ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
脱走
アスナ、結城明日奈は、二〇二五年一月現在、巨大な檻の中で囚われの身となっている。
その檻とは、アスナがダイブしているこの仮想世界そのものだ。
世界の名前は、《アルヴヘイム・オンライン》。略称をALO。
《レクト・プログレス》なる企業によって運営される仮想大規模ネットワークRPG────いわゆるVRMMOゲームである。
ALOそのものは何ら変哲のないネットゲームとして稼働中で、数万人規模の一般ユーザーが接続料金を払って楽しんでいる。だがその裏では、たった一人の男の邪心に端を発した、大掛かりな非合法・非人道的プロジェクトが進行している。
このALOを動かす基幹システムは、二〇二二年から二四年にかけて日本中を震撼させた《ソードアート・オンライン》の複製なのだ。
SAOの開発・運営企業だった《アーガス》は、一万人の老若男女が仮想世界の虜囚となり、実にその四割が死亡するという恐るべき事件の余波を受けてひとたまりもなく消滅。
SAOサーバーの維持管理は、大手電子機器メーカー《レクト》のフルダイブ技術研究部門に委託された。
その要職にあった問題の男は、基幹システムのコピーからALOを立ち上げて子会社に運営させたのみならず、デスゲームがクリアされ、即時開放されるはずだったSAOプレイヤーの一部、三百人の意識をそのままALOサーバーに《拉致監禁》した。
男の目的は、三百人の脳を実験台に、フルダイブシステムによる記憶及び感情の操作技術を研究することだ。
同様に男は、アスナ、そしてただ物珍しいという理由だけでレンが拾った女の子、マイの意識もまたALO世界に幽閉した。
アルヴヘイムの中央にそびえる《世界樹》の、決して他プレイヤーが辿り着けない高さの枝にぶら下げた鳥籠にアスナとマイのアバターを閉じ込めたのだ。
男の名前は須郷伸之。
またの名を、アルヴヘイムの支配者、妖精王《オベイロン》
《ブレインバースト・システム》によって出現させた、SAO時代に親友が鍛えた一品、固有銘《ランベントライト》を勢いよく紅い鞘に収めたアスナは、自らが切断した黄金の檻をくぐった。
円弧を描く地平線に今まさに沈まんとしている真っ赤な太陽を左に見ながら、アスナは腕の中に抱いていた、気を失う一歩手前といった純白の少女を背に回して背負った。
恐ろしく太い《世界樹》の枝に刻まれた通路は、低い壁や床面に精緻な模様が彫り込まれ、左右に伸びた若芽が天然の手すりになっている意匠と合わせて、いかにもファンタジー然とした雰囲気を漂わせている。
時折顔を出す小さな獣や小鳥といった動的オブジェクトが配置されていることからしても、一般フィールドから完全に隔離されているわけではないことは確かだと思える。
まさかモンスターまでは出ないだろうと思いつつも、一応レイピアの柄に手を添えながら数分歩くと、ようやく木の葉のカーテンの向こうに世界樹の本体と思われる巨大な壁が見えてきた。
枝と幹との接合部分の上にぽっかりと木のうろのような穴が黒く口を開け、小路はその中へと続いている。
すぐ前まで来てみたが、楕円形のその奥には樹木に模してあった外部とは違い、明らかに人工的な長方形のドアがあるのが分かった。ノブに類する物はないが、タッチパネルのようなプレートが据えられている。
そこに指先を触れさせると、音もなくドアが右にスライドしたので素早く身体を滑り込ませる。
その内部は、そのままかなり奥へと続く、オフホワイトの直線的な通路だった。
薄暗く、所々でオレンジ色の照明が無機質な壁面を照らし出し、そのおかげで解像度ギリギリの距離で通路が左右に分かれている事が判った。
まるで、ゲーム世界が突然オフィスの書庫か何かに変わってしまったかのような、それほどまでの無機質さ。
白い無地の床を踏む剥き出しの足から、ひんやりとした冷気が伝わってくる。寒さを感じたのか、背中のマイが小さく身じろぎしたのを感じた。
それに努めて明るい笑顔を浮かべながら、アスナは首を巡らせた。
「さてと。これでいよいよ脱出ゲームスタートって感じなんだけど。マイちゃん、どっちに行けばいいとか分かっちゃったりするかな?」
アスナの笑顔につられたように、純白の少女は見た者全てがほころぶような笑顔を顔一杯に浮かべた。
こういう時に、本当に一人ではなくて良かったと思う。
もしアスナだけだったなら、敵の牙城の中に侵入し、もう後戻りができないという事実に足がすくみ、一歩も先に進めなくなっていたところだ。
次いでマイは、人差し指を自らのおとがいに当てて考え事をするかのように天井を仰ぐ。
数秒ほどして後方から伸ばされた人差し指の先は、真っ直ぐアスナの右斜め前方を指していた。
「んー。分かんないけど、たぶんあっちかも」
「右ね。オッケー」
そう言ってから少し考え、彼女をおんぶの姿勢から肩車へと移行した。
万が一戦闘行為になったとき、多少の危険性はあるが、その後の回避行動の確実性を高めるためだ。
わーい、とはしゃぐ声が頭の上から降ってくる。
あの、マイさん、ここ敵地の真っ只中という事あなた分かってますか?
揺すられる肩の上に、危ないよーと緊張感もへったくれも無い言葉を投げかけながら、アスナは角を右に曲がる。
その先にはまた真っ白な直線的な通路。今度はどんなに目を凝らしても、曲がり角など見えない。
うへぇ、と二人してため息を吐いてから、さっそく鉛のように重くなっている足をどうにか動かして一歩目を踏み出す。
幸いながらSAOのステータスを引き継いでいる筋力値は、マイの身体など羽毛枕くらいの重量しか感じていないが、この足の重みはプレッシャーという名の物だろう。
文字通り、マイという一個人の命を預かっているのだから。
通路は無限に続くとも思われた。上下左右のパネルには継ぎ目どころか傷ひとつ無く、自分達が本当に前進しているのかだんだん判らなくなってくる。
たまに天井に現れるオレンジの光源だけを頼りにひたすら歩き続け、ついに正面に二枚目の扉が見えてきたときには思わず二人してほっと息をついた。
扉は先程のものとまったく同じだった。再び、パネルに指を叩きつけてドアを開かせる。
その奥は予想はしていたが、やはりまったく同じような通路だった。
げんなりしながらドアをくぐる。と、驚いたことに、数秒後自動で閉まったドアは、その瞬間何の痕跡も残さずに壁面に溶け込んでしまった。慌ててあちこち触るが、開く様子はない。
マイと顔を見合わせると、彼女は肩を竦めた。
どうせ戻るつもりのない場所だ。顔を上げて、左右を眺める。
通路は、今度は直線ではなく、緩やかな円弧を描いているようだった。またマイにお伺いを立て、同じく右方向へと歩き出す。
ひたひた、と微かな足音を響かせながら、ひたすら進み続ける。
またしても見当識が怪しくなり始めた頃────とうとう壁以外の物が二人の視界に入った。
カーブの内側、ライトグレーの壁に、何かポスターのようなものが貼られていた。思わず駆け寄ると、それはこの場所の案内図のようだった。
長方形のそのオブジェクトの上部には、味気ないフォントで《ラボラトリー全図 フロアC》と書かれている。その下に、簡単な絵図。
それによると、どうやら現在位置は真円形の通路が三階層に重なっている最上部らしい。
アスナとマイが今いるフロアCには、ほとんど何も書かれていない。
だが、下のフロアA、Bには《データ閲覧室》だの《主モニター室》だの《仮眠室》などというものまでがある。
そして、先ほどマイが指差した方向を見当だけでつつーっと人差し指を伝わせていき、その先に記された文字を読んだ途端、アスナの背筋を軽い悪寒が走った。
《実験体格納室》、そこにはそう書かれていた。
「実験体………」
小さく呟いたその言葉は、頭の上の少女の身体を心身から震わせるのに充分な威力を持っていた。
もはや、ここが須郷伸之の非合法研究施設であるのは間違いないと思われた。
確かに、研究の全てを仮想世界で行えば、それを会社に隠蔽するのは容易い事だ。もし秘密が露見しそうになっても、指先ひとつで全てを消すことができるのだから。
そして、この施設の目的を鑑みれば《実験体》という単語の意味するものはただ一つ。
須郷に拉致された旧SAOプレイヤー。
彼らの精神が、いかなる形によってか、案内図に示された格納室なる場所に囚われているのだ。
アスナはしばらくその案内図と睨めっこしていたが、そのどこにもログアウトなる文字はなかった。ならば────
「マイちゃん、いい?」
「……うん、大丈夫だよ」
わかった、とアスナは応え、身を翻して湾曲した通路を再び歩き始めた。
早足で数分進むと、やがて通路の左手、外周側の壁に飾り気のないスライドドアが現れた。そばの壁面にプレートが据えられており、小さな下向きの三角印が浮き上がっている。
それを押した後、マイは黙って降りてくれた。肩車したままでは、このドアはくぐれない。
すぐさまドアがスライドし、直方体の小部屋が出現した。
中に二人して踏み込み、身体を反転させると、現実のエレベータにそっくりな操作版が目に入る。
一瞬の逡巡の後、アスナは並んだ四つのボタンのうち一番下のものを押した。
ドアが閉まり、驚いたことに僅かな落下感覚が身体を包んだ。
アスナとマイを乗せた小さな箱は、仮想の大樹の深部目指して無音で降下し、数秒後、仮想の減速感を伴いつつ停止した。つるつるした純白のドアに、直前までは存在しなかった裂け目が縦に入って左右に開く。
眼前には、上層と同じような味気ない構造の通路が一直線に伸びていた。開いたドアから顔を突き出し、人の気配がないのを確かめ、歩き始める。
オベイロンに与えられた衣装は、アスナは胸のところに赤いリボンがあしらわれているシンプルな純白のワンピース、マイはゴスロリ調の真っ黒なワンピースという非常に心許ない物だが、素足なのがこの状況ではありがたい。
靴を履いていれば多分、避けがたいほどの足音のサウンドエフェクトが発生してしまうところだ。
通路は、そう長いものではなかった。歩くうちに、前方にのっぺりとした扉が見えてきた。
もしロックされていたら、上層のラボラトリーでシステムコンソールを探そう、そう思いながらドアの前に立つと、予想に反してそれは自動ドアのように音もなく左右に開いた。
奥からさっと差し込んできた強烈な光に、思わず目を細める。
「「……………………っ!?」」
真っ白い、超巨大なイベントホールとでも言おうか。
遥か遠く、左右遠くに垂直にそびえる壁面は、ディティールがまったくないために遠近が感じ取れない。
中心部分には、半径五メートル、高さはは二十メートルあろう円形の柱が屹立しており、それが発する薄気味悪い緑色の光がこの部屋の光源になっている。
そして、それを反射して薄緑色になってしまっている白いフロアには、びっしり、かつ整然と、一メートルほどの高さの柱のようなものが並んでいた。
視界に動くものがないのを確かめ、アスナは恐る恐る内部へ歩を進める────寸前で、ワンピースのスカートの裾が引っ張られるのを感じた。
驚いて後ろを見ると、真っ白な髪を持つ少女が見開いた目を片手で覆い、ガタガタと激しく震えていた。
「ま、マイちゃん!?どうしたの!!」
声を潜めるのも半ばだけ忘れ、アスナはその華奢な両肩に手を置いて問い詰める。
マイはしばらく震えていたが、目を覆っていた手の人差し指を向き合うアスナの後方を力なく指差した。
その、まだ小さく震えている細い指の先を首を巡らしながら追うと、指は真っ直ぐ部屋の中央に屹立する巨大な柱を指していた。
「あれ……」
「あれ?あれがどうかしたの?」
「あれが………なんで、ここに……」
軽い混乱状態にあるマイを必死になってなだめながら、アスナは再度巨大な柱を凝視した。
しかし、何せこれほど巨大な空間だ。中央との距離もかなりあって、解像度もギリギリだった。せいぜい光の度合いから、それがガラス製で内部に緑色の液体が満たされている事くらいしか判らない。
しばらく躊躇した後、マイの手を引いて内部へと歩を進めた。
床面から、アスナの胸あたりの高さまで白い円柱が伸びている。
太さは両手でどうにか抱えられるほどだ。平滑なその上面に、僅かな隙間を空けて何かが浮かんでいる。
それは、どう見ても────
人間の脳髄だった。
サイズは実物大だが、色合いはリアルなものではない。青紫色の半透明素材で構成されている。オブジェクトとしては非常に精緻で、ホログラフというよりは、サファイアを加工した彫像のように見えた。
趣味の悪いそのオブジェが内蔵されている柱達から、半ば強引に目線を合わせないようにしながら、アスナ達は一歩、また一歩と歩を進める。
やがて、部屋の中央に辿り着いたアスナとマイが見た物は────
緑色の液体の中に浮かぶ、バランスボール大の巨大な眼球だった。
ソレを声もなく見る二人の後ろから、何の前触れもなく、どこか爬虫類を思わせる声が────
「おやおや、小鳥ちゃん達が檻を脱走して、こんな所までやって来ているとはねぇ」
響き渡った。
後書き
なべさん「おやおや?話が変な方向に向かい始めましたぞ?と思った読者の皆様、ハイ正解です。始まりました、そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「さぁて、お次はどんなイレギュラーが待っているのやら」
なべさん「イレギュラーって言うな。オリジナル要素と言いなさい、オリジナル要素と」
レン「ただでさえ原作ガン無視して行った中ボス戦が長引いたのに……」
なべさん「うっ、そ、それは突っ込んじゃダメだぜベイベー」
レン「……………………はい、自作キャラ、感想を送ってきてください」
──To be continued──
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