剣の丘に花は咲く
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第二章 風のアルビオン
第三話 襲撃と空賊
ワルドとの決闘があった日の夜。士郎たちは「女神の杵」亭の一階にある酒場で食事をとっていた。
明日のアルビオンへ行くための順路を、士郎達が話し合っていたその時、突然士郎が椅子から立ち上がったかと思うと、食事の載っているテーブルを入口に向かって蹴り上げると共に叫んだ。
「襲撃だっ!」
「きゃっ、な、何っ?」
「ああっ! 楽しみにとっといたのに!」
「襲撃……?」
「何よもうっ!」
「敵かっ!」
士郎の突然の行動にルイズたちは混乱。口々に文句を言うルイズたちが、士郎やワルドによって蹴り上げられ入口に向かって倒れたテーブルの影に押し込まれる。
ルイズたちがテーブルに押し込まれると同時に、テーブルに向かって矢が一斉に飛んできた。
「ちょちょちょっと! 何よコレ!」
「ひいいぃぃぃ~!」
「傭兵?」
「あ~んもうっ! 何よもうっ!」
「敵か!?」
テーブルの影で縮こまりながらも、ルイズ達が口々に文句を言う中、士郎はテーブルの影から襲撃者を確認する。
「七十人以上はいるな……メイジはいないようだが、さて、どうする? このままでは、宿の迷惑になるが?」
落ち着いて周囲の状況を確認した士郎のどこかズレた質問に、呆れた顔をしたルイズ達がツッコミを入れた。
「いや、シロウ……もう宿の迷惑になってるから」
「ちょっと! 落ちっ、あっぶ! 落ち着きすぎだよシロウ」
「さすがシロウというところねっ! っと」
「……傭兵が七十人以上……少し多い」
六人が一緒に食べられることが出来る大きさのテーブルとはいえ、隠れるには少々大きさが足りないことから、時々矢が体の近くに降ってくるのにびくつきながら、士郎たちが話しを続けていると、ワルドが決意を秘めた顔をして話しかけてきた。
「少しいいかね諸君」
ワルドの低い声に、士郎たちがワルドに振り向くと、ワルドは士郎たちを一度見回し口を開く。
「このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ成功とされる」
襲撃の中にあっても優雅に本をひろげていたタバサが本を閉じると、自分とキュルケとギーシュを杖で指すと、「囮」と呟やき。それからタバサは、ワルドとルイズ、士郎を指して「桟橋へ」と呟く。
それを見たワルドが頷き、何かを言おうとしたが、それを士郎が直前で遮った。
「時か……」
「それはダメだ」
「なぜ?」
士郎の否定の言葉に、タバサが疑問の声を上げると、士郎はテーブルの影からもう一度、矢を射掛けてくる傭兵たちを確認しながら、タバサたちに話しかけた。
「やはりな……傭兵だけではない……これは」
士郎はチラリと疑問の眼差しでワルドを見ると、タバサたちに振り向いて話し始めた。
「傭兵だけではないな。一人手練のメイジがいる」
「えっメイジが!」
「メッ、メイジかいっ! どっ、どどどど~するんだいっ! シロウ!」
「この傭兵の数にメイジ……厳しい」
「……本当かい」
様々な反応を見せるルイズたちを見ると、士郎は右手の親指を立てると、テーブル越しに入口を指しながら、遠くのものを見るように目を細める。
「入口にいる傭兵たちの後ろ、約二百メイルほど後ろに白い仮面を被った男がいる」
「えっ?」
「え~とっ! たわっとっと! しっ、シロウ! 暗くて見えないぞ!」
士郎の言葉にギーシュがテーブルから顔を出して、矢を射掛けられながらも入口を確認すると、困惑しながら士郎に聞いた。
「まあ、俺は夜目が効くからな」
「夜目が効くって話じゃ……はあ、まあいいわ、じゃあどうするの?」
「強行突破?」
ルイズたちが疑問の声を上げると、士郎がデルフリンガーを抜き放つ。
「メイジさえいなければ、あとは傭兵だけだ。傭兵だけならばそこまで脅威ではない。俺がメイジを片付ける。ルイズたちは援護を頼む」
デルフリンガーを抜き放ち、今まさに飛び出そうとする士郎をルイズたちが必死に止めた。
「ちょちょっと待ってシロウ! 一人であの中に飛び込むって! 死にたいの!」
「いっ、いくらなんでも無茶だ!」
「シロウが強いのは知ってるけど、さすがにこれはね」
「無謀」
ルイズたちが必死に止める中、ワルドだけは厳しい顔をして士郎を見ている。
「出来るのか?」
「出来る」
ワルドの短い問いに、士郎は短く答える。
するとワルドはため息を吐くと、杖を構えなおし、呪文を詠唱し始めた。
「詠唱が終わったら行け……デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」
「ちょっとワルドっ!」
「ほっ本当に行くのかいっ!?」
「ハァ~……しょうがないわね」
「やるしかない……ラナ・デル・ウィンデ……」
ワルドの詠唱に合わせ、キュルケとタバサも呪文を唱え始めると、士郎はランナーのように前傾姿勢を取った。
「「「今っ!!」」」
「応っ!!」
キュルケたちの合図と共に、士郎はテーブルを飛び越えると、傭兵たちの集団へ飛び込んだ。
「ぐわっ!」
「ぎゃっ!」
「っあ!?」
キュルケたちの攻撃に混乱している傭兵たちの中を、士郎は混乱の中でも襲い掛かってくる傭兵たちを切り倒しながら突き進む。
「―――移動しない……逃げるつもりはないのか?」
士郎が傭兵たちの集団を突き抜けると、最初に確認した場所から移動していない白い仮面を被った男に裂帛の気合と共に斬りかかった。
「ぉおっ!」
士郎の斬撃を後ろに飛んでかわした男は、腰から黒塗りの杖を引き抜く。
男が杖を引き抜いたのを確認した士郎は、冷えた空気を頬に感じ、咄嗟にその場から飛び離れた。
「相棒! あぶねえ!」
デルフリンガーの警告よりも先に士郎が飛び離れた瞬間、士郎が先ほどまでいた場所にバチン! という音と共に、男の周囲から稲妻が伸びる。
「“ライトニング・クラウド”!」
呪文の正体に気付いたデルフリンガーが叫ぶが、それに士郎が苦笑する。
「デルフ、警告するのはいいが、いつも一瞬遅いぞ」
「いや! 相棒の反応が早すぎんだって!」
士郎の非難に、デルフリンガーが文句か褒め言葉かよくわからないことを言った。
「まあ、それはいいとして―――白仮面とでも呼ぼうか? 何が目的で俺たちを襲う」
「あっ、相棒?」
「……」
低く寒気のする声を響かせる士郎に、デルフリンガーが戸惑いの声を上げる。
「だんまりか、それとも喋れないのか」
「……」
何かおかしい? 何だこの違和感……こいつは一体? これまで様々な者達と戦ってきたことがあるからこそ、白い仮面の男の様子に士郎は違和感を感じた。
士郎の問いにも視線に動じることなく、白い仮面の男は再び杖を構えて呪文を詠唱し始める。
士郎にとっては一足の間合いで詠唱を始めた白い仮面の男に、士郎は左手のルーンを輝かせると、一息で斬りかかる。
「馬鹿か貴様? この距離で詠唱とはッ!」
「―――ッッ!?」
士郎の斬撃を慌てて転がってよけた白い仮面の男は、転がった勢いをそのままに距離を取ろうとしたが、立ち上がった瞬間、士郎に首を掴まれて岩壁に叩きつけられた。
「ゴハっ!!」
「さて、それでは俺たちを襲った事情を聞かせてもらおうか」
「ひえぇ~怖ええな相棒は」
岩壁に叩きつけた白い仮面の男に、剣を突きつける士郎。普段の姿からは想像できない姿に若干引いた声を出すデルフリンガーを無視し、士郎は白い仮面の男を脅しつける。
「素直に吐くか、無理やり吐かされるか……どちらを選ぶ?」
「……」
無言で仮面越しに睨みつけて来る白い仮面の男の様子に、士郎は皮肉げな笑いを口元に浮かべた。
「魔法で戦うならば、姿を隠して攻撃してくればいいものを、わざわざ姿を現して攻撃するなど馬鹿か貴様は……それとも白兵戦で戦うつもりだったのか? ならば、腕を磨き直して出直すんだったな」
「……っっ!!」
「唯の人形では無いようだな」
士郎の言葉に怒気をあらわにする白い仮面の男に、士郎は揶揄う様な顔を向けた。
男の首を握り直した士郎は、再び白い仮面の男に問い正す。
「さて、それではもう一度聞こう……貴様の目的は何だ? なぜ俺たちを襲う?」
「……死ね」
「相ぼっ――」
白い仮面の男が懐から何かを取り出そうとし、デルフリンガーが警告の声を上げたが、士郎は男の手が懐に届く前に剣を引き、流れるような動作で白い仮面の男の首を断ち切った。
断ち切られた首は、地面に落ちる直前に塵のように消え、同様に残った胴体も消えていった。
「相棒……」
「デルフ……」
士郎がデルフリンガーを持ち直して、刃に目をやり語りかけた。
「遅いぞ」
「早いんだって」
「それよりも早く戻るぞ、あとは傭兵を片付けるだ――」
士郎が“女神の杵”亭に振り返ると、三十体近くの岩で出来たゴーレムが傭兵たちと戦っていた。
それを見た士郎は、デルフリンガーに目をやり、苦笑いしながら聞く。
「デルフ、あれはギーシュか?」
「いや~、さすがにそりゃないな」
「そうだな……岩……か、もしや」
士郎が何かに気づき周りを見渡すと、建物の屋根にフードを被った女が立っているのに気付く。
その正体に気付いた士郎は、軽くため息をつくと、屋根の上にいる女に向かって走り始めた。
「はぁ~、一体何したってんだいシロウの奴は……」
「いや、特に何をしたわけではないんだがな」
「ひょわっ!」
屋根の上でロングビルがため息をついた瞬間、いきなり後ろから声を掛けられたロングビルはつい変な声を上げてしまった。
慌てて振り返ると、そこには目を丸くして立っている士郎の姿があった。
「シ~ロ~ウ~!! こんなところでいきなり声をかけんじゃないよ! ビックリして下に落ちるとこだったじゃないかい!」
「あっ、ああ。すまない」
ロングビルから凄まじい勢いで迫られた士郎は、タジタジになりながらも頭を下げて謝った。
士郎は下げていた頭をおずおずと上げながら、ロングビルを見る。
「しかし、君はどうしてこんなところにいるんだ?」
「えっ! あ、ああ。その~、ね……ちょっ、ちょっとこの辺に用事があってね」
「用事?」
「そ、そうそう用事があってね! それでここの近くを通りかかったら、騒ぎが起こっているだろ、なんだろうかと思って見てみると、あんたたちが傭兵に襲われているじゃないの! これでもあたしゃ学院の関係者だからね! だから、助けてやろうと思っただけだよ!」
顔を真っ赤にさせながら強い口調で言い放つロングビルを、士郎は呆気にとられた顔で見つめた。
「な、何よ……」
「いや、すまないな。助けてもらって」
「別にいいさ……」
「それでは、残りの傭兵を片付けるか」
「いや、シロウたちは先にいきな」
「何?」
屋根の上から飛び降りようとするのを、ロングビルの声に止められた士郎がロングビルに振り返ると、ロングビルは頬を人差し指で掻きながら、顔を明後日の方に向けて言い放つ。
「傭兵はかなりの数がいる、ここはそうだね、補助で何人か置いてくれたら十分だ……シロウたちは先に行きな」
「いや、ここで殲滅しておいたほう……」
「はぁ~、いいからいきな。あんたがいくら強くても、ここにいる傭兵を全部相手にしていたら船が行っちまうよ。あたしらが傭兵たちを適当に引きつけたら、さっさと飛んで逃げるよ……さすがのシロウも空は飛べないだろ?」
「……通りかかっただけにしては、何か妙に事情に詳しくないか?」
首を捻る士郎に、ロングビルは慌てたように手を振り回すと、顔を真っ赤にさせながら士郎に怒鳴った。
「いいから早く行きな! ぐずぐずしてんじゃないよ!」
「あっ、ああ分かった……すまないな、無事に逃げろよ」
士郎がやっと提案に了解の意を示すと、ロングビルはニヤリと笑って士郎に近づいていった。
不意に近づいてきたロングビルに、困惑して声をかけようとした士郎は、口を開く直前にロングビルの指で口を抑えられた。ロングビルは背伸びをすると士郎の胸にもたれ掛かるように身体を預け、耳元に囁く。
「なっ、なんだ? ロングビ―――」
「今は二人っきりだろ」
意味深な笑顔で見てくるロングビルを見て、士郎は片手で顔を被った後、大きくため息はくと、苦笑いを向ける。
「はぁ……わかったよマチルダ、無事に逃げてくれ」
「ああっ了解っと。チュッ」
「なっ!」
ロングビルは士郎から離れる際、唇に軽くキスをすると、悪戯っぽく笑った。
「ツェルプストーのお嬢ちゃんよりもいいだろ! それじゃっそっちも気をつけてな!」
「昨日の気配はマチルダのだったのか……まったく」
ロングビルにキスをされた士郎は、唇に指を当てながら苦笑いをすると、屋根から飛び降りて“女神の杵”亭に向かった。
“女神の杵”亭に士郎がたどり着くと、傭兵たちはロングビルのゴーレムの相手をしていたことから、“女神の杵”亭の中には傭兵はいなかった。
ルイズたちが戻ってきた士郎に駆け寄っていく。士郎は“女神の杵”亭の外で傭兵と戦っている岩のゴーレムを親指で指し示す。
「メイジは片付けた。それと外にいるゴーレムは味方だ。それですまないが、先程のワルド子爵の案を採用したい。傭兵の数が思ったよりも多くてな、相手をしてたら時間がかかりすぎてしまう」
「ちょちょっと待ってよシロウ。外のゴーレムが味方って誰なのよ?」
ルイズが慌てて士郎に聞くと、士郎は苦笑いをしながら答えた。
「あっ、ああ。それがな、ロングビルだ」
「「「ミス・ロングビルっ!? どうして!?」」」
ルイズたちが声を上げて疑問の声を上げると、士郎は頬を掻きながら視線を明後日の方に向けた顔をルイズ達に見せた。
「いや、なんだかここらへんに用事があったそうでな…それで襲われている俺たちを見て、助けに来たというわけみたいなんだが……」
「へぇ~……随分とつごうがいいのね」
「用事……ねぇ……」
「いや……そんな目で見られても……」
ジト目で見つめてくるルイズ達から、士郎は顔をそらした。
「まあ、いいわシロウ。私たちが援護するから先に行きなさい、タバサいい?」
「わかった」
「もちろんボクもだよね……ハァ……」
「当たり前でしょ、男を見せなさいよギーシュっ!」
タバサは士郎に向かって頷く。
「行って」
「分かった、適当に相手をしたら逃げろよ」
「分かった」
「りょ~かいっ、無事帰ったら今度は口に……ねっ!」
「はぁ~……男になるか……」
キュルケはルイズに向き直ると笑いかけた。
「ねえ、ヴァリエール。絶対に任務を成功させなさいよ」
「あ、当たり前でしょっ」
ルイズは少し迷ったあと、ぺこりとキュルケたちに頭を下げると、士郎たちとともに裏口に向かった。
月明かりの下、士郎たちは桟橋へと向かって走っていた。とある建物の間の階段にワルドは駆け込むと、そこを上り始める。
「“桟橋”なのに、山にのぼるのか?」
士郎は疑問の声を上げたがワルドは答えない。
長い、長い階段を上ると、丘の上にでた。現われた光景をみて士郎は息を飲んだ。
巨大な樹が、四方八方に枝を伸ばしている。
大きさは山ほどもある、巨大な樹だった。高さは夜空に隠れて一番上が見えないが、相当な高さである。
士郎が呆然と巨大な樹を見つめていると、樹の枝にはそれぞれ、大きな何かがぶら下がっているのが見えた。目を凝らしてみてみると、飛行船のような形状の船が枝にぶら下がっていた。
「これが“桟橋”で、そしてあれが“船”か?」
士郎が呆然とした声で言うと、ルイズが怪訝な顔で聞き返した。
「そうだけど。士郎の世界では違うの?」
「ああ、こういうものはちょっとないな……」
「ふ~ん、そうなの?」
ルイズが曖昧に頷いた。
ワルドは樹の根元へと駆け寄る。樹の根元は巨大なビルの吹き抜けのホールのように、空洞になっていた。枯れた大樹の幹をうがって造ったものらしい。
夜なので、人影はなかった。各枝に通じる階段には、鉄でできたプレートが貼ってあった。そこにはなにやら文字が踊っている。まるでそれは駅のホームを知らせるプレートのようであった。
ワルドは目当ての階段を見つけると、駆け上がり始めた。
木でできた階段は、一段ごとにしなる。手すりがついているものの、ボロくて心もとない。階段の隙間からは、眼下の闇夜にラ・ロシェールの街の明かりが見えた。
階段を駆け上った先は、一本の枝が伸びていた。その枝に沿って、一艘の船が停泊していた。帆船のような形状であった。空中で浮かぶためだろうか、舷側に羽が突き出ている。上からロープが何本も伸び、上に伸びた枝に吊るされていた。士郎たちが乗った枝からはタラップが甲板に伸びていた。
士郎たちが船上に現れると、甲板で寝込んでいた船員が起き上がった。
「な、なんでぇ? おめぇら!」
「船長はいるか?」
「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝、改めてくるんだな」
男はラム酒の壜をラッパ飲みにしながら、よって濁った目で答えた。
ワルドは答えずに、すらりと杖を引き抜いた。
「貴族に二度同じことを言わせる気か? 僕は船長を呼べといったんだ」
「き、貴族!」
船員は立ち上がると、船長室にすっ飛んでいく。
しばらくして、船長と思われる、寝ぼけ眼の帽子を被った初老の男を連れて戻ってきた。
「なんの御用ですかな?」
船長は胡散臭げにワルドを見つめた。
「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ」
船長の目が丸くなる。相手が身分の高い貴族と知って、急に言葉遣いが丁寧になる。
「これはこれは。して、当船へどういったご用向きで……」
「アルビオンへ、今すぐ出航してもらいたい」
「無茶を!」
「勅命だ。王室に逆らうつもりか?」
「あなたがたが何しにアルビオンに行くのか、こっちは知ったこっちゃありませんが、朝にならないと出航できませんよ!」
「どうしてだ?」
「アルビオンが最もここ、ラ・ロシェールに近づくのは朝です! その前に出航したんでは、風石が足りませんや!」
「風石とは?」
士郎が船長に尋ねると、船長は“風石”も知らんのか? といった顔つきになって答えた。
「“風”の魔法力を蓄えた石のことさ。それで船は宙に浮かぶんだ」
魔力を込めた宝石の様なものか?
士郎がわかったようなわからないような顔をして頷くと、それを見た船長は、ワルドに向き直る。
「子爵様、当船が積んだ“風石”は、アルビオンへの最短距離分しかありません。それ以上積んだら足が出ちまいますゆえ。従って、今は出航できません。途中で地面に落っこちてしまいまさあ」
「“風石”が足りぬ分は、僕が補う。僕は“風”のスクウェアだ」
船長と船員は、顔を見合わせた。それから船長がワルドの方を向いて頷く。
「ならば結構で。料金ははずんでもらいますよ」
「積荷はなんだ?」
「硫黄で。アルビオンでは、今や黄金並みの値段がつきますんで。新しい秩序を建設なさっている貴族のかたがたは、高値をつけてくださいます。秩序の建設には火薬と火の秘薬は必需品ですのでね」
「その運賃と同額を出そう」
船長はこずるそうな笑いを浮かべて頷いた。商談が成立したので、船長は矢継ぎ早に命令を下した。
「出航だ! もやいを放て! 帆を打て!」
ぶつぶつと文句をいいながらも、よく訓練された船員たちは船長の命令に従い、船を枝に吊るしたもやい鋼を解き放ち、横静索によじ登り、帆を張った。
戒めが解かれた船は、一瞬、空中に沈んだが、発動した“風石”の力で宙に浮かぶ。
帆と船が風を受け、ぶわっと張り詰め、船が動き出す。
「アルビオンにはいつ着く?」
「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」
ワルドの質問に、船長が即座に答えた。
士郎は舷側に乗り出し、地面を見た。“桟橋”―――大樹の枝の隙間に見える、ラ・ロシェールの明かりが、ぐんぐん遠くなっていく。結構なスピードが出ているようだ。
船から見える光景を眺めている士郎に、ルイズが近寄ってきた。
「シロウ……キュルケたち大丈夫かな?」
「まあ、大丈夫だろう。ギーシュはともかくキュルケとタバサは戦い慣れしている、ロングビルに至っては……まあ心配ないだろう」
心配そうに問いかけてきたルイズに、士郎が頬を指で掻きながら答える。
すると、士郎の言葉を聞いたルイズは、頬を膨らませると、士郎から顔を背けた。
「そう言えばシロウ、前から聞きたかったんだけど……最近ミス・ロングビルと妙に仲がいいけど……何かあったの?」
「むっ……その、だな」
士郎が言いよどんでいると、そんな二人の下にワルドが寄ってきた。
「船長から話をきいてきた。ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は功囲されて苦戦中のようだ」
ルイズははっとした顔になった。
「ウェールズ皇太子は?」
ワルドは首を振った。
「わからん。生きてはいるようだが……」
「どうせ、港町はすべて反乱軍に押さえられているんでしょう?」
「そうだね」
「どうやって、王党派と連絡を取ればいいのかしら」
「陣中突破しかあるまいな。スカボローからニューカッスルまでは馬で一日だ」
「反乱軍の間をすり抜けて?」
「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできんだろう。スキを見て、包囲戦を突破し、ニューカッスルの陣へと向かう。ただ、夜の闇には気をつけないといけないがな」
ルイズは緊張した顔で頷いた。それから尋ねる。
「そう言えばワルド。あなたのグリフォンはどうしたの?」
ワルドは微笑むと、舷側から身を乗り出して口笛を吹いた。すると下からグリフォンの羽音が聞こえてきた。そのまま甲板に着陸して、船員たちを驚かせた。
「グリフォンではいけないのか?」
「竜じゃないからそんなに長い距離は飛べないのよ」
士郎が疑問の声を上げると、隣にいたルイズが答えた。
「まだアルビオンに着くまで時間がかかる、それまで休んでおこう」
「そうか」
ワルドの言葉に士郎は頷き、舷側に座り込むと、その横にルイズも座り込んで士郎に寄りかかってきた。
「ルイズ?」
「……さっきのドタバタでつかれてるのっ。寄りかかるとこぐらい柔らかいとこがいいのっ」
士郎の言葉にそっぽを向きながらルイズが答えるのを見た士郎は、苦笑を漏らしたあと、ルイズのぬくもりを腕に感じながら眠りについた。
船員たちの声と眩しい光で、士郎は目を覚ました。青空の下、舷側から下を覗き込むと、白い雲が広がっている。
「アルビオンが見えたぞー!」
鐘楼の上に立った見張りの船員が、大声をあげる。
士郎が舷側から眼下を覗き見るが、見えるのは白い雲ばかり、どこにも陸地など見えなかった。
「アルビオンはどこなんだ?」
士郎がそう呟くと、ルイズが「あそこよ」と言って、空中を指差した。
「まさか……」
ルイズが指差す方を振り仰いで、士郎は息をのんだ。巨大としか言いようのない光景が目の前に広がっていた。
雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いていた。大陸ははるか視界の続く限り伸びている。
地表には山がそびえ、川が流れていた。
「ふふんっ。驚いた?」
ルイズがなぜか威張りながら言うと、士郎は呆然とした表情で頷いた。
「ああ……すごいな、これは」
「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ。でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称“白の国”」
「“白の国”?……白い雲……霧か? に覆われているからか?」
「まあ、そうね」
ルイズは大陸を指差した。
「大河から溢れた水が空に落ち込んだ時にね、白い霧になって、大陸の下半分を包むの。その霧が雲になって、広範囲に亘ってハルケギニアに大雨を降らすのよ」
ルイズの説明に士郎が頷いていると、鐘楼に上った見張りの船員が大声をあげた。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」
士郎が言われた方を振り向くと、船が一隻近づいてきていた。士郎たちが乗り込んだ船よりも、一回りも大きい。舷側に開いた穴からは、大砲が突き出ている。
「……大砲か」
士郎が緊張を含んだ声を上げると、隣にいたルイズが士郎の外套を掴み眉をひそめた。
「いやだわ。反乱勢……、貴族派の軍艦かしら」
後甲板で、ワルドと並んで操船の指揮を取っていた船長は、見張りが指差した方角を見上げた。
黒くタールが塗られた船体は、まさに戦う船を思わせた。こちらにピタリと二十数個も並んだ砲門を向けている。
「アルビオンの貴族派か? お前たちのために荷を運んでいる船だと、教えてやれ」
見張り員は、船長の指示通りに手旗を振った。しかし、黒い船からは何の返信もない。
副長が駆け寄ってくると、青ざめた顔で船長に告げた。
「せっ、船長! あの船は旗を掲げておりません!」
副長の言葉を聞いた船長の顔は、みるみるうちに青ざめていった。
「しっ、してみると、く、空賊か?」
「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」
「にっ、逃げろ! 取舵いっぱい!」
船長は船を空賊から遠ざけようとしたが、その時にはすでに黒船は併走をし始める。
黒船から、士郎たちの乗り込んだ船の針路めがけて、脅しの一発が放たれた。
ぼごん!と鈍い音がすると、砲弾が雲のかなたへ消えていく。
黒船のマストに、四色の旗流信号がするすると登っていく。
「停止命令です! 船長!」
船長は苦渋の決断を強いられた。この船にも武装がないわけではないが、相手の片舷側だけで二十数門もある大砲にくらべ、甲板の上に、移動式の大砲が三門しかない。
船長は助けを求めるように、隣に立ったワルドを見つめた。
「魔法は、この船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」
ワルドは、落ち着き払った声で言った。船長は口の中で「これで破産だ」と呟くと、命令した。
「裏帆を打て。停船だ」
いきなり現れ、砲撃を仕掛けてきた黒船と、行き足を弱め、停戦した自船の様子に怯えてルイズは、隣に立っている士郎の外套をますます強く握り締め、不安そうに黒船を見つめた。
「空賊だ! 抵抗するな!」
黒船から、メガホンを持った男が大声で怒鳴った。
「空賊ですって!?」
ルイズが驚いた声で言った。
黒船の舷側に弓やフリント・ロック銃を持った男たちが並び、こちらに狙いを定めた。
鈎のついたロープが放たれ、士郎たちの乗った船の舷縁に引っかかる。手に斧や曲刀などの得物を持った屈強な男たちが、船の間に張られたロープを伝ってやってきた。その数おおよそ数十人。
士郎は現れた男たちにどこか違和感を感じながらも、いつでも抜けるように剣に軽く手を当て、空賊たちを観察していた。
「シロウ……」
ルイズが不安そうに士郎に寄り添うと、背後から現れたワルドが声をかけてきた。
「ここで暴れるのは得策ではないな」
「そのようだな」
ワルドの言葉に、士郎がチラリとこちらに狙いをつけている大砲に目をやると、剣から手を離してワルドに向き直り、前甲板につなぎ止められていたワルドのグリフォンを指差す。
「賊の中には、どうやらメイジもいるようだしな」
士郎の指差した先では、乗り移ろうとする空賊たちに驚き、ギャンギャンと喚き立てていたグリフォンの頭に、青白い雲が覆ったと見えると、グリフォンは甲板に倒れ、寝息を立て始める。
「眠りの雲……どうやらそのようだな」
どすんと、音を立て、甲板に空賊たちが降り立った。派手な格好の一人の空賊がいた。
元は白かったらしいが、汗とグリース油で汚れて真っ黒になったシャツの胸をはだけ、そこから赤銅色に日焼けした逞しい胸が覗いていた。
ぼさぼさの長い黒髪は、赤い布で乱暴にまとめられ、左目には丁寧に眼帯がまかれ、無精ひげが顔中に生えていた。その男が空賊の頭のようだ。
「船長はどこでえ」
荒っぽい仕草と言葉遣いで、辺りを見回す。
「わたしだが」
震えながら、それでも精一杯の威厳を保とうと努力しながら、船長が手を上げる。頭は大股で船長に近づき、顔をぴたぴたと抜いた曲刀で叩いた。
「船の名前と積荷は?」
「と、トリステインのマリー・ガラント号。積荷は硫黄だ」
空賊たちの間から、ため息が漏れた。頭の男はにやっと笑うと、船長の帽子を取り上げ、自分がかぶった。
「船ごと全部買った! 料金はてめえらの命だ!」
船長が屈辱で震える。それから頭は、甲板に佇むルイズとワルドに気付いた。
「おや、貴族の客まで乗せてるのか」
ルイズに近づき、顎を手で持ち上げようとしたが、隣に立っていた士郎がその手を掴んだ。
「あんっ! なんだてめぇは……殺されてぇのか……」
「ふむ……殺される気は無いんだがな?」
周りを囲んでいた空賊が緊張し、武器を構えたが、士郎は飄々とした態度で肩をすくめた。
「俺はこう見えても、この子の使い魔なんでね……あまり不用意に近づいてきてもらっては困るな」
「シロウ……」
「テメェ……」
ルイズが頬を染め潤んだ瞳で、頭が怒気を含んだ目で士郎を見上げると、士郎はまったく焦る様子を見せずに頭に話しかけた。
「まあ、怒ることはないだろう……空賊たちの王さま(・・・・・・・・)とあろうものが、このぐらいで腹をたてるのか?」
士郎が意味ありげな視線で頭を見つめると、頭は一瞬だけ士郎の視線と言葉の意味に気づき、驚愕の表情を露わにしたが、すぐにニヤリと笑った。
「グアッハッハッハッハ! 確かにそうだなっ! このぐれぇのことで腹を立てるのはクソ貴族ぐれえのもんだろうさ!」
いきなり大声で笑い始めた頭に周囲が呆然としていると、頭は自分の船に向き直った。
「てめえら! こいつらも連れて行きな! 身代金がたんまり貰えるだろうぜ!」
空賊と共に、空賊の船に一緒に乗り込んだ士郎たちは、船倉に閉じ込められる事無く、やせすぎの空賊についていった先は、なぜか立派な部屋だった。後甲板の上に設けられたそこが、頭……この空賊船の船長室であるようだ。
ガチャリと扉を開けると、豪華なディナーテーブルがあり、一番上座に先ほどの派手な格好の空賊が腰掛けていた。
大きな水晶のついた杖をいじっている。どうやら、こんな格好なのにメイジらしかった。
頭の周りでは、ガラの悪い空賊たちがニヤニヤと笑って、入ってきたルイズたちを見つめている。
ここまでルイズを連れてきた痩せぎすの男が、後ろからルイズをつついた。
「おい、お前たち、頭の前だ。挨拶しろ」
しかし、ルイズはきっと頭をにらむばかり。頭はにやっと笑った。
「さて……それぞれ自分の名前とあの船に乗っていた理由を教えてもらおうか?」
「……わたしの名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……わたしたちがあの船に乗っていたのは、王党派への使いとしてアルビオンに行くために乗っていたのよ! だからわたしたちはあなたたちに、大使としての扱いを要求するわ!」
士郎たちが答える前に、ルイズがいきなり前に出て、頭の質問に堂々と胸を張って答えると、士郎は苦笑いしながら頬を人差し指で掻く。
頭はルイズの物言いに驚き、目を丸くすると、笑いをこらえるように片手で顔を覆い、ルイズに質問した。
「プッ、クク。お前、今王党派と言ったな?」
「ええ、言ったわ」
「何しに行くんだ?あいつらは、明日にでも消えちまうよ」
「あなたたちに言うことじゃないわ」
ルイズがそっぽを向いて言い放つと、頭は歌うような楽しげな声で、ルイズに言った。
「貴族派につく気はないかね? あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」
「死んでもイヤよ」
士郎は体を震わせながらも、頭に堂々と言い放つルイズを、眩しいものを見るように目を細めて見つめていた。
俺の周りの女性は、どうしてこう強い女性が多いんだろうな……士郎は昔を思い出すように、一度目を閉じ、口から息を漏らすように笑った。現状は最悪といっていい状態であるが、士郎は危機感を感じていなかった。何故ならばこの空賊の正体を、士郎はある程度予想出来ているからだ。
「もう一度言う。貴族派につく気はないのか?」
ルイズはきっと顔を上げると、腕を腰に当て、胸を張った。
「さっきから言ってるでしょ! 殺されたってつくもんですか!」
「フフッ……トリステインの貴族は、気ばかり強くってどうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもより、何百倍もマシだが」
頭はそう言って、わっはっは、と笑いながら立ち上がった。ルイズは突然の頭の豹変ぶりに戸惑い、不安そうに士郎の顔を見た。
「ふふ……失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな」
周りに控えた空賊たちが、ニヤニヤ笑いをおさめ、一斉に直立した。
頭は縮れた黒髪をはいだ。なんと、それはカツラであった。眼帯を取り外し、作り物だったらしいヒゲをびりっとはがした。現れたのは、凛々しい金髪の若者であった。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……本国艦隊といっても、すでに本艦“イーグル”号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう」
若者は居住まいをただし、威風堂々と名乗った。
「アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーだ」
ルイズは口をあんぐりと開け、士郎は苦笑いをしながら微かに肩を竦めた。ワルドは興味深そうに皇太子を見つめている。
ウェールズはにっこりと魅力的な笑みを浮かべると、ルイズたちに席を勧めた。
「アルビオン王国へようこそ。大使殿。さて、御用の向きをうかがおうか」
ルイズはあまりのことに口がきけず、ぼけっと、呆けたように立ち尽くしていた。
「その顔は、どうして空賊風情に身をやつしているのだ? といった顔だね。いや、金持ちの反乱軍には続々と補給物資が送り込まれる。敵の補給路を絶つのは戦の基本だろ。しかしながら、堂々と王軍の軍艦旗を掲げたのでは、あっという間に反乱軍の船に囲まれてしまう。まあ、空賊を装うのも、いたしかたない」
ウェールズは悪戯っぽく笑う。
「いや、大使殿には、誠に失礼いたした。しかしながら、君たちが王党派ということが、なかなか信じられなくてね。外国に我々の味方の貴族がいるなどとは、夢にも思わなかった。きみたちをためすような真似をしてすまない」
そこまで言うと、ウェールズは士郎に苦笑を浮かべた顔を向けた。
「しかし、そこの使い魔くんは、どうやら気づいていたようだったけどね。名前を聞いてもいいかな?」
「えっ!?」
「ルイズの使い魔の衛宮士郎だ」
ルイズが慌てて顔を向けると、士郎は肩をすくめ、苦笑いしながら言った。
「ふむ、エミヤシロウか……ではシロウ、教えてくれないか。どうして分かったんだい?」
ウェールズが悪戯っぽく、しかし力を込めた目で士郎を見つめて問う。
「まあ、確信があったわけではないがな。ただ空賊という割には、動きが統制されすぎていた……まるで軍隊のようにな。それに、あなたの立ち居振る舞いも気品が隠しきれてなかった。それでただの空賊ではないと思ったというわけだ」
「それで、私たちが王党派の軍と考えたわけかい?」
ウェールズが肘掛に肘をかけながら聞くと、士郎は軽く頷いた。
「ああ、貴族派の連中が、わざわざ空賊の真似事をする必要はないしな」
士郎の話に頷いているウェールズに、ワルドが近づいていき、優雅に頭を下げて言った。
「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」
「フム、姫殿下とな。きみは?」
「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵」
それからワルドは、ルイズと士郎をウェールズに紹介した。
「そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢とその使い魔でございます。殿下」
「なるほど! 君のように立派な貴族が、私の親衛隊にあと十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに! して、その密書とやらは?」
ルイズが慌てて胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出すと、恭しくウェールズに近づいたが、途中で立ち止まった。そして、ちょっと躊躇うように口を開いた。
「あ、あの……」
「なんだね?」
「その、失礼ですが、本当に皇太子さま?」
ウェールズは笑った。
「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」
ウェールズは、ルイズの指に光る、水のルビーに近づけた。二つの宝石は、共鳴しあい、虹色の光を振りまく。
「この指輪は、アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。きみが嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、水のルビーだ。そうだね?」
ルイズは頷いた。
「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」
「大変、失礼をいたしました」
ルイズは一礼して、手紙をウェールズに手渡す。
ウェールズは、愛しそうにその手紙を見つめると、花王に接吻した、それから、慎重に封を開き、中の便箋を取り出し、読み始めた。
真剣な顔で、手紙を読んでいたが、そのうちに顔を上げた。
「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は……」
ワルドは無言で頭を下げ、肯定の意を表した。再び、ウェールズは手紙に視線を落とす。
最後の一行まで読むと、微笑んだ。
「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みだ。そのようにしよう」
ルイズの顔が喜色に輝く。
「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね」
ウェールズはルイズ達に向けにっこりと微笑む。
「多少面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」
後書き
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