちていく。
ゆっくりと、ギチギチと錆付いた機械のような動きで、アスナとマイは首を巡らせて己の背後を見た。
地面から何百と屹立している脳髄の入った白い円柱の群れ。
その向こうに薄っすらと見えている、二人が今入ってきたドアに、一つの長身の男の姿があった。
波立つ金髪が豊かに流れ、それを額で白銀の円冠が止めている。身体を包むのは濃緑のゆったりとした長衣、これも銀糸で細かい装飾が施されている。
背中からはアスナと同じように翅が伸びているが、こちらは透明ではなく、巨大な蝶のものだ。漆黒のビロードのように艶のある四枚の翅に、エメラルドグリーンの鮮やかな模様が走っている。
顔は、作り物としか言いようがないほど端麗だ。滑らかな額から連なる鋭い鼻梁、切れ長の相貌からは翅の模様と同じ色の虹彩が冴えざえとした光を放っている。
だが、それらを台無しにしているのが、薄い唇に張り付く微笑だ。全てを蔑むような、歪んだ笑い。
その口元を見、目線は決して合わせないようにしながら、アスナはひりついたのどを動かして言葉を搾り出した。
「………なぜ、あなたがここにいるの?須郷さん」
アスナが問うと長身の男、オベイロン────須郷伸之はハッ、と吐き捨てるような前置きを置いて口を開いた。
「なぜ?決まっているじゃないか、ティターニア。この僕が君達に会えなくなった時から、本当に何もしていなかったと思っていたのかい?」
「………ッッ!!まさか、監視プログラムを!」
「ご名答。そっちのガキに邪魔されてから、ずっと組んでいたのさ。おかげで僕はクタクタだよ」
いい気味だ、と思いながらアスナは、素早くマイを下がらせながら自らの愛剣の柄に手をかけた。
温かなぬくもりを伝えてくるそれに一瞬だけ心を落ち着け、次いでシャラン、という軽やかなサウンドエフェクトとともに勢いよく抜剣した。
手の中に一部のすきもなく、ぴったりとフィットする懐かしき愛剣の手応え。その切っ先を真っ直ぐ、己の敵に向ける。
男はおや、と首を僅かに傾け、切れ長の相貌に怪訝そうな光を浮かべる。
「……?なぜそんな物がこの空間内にあるんだ?」
その顔に、精一杯の憎しみを込めた視線をぶつけながら、アスナは言葉を紡ぐ。
「答える必要はないわ。それに、あなたはマイちゃんに勝てない」
そう。それがこの空間に硬直をもたらしている物の正体だ。
今、アスナの背後で縮こまっているマイは一度だけ、GM存在である須郷伸之を殺したのだ。システム的に完全に保護されている、そんな存在を、だ。
しかもその方法は、ありとあらゆる方位、方角からの圧倒的武力創造、そしてそれらによる鎮圧。
最終的には首を引きちぎられるという、こちらが勝ったというのに吐き気がするような姿でこの世界から退場していったのだ。しかも、システムに規定されていないBBプログラムでの攻撃だったので、ペインアブゾーバのレベルはゼロ。
現実世界に戻っても、その痛みはしばらく収まることを知らなかっただろう。
同時にその痛みは、消えない痛みとして心の奥底にトラウマとして刻み込まれているはずだ。
心の傷は《心意》の源たる力だが、大きすぎる傷はパフォーマンスの低下しか招かない。つまり、デメリットしか生まないのだ。
正直、須郷伸之という人間は、もう二度とアスナ、少なくともマイの前には姿を現さないと思っていた。それほどまでの断末魔を響かせつつ、彼は消えていった。
それなのに、今こうして姿を現したことから想定できることは唯一つ。
アスナはちらり、とイベントホールのような巨大な部屋の隅から隅まで見回し、最後に自らが背を向けている巨大な水槽を見やった。正確には、その中にぷかぷかと漂っている巨大な眼球を。
こんな大掛かりかつ、何かと重要な雰囲気を纏っている物が、ただの置物という訳であるはずもない。
これがもし、アスナの思っているよりも遥かに重要で、代えの利かない物だったら。
───使えるかもしれない。
そう胸中で呟いたアスナは、レイピアの切っ先を少しだけ下げる。無論、警戒を解いた訳ではない。
「須郷さん、今すぐ私とマイちゃん、それにここに閉じ込めている人達全員をログアウトしなさい。GM権限を持つあなたなら、それは簡単なことでしょう」
「………それはできないなぁ、ティターニア。いくら君の頼みでも、ね」
「交渉の余地はないはずよ。これはなんだか私には解らない。解りたくもない。だけど、これがあなたの研究に大きな影響を及ぼしてるのは充分に判るわ」
ぐっ、と。初めて須郷伸之の丹精に構築された顔が、醜悪に歪んだ。
当たりだ。
アスナは密かにぐっとガッツポーズをする。
人質を得た。
これは、この難解な状況を確実に自分達の側へと引き寄せたはずだ。
しかし、人質はそれを有効に活用し、初めてその真価が問われる。原則として、人質は二人以上というのが通説と言える。片方を特攻で奪還されても、もう一人を保険として確保しておけるからだ。
しかし、このどっちに転ぶか分からない綱渡りのような状況で、さすがにそこまでの事を期待するのは無理難題というものだろう。
「………おやおや、ティターニア。君は一つだけ勘違いをしていないかい?ここはゲームの中なんだよ。都合の悪いことは巻き戻しすればいい」
「嘘が下手ね、須郷さん。それなら部下の一人でも寄越して、こんな交渉めいた事をせずともあの檻に連れ戻せばいいでしょう」
アスナの再度のその反論に、須郷伸之はとうとう完全に黙り込んだ。
彼自身、その沈黙が肯定としか取れない事を痛いほど分かっているはずだ。
再び降りた、沈黙の時。
限界まで張り詰め、触れた指が切れそうなその沈黙を強引にぶち破ったのは、さらに悪意に塗れた一つの《声》だった。
『ク、フフ。散々ミタイダネ、須郷』
「──────────ッッッッッ!!!!」
反射的にマイを強引に引き寄せ、かつて鋼鉄の魔城の頃に付けられた二つ名のごとき勢いで、白銀の軌跡を空中に残す。
だが、命を任してきた相棒の刀身は、何の手応えも返してはくれなかった。
ただただ、空を空しく掻く音しか聞こえなかった。その音さえも、すぐに反響し、減衰して消え去る。
それでも、アスナは感じていた。
空間の質が、はっきりと変わった事を。
背筋が粟立ち、首筋をチリチリとした静電気に似たナニカが這い回っている事を。
「だ、だれ!?」
思わず裏返った声で叫ぶが、その《声》は特定の発生源から発せられているとは思えない。例えるなら、部屋全体にスピーカーが備え付けられており、それら全てから音が発せられているようなものだ。
「ちょ、ちょうどいい!協力しろ、《狂楽》!」
『ソンナ汚レ仕事、僕ニ押シ付ケラレテモ困ルナァ。ソレニ、君ヲ助ケルノハ仕事ノ中ニハナイジャナイカ』
「ふざけるな!ぼ、僕がいなくなって困るのは、お前じゃないか!!違うか!!」
半ば半狂乱に叫ぶ須郷に、不意にその《声》は押し黙った。
押し黙ってしまった。
やがてポツリと、本当にポツリと、《声》は言った。
体中が震えだすような、そんな《声》で。
『飽キタ』
グバッッ、という奇妙な効果音がアスナの背後で響いた。
しかし、それはありえない。だって、アスナと背を向けているのは、あんま機のごとき勢いで震えているマイと、巨大眼球がプカプカ浮いている水槽しかない。
アスナがゆっくり、錆び付いているのかと思うほどの動きで、アスナは振り向いた。
真っ黒こげだったその眼球にあった亀裂、それが限界まで開かれていた。
いや、見開かれていた、というほうが正しいのかもしれない。
だって、その中にあったのは艶やかな白い表皮だったのだから。その中心には、冗談と思えるほどに血走った瞳孔があった。
それは水槽の中でぎょろりと動き、ガラスを挟んで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなっているアスナとマイを映し出した。
これは眼球じゃなかったのだ。目蓋だった。
そうのんきに思ったのは、返って現実逃避をしようとしていたのかもしれない。だからアスナは、その切れ長の瞳が怪しく光ったのを見、即座に対応することができた。
そのコンマ数秒後、甲高い音とともに水槽のガラスが内側から弾け飛び、そこから闇すらも吸い込みそうな漆黒の光が迸った。
────これは……、過剰光ッ!?
マイを胸に抱きかかえ、倒れこむように横に倒れるアスナ。
その頭上を、さながら閃光のような勢いでそれは飛んでいった。その狙いは────
直立不動で固まっている、オベイロン────須郷伸之。
悲鳴すらも上がらなかった。
現実の身体よりもかなり長身に設定されている身体は、見る間に真っ黒な水に飲み込まれるように消えていった。
この頃になって、ようやく須郷が人として当然の反応を示した。
だが、その悲鳴の大半は黒い渦の中に飲み込まれた。
飲み込まれて、呑み込まれた。
「なっ……、やめっ!!な、何を………!ご…ぇ、がかっ!な、にかが入って、くる……な…、ぉ、げぉああげぇ、でぃっ、でぃるッ、ディル、ディルディル!!ディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディルディル────────」
アスナはいつの間にか、耳を塞いでいた。
マイも、塞いでいた。
全てから目を逸らすように、硬く目蓋を閉じていた。
呼吸が、荒かった。
それなのに、《声》は聞こえた。
耳を塞いでいるのに、まるで頭の中に直接捻じ込まれているように聞こえる。
『ウン、アイツニモ辟易トシテキタトコダッタシ、イイ頃合ダッタナ。餌モタップリ貰ッタシ、ココデジットシテルノモ飽キタ』
そう言って、内部の緑色の液体が抜け落ちて空っぽの水槽の中に落っこちている眼球の血走った瞳孔が、ギロリとこちらを向いた。それが細められるのを見、アスナは背筋をゾッとしたものが走るのを感じた。
嗤っているのだ。
コレは、この眼球はアスナたちを見て嗤っているのだ。
笑って、嗤って、哂っている。
『ヨシ、次ハ君ニシヨウ』
瞬間、瞳孔が不気味に光り、アスナの意識を真っ黒に塗りつぶした。
キ……リト………く
小さなその呟きは、あっという間に消え去った。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「原作どこ行った」
なべさん「やだなぁ旦那。原作なんて始めからいませんぜ?」
レン「そうか。じゃあ読者様には帰っていただく方向で………」
なべさん「の、ノンノン!冗談です冗談ですすいませんでした調子に乗ってましたごめんなさい!」
レン「ふむ、まぁ須郷がここでリタイアするとは思ってなかったが」
なべさん「うん。アスナに ピーッ や ピーッ する ピーッ な変態なんて出したくなかったんだ。放送コードに引っ掛かっちゃう」
レン「うん、その前にお前の発言がすでに引っ掛かってるぞ。ピーッ音入りすぎだろ」
なべさん「さぁここから怒濤の展開になっていく………かもしれないALO編をお楽しみに!」
レン「どっちだよ」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
──To be continued──
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